スケール2−2 ファントムVS沢渡

一方その頃、城前は混乱の渦中にいた。





『ざーんねん、時間切れかあ。またデュエルしような、城前!約束な!』



ウインクひとつ、ばさりと白いマントを翻す先には。



『……巻き込んですまない、城前。その子をよろしく頼む。それと、ジュースありがとう』



踵を返して去っていったユートがいた。



遊矢とユートは、武藤遊戯とアテムのように、一心同体である。しかも、雰囲気が変わるのではなく、姿形そのものが変化してしまう。最前列で目撃してしまった城前は、彼らがファントムと呼ばれていて、レオ・コーポレーションに追われている時点で、今自分はアニメ次元とは全く違う次元にいるのだ、と理解した。理解せざるを得なかった。完全に包囲された状態で、早々に離脱をあきらめた城前を待っていたのは、アニメを知っている人間なら突っ込まざるを得ない数々だったからである。



まず、ヘリから降りてきたのが黒咲だったこと。お前かよ、と思わず叫びそうになった。衝動を全力で抑え込むのに必死で、言葉が出てこなかった。エクシーズ次元の不審者を追跡している可能性も捨てきれなかった城前にとっては、あまりにも衝撃的な対面だったのだ。次に、乗れ、と短く指示をだし、インカムから指示を仰ぎ、操縦士に指示を飛ばす黒咲。しかもインカムの主は別モニタの赤馬零児。まさかのファントム捕獲専用の特殊部隊、しかも黒咲は赤馬の部下らしい。あまりにもイメージとかけ離れた光景は、大真面目に行われるシュールな笑いを誘う寸劇に見えてしまう。それを最前列という特等席で見せられた城前は、吹き出さなかった自分を評価した。



腹筋を鍛えられている城前にさらなる追い打ちがあった。追撃はさらに表示された別モニタ。他のヘリに搭乗しているのが沢渡と素良だとわかった瞬間、城前はたまらずうつむいた。じゃじゃーん、というお決まりのBGMと城前アウトという言葉が頭の中で反響する。黒咲が子守を押し付けられたと揶揄する沢渡と、指示を出すのは赤馬であり沢渡ではないとイライラする黒咲、あーあ、といった様子であきれる素良が、小学生が怖がってると指摘するくだりがもう限界だった。黒咲がこちらを見る気配がしたが、視線を合わせたら崩壊しかねないので、必死で笑いをかみ殺す。どうやらこの次元では、スタンダード次元やエクシーズ次元や融合次元はボッシュートされてしまったらしい。なんだよ、この空中分解しかねない特殊部隊。



時間軸すらわからなくなってしまったが、初期のデッキがこの次元でも適応されているのなら、沢渡はアドバンス召喚、素良は融合、黒咲がエクシーズのはず。シンクロはどうした、シンクロは。そして、当然のようにハブられる儀式に、欠伸をかみ殺すしぐさで封殺しようと必死な笑いが増幅される。生理的に浮かぶ涙を乱暴にぬぐい、城前は懸命にひとり、笑ってはいけない特殊部隊24時を戦い抜いていくことを決めたのだった。その矢先、ファントムがとうとうヘリに囲まれてしまったことを知らせるアナウンスが入る。別モニタに表示された赤馬が捕獲を叫んでいる。



なんで赤馬のマフラーはそんなにあらぶっているのか。



もう我慢できる気がしなかった。あ、もう、おれ、負けでいいや。お前の勝ちだ、お前がナンバーワンだ。真っ白に燃え尽きようとしていた城前を辛うじて大笑いの地獄から救ってくれたのが、向かいに座る小学生である。城前が楽しげな様子だったり、構ってくれたりするおかげで、不安はすっかり取り除かれたようだ。すぐそばで無言のままこちらを見つめている黒咲におびえた様子は見せるものの、城前がいれば大丈夫だと思ったようだ。



「城前兄ちゃん」

「ん?どうした?」

「大丈夫かなあ?」

「なにいってんだよ、ヘリが落ちる訳ねーだろ。タダでヘリに乗れるなんて、いい体験じゃねーか。そんな顔すんなよ。ほら。あ、もしかして、高いとこ怖いのか?」

「え、あ、ち、違うよ!ボク、高いとこなんかこわくない!」

「ほんとかよー?まーたうわーんて泣くんじゃねーの?」

「泣かないよーっ!」

「あははっ、ならせっかくの遊覧飛行だ、外の夜景楽しもうぜ?」

「う、うん」



こくりと頷いた男の子が窓に張り付く。城前も窓を眺める。城前たちが乗せられたヘリは大きく旋回し、先行していた2つのヘリに追いつくと、すでに挟み撃ちしていたうちの1つが降下する。その穴埋めをする形で城前達はユートが沢渡と対峙するのを見ることができた。カッとヘリのライトがユートを照らす。不安そうに小学生は見ている。そんな顔すんな、と小突くと、こくりと男の子はうなずいた。静まり返ったヘリの中で、黒咲の驚きを溢す言葉を拾った城前は視線を飛ばす。黒咲もモニタ越しの赤馬も、別モニタのユートを見てあきらかに動揺している。どうやらユートと遊矢が二心同体なのを確認してないようで、ユート自体初見のようだ。さっきから聞こえてるファントムは遊矢のことらしい。



ユート見ても反応なしってことは、いよいよエクシーズ次元は関係ないのか、この世界。つーか、逃げてたのになんで立ち止まったよ、ユート。赤馬が別人だからって捕獲をやめるわけないだろ、もしそうだったらおれ達捕まってないよ。あのユートがおれ達を放置して逃げるとは思えないから、きっとユート自身、追っ手の本気度を把握してないと見た。これはファントム自身、赤馬たちの捕獲の目的を把握してねーな、これ。まあ、今回の場合、おれのせいってのもあるんだろうけど。



音声と映像をリアルタイムで流す超高性能なモニタは、こちらからでも十分鑑賞に値するものは確保できる。おいで、おいで、と手招きした城前は、きょとんとしている小学生を膝に座らせた。どうせヘリは待機指示が出ている。シートベルトは大丈夫だろう。う、わ、と抱きすくめられた小学生に、城前は笑った。



「今日はホントに運がいいな、お前」

「え?」

「だって、ホントのモンスターが見れるんだぜ?しかも、今度は本家本元のアクション・デュエルだ!」

「あ……」

「おれとアイツの時はスタンダード・デュエルだったもんな、ほら、見せてもらえよ」

「う、うん」



城前と小学生は位置を動いたわけではない。モニタを見るのは問題ない、と判断したのか、駄々をこねられて面倒事を処理するのがめんどくさいのか、勝手にしろ、と黒咲は吐き捨てた。



「だってよ、OK貰ったし、応援しようぜ」

「でも、ボク、デュエルのルール、分かんないよ?」

「心配スンナ、おれが教えてやるよ!」



城前が宣言した時、モニタ越しに世界が暗転した。アクション・フィールドが展開し、外部からみれば空間が繋がり特殊なバリアが張られた。もうひとつのモニタが表示される。これは沢渡視点の映像、そしてアクション・フィールドのシステムから見た俯瞰図だ。食い入るように見つめる城前の前で、LP4000の文字が点灯した。



「沢渡め、アクション・カードで優位に立つつもりか」



ぽつり、とこぼした黒咲に、ですよねーと城前はこっそり同意した。状況や設定が異なるとはいえ、沢渡とユートの一戦は、アニメでもあった組み合わせである。しかも沢渡はおそらく遊矢と戦うつもりで帝デッキを使用しているから、ユートと戦うまでの下りは偶然にしては面白い一致だ。自分の得意なフィールドで戦うという遊矢との初戦がシフトした感じである。こんなの期待しない方が無理である。あの時は帝VS幻影騎士団だったが、デッキコンセプトが同じとは限らないし、沢渡優位のフィールドなら、地の利は沢渡にありそうだ。あー、ごほん、ともったいぶって城前は咳払いする。



「デュエルモンスターズを愛する全てのみなさま、こんばんは。今宵はファントムVS沢渡のデュエルをお送りいたします。実況解説は、わたくし、城前克己がお送りいたします」



きょとんとしていた小学生だったが、ぱっと表情が明るくなった。さっそくデュエルの基本的なルールを説明しながら、モニタを指差す城前に、小学生は疑問符を飛ばす。


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