「申し訳ございませんが、他のデュエルディスクはすべて貸し切っておりまして、こちらをお使いください。デュエルディスクをお持ちでない方向けに、貸し出しも行っております。デュエルの大会が終わりましたら、こちらにご返却ください」
スタッフからカードを共に渡されたのは、昔懐かしの遊戯王で使われていた最初期のデュエルディスクである。いや、プラスチック製のおもちゃではなく、明らかにお金がかかっていそうな意匠の凝っているイベント用のデュエルディスクだ。ご丁寧にKCなんてロゴまで入っている。復刻版だろうか、もし販売するならお札が飛んでいきそうなものである。無料で参加できるイベントなのに大きなオトモダチ向けのグッズを使わせてくれるなんて大盤振る舞いにも程がある。ありがとうございます、と受け取った城前に、なんでかスタッフは重ね重ねありがとうございます、と嬉しそうに笑った。どうやら他のデュエルディスクは、アークファイブなどで使われてるものもあったようだ。最近のデュエリストにとっては、最初期のごつごつしたプロトタイプデザインはかっこよくないのかもしれない。もったいねえなあ、と思いながら、城前はあらためて大会の申し込みを終わらせて、出場する人たちが集う会場に案内されたのだった。
アクション・デュエルというイベントに反して、スタンダード・デュエルよりも参加人数はすくない。むしろギャラリーの方が多い。たしかにこれは観客になった方がおもしろいのかもしれない。でも、せっかくの遠征である。久々の大会だ。乗らない手はない。
アクション・デュエルか、とデッキケースを眺め見て、考える。これはもう使うデッキは1つしかないだろう。大会用に複数積んできたデッキから1つ抜き出した城前は、入念にデッキとエクストラとサイドを確認した。
そのうち、割り当てられた番号札が読み上げられ、スタッフに連れられてアクション・デュエルの会場に連れてこられる。そこは、四方を真っ白な空間で囲まれた体育館くらいの広さがある場所だった。見渡した城前は、パネル展示ではなくて、完全3Dによる再現デュエルの方だと確信して、いよいよテンションが上がる。わざわざ高そうなデュエルディスクを貸し出してくれるということは、使ったカードをホログラムで出現させてくれるってことだろう。これはやばい。まさかこんなクオリティ高いものだとは思ってなかった城前は、期待に胸を膨らませて、アナウンスを待った。
『デュエリストのみなさま、所定の位置におつき下さい』
反対側の通路から現れたのは、大学生くらいの青年だった。中央まで歩いていった城前は、お願いします、と頭を下げた。彼も笑って応じる。よかった、幸先いいぞ、いい人だ。
『お互いにデッキを交換し、シャッフルしてください』
デュエルディスクにセットしてあるデッキを引き抜いて、青年に渡す。彼から受け取ったカードを手にした城前は、スリーブを付けていないことに軽い衝撃を受ける。なんて剛のものだ。カードが傷ついたり、濡れたり、大変なことになるのを気にしないなんてすごすぎるぞ。さいわい、デュエルディスクはスリーブ越しでも反応してくれることは確認済んでいるので、なおさら驚きを隠せない。青年にデッキを返してもらい、こちらも返す。どうか事故りませんように、と祈るような気持ちでシャッフルし、デッキにセットする。
『それでは後ろにあります円のところに移動してください』
振り返れば、スポットライトがまぶしい所がある。城前はそちらに向かって、青年と向き合う。
『アクション・フィールドをセッティング。フィールド魔法、≪アスレチック・サーカス≫を発動します。≪アスレチック・サーカス≫には2つの効果があります。ひとつめは、このカードがフィールド上に存在する限り、アクションカードを使用することができます。アクションカードは1ターンに1度しか手札に加えることができません。このカードはこのカード以外の効果を受けません』
世界は、一瞬で変えられる。巨大な風船の壁でできた大サーカスが広がった。リズミカルな音楽が流れ、ステージを取り囲むたくさんの観客が青年と城前のデュエルを待ちわびている。青年も城前も想像以上の完成度の高さにきょろきょろとあたりを見渡している。まるでほんとうにサーカス団のメンバーとして観客を楽しませるステージにいるような錯覚に陥る。すっげえ!と思わず声を上げた城前に、青年も大いにうなずいた。
「よーし、いっちょやりますか。アクション・デュエルと言えばあれでしょ」
「あれ?」
「あ、知りません?アクション・デュエルをするときのお決まりの台詞」
「あー、ごめんなさい。僕、面白そうだから参加しただけでよく知らないんです」
「あはは、気にしないでください。おれも似たようなもんですから!じゃあ、おれが変なこと言っても気にしないでくださいね!あー、ごほん」
なんといってもトップバッターである。これはいうしかないでしょう、とばかりのテンションで、城前は高らかに宣言する。
「戦いの殿堂に集いしデュエリストたちが、モンスターと共に地を蹴り、宙を舞い、フィールド内を駆け巡る!新たなる戦いを望むデュエリストたちには、相応しい舞台がある!さあ、はじめよう、アクションデュエル!今、ここに開幕!」
AIでも搭載されているのか、アスレチック・サーカスの観客たちの大歓声が広がった。
「それがアクション・デュエルのお決まりの台詞なんですね、すごいな。初めて対戦する相手があなたでよかった。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします!」
デュエルの開始を告げるブザーが鳴り響いた。
これはやれといわれたようなもんだな、と城前は思った。相手がアニメ未視聴で、遊戯王OCGしかしない人ならなおさらやるのは城前しかいない。相手が乗ってくれる人だとわかったので、止める理由はなかった。
「おれはスケール×の××××とスケール×の××××でペンデュラムスケールをセッティング!これでレベル×から×までのモンスターが同時に召喚することが可能になりました!」
演出なのか、デュエルディスクのペンデュラムゾーンが発光して、モンスターゾーンが浮きあがるような表示に切り替わる。
「揺れろ、魂のペンデュラム!天空に描け光のアーク!ペンデュラム召喚!さあ、来い!おれのモンスターたち!まずは×××!続いて×××!さらに×××!最後は×××!そして真打登場、×××!さあ、いきますよ!シンクロ、エクシーズの始まりです!」
激流葬に襲われるお約束はあったものの、なんとか勝利を収めた城前は、そのまま勢いに乗って優勝することができたのだった。表彰式がおわり、帰り支度をしていた城前はスタッフに呼ばれて事務室に行った。ネットに載せたいからデッキを見せてくれという。安請け合いした城前は、デッキを主催者たちに見せたのだ。そしたら、面白いものを見つけたとばかりに笑う館長に言われたのである。
「あんた、城前克己っていったっけね?どこでこんなデッキ手に入れたんだい?」
「え?普通に買いましたけど」
「あっはっは、冗談いっちゃいけないよ。ペンデュラム召喚なんてもの、初めて見たよ。そもそも、あのカードが認証できないってのがおかしいんだ。調べてみたら案の定、そんなニンゲンこの国のどこにもいないって言われちまったんだが、どう思う?」
パソコンのモニタを見せられ、思わず固まる城前の肩をばしばし叩いて館長は言った。
「いくとこないなら、悪いことはいわない。うちの子になりなよ、城前克己君。オーナーもそう言ってくれてるしねえ?」
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