スケール2 ファントムVS沢渡
未確認の周波数を感知したセンサーが発動し、ブザーが鳴り響く。MAIAMI市の中心部で質量センサーが作動したという警告文が表示され、ナビゲータの女性が後方に指示を仰ぐ。モニタに向かうスタッフが必死で解析を試みるが、特定には至っていないようで、焦燥が見て取れる。管制室でMAIAMI市をブロック分けし、未確認のエネルギー発生源を探知した印がぐるぐるとまわる。たくさんのウインドウと共に近付いていった先には、デュエルモンスターズ史料館の敷地内にある新設のアクション・デュエルに対応した施設が映し出された。管制塔がざわめくのも無理はない。特定することが出来ていないが、この周波数はあきらかにペンデュラム召喚である。


赤馬零児は眉を寄せた。デュエルモンスターズ史料館は、海外に本拠地を構えるとある資産家の所有物であり、私営の博物館という位置づけの特殊な建物である。資産家の傘下にある警備会社や人材会社がすべてを取り仕切っており、その価値からレオ・コーポレーションともスポンサー契約を結ぶ縁或る施設だが、それ故にあまり表だって調査をすることができない。MAIAMI市において、数少ない不可侵領域だった。監視カメラはもちろん、質量センサー等の特殊なモニタや機材はその敷地内には設置することは不可能なため、もっとも近い監視カメラから映像をみることしかできない。


デュエルモンスターズのアクション・デュエルの施設は、増築された5号館の内部にあり、衛星等を使って屋外から監視することは事実上不可能である。ナビゲータの一人に、デュエルモンスターズ史料館に連絡を入れるよう指示を飛ばした。今日はデュエルモンスターズ史料館のアクション・デュエルの施設完成を記念して行われている大会の日である。ただのアクション・デュエルならば質量センサーは異常を探知しないはずだ。エクシーズ召喚、シンクロ召喚、融合召喚、あらゆるこの世に存在するカードプールを実体化させるときに発生する周波数はデータベース化され、照合されるよう設定されている。そのどれにも合致しなかったから緊急事態を知らせる警報が鳴りやまないのだ。この警報が鳴り響くのは、今のところただ1人だけだった。しかし、あってはらない、がまた更新されようとしている。


「史料館から名簿が届きました」


足早に所定の位置に戻ったスタッフからデータを受け取った赤馬は、ファイルを開く。デュエルモンスターズの大会に参加している人間の一覧にざっと目を通し、違和感ある略歴の人物がいないか探す。そして、ふと、真っ白なデータに直面する。


「城前克己、か。再発行なのに前のデータがない?いや、そもそも登録した形跡がないのか」


検索を賭けてみるが、表示されるのはNODATA。再発行を試みたが失敗し、初心者とおなじ手続きでデータベースに登録された記録が残っている。赤馬と同じ、あるいは年上の青年が映し出されている。環境に応じたデッキを好むようで、特定のテーマを使用しているわけではないらしい。申請したデッキは複数あげられている。その中にデータを感知するようなデッキはもちろん、カードも見受けられない。やがて質量センサーが感知しなくなり、警告音と真っ赤なライトは消え去った。しばらくして、全く探知しなくなった。静寂が戻った管制室にて、未だに分析結果がでないことにいら立ち、多忙を極めるスタッフを眺め見て、赤馬は一人を呼びとめた。


「城前克己について調べろ」


一礼して去ったスタッフとは別のスタッフが、大会の結果が出たようだ、とネットのページを送ってくる。アクション・デュエルで優勝したのは城前克己のようだ。参加したデュエリストの数と使用したデッキの分布を考えても、初心者によるビギナーズラックとは考えにくいだろう。高校生の部で優勝していることを考えれば、相応の実力があるのは間違いない。プロのデュエリストが混じっており、準決勝で城前克己に敗北を喫しているのだから、疑問は深まりこそすれ薄れることはない。公開されたデッキは、シンクロとエクシーズを取り入れたビートデッキである。最近、大幅に強化されたテーマ群の1つであり、城前が使用するデッキとしては不足ない。構築などを見ても、優勝するに値する。他の入賞者のデッキをみたが、質量センサーがその正体を特定できず警報を発しかねないカードを見つけることは出来なかった。ふむ、と赤馬は考える。これは先手を打たれたかもしれない。脳裏によぎるのは史料館のオーナーである。水面下ではあるもの、以前、煮え湯を飲まされた経緯があるだけに、心象はよろしくない。当時を思い出すと心がざわつくので、赤馬は思考を断ち切った。スタッフが城前の情報を送ってきたからである。


「……やはり先手を打たれたか」


思わず口元が吊り上る。面白い、と呟く先には、デュエルモンスターズ史料館が専属のデュエリストを雇ったという速報が流れている。今回の大会で優勝したデュエリストを広告塔にすると以前からアナウンスがあったのは周知の事実。だからこそ、腕に覚えがあるアマチュアのデュエリストは、みんなこぞって参加したのである。そこに突然現れて、2つの部門で優勝を掻っ攫ったのは、無名の十代後半の青年。これがニュースにならないわけがない。スタッフから送られてきた城前のデータをみれば、すでに手が回されているのか、今まで無名だった理由が正当化された、差しさわりの無い経歴が羅列している。身寄りがなく資産家が運営する孤児院で育ったとか。デュエルモンスターズの腕を買われて進学先でも特待生だったとか。今までの恩返しのために出場したから感無量だとか。すべて資産家が慈善事業のために出資している団体が囲っている人生である。これでは信憑性を確かめるために当時の資料を請求しても、真偽を確かめるのは難しいだろう。



現段階では、物的証拠は何一つないものの、状況的証拠が揃いすぎていた。赤馬が新たなターゲットを定めるには十分である。未確認のペンデュラム召喚。そして特定できなかった謎のモンスター。城前克己というデュエリストの顔と名前は、間違いなくこのとき、赤馬の脳裏に焼き付けられたのだった。









緊急事態を知らせるアナウンスが鳴りやまない。市内で質量センサーが類を見ない形で異常反応を示している。管制塔はいつになく緊迫した空気に包まれていた。探知された高濃度エネルギーの発生元は2つ。1つは特定できずエラーが乱舞し、もうひとつはオッドアイズ・ファントム・ドラゴンと特定された。ターゲットが補足された。どうやらデュエルをしているようだ。もっとも近い監視カメラの映像によれば、ファントムと城前克己が小学生の前でデュエルをしているようである。赤馬は思わず目を凝らした。ペンデュラム召喚というキーワードから、いくら洗い出しても共通点はおろか、接点すら見つけられなかった2人がデュエルをしている。ようやく点と線が繋がった気がした。いや、確信するのはまだはやい。赤馬は立ち上がった。


「特殊部隊出動、ただちにファントムを捕獲しろ!奴を挟み撃ちにする、一号機は先行、三号機は一号機の後ろに回り込め!」


オペレータによれば、城前はレオ・コーポレーションの大会に出場している。その時つかったデッキを使用しているかもしれない。残念ながら城前が使用しているデュエルディスクは、デュエル史料館がアクション・デュエル大会用に参加者に配布した特別性であり、レオ・コーポレーション製ではない。そのため、デュエルディスク越しに干渉することはもちろん、デュエル大会に出場した時も自己申告以外のデータは何も残らない。いくら分析しても、ネットワーク外のシステムである。特定することはできないだろう。ファントムはレオ・コーポレーションのソリッド・ビジョンシステムをハッキングしてデュエルを行なう。だから記録は残るのだ。ただし、肝心の使用者自身の情報はなにも残らないけれど。


強烈な閃光に目がくらんで立てない小学生を庇うように、こちらを見上げる城前がいる。怯えてしまい、袖をつかんで離そうとしない小学生をなだめながら、城前は名残惜しそうにファントムが消えていった北の方角を振り返っている。ファントムはビルの屋上に逃亡し、北に向かって移動している。捕獲はこちらの方が先だった。


「二号機は城前克己を捕獲しろ」


ばらばらばら、という轟音と突風にあおられて、小学生を守るのに必死な城前は身動きが取れないようだ。バイクで大会に参加したのは確認が取れている。土地勘がある城前なら本気で逃亡しようとすれば、いくらでも撒けるはずである。相手はへりと数台の車だ。高層ビルの裏路地を縫って地下に入り込まれればなすすべはない。小学生を見捨てられたら、の話だが。もしその選択肢をとれば、間違いなく小学生だけでも捕獲対象となる。それを直感的に理解したらしい城前は、安全の確保を最優先にしたようだった。


へりのライトに照らされ、周囲を特殊部隊に包囲された城前は、あっさり投降したのだった。城前が携帯で連絡するのが見える。おそらく館長に連絡を取っているのだろう。また先手を取られる前に、赤馬はヘリで城前を輸送するよう指示をだす。ファントムの捕獲に先行している2機に追いつき次第、上空から補足するよう指示を飛ばす。


了解した二号機は、城前たちの前に着陸した。黒咲が先頭に立ち、特殊部隊が逃亡しないよう取り囲む。乗れ、と言葉短く命令した黒咲は、城前の口元が吊り上るのを見逃さなかった。


(笑っただと?)


どういうつもりだ、と視線を向けるが、城前はすでに小学生にヘリに乗ろうと提案している。大丈夫だって、とあやす姿には黒咲たちを警戒する気配は微塵も感じられない。多少の抵抗は制圧しろと指示されていただけに、肩すかしである。手間が省けたといえばたやすいが、あっさり投降されると警戒しろといっているようなものだ。城前克己という青年は、所在不明なデュエリストである。あまりにも内包している謎が多すぎる。後ろ盾の資産家グループもきな臭い。それに加えてこの対応とくれば、黒咲の疑心を深くするには十分だった。


(まるでこちらの出方が分かっていたような対応だな)


ファントムとデュエルすることから、特殊部隊の登場は予見していたか。資産家グループからレオ・コーポレーションの調査を事前に知らされており、接触した際の対応を通知済みだったか。いずれにも当てはまりそうなものである。黒咲は不審な動きがあればすぐに制圧するつもりで、二人の行動を待つ。


小学生と城前が搭乗したのを確認して、すぐにヘリを飛ばすよう操縦士に指示を出した。武装した特殊部隊が入り口を固めている。すっかりおびえきっている小学生を窓の側に座らせ、その隣には向かい合う形で城前がいる。黒咲は城前の行動を逐一赤馬社長に知らせるため、すぐ傍らを確保した。


城前は搭乗時から一度も黒咲と一度も目を合わせようとしない。当然である。突然、武装した部隊に取り囲まれ、犯罪者に対する扱いを受け、無理やりヘリに連れ込まれたのだ。好意的な方がおかしいし、普通に接されたら勘繰りたくなる。普通なら小学生のようにお家に返してと泣きわめいたり、動揺して事情を聞いたり、必死で誤解を解くべく努力するだろう。しかし、城前は黒咲を認め、そこにレオ・コーポレーションのロゴを確認しても、気さくな好青年の体を崩さない。小学生をなだめる役に徹しており、黒咲と赤馬、モニタ越しの沢渡や素良の会話に反応することはない。へんに騒がれるよりよっぽどいい。城前が思いのほか冷静な側面を見せたので、黒咲はなにもいわないまま小学生と城前の会話を聞いていた。デュエル史料館からの指示待ちか、資産家からの指示された行動方針なのだろう、とあたりを付けながら。


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