「いずれなどという時間は必要ない!!今ここで私と戦え!!」
すさまじい勢いで崩落していく洞窟に出現した黒い球体。それを中心に波紋を描くように広がる機械仕掛けの空間。すさまじい光によって構築されていくのは、巨大な金庫を思わせる重々しい扉である。遊矢を閉じ込めるために展開していたソリッドヴィジョンによるフィールドを改竄し、ハッキングすることでリアルタイムに構築しているのだろう。そこから現れた蓮と名乗る仮面を被ったライディングデュエリストは、零児と遊矢に宣戦布告をした。
二人が追い求めているG・O・Dを目覚めさせるカードは彼の主人であるイブが持っており、そのの覚醒が目的だと告げる。遊矢と零児はそのカードに選ばれた存在であり、ふたりが持っているアダムの因子というものがイブの因子というものと揃うことで、初めてその目的が達成されるという。いずれその力をもらい受ける、とつげ、彼はきびすを返した。
「待て!」
「君たちと戦うことを私たちは楽しみにしている。ユーゴともね」
走り去る直前、蓮が現れたことで突然出現していた謎の黒い球体が周囲を吸収する。金属が絡み合う歪な音が響き渡り、時計仕掛けの時計の中に居るような錯覚をおぼえる。その黒の球体を中心に展開している金属の空間は鈍色を輝かせながら左右にねじをまき、蓮が消えると同時にその規模を縮小していく。
「私”たち”だと!?」
零児が叫ぶが、蓮はその言葉を返すことはなかった。だが、零児はその意味を悟った。ほんの、ほんの一瞬だけ、見えたのだ。あの黒い空間の向こう側にいる人影を。それは蓮がくぐり抜けたとき歪に揺らめき、ほんの一瞬だけ色が宿る。中央に鎮座する髪の長い女。彼女は蓮と名乗った男と同じ仮面をつけており、表情を読み取ることができない。その傍らには見たことがない男が立っており、見覚えがある少年のシルエットもあった。遊矢とのデュエルから行方不明になったままの紫雲院空と思われる少年がこちらをみて笑っている。その側には。
鍾乳洞を利用して作られていた空間はあっという間に瓦解する。
黒咲と沢渡が柚子をつれて脱出するのを見届けて、ソリッドヴィジョンを展開した零児と遊矢は、それぞれのフィールドに存在していたエースモンスター。《DDD運命王ゼロ・ラプラス》と《オッドアイズ・ファンタズマ・ドラゴン》に乗って、そこから脱出した。真っ黒な夜が広がっている。満月が数多の星々の輝きをかすませているせいで、満月の周囲はなおのこと真っ暗に見える。崩れ落ちる大地の音は遠い。はるか上空、いまにも満月が届きそうな高く高くまで主人を乗せて舞い上がったモンスターたちは、ぴりぴりとした緊張感のまま対峙する。デュエルは中断となってしまったが、第三勢力の介入、お互いが背負っているものをぶつけ合ったことで初めて知った事実、そして矛盾する余りにも多くの事象、それらが目移りさせてしまい、デュエルに集中できる状況ではなくなってしまっている。遊矢は満月を背に飛翔する悪魔とそれを従える青年に呼びかけた。
「零児、これでオレを信じてくれただろ?オレ達の敵は同じだ。力を貸してくれ。オレ達が力を合わせればきっと奴らにも勝てる!」
彼らの世界を崩壊させたのは、《ジェネシス・オメガ・ドラゴン》だと彼らはそれぞれの父親から聞かされた。ソリッドビジョンに質量を持たせるために発展したはずの、質量を持たせる粒子を貯蓄する仮想空間に突然出現した謎のモンスター、そいつはその仮想空間に存在した粒子をすべて我が物とし、彼らの世界に様々な事変を持ち込んだ。そして世界は終わりを迎える。その刹那に彼らは20年前に飛ばされたのだが、遊矢も零児も互いの父親から、そのドラゴンを目覚めさせたのは、互いの父親が原因だと聞いていた。それが人工的に作られたモンスター”神”なのか、別の次元から迷い込んできたオゾマシイなにか、なのか、それすら情報は錯綜している。ただ今回はっきりしたのは、二人が《ジェネシス・オメガ・ドラゴン》である、と認識していた世界を崩壊させる存在は、また別に存在するらしい。蓮の言葉を借りるなら、アダムの因子とイブの因子を揃え、《ジェネシス・オメガ・ドラゴン》の中に眠るGODという存在を覚醒させることが彼らの目的なのだという。創造と破壊を司るという途方もないドラゴンは、きっと彼らが見た世界の終わりをもたらした存在なのだ。
蓮はいった。
そのGODに二人は選ばれたと。ふざけるな、という怒りが遊矢にはあった。零児は父親から遊矢の父親が世界を終わらせた《ワールド・イリュージョン事件を起こした》と聞いていたらしい。別の人格とはいえ遊矢にはユーリ、ユート、ユーゴという理解者が3人も居た。だが彼は一人だ。一人でずっとこの事象を追いかけていたという。それも遊矢がこの時代に転移する2,3年も前に飛ばされた状態で。なにもわからないまま、父親の言葉だけが道しるべであり、ひたすらがんばってきたことは想像に難くない。だからかたくなになっている、視野が狭くなっている、そう遊矢は感じた。だから言葉を投げた。
しかし、遊矢の思っている以上に、零児の返事は冷淡だった。
「それは城前克己に対してもいうつもりか?」
「え?」
「お前はずいぶんとアイツを気に入っているだろう、協力を仰ぐつもりのようだがな。見えなかったとはいわせないぞ、榊遊矢」
「・・・・・・零児も見えたんだね」
遊矢は静かに目を伏せた。
「初めからアヤシいとは思っていた」
「え?」
「私がこの世界にたどり着いた時、シェルターは地下に埋もれていたという話をしただろう。このまま窒息死するはずだった何者かが私を地下深くから地上に転移させたとな」
「ああ」
「父さんは私に全てを託してくれた。《ジェネシス・オメガ・ドラゴン》を探すために、20年後に存在していたレオ・コーポレーションも、質量を決定する素粒子を貯蓄する仮想空間も、それを管理する大規模な施設も。そして、アクション・デュエルを可能にする、スーパーコンピューターも。もう気づいているだろう、榊遊矢。この時代には本来存在しないものが、まるで初めからあったかのように時代が改変され、再構成されていると。それは人々の記憶にも及んでいると。だからこそ私は、本来父さんが歩むべきだった人生を踏み台にする形でここに居ることができている。私がそれらとは別に転移したのは、おそらくその再構成という途方もない事象に巻き込まれないようにするためだ」
「そうじゃないかとは思ってたよ。オレのデュエルディスクは20年後のだ。これがまともな使い物になるのは、レオ・コーポレーション製だけだった」
そこまで言いかけて、遊矢ははたと我に返る。
「え、じゃあ、城前は?」
零児は苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「零児?」
「知らん」
「え?」
「私はあの男を知らない。20年後の世界にあんな男はいなかった。ワンキル館の後継者などAIがやっているのが暗黙の了解だったはずだ」
「AI・・・・・・?いや、え、ちょっと待ってくれよ、え?」
「私が、俺がここにいるために、そうではならなくなってしまったんだ。俺が彼を殺した。彼の意思を次ぐ者はあらわれてはいけないはずだった。それが俺の贖罪だった」
「ちょっと待ってくれよ、零児!何の話をしてるんだ」
「だが、城前を見たとき、ひどくうれしかった自分がいるんだ。それだけがどうしても許せない」
「零児・・・」
「城前克己が蓮の消えた空間にいたのを見ただろう、榊遊矢。お前はあれを見ても、城前克己にも同じことをいえるのか?」
それは遊矢に投げられた言葉と言うよりは、零児の自問自答に近い言葉だった。
「黒咲たちに聞いただろう。城前は20年後から来たと。好きできたんじゃないと。元の世界に帰りたいと。そういってたそうじゃないか。それでもお前は、力を貸してくれといえるのか?」
「城前があそこに居たのは、蓮たちに協力するためだって零児は考えてるのか?」
「それ以外に何が考えられる。あの男はお前がくるよりもずっと前にこの世界に転移してきたんだ。そして、俺を挑発してきた。俺はここに居るぞといわんばかりの登場だった。あれは今でも覚えている。あの男はペンデュラムを使ったんだ。それがどういう意味かわかるか、榊遊矢」
「えっ、城前が?!」
「お前は聞かされていないようだが、別人格にでも聞いてみるんだな。あの男は下手をしたら俺達よりもペンデュラムを熟知している」
「城前が・・・・・・」
「初めからすべてお膳立てされているおぞましさがお前にはわかるか?身に覚えのない人生、業績、すべてを背負って生活することを強制される、当たり前とされるその恐怖が。私はまだいい。父さんはそれをやるべきことのためのお膳立てだと言ってくれた。だから私は耐えられた。だが城前克己は違う。奴はこの世界の再構成に呑まれたんだ。俺達と違って、オリジナルなのにオリジナルであることを許されない。本人は誰よりも滅びたはずの未来を羨望しているのにだ」
握られた拳が白む。
「榊遊矢、新たな敵が現れようが私はお前の父を許したわけではない。それに私は許されるべきではない。私は自分の力で奴らを倒す」
突き放すように投げられた言葉だったが、遊矢はまっすぐに見据える。そして言葉を返した。
「たった1枚のカードから世界は誕生した」
「なんだと?」
「デュエルモンスターズは、ある儀式をもとに誕生した世界で一番普及している儀式なんだから、何が起こったって不思議じゃない。世界の危機だってよくあることだ」
「それは?」
「城前がおれに教えてくれたことだよ」
「城前が?」
「ああ。記憶喪失のふりをして聞いたとき、城前はそっち方面から調べてやろうかっていってくれた。禁則事項だって教えてくれなかったけどさ、零児も城前に同じこと聞いたんじゃない?敵か、味方かって」
「・・・・・・」
「それは肯定ととるよ。なあ、零児、城前にこういわれたんだろ?デュエルできるならなんだっていい。邪魔しなけりゃ味方だし、邪魔するなら敵だって。シンプルでいいだろって。おれはさ、零児。城前がデュエルしてるとき、すっげえ楽しそうなのは零児の考えてるような奴じゃないからだって信じてる。だからいうよ。力を貸してくれって」
「奴が手を取るとでも?」
「今んとこは振られるだろうけどね。だって、今んとこ、俺と零児と敵対か中立を守ってた方がデュエルできる回数ふえるし。それってワンキル館から提示されてる条件とも合致するし。もっと楽しいデュエルができると分かったらきっと来てくれると思ってる。だから俺は心配してないよ」
「・・・・・・楽観的だな」
「どうとでも。マジシャンは悩みをみせちゃ仕事にならないからね」
ウインクを飛ばす遊矢に、零児は冷ややかなまなざしをなげ、そのまま去って行った。
『彼には心を整理する時間が必要だろう、遊矢』
「わかってるよ。いつか分かってくれる。そう信じてる」
満月に遠のいていく影を見届けて、遊矢は呟いた。そして、後ろを振り返った。
「さーて、どういうことが説明してくれよ、ユーリ−?勝手にデュエルしたあげく、ペンデュラムなんてめっちゃ大事な情報隠してた理由はなんだよ?」
『私も気になっていた。私たちが就寝している間に何をしていたんだ、二人で。勝手な行動は慎んでもらいたいものだがな』
「近いですね二人とも。離れてくださいよ」
ユーリは冷や汗を掻く。ユーゴはまだ回復しきっていないようで、ここは2対1。どうあがいても分が悪い。どうしましょう、と目をそらしながら、ユーリは必死で思考を巡らせたのだった。
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