スケール23 蓮
「盛り上がっているところ悪いんだが、素良。そろそろ城前克己をこちらに連れてきてはくれないか?イヴが待ってる」

「えー、今、いいところなんだよ。待って、もうちょっと待って。ボク、今負け越してるんだ!」

「どれだけ熱中してるんだ。彼のドクターストップも無視して、全く。本調子じゃないんだから、無茶してまたベッドに逆戻りになってもしらないよ」

「だーから大丈夫だっていってるでしょー?城前といい、蓮といい、みんなして言うこと一緒なんだから。大げさだなあ」

「やれやれ。爆破の衝撃で気を失ってた張本人はのんきなものだね。助けに入った仲間のいうことは聞くものだよ」

「う、それを言われると困るなあ。でももーちょっと待って!ほんと待って!《深淵に潜む者》と《ナイアルラ》と《裁きの竜》をこれから突破しなきゃいけないんだよ!」

「なんだいそのエゲツナイ布陣。よくワンキルされなかったね」

「へへ、何回もデュエルしてるうちに城前のプレイングの癖が分かってきたからね!」

「楽しそうで何よりだ。でも、そろそろ遊びの時間はおわりだ」

「むー、つれないなあ。わかったよ」

「じゃあ、これから迎えに行こうか」

「えっ、やだ」

「やだって、なにを言ってるんだい、素良。ここからはずいぶんと距離があるじゃないか」

「これから城前つれてくってイヴに伝えてね、それじゃ」

「おい、素良!」

一方的に切れてしまった通信に、仮面の男はため息をついた。肩をすくめて、振り返る。そこには足を組み、優雅に座っている女性がいる。髪は長く、露出度の高めな服を着ている。見入ってしまいそうな美しさがある女性だが、その冷たさをたたえたまなざしと、顔の半分近くを酷いやけどの跡が美しさを損なってしまっている。白衣の男を思い出すような怪我だ。共通の事故や事件にでも巻き込まれたのだろうか。おそらく彼女はそれを明かすまで城前を信用しているわけではないだろう。だが、幾多の映像から城前克己という青年を観測してきた彼女は、素良の不自然なまでの行動に合点がいったようで笑っている。

「というわけで、素良が城前を連れてくるのはしばらくかかるようです」

「ええ、わかりました。私のプレゼントを気に入ってくれたようですし、さらなるおもてなしを用意するとしましょうか。ふふ」

「イヴは素良に甘くありませんか」

どこか不満げな蓮の声に静かにイヴは首を振る。

「蓮は今のうちにデッキ調整をした方がいいと思いますよ」

「え?なぜです?ああ、城前がデュエルを挑んでくることを危惧しているのですね」

「違いますよ、その逆です」

「逆?」

「城前克己という青年にとっては、初めてのテーマ、カードというのはなによりも優先されるものなのです。なにひとつ自分を証明できない世界に放り出され、自分を自分たらしめてくれたのがデュエルモンスターズだった。その時点で、彼は自分が思っている以上にデュエル優先でものを考えるようになっています。我々と同じような思考をもつに至っている。彼の視点では、蓮、貴方はとても気になる存在なのですよ」

「イヴよりですか?」

「きっと素良はそれが嫌で、少しでも時間を延ばしたいのでしょうね」

「すいません、言っていることが少しわからないのですが」

イヴは彼が来るまでの余興だとばかりに話し始める。

きっと素良はここに来るまで、こちらのことについてある程度話すはずだと。城前はきっと気づくはずだ。本来融合使いであるはずの素良が、初めての決闘であそこまでシンクロを駆使することができたのは腕の立つシンクロ使いがいたはずだと。第三勢力としての素良と分かれる直前の会話の時点ですでに当たりをつけている。きっと問答無用で理解するはずだ。シンクロを素良に教えたのは蓮だと。

そして、イヴは城前のおぼろげな記憶を観測する中で、蓮の使用している《白鯨》というテーマを見つけることができなかった。つまり城前の世界に《白鯨》というテーマはまだ生まれていなかった、もしくは違う形で再現されている、ということになる。つまり城前の知らないテーマなのだ。ユーリとの決闘、先ほどまで行われていた素良との決闘を見る限り、城前は知らないテーマ、カード、そういったものを前にすると無垢な少年のような反応をする。どきどきしたり、わくわくしたり、まるで童心に返ったかのような、そんな反応をするのだ。城前の強さはそのカードを自分が手にしたらどう活用しようか、どんなコンボができるか、持ち主の意図しない方法を瞬く間にその膨大な知識とプレイング経験から導き出してしまうことだ。試行錯誤してデッキを構築し、デュエルすることをなによりも好むその性質にある。そうして得たデータはすべてワンキル館に送られ、蓄積されていくのだ。それはもう一級品の資料となる。

「そんな彼が貴方の使用するデッキを見たらどう思います?」

「・・・・・・素良が私のデッキを貸せと言ったのはそのせいですか、全く」

ライディングデュエルをやったことがない初心者にはあまり興味が無いらしい。蓮は少々困ったような仕草をする。仮面に覆われているせいで表情はうかがえないが、きっと眉が寄っているだろう。

「スタンディングデュエルの経験も無くはないですが、あまり気乗りはしませんね」

「ユーゴとの決着までとっておきたいと?」

「ええ、正直なところ。私は彼にあまり興味がありません。彼の前任者ならライディングデュエルの経験もあった優秀な決闘者でしたからね、考える余地もあったんですが」

「なるほど」

「イヴが望むというのなら、やぶさかではありませんが」

「いえ、そこまで無理強いするつもりはありません。貴方が素良ほど城前克己という青年に価値を見いだしていないのなら、そこまでする必要はないでしょう。彼のことは素良に一任しましたから、蓮はそこまで考えなくてもいいですよ。今のところは」

「ありがとうございます」

イヴは笑う。そして、つい先ほど終わったばかりの遊矢と赤馬社長のデュエルを最前列に鎮座している巨大なモニタに映す。素良が二人の決闘をみせてあげる、と約束していたはずだから、準備しなくてはならない。彼が榊遊矢に好意的なのはわかっているし、赤馬零児に好戦的なのはわかっている。スタンスはどうあれ、どちらの陣営にもつかないと宣言している。それは黒咲達、まだ部外者の側面が強いながら、なんとか事態の急展開についていこうとしているこの時代の人々にすら同じだといっていた。城前がもとの次元に帰りたいのは知っている。もしこことつながりを持ってくれるなら、イヴとしてはいろいろと動くことができる。二人の因縁の決闘を一部始終みることでどういう反応をするのか、とても気になる。彼は一般に流通していた榊遊矢の使用するテーマデッキが覇権を握る環境からやってきた。赤馬零児の使用するテーマについてもかなり熟知しているし、一般に流通しているデッキテーマとのデュエル経験が豊富なのも分かっている。知らないカードにたいする考察と判断、そしてそれをプレイングに反映する速さは幾度も観測してきた。それを遺憾なく発揮できるかどうか、そこにイヴはとても興味があるのだ。

そして、イヴは持っていた仮面をゆっくりとつける。今はまだこの顔をさらすときではない。

「おまたせー!」

素良の元気な声が響き渡る。

「やっとですか、遅いですよ、素良」

「いやあ、ごめんごめん。でもそれはイヴだって責任あるよね?城前の世界とはいえ、世界大会の会場だよ、世界大会!あんな大歓声、盛り上がるに決まってるじゃん!ボクたちの世界とルールがちょっとずつ違ったりするし、それもいちいちおもしろいんだもん!やめどきがわかんなくて困っちゃうよ」

「まったく」

蓮はためいきだ。そして、こほん、と咳払いした後、ゆっくりとあたりを伺っている青年のところに近づく。遊矢の脳内で出会った、遊矢のフィルターのかかっていない本物の城前克己とあうのはこれが初めてだ。ワンキル館に指定されているとはいえ、髪型から目の色から服まですべて前任者とよく似ている。これは遊矢が記憶の中で混同してしまっても無理はないなと改めて思うのだ。そして、ワンキル館が優秀なAIではなく、城間に広告塔を任せるにいたった理由は是非とも蓮も知りたい。それは理由如何によっては、城前をこっちに引き抜く動機にもなりうるからだ。

見た目は人なつこい印象を受ける、活発そうな青年だ。蓮は声をかけた。

「案内役の君が仲介しないでどうするんだ。せっかく招待したのに、壁際の花となってるじゃないか」

「おれ、男だけどな」

「はは、混沌使いの君にはいらぬ気遣いだったかな。私の仲間の気が利かなくてすまない。私は蓮というんだ。事情があって仮面を外すことはできないんだ、このままで挨拶する無礼を許してほしい。よろしくたのむよ」

「おれはワンキル館所属の混沌使いの城前だ。素良の仲間ってんなら、わかってるだろうからいうけど。こことは違う次元からきた決闘者だ。よろしくな」

手袋をはずし、蓮は城前と握手した。

「ん、君はバイクに乗るのかい?」

「え?あ、ああうん、まあな。なんで突然」

「いやなに、職業病さ」

「もしかして、ライディングデュエルすんの?」

「ああ、そのもしかしてだ。そうか、君が。人は見かけによらないな」

「え?なんで?」

「17にはあるまじき手だなと思っただけさ。免許をとって1年ではこうはならないよ」

「はあ、そんなことまでわかっちまうのか。すげえな」

しみじみと城前は自分の手を見る。ぐーぱーするがそこにあるのは何の変哲も無い手だ。

「初めていわれたよ、そんなこと。まあ、バイク好きなのは認めるけどよ。一応、大会に出るために都心まで遠征でるくらいには好きだしな」

「そうか。その様子だとライディングデュエルの経験はなさそうだな」

「つーかおれの世界にはそれ自体ねえよ」

「ないのに知ってるのか。ほんとうに不思議な世界から来たんだな、君は」

「まあな」

笑った城前はどこかうれしそうだ。

「よかったら蓮のライディングデュエルってどんなルールなのか教えてくれよ。おれの知ってるルールと違うのか興味あるし」

「それ聞いちゃうの、城前。蓮にその手の話振らせたらうるさいよー、なにせ大陸のチャンピオンだしね」

「えっ、まじで?」

「ああ、そういう経歴ではあるよ」

「へえ、そうなのか。なあ、蓮の世界って、《極星》の使い手とかいたりすんの?」

「ますます君のいた世界はどんな世界なのか想像できなくなってきたな。なぜそのテーマを知っているんだ。いや、レッドデーモンズを所持している時点でとんでもない世界の人間なのは間違いないな。すまない、つまらない質問をした」

「いやいやいや、なんでおれがすげえ奴みたいな流れになんの?おれが持ってるカードはみんな、一般に流通してるカードだぜ?」

「それ自体が私たちには驚愕に値するんだ。まあ、個人的な話は後にしよう。きてくれ」

「んー、納得いかねえけど、まあいいか。わかった」

城前は蓮に促され、はるか遠くの玉座に座っている女性を見据えた。


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