《黒い砂》の影響を受けていないにもかかわらず、化人が夕薙の味方をしたのは死人という種族と氣がよく似ているからだった。あるいはアラハバキが支援したからかもしれない。
弾がきれた葉佩は、途中で剣による大ダメージ狙いに切り替えたのだが、衝撃波をもろに食らってしまい状態異常に苦しむ羽目になった。皆守による攻撃回避や私がマシンガンで弱点の狙撃をしながら牽制しなかったら死んでいたかもしれない。
さいわい踏みとどまった葉佩は、確実に攻撃を積み重ねて勝利をもぎ取ったのだった。
「大和、立てる?」
「ああ......」
「九龍......俺を倒してくれたんだな?お前のような超常的な《力》を持たぬ者が、人ならざる者にさえ近い《力》を持ったこの俺を......。いや───────だからこそ、俺を倒すことが出来たという事か。何の奇跡や《力》にも頼らず、己が身体と知恵だけを武器に戦ってきたお前だから」
「クックック......人の子の《力》確かに見せてもらったぞ。......《鍵》だ......。《鍵》を探せ───────。我が元にたどり着き《秘宝》を手にせんと欲するならばな......待っているぞ、人の子よ───────」
アラハバキは忽然と姿を消してしまった。
「大和......お前一体......何者なんだ」
「話してくれるよな?俺勝ったんだから」
「ああ......話すよ。話すとも。そういう 約束だったからな」
夕薙はそういって口を開いた。
「俺は超常的な《力》など信じていない。必ず人為的なからくりがあるはずだ。だが、この体のおかげでここまで《生徒会》を欺き、誰にも気づかれることなくこの學園の謎を探ることが出来た。夜の墓地を《生徒会》公認で自在に動き回ることが出来たのは俺くらいなものだろう」
「......おい、待て、大和。まさか、お前......」
「......ああ、そのまさかだ、甲太郎。地上までの長い道のりを歩くついでに昔話でもしようじゃないか」
《遺跡》の出口に向かう最中、夕薙は静かに口を開いた。
今から5年前の話である。中学を卒業してすぐ国境なき医師団に参加している父親の手伝いをするために海外に渡った夕薙は、ハイチにいた。当時のハイチは軍事政権の混乱や国連による経済制裁による難民の急増で、都市部を離れて山奥に逃れる住民が後を立たなかった。満足な医療設備のない環境で疫病が蔓延しているということで、夕薙親子はある村に医療援助に向かった。
そこはブードゥー教信者の村であり、司祭が全てをとりしきる閉鎖的な村だった。
ブードゥー教は植民地時代の奴隷貿易でカリブ海地域へ強制連行された黒人たちによって成立した信仰だ。教義や教典がなく、また宗教法人として認可された教団が皆無で、布教活動もしないため、民間信仰である。その儀式は太鼓を使ったダンスや歌、動物の生贄、神が乗り移る「神懸かり」などからなる。
黒人たちは逃亡して山間に潜み、逃亡奴隷たちの指導者が発展させたものだ。白人たちは邪教として徹底弾圧し続け、伝道者を火焙りにした。20世紀に入っても非合法化されたままで、信者たちは逮捕・投獄された。20世紀初頭にハイチを占領したアメリカは、ハリウッド映画などでゾンビを面白おかしく題材にし、ブードゥーのイメージダウンを行った。1987年、憲法により初めて国に認められ合法化されている。
ブードゥー教といえばゾンビが有名だが、あれは本来犯罪者に対する古式刑法であって魔術や呪法ではない。毒により前頭葉を破壊して廃人にし、解毒剤によって蘇生させることで死ぬまで意志のないゾンビとして使役するというものだ。困ったことにブードゥー教の司祭はブードゥーの呪術を背景にした秘密警察で恐怖政治をしくことで平和を保っていた。
それは現代医学で治療可能な病まで祈祷や呪術で治そうとするほどであり、村の死亡率は桁違いに高かった。夕薙親子は現代医学を受け入れてもらおうとしたが、司祭との関係が上手く作れず医療援助は難航した。
それを助けてくれたのが司祭の娘だった。
「とても......いい子だった。まるで太陽のように笑う少女だったよ」
過去形かつ夕薙が懐かしそうにいうものだから、その先に待ち受ける悲劇を予感して皆守も葉佩もうかない顔だ。
夕薙の話は続く。
司祭の娘の手引きで村人に治療を少しずつではあるが施すことができた矢先、その診察室の存在がバレてしまった。秘密警察に誰かが密告したのだ。激高した司祭と秘密警察により夕薙の父親は殺され、すべての厄災は夕薙親子の仕業だとでっちあげられた。娘は生贄にして異教徒を排除しなければさらなる厄災が襲いかかるといわれてしまった。
夕薙は彼女と日本に逃げようとしたが、拒否されてしまった。夕薙親子に協力しながらも彼女自身も信仰を捨てられる覚悟がなかったのだ。
結局夕薙も彼女も捕まり、薬を飲まされて朦朧としている間に隣で彼女を殺され、小屋から連れ出された先で夕薙はみたのだ。広場の燃え盛る祭壇、血飛沫をあびた神の像、横たわる彼女。発狂した夕薙は神の像を破壊した。
その先を夕薙はよく覚えていない。暴風が吹き荒れて祭壇の炎が村全体に燃え広がり、神の祟りに怯える信者たちが夕薙を呪う声が響き渡る。
「俺が覚えているのは、真っ直ぐに俺を見て言い放った言葉だけだ。《お前が全ての元凶だ、その身には恐るべき呪いが降りかかるだろう》」
気づけば《遺跡》の出口近くの大広間にたどり着いていた。夕薙は一度話をきり、葉佩に話を振る。
「父と彼女の命を奪ったのは人間の無知と悪意だ。今でも俺はそう思っている。九龍、君はどうだ?大いなる意思とやらが二人、いや村の死を必然だと決めたんだと思うか?」
「そんなの因果関係はあるだろうけど、偶然だろ」
「九龍......君ならばわかってくれる......そんな気がしていたんだ。自らの力だけを信じてここまで辿り着いた君ならば。ありがとう」
「大和こそ話してくれてありがとうな」
「......翔」
「なに?」
「友達として信用してくれといいながら、君が一番望まないことを今回してしまったな。だが謝るわけにはいかない。すまない」
「あはは、大和らしいね。わかってる、わかってるから安心してよ。私だって大和が譲れないものを抱えてることくらいわかってたからさ。いつかはぶつかると思ってたよ」
「ありがとう。君が理不尽な目にあいながら、必死であがき、考え抜いた結果が今の状況なんだとわかってるつもりだ。君が必死で前に進もうとしていることも。だから尚更、敵に回したくはなかったんだが......」
「警告はしたよね、私」
「何度もされたな」
「私は九ちゃんみたいに優しくないからさ、感謝するんだね」
「ああ、痛感してる。まだ死にたくはないんでな」
私は笑った。
「今夜もいい月が出ているな......。さあ外へ出よう。そうすればすべてがわかるさ、ブードゥーの呪いも村人の怨嗟も俺の背負った業も、なにもかもが」
ロープはしごを登り、私たちは外に出た。
「3人とも、よく見ておくがいい。これが俺の正体だ」
月光にさらされた途端、夕薙の姿が干からびていく。
「───────ッ!?」
「その、すがたは......」
「月の光をあびると急激な老化が始まる。これを利用して、俺は墓守になったというわけだ」
私達はあわてて夕薙を男子寮に担ぎこみ、瑞麗先生を呼ぶことにしたのだった。