スケール20 突撃ファントムのアジト
「どうする、沢渡」

「どうするもなにも、探してる張本人から電波が来てるんだ。いくしかねえだろ」

「たしかにそうだな」

「よかったじゃねーか、探し人が見つかってよ」

「いってるそばからどっか行こうとすんじゃねーよ、負けたろ!」

「べっつに沢渡には負けてねえだろ!」

「まだ話は終わってないんだ、俺たちと来い。わざわざそちらに出向くのは時間の浪費だ」

「勝者がそう言ってるけどどうするよ?」

「うっぐ、そういわれちゃどうしようもねえ。わかったよ、ついてきゃいいんだろ、ついてけば!」


投げやりに叫んだ城前を引き込んだ二人は、インカムごしのオペレーターからもたらされる情報と、リアルタイムで送られてくる端末のマッピングを元に先を急ぐ。ファントムを捕獲するために展開されるデュエルを終わらせなければ脱出不可能なソリッドビジョン。そしてデュエルをする関係で発生するカード情報を高速処理するワンキル館とレオコーポレーションのスーパーコンピュータへのアクセスと情報処理のプログラム。アクセスできるクリアライセンスは最上位、むろんそれが可能なのはレオコーポレーションの若き社長である赤馬零児その人だけだ。しかも、デュエルしている相手がわからない、ただ何度も計測しているエネルギー波であるというのだから、おそらくファントムだろう。なにをどうやって、正体不明、神出鬼没、自由自在にハッキングする能力を持つ謎のデュエリストのアジトにたどり着いたのか、さっぱりわからない城前だが、黒咲と沢渡はやっぱりという認識を深めていた。

二十数年後の未来からきた二人である。しかも両親である父親同士は同じ職場の同僚であり、友人であり、共同研究の論文をいくつも書くような親密な間柄だったようだ。職場がこの国の軍需産業に関わりが深い研究機関の時点で、相当学識の高い人間だったに違いない。あるときを境に研究をしていたテーマをデュエルモンスターズに持ち込んでいる彼らは、それぞれの道で成功を収めている。ノウハウがない彼らにソリッドビジョン、そしてデュエルのあり方について、様々な方面から提携を申し出たのがワンキル館の後ろ盾である海外の大手ホビー会社であり、デュエルモンスターズがテーブルデュエルをしていた時代から提供していたところ。もはや知り合いでない方が不自然というやつだ。そのわりに赤馬邸の写真には遊矢の姿は一枚もなかった違和感である。なにがあったかはしらないが、質量を決める粒子を自在に操作できるようなとんでもないオーバーテクノロジーの世界からやってきた彼らである。沢渡たちが想定するよりずっととんでもない方法で場所を特定したのかもしれない。もはやSFの世界だが、実際に彼らは未来からやってきたんだから仕方ない。冗談で笑い飛ばすことができないほど、沢渡も黒咲も足を突っ込みすぎてしまっている。もうここまで来たら、とことん首を突っ込んでやるという気概である。

そのためには、その十数年後の未来からやってきた三人目だと自白した城前は絶対に必要な存在なのだ。彼がいるのといないのとでは、遊矢と赤馬社長の因縁について話を聞くにしてもとっかかりが段違いになる。だから城前は帰りたくてたまらないという顔をしても、問答無用で連行するのだ。それがわかっているのだろう、城前はいやそうな顔をしてはいるが逃走する気配はないのだった。


「ずいぶんと深いな」

「ほんとにな」


マップが案内するのは、ライフラインが通っている地下トンネルである。レオコーポレーションのソリッドビジョンの恩恵を受けるため、この街はありとあらゆるところにあの会社の手が入っている。直属の部下であるという証を提示するだけで、あっさりと通されてしまうあたり薄ら寒さすら感じてしまうのはご愛敬だ。関係者以外立ち入り禁止という言葉は意味をなさない。むしろスタッフが率先して案内してくれる。そこにワンキル館の広告塔である城前が同行していることで、あからさまに彼らは目の色を変えるのだ。ワンキル館はレオコーポレーションと提携を結んでいる上に、後ろ盾は世界的な大企業グループなのだ。もはや語るのもはばかられるような大規模な計画があって、その視察にやってきた、とかなんだか適当なことを想像されてしまっている。赤馬社長はまだ十代だが、素粒子を操作するなんてむちゃくちゃなことを可能にしてしまった魔術師扱いされている科学者でもあるのだ。沢渡たちがいくら若かろうが、直属の部下という肩書きの前には、なにかしらの面で特化したものがあるにちがいないという偏見の目で見られてしまう。

やがて彼らは再開発の関係で放棄されたライフラインにたどり着いた。そこでスタッフと別れ、さらに先に進む。その先には広い空間があった。


「あ、あんた達は捕獲部隊の?!や、やっぱり遊矢を捕まえに来たのね!」


円柱の空間に広がる異様な光景の真ん中で、今にも泣きそうな顔をしながら叫ぶ女の子がいる。真っ赤になっている手を後ろに隠し、遊矢はどこにもいないわよとあからさまに嘘をついてみせる。ぐしぐし涙をぬぐっているあたりなにかあったらしい。あのときの!と声を上げる二人を尻目に、城前が顔を出す。


「城前さん!?どうして城前さんもここにいるの?」

「柚子ちゃんじゃねーか、ってことはやっぱここ遊矢たちのアジトなのか。実は数日前から赤馬社長が行方不明らしくてさ、ここら辺でデュエルしてるって反応があったらしいぜ。おれ、無理矢理連れてこられちまったんだけど、柚子ちゃんしってるか?」

「えっ、えっ、それってどういうこと?二人とも遊矢を捕まえにきたんじゃないの?」

「それを指揮する人間がいなけりゃどうしていいんだかわかんねーだろ、だから俺達はここに来たんだよ」

「もちろん任務は果たさねばならんが、今は赤馬社長と対面するのが先だ。このあたりにいるはずだ。どこにいる?」


近くにいると反応をしている端末をならしながら、沢渡達はあたりを見渡している。ぽかんとしている柚子である。


「もしかして、あの人、ほんとに一人で乗り込んできたわけ?!えっ、ちょ、意味分かんないんだけど!」


どうやら柚子は遊矢からなにも聞いていないようだ。いきなり叫ぶなよ、うるせーな、と耳をふさいだ沢渡と言い合いをはじめた柚子を背に、ここがファントムのアジトか、と城前はあたりをみわたした。殺風景な空間である。なにかの研究施設だったのだろうか。巨大なモニタが三面鏡のように並べられ、複雑なコードが絡まり、巨大な機械が鎮座している。四方をカーテンで間仕切りされているところがある。おそらく柚子の部屋なのだろう。昔、ここで寝泊まりしていた研究者、もしくは警備員室から拝借してきた備品をならべ、生活空間がすみの方にあるがさみしいところである。レオコーポレーションが昔放棄したところのようだ。だからレオコーポレーションのパソコンやネットワークに相乗りしたり、ハッキングしたりする通信手段がまだ生きている、もしくは簡単に復活させることができたに違いない。逆をいえば探知されやすいところでもある。

城前はデュエルディスクをワンキル館のネットワークに切り替える。そして遊矢が勝手に拝借しているであろう無料回線を拾い上げ、転送した。捕獲部隊にばれてしまった以上、アジトを別のところに移す可能性はおおきいが、一応証拠はもってかえるべきだろう。


「きゃーっ!乙女の部屋に勝手に入らないでよ!!」

「ぼーっとしてないで、おまえも手伝え、城前」

「こっから反応があるんだよ!早くこいよ!」

「だからなんのことーっ!?って、城前さん、ふたりを止めてくださいよー!」

「何してんだよ、おまえら」


端から見れば女の子の部屋にあるものを片っ端から外に出している、不審者以外の何物でもない。せっかく遊矢たちが作ってくれた空間がむちゃくちゃにされてしまい、柚子は呆然としている。話はそこの女に聞け、と無愛想な返事を返され、肩をすくめた城前は柚子に視線を投げた。


「赤馬社長なら、30分くらい前に突然ここに来て、遊矢にデュエルを挑んできたんです。なんか訳のわかんないこといってたけど、すごく怒ってた。それで、そこで遊矢と赤馬社長が下に落ちて消えちゃったんです」

「下?」


こくこくうなずく柚子に、隠し階段とかないかと聞いてみるが、ぶんぶん首を振る。ずっとデュエルしたかったと悲しげな笑顔とともに消えた白フードの少年である。殺意にみなぎる来訪者と姿を消されては不安が募るに決まっている。いてもたってもいられず、あっちこっち回って下に降りられそうな場所を探してみたが、今のところそれらしいところがひとつもない。もうできることがなくてひたすら遊矢の名前を呼んで、ここを開けろと叫ぶしかなかったらしい。


「あったぞ」


黒咲の声がする。こっちこいよって手招きする沢渡のところに柚子とむかった城前は、大きな大きな鉄の扉を見つけた。さっきまで簡易な柚子のベッドがおいてあった場所だ。どうやらはじめからそのつもりで配置していたらしい。


「大丈夫かな、遊矢」

「大丈夫だって、柚子ちゃん。遊矢はあっさり負けるようなやつじゃないだろ?」

「そ、そうですよね。あっさり負けちゃったら、うちの塾もり立てる講師として失格だもの。がんばってもらわなきゃ」

「何の話してんだよ、おまえら」

「こっちの話よ」

「デュエルはまだ続いてるみてーだし、早く行こうぜ」

「だが暗いぞ、沢渡」

「うっわ、ほんとだ。すげーなこれ」

「ほんとだ。こりゃなんかねーときついな。スマホじゃ無理だ。柚子ちゃん、懐中電灯ありそうな部屋ってどこかわかる?」

「あ、はい、こっちです」

「さんきゅー」


残念ながら懐中電灯は電池が死んでおり、一つしか用意することができなかった。わざわざ電池を買ってくる時間ももったいないということで、適当に見繕った電池でかろうじて動くものを手に、誰が先に行くか沈黙が降りる。目配せする城前と沢渡。黒咲は一番後ろにすると早々に宣言してから、早く決めろとせかしてくる。無言のじゃんけんの結果、懐中電灯を用意して、城前は先頭に立つ。あんまり親しくない二人の近くにいるのはなんとなくいやなのか、城前の後ろについていくことにしたらしい。柚子は、スカートを押さえながらはしごを下りた。


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