スケール20 ???
「どう思われますか、イヴ」

遊矢のデュエルディスクから記憶の世界についてのデータを持ち帰った蓮は、上司であるイヴにそのすべてを差し出した。四方がエナメル質の光沢の壁に覆われた空間は、すべてが縫い目のない緩やかな曲線で結ばれている。イヴと呼ばれた長い髪の女性が手を伸ばすだけで、蓮が持ち帰ったデータは、突如出現したモニタによって再現される。すべてを見終わったイヴは、その不思議な形状のいすの上で足を組み、仮面越しに口元を緩ませる。

「ご苦労様でした、蓮。貴方が持ち帰ってくれた榊遊矢の記憶は、彼がアダムの因子である可能性を高めてくれたと思います。そして、それだけでなく、興味深いデータを持ち帰ってくれました」

「城前克己ですか」

「ええ、そうです。彼は我々の目的とは外れますが、興味深い人間です」

「彼の存在が城前克己によって上書きされてしまっているところですか?」

「ええ、それもあります。ですが、その違和感を榊遊矢は感じ取っている。それだけワールドイリュージョンが引き起こしたゆがみというものが、この世界にもたらした影響は甚大だと気づいているはずです。きっと赤馬零児も」

現在進行形でデュエルを行っている二人の決闘者を眺めながら、彼女はほほえむ。口元しかわからないが、楽しそうだ。

「イヴ、まさかとは思いますが、榊遊矢が混同しているわけではないのですか?」

「もちろんそれもあります。ですがね、蓮。この世界はワールドイリュージョンによる歴史改変によって、多大な影響を受けています。もはや榊遊矢と赤馬零児は単純に20年後からやってきたというわけではないのです。それはきっと彼らが一番よくわかっているはず。どうあがいても同じ未来には到達し得ないと。ただ、何もしなければ同じような道筋をたどるとも」


イヴはいう。

GODによる世界崩壊の先手を打って、榊遊勝が発動したワールドイリュージョンにより、世界は崩壊するかわりに二人の人間が過去の時間軸に転移した。GODの目覚めの阻止という使命を託すため、赤馬零王はアクションデュエルの研究のすべて、そして今まで培ってきた研究のすべてを転移させるという荒技をおこなった。レオコーポレーションという会社、提携先であるワンキル館、後ろ盾の資本家グループとのつながり。20年前には存在しないはずの事象を20年前に違和感なく溶け込ませ、はじめからあったかのように歴史を改変し、人々の認識を塗り替え、お膳立てをした。20年後の未来という膨大すぎるエネルギーから生まれた素粒子を再構築の材料にしたからこそできたことである。よって、この時代の人間は、はじめからレオコーポレーションが存在し、ワンキル館があり、アクションデュエルというオーバーテクノロジーな技術の上に成り立つはずの道楽が今の技術力によってできたただの遊びだと信じてやまない。そのせいで、本来死ぬべきではない人間が死に、生まれるべき人間が生まれない、といった悲劇がたくさん存在する。

その最たるものがワンキル館の設立のきっかけとなった決闘者だ。彼の死がワンキル館設立の特異点だから、この特大の歴史改変が起こった時点で、どうあがいても彼の死は確定してしまう。イヴが面白いといったのは、彼女が観測した本来の20年後の世界で存在した決闘者と城前克己という人間が似ているにもかかわらず、ほんとうに赤の他人だという点だ。城前克己はこことよく似た次元から偶然転移してしまった人間であると彼女は知っている。修正力が働き、別次元の存在がそのポジションにおかれたのか。それとも別の外的要因によって改変前の今の時代に転移する途中で、歴史改変という特大の揺らぎに巻き込まれてしまったのか。それはわからない。でも、着地点は同じだ。城前克己という青年は、本来存在するはずだった決闘者の穴埋めをするために存在する。少なからず取り込まれてしまっているように彼女は思うのである。転移前の城前克己を観測したが、こちらの世界に転移してからは、とりわけあの決闘者と容姿が似ているように思う。隅々まで及んだ歴史改変の積み重ねの中で、決闘者と城前克己という青年は、同一の存在でないにも関わらず、本来あるべき時間軸に無理矢理存在しない存在をねじ込まれたせいで生まれた矛盾のゆがみが影響して、まるで同一の存在であるかのように扱われている。城前克己はこちらの陣営の存在に反応していると素良から報告を受けているのだ。彼自身わかっているのだろう。ずっとこの世界にいては、間違いなく世界に飲まれると。観測され続けると間違いなくこの世界の人間として認知されてしまい、どこにもいけなくなると。


20年後の世界ではその決闘者の後継者となり得る人間はいなかった。20年後のように、学習機能を強化したAIに代行させ、あたかも広告塔になりえる人間がいるかのように演出するはずだった。そこに現れたのが城前克己という死ぬ運命を固定化されてしまった哀れな決闘者によく似た人間なのだ。この世界が城前をこの世界に固定化させようとしている。

それだけ世界の崩壊を止めたい、明確な意思を彼女は感じてしまう。外的要因なのか、内的要因なのか、自分たちとは違う勢力が存在するのかはわからない。それでも、感じてしまうのだ。あまりにもできすぎているから。城前克己という異分子の登場は。20年後の未来における彼の死は、数多のすれ違いとたくさんの人々の思惑、そして彼自身を危険視する勢力によってもたらされた不運だった。彼が止めようとした世界の崩壊は防げなかったが、やり直しの機会を遊矢たちは得ている。それを実現するために行われた歴史改変によって、彼の死は確定した運命となってしまった。でも、その代わりに城前克己という20年後の未来にはいなかったはずの異分子が彼の代わりとして動き始めている。


黒咲たちが遊矢と赤馬社長の決闘に乱入しようとしている。その様子を別画面で見ていた素良が、得意げに笑う。


「ね?ちょっかいかけにいってよかったでしょ、蓮。城前が黒咲たちに同行したのは、僕が挑発したおかげだよ、きっとね」

「そうかな?黒咲に負けて、渋々といった様子だけど」

「いーや、そうだね。きっとそうだよ。だって城前が黒咲たちにあっさり別の次元からきたことしゃべっちゃうのは、僕がいったことが影響してるはずだし」

「それは間違いないでしょうね。黒咲達の間ではどうも齟齬があるようですが、城前の口が軽くなっているのは、素良の存在が大きいでしょう。彼はワンキル館側に私たちを探すために行動することを宣言しています。これからは様子見だけでなく、実際に動き始めるでしょう。それを考えれば、今回の同行はその一端でしょうね」

「でしょー?さすがはイヴだね。よくわかってる!」

「それなら、君にシンクロ召喚を教えた僕の功績でもあるというわけだね」

「それは言わない約束でしょ、蓮!」

「だいたい、君はあの少年のソリッドヴィジョンと入れ替わって、こっそりデュエルする予定だったんだろう?一発でばれてしまったじゃないか」

「だからあれは事故だっていってるでしょ!まさかあの子がサイコデュエリストの卵だとは思わなかったんだよ!デュエルアバターハッキングしたら、あの子の意思とシンクロしちゃうとか誰が思うのさ!」

「ふふ、たしかにあれは予想外でしたね」

「もー、ほんとハラハラしたんだからね?というか、イヴ、城前が別の世界からきたってこと、なんでもっと早く教えてくれないのさ。意地悪!」

「それについては謝罪します。まだ城前克己の世界については、捕捉できる位置にないためか、城前克己自身の記憶からしか憶測できないのです。彼はこの世界にきてもう1年になる。元の世界の記憶も詳細がだいぶ薄れてきています。今は私たちの観測している未来とは全く異なる歴史を歩んだ世界を元に、デュエルモンスターズが構築され、私たちとは違う方向性で発展してきた世界としかいえないのです」

「あれでいて、城前はプロではなかったという話ですよね、イヴ。とんでもない世界だな」

「城前克己という決闘者は、元の世界において一般に流通していた環境デッキとしてのEMを使用していますから、使用カードが転移の理由とはなり得ません。ですが、それはあくまでも城前の視点での話です。この世界においてはそうではない可能性も十分にある。今のところ、城前克己自身がサイコデュエリストだったり、特異な能力を持っているようには見受けられません。だからなおのこと困るのです。この次元に転移してきた理由がわかりません。それがわかるまでは注視する必要がありますね」

「そっかあ、わかった。じゃあさ、イヴ、蓮、もしものことがあったら、僕が城前にまた会いにいってもいい?」

「だめだと言っても、君は勝手にいくだろう?」

「うん、いくつもりだけど一応ね」

「わかりました。城前克己については、貴方に一任します。素良。城前克己が私たちに興味を示しているのは事実です、その功績は大きい。貴方の好きなように動いてみてください。現状、彼は赤馬零児にも、榊遊矢にも、黒咲達にも、ワンキル館にも荷担する気はないようです。もとの世界に帰りたい、が第一目標である以上、私たちの言葉に耳を傾けてくれるかもしれませんからね。よろしくお願いします」

「はーい」


素良はにこにこ笑う。建前なんてどうでもいいのだ。今度こそはファーニマルでデュエルしたい。それだけである。


prev next

bkm
[MAIN]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -