スケール20 ??日前の話
『ねえ、起きて。起きてったら』

肩を揺らす柔らかな振動に素良は瞬き数回、ぼんやりとした視界が自分とよく似た水色を映す。心配そうにのぞき込んでいる少女は、素良が目を覚ましたのをみて、ぐっすりだったね、と笑った。病院のベッドの住人である彼女は素良とよく似た背丈の、よく似た顔をしたショートカットの女の子だった。パジャマがあたりまえの生活の中で、せめてもの女の子らしさをもとめて、髪の毛をきれいに整えてあげるのはいつだって素良の仕事だった。体を冷やさないようにといわれているのだろう、ずっと大きな毛布に体をすっぽりと覆い、彼女はおはようと笑った。ん、おはよ、といいながら素良は目をごしごしこする。目尻から浮かんでくるものに気づかれたくはなかった。これは夢だと自覚してしまう察しのいい自分がいやになる。こういうときくらい、何も知らないあのときのように過ごしたらいいのに。

『どうしたの、素良。突然』

「なんでもないよ。それよりどうしたのさ、美宇。今日はずいぶんと早起きだね」

『わ、私だって早起きすることくらいあるよ!・・・・・・たまには』

「たまにはなんだ」

『だって素良がデュエル大会のこと、すっごく楽しそうに話すから!聞いちゃったら、私だってやりたくなるに決まってるでしょ!』

「あははっ、消灯は10時なのにね。美宇は悪い子だなあ」

『私にこれくれた素良だって悪い子でしょう?』

「うん、そーだよ。今気づいた?」

『そんなわけないよ。素良のことは私が一番よく知ってるもの。いい子がファーニマル使ったらびっくりするわ』

「ひっどいなあ、かわいいじゃん。みんな」

くすくす美宇と呼ばれた少女は笑う。そして、巡回の看護師がしばらくこない時間帯なのを見計らって、デュエルディスクを手にした。いこ、と促してくる素良に、二つ返事で美宇は内緒のお出かけを決行した。入り口は小さなパソコンだ。デュエルディスクを通してアバターを出現させ、素粒子を美宇の映像に投影することで、まるでそこに彼女がいるかのように、等身大の偽物が成り代わってくれる。体が弱くて病院が家のようなものだった美宇にとって、この質量を決定する素粒子を貯蓄する仮想世界、そしてその世界で展開されている数々のサービスは、まるで健康な体であるかのように錯覚を起こすほど大好きな場所だった。そして、素良に急かされるように、美宇はそのひときわ大きな人だかりの波に呑まれるのだ。

アクションデュエルの大会だった。

『すごいね、やっぱり!』

美宇はきらきらとした目を向ける。

「あちゃー、受付終わってる」

大きな看板に記されたスケジュールをみて、がっくり素良は肩を落とした。ここなら美宇と一緒にデュエルをすることができる。タッグデュエルだって、アクションデュエルだって、シングルデュエルだって、なんでもできる。すでに受付の時間はすぎており、別部門まではまだまだ時間がありそうだ。なんで起こしてくれなかったのさ、と恨めしげなまなざしを投げる素良に、全然起きなかったじゃない、と美宇は口をとがらせた。どうしようか、と二人は顔を見合わせる。

「フリースペースいく?」

『でも一杯だよ?順番待ちじゃない?』

「うっわ、ほんとだ。混みすぎ」

『どうする?素良』

「んー、そうだな。せっかく来たんだし、いろいろみて回ろうよ」

『うん』

せっかくきたのにつまんないと言われやしないか、美宇ははらはらしていたようだ。ほっとしたように笑顔になる。何を心配しているんだ、という話だ。美宇がいるから楽しいのだ。いなかったら何もかもが二分の一になってしまう。美宇がいるからなんだって二倍なのだ、楽しいことも、悲しいことも。ふたりだから平気だった。

このサービスが大々的に開始されてから、素良と美宇は毎日のように入り浸っていた。この仮想空間はふたりにとって気兼ねなく遊ぶことができる、いつだって自由になれる、そんな世界だった。なにせ仮想空間なら現実とは全く異なるアバターを用いれば、全く異なる自分を体感することだって可能なのだ。なりたい自分を作り上げ、そこでやりたいデュエルのプレイングがいくらでも練習できるとすれば、それはまるで夢のような世界といえた。素良も美宇もそこまで凝ったアバターは作れないけれど、デフォルトのままだって問題ないのだ。思いっきり走り回っても誰も咎めないし、なによりもそれが可能なこと自体が大事だった。リハビリと称した仮想空間での訓練が医療の分野にまで進出してから長いことたつ。美宇の闘病生活の中で初めて出会ったこの世界は、今の美宇と素良にとってなくてはならないものだった。そして、この世界の象徴でもあるライトロード使いは、彼らにとって憧れであり、いつか戦ってみたい決闘者だった。

アクションデュエルを始めた決闘者の中で、その普及に一役買っていた決闘者がかつていた。

彼が見上げた特大のディスプレイには、いつだって挑戦者と白熱したデュエルを繰り広げる男が居た。

『ねえ、素良』

「え?どうしたのさ、美宇』

「ここってデュエルしていい場所みたいだよ」

『あ、ほんとだ。こんなとこにもあたんだ、フリースペース』

「じゃあ、やる?」

『うん』

「あのー」

素良は近くで休憩していた青年に声をかけた。

「うん?どうしたんだい、少年」

「これから僕たちデュエルするんだけど、ジャッジしてくれない?」

「いいよ、俺で良かったら」

快く受け入れてくれた青年は、どうやらジャッジの経験があるらしい。フリーデュエルだというのに、まるで大会のようなしきりを始めた。ちょっと驚いたふたりだったが、青年がにこにこしながら先を促すのに気づいてうなずく。これはこれで楽しそうだ。そして始まったデュエルは一進一退の攻防で、第三者がいることも相まっていつもより白熱したものになっていく。次第にギャラリーができはじめ、気づいたら結構な人だかりになってしまっていた。それに気づいた素良も美宇もデュエルが楽しくなってきて、今更やめるなんて選択肢はでてこない。さあもう一戦、となったとき、ジャッジをしていた青年が、ちょっとごめん、とジャッジ席から降りてくる。インカム越しになにか話をしている。どうやらスタッフだったようだ。

「ごめんよ、これから持ち場に戻らなきゃいけないんだ」

えー、とかわいらしいブーイングが飛ぶ。ごめん、他の人に頼んでくれるかい?と申し訳なさそうに青年は手を合わせる。

「お兄さんの仕事ってどれくらい大事なのさ」

「そりゃもう大事だよ、すっごく大事さ。メインイベントなんだから」

『あ、もしかして、アクションデュエルのジャッジとか?』

「まあそんなところかな」

「えっ!?やけにサマになってるなあ、と思ったけど、ほんとに本職の人なの?!ならはじめに言ってよ!知ってたら僕ジャッジの仕事とか面白そうだから聞きたかったのに!」

「あはは、ごめんごめん。二人ともいいデュエルするから楽しくなっちゃってね。これからもいいデュエルするんだよ」

「お兄さん、いつの試合が持ち場なの?僕見に行きたい」

『お、うれしいこと言ってくれるね。俺の持ち場はエキシヴィジョンなんだ』

「えええっ!?あのライロ使いの人がでる試合のジャッジなの、お兄さん!すごいじゃん!あれってジャッジでもすごい人しか出られないんでしょ!?」

『ほんとにすごい人だった!』

「あはは、俺も有名になったもんだなあ。じゃ、応援よろしくな」

『ジャッジの人応援ってへんなの。まあいいや。今回はジャッジの人にも注目してみるよ。がんばってね』

青年はおうと笑って去って行った。そして、彼らのデュエルを見ていた野次馬の人がジャッジを申し出てくれた。

「しっかし肝がすわってんな、お前ら」

「え?」

『なにが?』

「あのライロ使いにため口たあ、いい度胸だ」

二人の絶叫が響いたのも懐かしい思い出だ。

あの世界がなによりも理想郷だった。

素良はあのときの世界を取り戻すためにここにいる。必ず美宇と一緒に居られる世界を創るためにここにいるのだ。それを再認識させる切なくもほろ苦い夢の終わりはどこかの医療施設の中だった。

「ずいぶんと早いお目覚めだね、素良」

左の額から耳にかけてひどいケロイドの痕が残る眼鏡をかけた青年が、隣の椅子に腰掛けたまま顔を上げた。

「あれ、ここは?」

「君は蓮に助けられて、ここへ運ばれたんだ。前後の記憶は覚えているか?こちらの見立てなら目覚めるのに数週間はかかると思ってたんだがね」

「ええと、たしか記憶を操作してレオコーポレーションに潜入して、榊遊矢と、」

「そこまで思い出せれば十分だ」

ぱらぱらとカルテをめくりながら、長髪の白衣の男は笑う。

「まずはいい知らせと悪い知らせがある。どちらがいい」

「じゃあ、悪い知らせから」

「君のご贔屓だったライロ使いはすでに死んでいる」

「ああ、うん、ワンキル館がある時点でわかってた。いい知らせは?」

「その後を継いだカオスライロの使い手は、AIではない」

「え」

「君が潜入したとき入手した計画は間違いなく実行されたはずだ。エントリーしている中に該当しているとおぼしき決闘者が何人も居た。だがことごとく敗れている」

「それってほんと?城前克己ってやつに?」

「ああ」

「そっか、そっか、それじゃあ、正真正銘の実力で広告塔の地位をつかみ取ったんだ城前克己ってやつ!八百長じゃないんだ!でもデータは無いんだよね?」

「ああ、榊遊矢、赤馬零児と同じくデータは一切存在しない」

「ふーん、そっか。どこから来たんだろう、20年後から?でもいろんなカード持ってるしなあ、ほんとにワンキル館はとんでもないやつ雇ったよね。気になるなあ」

どこか楽しげな素良は、かつかつかつという音に気づいた。

「蓮じゃないか、どうしたのさ」

「君が目覚めたと聞いてね。イヴが呼んでいる」

「はあいっと。ねえ、僕の服どこ?」

「あそこだ」

折りたたまれた服に着替えながら、素良はいいことを思いついたと蓮を見上げた。

「ねえ蓮」

「なんだ?」

「城前を連れてこれそうな方法考えたんだけどさ、知りたい?」

「・・・・・・いやな予感がするのは気のせいか?」

「白鯨貸し」

「だめに決まってるだろう」

「けちー」


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