幻影の構成3

彼岸花が咲き誇る温室の一角にて、無名の墓を前に皆守は立っていた。9月の命日以外でここに来るのは初めてだった。

「あんたの遺族から手紙が来た」

瑞麗先生から保健室で渡されたのは遺族からの手紙だったのだと皆守は報告に来たのだ。墓の下には空っぽな棺桶しかないとわかっていたが皆守は語りかける。

「あんたに関する記憶をなにひとつ思い出せないのにだ。手紙には俺のしらない俺とあんたの思い出ばかりが書いてある。俺について、あんなに話してたんだな......。なんで忘れてたんだろうな、あんたにも家族はいるんだ。帰りを待ってる家族が......。翔ちゃんと会った時に思い出したはずだったのにな......」

皆守は目を閉じる。目じりが熱くなってきたからだ。

「おれは......おれは......わかってはいるんだ。このままだとダメだってことくらいは」

無意識のうちに爪がしらむくらい力が入っていた。あの時の感情だけが新鮮味をおびてぶり返すのに、肝心の記憶がモヤがかかったように思い出せないという地獄のような状況は今なお続いていたが、ずっとこのままではいられないことくらい皆守だってわかっていた。

だから今皆守はここにいるのだ。

このままだと間違いなく葉佩は次の階層も踏破するだろう。次は《生徒会》副会長である皆守の役割となる。《墓守》として葉佩と戦わなければならなくなる。

「俺は......」

そのとき葉佩と向き合いたいと皆守は決意表明をした。出会ったころから裏切っていたこと、監視していたこと、《生徒会》に入るまでの経緯。おそらく葉佩はこれまでの断片から皆守がどうして葉佩に近づいたのか勘づいているはずだ。

なんの態度もかわらず皆守の傍で騒いでいるし、当然のように引っ張り回してくるし、バディとして頼ってくれるが、それが末恐ろしい。そして甘んじている自分が情けなかった。

その時が近づいてきているのに、居心地がよすぎて距離を取れないでいる。ずるずると来ていた皆守を突き動かしたのは夕薙だった。

夕薙が先に《遺跡》を攻略する可能性が浮上したとき、初めて皆守は嫌だと思った。《レリックドーン》にしろ江見にしろ先を越された瞬間に皆守の願いは未来永劫叶わなくなることに気づいた瞬間に湧いてきたのは焦りだった。


女教師の遺族からの手紙、細切れになった女教師を見ることができなかったこと、そして《遺跡》と運命を共にすることは邪神を解き放つことにつながる無責任な職務放棄であること。あらゆる出来事が事象が皆守に運命を感じさせるには充分だった。無意識のうちにわかっていたのかもしれない。

皆守が進むためには葉佩と戦わなければならない。そう思い至ったのだ。

「あんたとの約束は守れない。九ちゃんが最期だ」

なんの約束か覚えていないくせに、なにか守れない切なさだけを覚えている。矛盾をかかえながら皆守はいきをはいた。

少しだけ呼吸が楽になった気がする。
一度口に出してしまうと心の中に大胆な決心が稲妻のように閃き渡る。あやふやな気持ちを虫けらのように押しつぶす。皆守の中でどんな厄介ごとも全部受けて立つ覚悟が出来上がっていく気がした。

確かに皆守のなかで何かが動き、かちっと音がしてレールの進路が変更されたのだ。

「もし、もしもだ......俺が生き残れたら、手紙の返事を書こうと思う。あんたの遺族に逢いに行く。そして、話をする。どれだけ時間がかかるかわからないが......それくらいしないと、九ちゃんの隣に立つ資格はない......」

将来について口にすることが増えてきたことは、決して皆守の中で気のせいではなかった。それは自主的に《生徒会》の集まりに参加するようになったことと無関係では決してないのだ。

長い長い沈黙の末、皆守は歩き出す。《生徒会》の緊急招集があったためだ。すでに外は薄暗い。そのときだ、校舎に向かう人影をみた。

「......?」

またアラハバキか《タカミムスビ》の支配下にある人間がふらふらと歩いているのかと思ったが、どうやら違う。

「こんな時間になにしてやがる、七瀬」

「......!?あ、あ、誰かと思ったら皆守さんでしたか、びっくりした......」

「驚いたのはこっちなんだがな......今はテスト期間中だ。そうでなくても校舎への立ち入りは禁止されているんだが?」

「そういう皆守さんはなぜこんな時間に歩いているのですか?」

「神鳳の騒動のせいで完徹しちまってな。寝てたんだが変な時間に目が覚めちまった。テスト勉強も一息ついたから散歩だ、散歩」

「なるほど。八千穂さんからお話は聞いています。お疲れ様でした。それと規則についてですが、たしかに禁じられていますが、《生徒会》に許可をえている場合は大丈夫ですよね?」

「ん......ああ、たしかにそうだが......」

「許可証です」

そこにはたしかに《生徒会》しか発行できない許可証があった。

「......誰が許可しやがったんだ?お前、ファントムの影響強く受けてるんだから無防備にしてると《遺跡》に拉致されちまうから気をつけろとカウンセラーに言われてただろ。忘れたのかよ」

「大丈夫ですよ。瑞麗先生の塗香も効果がありますし、九龍さんからお守りもいただきましたし」

「あのな......なんのために行くんだ」

「神鳳さんの騒動で図書室と資料室がポルターガイストに襲われたんです。おかげで貴重な資料が酷い有様で......このままだと本が可哀想で可哀想で」

「気持ちはわかるが今はテスト期間中だぞ。大丈夫なのか」

「大丈夫です。私、今夜から泊まり込んでテスト勉強と本の修繕に勤しもうと思っていまして」

「はあ?」

「図書委員長としてテストの終わりなんて待っていられません。それにテストが終わればファントムや《生徒会》がまた動き出すでしょう?そうなったらゆっくり時間なんて取れないと思うんです」

「..................まあ、たしかにな」

「でしょう?いつかとは違って《生徒会》の許可証はもらっていますので処罰されることは無いはずです」

「......そうだな。そういうことなら引き止めて悪かった。ところでその許可証は誰からもらったんだ?」

「《生徒会》の夷澤凍也君です」

「夷澤......あいつか......何考えてんだ......?」

「それでは失礼しますね」

「あァ」

七瀬は去っていった。ガシガシ頭をかいた皆守は生徒会室に向かう。また報告することが増えてしまった。










次の日、昨日よりは期末テストの手応えを感じた私は図書室に向かった。皆守から月魅が図書室に寝泊まりしてあるなんてとんでもない情報をもらったからである。

「翔君、こちらにいたんですか」

「やあ、月魅。あれ、もしかしてオレのこと探してた?」

「はい」

「ちょうどよかった。オレも月魅に用があったんだよ。甲ちゃんから聞いたんだけどさ、昨日から泊まり込みしてるんだって?ファントム親衛隊が蔓延ってたり、《レリックドーン》がいつ襲ってくるかわからないのに?」

「うっ......情報がはやいですね......」

「あのさあ、月魅。前も言ったけど、テストが終わったら図書委員のみんなで片付けたらいいじゃないか」

「でも、はやくこの子達を修繕してあげないと可哀想で......」

「それでもだよ。棚とか元には戻したけど業者入れないと危ないから立ち入り禁止になってるの忘れたのか?」

「でも......《生徒会》に許可はとっていますし......」

「ええ......?それほんと?誰だよ、許可出したの......」

「夷澤君ですが」

「夷澤かあ......。たしかに《生徒会》だけど......うーん。わかったよ、せめて図書室でやろう。危ない」

「翔君、ありがとうございます」

「泊まり込むつもりならオレも泊まるよ。月魅ひとりじゃ危ないよ」

「えっ、でも......たしかに図書委員である貴方が手伝ってくださるなら、修繕作業もスムーズに行くとは思います。でも翔君はもっとしなければならないことがあるのでは?」

「探索のことならテスト期間中はパスしたよ。これから父さん助けなきゃいけないのに補習になったらわりと洒落にならないからね」

「なるほど......わかりました。ありがとうございます」

月魅はようやく折れてくれた。私はほっとする。ゲームでもあった行動とはいえ、今のこの状況を考えると生きた心地がしないから助かった。私は月魅と共に本の修繕作業を始めることにした。テスト勉強は作業が止まったときに気分転換にやるとなかなか捗る。

「今日の歴史のテストはどうでしたか?」

「夜遊びのおかげで手応え半端ないよ」

「ふふ…......それでなくても翔君は歴史がお好きですもんね」

「そういう月魅はいうまでもなさそうだね」

「はい、得意科目ですから。古人曰く『我々は歴史の観察者たる以前に、まず歴史的存在である。』私達も歴史の一部ということです。歴史を科目として捉えずに、自身を振り返るように捉えたら楽しくて楽しくて仕方なくて。図書館で歴史の書物を色々と読んでいたら、授業で習う範囲を超えてしまって。正直、ちょっと物足りなく感じています」

「さすが図書委員長」

「そうだ、明日のテストの勉強一緒にしませんか? ここなら興味深い本がたくさんありますよ」

「そうだね、そうしよっか」

「はい」

私たちは勉強をはじめた。

「あの、翔君。翔君は明太子はお好きですか?」

「明太子?」

「はい。以前調理実習で明太子を作ったので、また食べたくなって作ってみたんです。ご飯のお供にいかがですか?」

「明太子か、ありがとう。おにぎりにしても美味しいよね。月魅って島根出身だよね、やっぱり博多明太子みたいなのが好き?」

「はい、そうなんです。調理実習とは少々レシピを変えましたけど、あッ、もちろん清潔な状態で調理しましたから、食中毒の心配はないかと思います。安心して召し上がってください」

「心配はしてないよ、おいしそうだし」

「そんなに喜んでいただけるなんて…。作った甲斐がありました。お口に合うといいのですが…......実は自信作だったので食べていただければと思って」

「ありがとう」

生活スキルにマイナスがない。これだけで安心感が段違いだから困る。私は有難くもらうことにした。
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