スケール19 異邦からの来訪者
それは1年ほど前にさかのぼる。


「まさか本物が紛れ込んじまうとは思わなかったよ」

「なにいってんすか、館長。本物って」

「もちろん言葉の綾だよ、城前克己さん。誰も城前さんのことをここの持ち主の決闘者だなんて思っちゃいないさ、誰もね。ただ状況的にあまりにも整いすぎてたもんだから、無理もないと思うわけさ。だから説明はする。だからすぐにとはいわない。考えてもらえないかねえ?悪いようにはしないからさ」

城前が地方都市で行われるはずだった遊戯王の大会に参加するつもりで、MAIAMI市のワンキル館の大会にいつのまにか迷い込んでしまったその日。応接室で館長からいくところがないならここで働いてもらえないかとお願いされた。どんな条件でも提案されれば検討してできうる限り対応したいから、と破格の待遇を持ちかけられた。OCG次元に帰る方法がわからない以上、それは城前にとっては渡りに船だった。ワンキル館側が雇いたいと考える経緯を説明されるまでは。

まず、城前はアクションデュエルがどうやって行われているのかを説明された。そしてワンキル館は物質粒子を貯蓄している仮想空間をデュエル会場にすることで、いずれ本格的にほかの業界でのサービスを開始するための試金石にしたいと考えている、というオーナーの意向を聞いた。仮想空間を舞台に人間をそちらに向かわせることができるならば、人はいつでもどこでもいきたいところにすぐいくことができるようになる。それをワンキル館を運営する資産家グループの管理するサービスに絡めることができれば、すさまじいお金がうごくことになる。そのためにもワンキル館で行われるデュエル大会はなにがなんでも成功させなければならない事業であるという。


ワンキル館が城前を囲い込むことにご熱心なのは。本来の計画ではデュエルモンスターズの大会において、広告塔となる人間を雇い入れることは確定事項だった。だが、もともとは仮想空間でのみ活動することができるAIにやらせるつもりだったらしい。どうして、の先はワンキル館でずっと働いてくれることを条件とされたため、結局城前は未だにしらないでいる。でも、AIなら実際に人を雇うよりはずっと安上がりだし、いろんな情報を外部に漏らすこともない、いろんな可能性があるからだろう、と城前はふんでいる。広告塔である彼ははじめから優勝することが運命づけられたAI参加者であり、一般参加者よりもはるかにつよいレーディングのデータが設定されていた、らしい。それを下したのが城前だった。レオコーポレーションと提携して海外展開を一手に担っている上、データバンクもしているワンキル館が知り得ないテーマで優勝した城前克己という決闘者だった。どういうわけか、このワンキル館のかつてのオーナーによく似た青年だった。この時点でワンキル館は城前に興味しかないのである。


「もしこっちが把握してるテーマを使ってたら、AIがハッキングされてたちの悪いいたずらがされたと考えたんだけどねえ」


館長は笑う。城前は背筋が凍るのだ。


「あんたが話してくれた話はとっても興味深いんだ、城前克己さん。一応、ここってこの世界に存在するすべてのカードのデータを保管してるって建前だからね、こうも知らないカードがぽんぽんでてこられちゃ知的好奇心が刺激されちまっていけない。もし城前さんが元の世界に帰る方法ができたとするだろ?そしたらさ、きっと移動する手段もわかるはずだ。こっちはなんだってするさ。だから、いずれ連絡なり移動なり手段が確立したらだよ?副業でもなんでもいいから新しいテーマとかそういったものをこっちに教えてもらうアルバイトしてもらいたいんだ。悪い話じゃないだろ?あたしらは城前さんと城前さんの世界に興味があるんだ。ぜひ、元の世界に帰る方法、みつける協力をさせてはもらえないかな?ってオーナーがいってるんだが、どうだい?悪い話じゃないだろう?」

「もし帰れなかったらどうするんすか?」

「やだねえ、あきらめんのかい?」

「いや、ぜんぜん。でも、ずっとってわけにもいかないじゃないっすか」

「ああそうだね、話が早くて助かるよ。こっちも商売だからね、ずっとってわけにはいかない。ボランティアじゃないからね。でも正直城前さんみたいにデュエルが大好きでいろんなテーマに精通しててこれといったこだわりもない。新しいテーマがでるたび回したい、しかもあたしらの今の技術じゃ再現しきれないテーマがまだまだある、って時点でテストプレイ要員ってだけじゃもったいないくらい貴重なんだよ。早い話がデュエルモンスターズの大会とかそういった部門について、責任ある立場になってもらいたいってのがオーナーの要請だね」

「え、は、えええっ?!つまり、え、いきなり中途採用ってことっすか?!」

「正直アルバイトって建前でMAIAMI市のしかる機関には届けをだすけど、苦肉の策なんだよ。城前さんはどういうわけか××歳にあるまじき外見してるしねえ」

「あー、はい、おれだってびっくりですよ。なんでここまで縮んでるんだろ」

「どーみたって成人は無理があるからねえ。一応、17ってことにして届けは出すから、あと3年で成人ってことになるだろ?城前さんも気になるだろうし、本格的な話は3年の猶予があるって考えてくれたらいいってあたしは聞いてるよ。まあまだなんにもわかんないしね、頭の片隅にでもおいといてくれたらいいと思う。その3年間はさっき話したように、うちでアルバイトをしてもらいたいんだ。ま、急な話だし、結論はそう急がなくてもいいよ」

「りょうかいっす」

「あはは、あからさまに安心したね。でもま、期限は設けさせてもらおうかな。一応、うちのグループはこの手の契約に関しては半年が試行期間ってことになってる。この間、じっくり考えてくれたらいいよ」


アルバイトをするか否か結論を出すまで、城前の苦悩は続いたのである。

城前はこの世界がアニメのスタンダード次元だと思っていた。だから、ワンキル館は、レオコーポレーションの技術を勝手に使用し、大会を仮想空間で行い、あたかも現実世界で行われているかのように見せかけるため、ワンキル館はMAIAMI市をまるごと仮想空間につくってしまっている。この時点でアカデミアとの関連があると踏んでいた。デニスたちがランサーズに入るための手引きをしている下組織のようなものだと。ここに城前のもっているカードのデータがもろとも渡ってしまったのだ。これからの遊矢たちに理不尽なまでの不利な条件が生まれてしまった。どうしたらいいか必死で考えた。そして出した結論はここで得た情報をすべて赤馬たちに渡した上でランサーズに入る、もしくはそれくらいの信用を得るという方針だった。転移装置の情報を提示してランサーズに入ることをワンキル館には伝えたのだ。まさか半年の苦悩がそもそも無駄だったとは思わなかったけれども。





小学生たちには大人の話があるから、とこれからデュエルにつき合えないことを告げるとナオは心配そうに見上げてくる。黒咲たちの心の声がとぎれとぎれに聞こえてくるというのだから、ほんとうはどんな話をしているのかわかってしまっているのだろう。まだ低学年だからはっきりとしたことまではわからないが、とても大変なことだと。くしゃりと頭をなで、明日あそぼう、と約束した城前は彼らと別れたのだった。


「城前、お前に聞きたいことがある」

「なんだよ」

「赤馬社長が数日前からいなくなった」

「え、まじで!?」

「ああ」

「いや、ええ、でもなんで突然?おれに聞きたいことが見えてこえねえんだけど」

「いいから黙って聞け」

「なんだよもう」

「城前はしらねーだろうけど素良がファントム捕まえる時事故にあってから行方不明のまんま数日たってんだ。その上今度は赤馬社長まで消息不明じゃやってられないだろ?だから俺と黒咲で探していたら、いろんな資料を見つけちまってさ。な?」

「ああ。赤馬社長の消息をワンキル館は知ってるんじゃないかと俺たちは睨んでる。だからお前に仲介を頼みたい。もちろんただとは言わん」

「なんでそう思うんだよ?提携先にすぎねーんだぞ、ワンキル館は」

「しらばっくれなくてもいい。俺たちはお前たちについてある程度把握しているつもりだからな。お前は、いやお前たちは別の世界からきた、と俺たちは憶測してる。それも20年も先の未来から。それは事実か?俺たちの勘違いか?それだけ答えろ」


黒咲の言葉に瞬き数回、城前はあー、といいながら頬をかく。


「いつかはばれると踏んでたけど、まさかこんな早くにばれるとは思わなかったぜ。赤馬社長か遊矢たちかと思ってたんだけどよ」


黒咲と沢渡は顔を見合わせた。城前はためいきである。調べればワンキル館大会前、どこにいたのかいっさいデータはない。赤馬社長直々に調べたという言質は持っているのだ。いやな予感はずっとしていたのだ。でもまさか別の世界からきたというだけでなく、20年も先の環境を持っている世界、OCG次元からきたことまで把握されているとなれば隠すのもばからしくなってくるではないか。


「赤馬社長どこまで勘がいいんだか。おっそろしいな、ったくもう。あ、でも1個だけ訂正な。それはおれだけだ。ワンキル館は関係ねーよ」

「なんだと?」

「おいおい、そこまで明かしちまっていいのか?」

「べつに困りはしねーよ。おれが肯定したところでもうどうしようもねえからな」

「じゃあ、ワンキル館がなにか企んでるってこと知ってる上で、雇われてんのか城前?」

「おれにはそれしか方法がなかったんだよ。ほかの奴らにどうこう言われる筋合いはねえぜ?」

「なにをしようとしてんだよ、ワンキル館は」

「さあな。アルバイトのおれがしったこっちゃねーよ」

「ってことは赤馬社長の行方もしらねえってことか」

「そーだな、今んとこおれは遊矢にも赤馬社長にも手を組む気はねえっていったばっかだぜ」

「城前は」

「あ?」

「城前はなにしにきたんだ、この世界に」


黒咲の問いに城前は小さく笑った。


「別になにも?好きできたんじゃねーよ、この世界には」


黒咲と沢渡は顔を見合わせる。もしかしなくても、赤馬社長と同じように何らかの大災害に襲われ、過去にいくことで逃れることができたのだろう。通りで赤馬社長と同様、ワンキル館大会で優勝する前までこの世界にいた記録がひとつもないわけだ。カード一つ、迷い込んでしまった過去である。しかも20年以上前の。ワンキル館から広告塔としての契約を持ちかけられたとき、何らかの取引があったのは想像に難くない。それは城前にとって半年も決断をようするものだった。ほかに方法がないか必死で探した。大会を荒らし回ってみたり、いろんな企業が主催する大会にでたり、プロになる道を模索しスポンサーの中に元の世界に帰れそうなものがないか探したりしたのだろう。でも、見つけることができなかった。それが運命の分かれ道だった。


「城前は知らなくても館長とかは知ってるかもしれねーだろ、仲介頼むよ」

「いやだから、なんで赤馬社長の消息をこっちが知ってることになるんだよ!?たしかにおれは別の次元からきたけどな?」

「いつまでしらばっくれているんだ、赤馬社長はおま、」


黒咲の言葉を遮るようにデュエルディスクが反応を示す。何事だ、と無線を飛ばすと、ファントム捕獲用の結界が展開したというレオコーポレーションのナビゲーターの声がする。


「紫雲院か?」

『いえ、違います』

「じゃあ誰だ」

『赤馬社長です』

「はあ!?」

「たしかなのか」

「誰とだよ!しかもどこだよ!」


ナビゲータから告げられた言葉に、三人は一瞬耳を疑ったのだった。


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