スケール21 ようこそ箱庭へ
「そのデュエルディスクから映像はもってこれねえのかよ、沢渡」

「それができれば苦労しねえよ。赤馬社長が回線切ってやがる」

「本部に掛け合うとかしてさ」

「クリアライセンスは赤馬社長が上だ。スタッフに頼んだところで許可を出すのはあちらだから意味は無い」

「そーかよ、ご丁寧なこって!」

あーくそ、めんどくせえ、と城前がぼやいたのは無理もない。柚子のプライベートスペースをひっくり返してようやく見つけることができたさらなる地下空間に続く通路。どこまでも続いていて、終わりが見える気配はない。かれこれ30分は歩いただろうか。やけに自分たちの声が響くくらいにはなにも聞こえない静寂があたりを支配している。ライフラインが確保されていることだけは事実だ。そうでなければ、今頃城前達は酸素不足で死んでいる。時折換気を促す特大なファンが遙か頭上で回っていて、電気が通っていることを知らせる明るい蛍光灯だけが延々と続いている。さび付いた鉄扉の向こうはいずれもむわっとした湿気がはじめに来て、不快な臭いを連れてくる。いずれも破棄された研究施設で置きっ放しになっていたいろんなものが腐り始めている臭いなのだろう。いずれも外れの部屋だ。沢渡と黒咲のデュエルディスクに点灯しているマッピング機能も、そもそもこの破棄された研究施設の内部データと照合できなければ意味をなさない。だいたいこのあたり、という点滅と周りに広がる波紋は、そもそも地面の下に埋まっている状態なのだ。少しずつ近づいては来ているものの、沢渡たちだって今自分がどこに居るのかわからないのだ。ただひたすら降りるしかない。

「こんなに広いところだったなんて」

「柚子ちゃん、あそこしか見たことねえんだ?」

「はい、てっきりあそこが遊矢たちのアジトなんだって思ってました」

こくりと柚子は素直にうなずく。

「ずいぶんと地下に潜るんだな、とっておきの場所ってのは」

へへ、と呟く城前はどこか面白そうな顔をしている。ライトを持ち、前を進む足取りは軽い。

「どうして、どいつもこいつも地下に潜りたがるんだかねえ」

「うれしそうですね、城前さん」

「だってテンション上がらねえ?秘密基地みたいでさ」

「えー、私もっと綺麗なところがいいです。ここすっごい汚いし」

「それがいいんじゃねーか、な?黒咲」

「なぜ俺に振る」

「いやだってお前好きだろ」

「勝手に決めるな、知るか」

「えー。じゃあ沢渡は?」

「ついでのように聞くなよ。まー、俺は嫌いじゃねーけどな」

「お、分かるね、旦那。こーいうところは地下デュエルって相場が決まってるよな」

「いやなんでそうなるんだよ、その理屈はおかしい」

「地下デュエル?」

「なんで食いつくんだよ、黒咲!」

「えー、ノリ悪いなあ。こういうとこではカードの研究をしてるって相場が決まってんだよ」

「なんでカード作るのにこんな大規模な施設がいるんだよ」

「えっ、いらねえの?」

「お前頭おかしくね?みたいなノリで言われても反応に困るっつーの!俺に振られてもしらねえよ!?お前らの世界と一緒にすんじゃねえ!」

沢渡の言葉に城前はツボにはまったらしく、声を上げて笑った。

「お前の勤め先言ってみろよ、沢渡」

「レオコーポレーションはカードじゃなくてソリッドビジョンのためにでっかいビルがあるんだろ」

「デュエルモンスターズありきのソリッドビジョンだろーが。ソリッドビジョン自体はすでにこの世界にあるんだよ。質量を持ち込めたから天下のレオコーポレーションなんだろーが。わかってねえな。たった1枚のカードから世界が創造されるような世界に生きてるくせに何言ってんのお前」

「城前ってナチュラルにオカルト信じてるのかよ、引くわ」

「世界で一番普及してる儀式やっといてそれはねーわ」

「さっきから何の話をしている」

「え、デュエルモンスターズの話」

しれっと言ってのける城前である。どういう意味だとふると、ずっと続く探索に嫌気がさしていたこともあって、城前は話してくれた。

はるか昔に古代エジプトの神官が残したとされる壁画を見たゲームデザイナーが、そこに刻まれていたデザインに魅入られてカードを作ったのが始まり。宇宙の万物の両極性を象徴するそのカードは、その彫刻の文言をとって、すべてを手に入れた者は伝説となり、決闘王の称号を得ると言われ、絶対的な支配階級の頂点になるといわれている。その伝説のカードを手にした初代決闘王が城前にとってのデュエルモンスターズであり、デュエリストになるきっかけだったという。城前の勤め先である海外グループは、そのカードゲームを始めた当時の大手企業の流れを汲む側面もあり、もともとデュエルモンスターズに対する情報量も歴史もすさまじいものがあったという。できることならゲームデザイナーにも会いたいが、どこにいるのかわからない。決闘王の時代からずいぶんと時間が流れてしまっている。決闘王に会いたい、がその海外企業に身を置くきっかけだったらしい。

どこまでもデュエル大好きなんだなとしか思えないのは、沢渡も黒咲も同じらしい。

20年後の世界からこちらにきたのだ。そんな昔のデュエルモンスターズが好きなら、20年後から見れば古すぎるテーマであるライトロードやカオスなんてものを使いたがるのも分かる気がした。

「だから、デュエルモンスターズって、世界最古の儀式を再現してるとこもあるんだよ。だから案外なにがおこってもおかしくないとは思うぜ?」

そういいながら開いた先には空間が広がっていた。

「ここみたいだぜ」

「やっとご到着かよ。ご丁寧に結界張りやがって。これじゃ中の様子が見えないじゃねーか」

きょろきょろあたりを見渡す城前は、下に降りていく階段がないか探しているようだ。沢渡はそっと下をのぞいた。ファントム捕獲用にデュエルが終わらなければ解けない結界が展開している。外部からは何もみえない。よほど大事な話をしているらしい。ここはほかの研究施設というよりは、そのさらに下に広がる鍾乳洞のような場所だった。あきらかにむき出しの地面などが目に入る。やけに空気が冷たいのは暖かい空気に押さえつけられて逃げ場がない冷気がたまっているからだろうか。

「ここも地下か」

黒咲の脳裏をよぎるのは、赤馬社長がこの世界に転移してきたと思われる、あの発掘現場の地下深くにある高層マンションの一室だ。今思えば内部からどうやって外部に出ることができたのか、謎が深まる。赤馬社長のほかに転移した人間がいて、救助を行ったのか、それとも20年後の技術でどうにか脱出できたのか。質量を操れるのだ、どうとでもなる気がする。余計なことを考えるのはやめて、黒咲は沢渡と共に下をのぞく。

「あれ見ろよ、あれ」

「なにかのポットか?」

「たぶん、あれが榊遊矢の転移装置だな」

「たしかにあれだけういているな」

「なるほど、赤馬社長に見せたいとっておきの場所には違いないよな。こっから榊遊矢の20年前の世界は始まったわけだ」

「赤馬社長とはずいぶん状況が違うみたいだな」

「だなー、明らかに緊急脱出用って感じだ。絶対同じ場所から転移はしてねえ。ってことは、俺達が通ってきた道を使って榊遊矢はあの基地まで上がってきたってことか」

「ねえ、さっきから何の話してるの?」

「何って榊遊矢のことだよ。なんだよお前、榊遊矢の仲間のくせになにも聞いてないのか?」

「何ってなによ。私は遊矢が記憶喪失だけど、世界が滅びる夢を見るから止めたいって思ってることしか聞いてないわ」

「世界が?」

「ちょっと待て、それ詳しく」

「え?ええいいけど」

遊矢は柚子を巻き込みたくなかったに違いない。それは20年後の柚子と知り合いだからなのか、それとも過去の人間だからなのか、それはわからない。それでも沢渡たちからすれば見え透いた嘘である。もうここまで来たら遊矢のことを沢渡たちよりずっと知っているこの少女を巻き込むのは当然の流れである。柚子は訳の分からないまま、自宅で聞かされたこと、アジトで聞いたこと、デュエルに行く途中でちらっと耳にしたことを話した。そして聞くのだ。どういうことだと。なんでそんなこと聞くのかと。沢渡たちは何の躊躇もなく話す。榊遊矢が比較的好意的なのはこの柊柚子と城前克己だけなのだ。引き込まない理由がない。全部聞かされた柚子が待って待って待ってと一気に入ってきた情報量に大混乱になるまでもうすぐである。

「くっそ、回線切ってるのはマジみてーだな」

はあ、と城前はためいきをついた。フィールドが展開されている範囲は、そのきらめく謎の壁によって目視することが可能だ。巨大な地下空間に降りる前にそのてっぺんと同じ高さから、悪い足場を慎重に進め、ぐるっと回ってみたが空振りだった。どこかに遊矢たちに逃げられないよう監視の機械でも仕込んでいるのではないかと思ったのだがみつからない。どうやら赤馬社長は遊矢を捕まえるのではなくデュエルすることの方がお目当てだったようだ。ひとつでも見つかれば回線を拝借してワンキル館に流し、勝手に外部カメラをリンクさせて内部を拝見することだってできたのだが。これはもうデュエルが終わるのをおとなしく待っているしかないらしい。つまんねえ、と思いながら、ふと顔を上げた城前はその違和感に気づいた。

「なんだ、あるじゃん」

たった一つしか無いのが気になるところだが、それはあった。不自然に浮遊する球体のようななにか。ドローンの亜種だろうか。ソリッドビジョンで実体化したなにか、だろうか。ここからだとあまりある死角をカバーできない気がするが、360度視認できる高性能なカメラでも搭載されているのだろうか。城前はゆっくりとそれに近づいた。

『さっすがだね、カオス使い』

「その声は、紫雲院か?」

『ぴんぽーん、大当たり。へへ、もう見つかっちゃったね』

城前の表情がこわばる。まさか素良の所属する第三勢力が監視に来ているとは思わなかった。

『まさかこんなに全力で追いかけてきてくれるとは思わなかったよ。もしかしてボクのファンだった?』

「んなわけあるか」

『ひどいなあ、そこはふりでもいいから、そーだっていうところでしょ?まあいいや。約束は約束だし。案内するよ、城前。転移装置、貸してあげるって約束だもんね』

「お、おい、紫雲院?!」

『あははっ、デュエルはこっちが映像撮ってるから見せてあげる。おいでよ、城前』

ゆっくりとカメラが城前を向く。そして、立体幻影が照射される。城前は見覚えがあった。これは素良がいなくなる直前に出現した光の歪みだ。

『どう、城前。君の探してた転移装置とどっちがいい?気に入ってくれた?』

気づいたら、城前は真っ白な病室の前に居た。や、と笑う水色の少年はぺたぺたとスリッパをならしながら歩いてくる。病人のような患者服を着ているあたり、あのときのように本調子じゃないといったのはあながち嘘ではなかったらしい。どうやらあのときの素良はソリッドヴィジョンのようなものだったようだ。傍らにはイヴの許可無く勝手に部外者をとこめかみを押さえる白衣姿の長髪の男が居る。ぎょっとするくらいのケロイドがひどい男だ。なにかの事故に巻き込まれたのだろうか。それはともかく。ここは、ときょろきょろあたりを見渡す城前の手をひく。

「そんなことよりデュエルしようよ、デュエル。今度はボクの本命デッキで!」


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