スケール16 異次元からの使者
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。すっかり乾いてしまった涎のあとを拭い、沢渡は大きく伸びをしながらあくびする。裸電球だけが唯一の光源だった工事現場の作業員待機室はすっかり明るくなっており、外からの西日があたりを照らしていた。ほこりっぽいところに缶詰になっていたせいだろうか、すっかり身体の調子が悪くなりつつある。寝落ちしてしまったせいでしわくちゃになっている資料をかき集め、横にどけた。


「やっと起きたか沢渡」

「あー、わり。めっちゃ寝てた」


くあ、とあくびを繰り返す沢渡に、肩をすくめた黒咲はさっさとシャワーでもなんでも浴びてこいと促す。沢渡が寝ているあいだ、すっかり朝の支度をすませてしまったらしい黒咲は涼しい顔である。腕を組み、向かいの簡易な椅子に座ったまま沢渡が帰ってくるのを待つつもりのようだ。いつ寝ているのかわからないが、沢渡が起きるとすでに黒咲は平然としていることが続いて早三日目である。どういう生活サイクル送ってたんだこいつ、と内心思いながら、沢渡は仮説トイレやシャワーがおいてある外に出た。


沢渡と黒咲がレオ・コーポレーションが発掘作業をしている工事現場に居城を構えてから、今日で三日目になる。赤馬社長が帰ってきてくれれば、わざわざこんなことしなくてすむのだが、待っていてもなにも始まらないのだから仕方ない。


素良と遊矢のデュエルのあと、素良は行方不明のままである。通常の重力設定を大幅に越えたアクションデュエルを遊矢に仕掛け、情けをかけられることを嫌って、半ば自殺ともとれる衝撃の向こうに消えた仲間である。ようやくたどり着いたアクションデュエルの研究をしているビルの地下施設では、素良を見つけることができなかった。赤馬社長がずいぶんと淡泊だったのが印象的である。その証に、建前上は素良の行方をさがして人員を割いていることになっているが、その先導に赤馬社長がたつことは一度もない。なにより沢渡と黒咲にファントム捕獲の続行を指示した時点で、もうなにがなんだかわからなくなっていた。


しかも、沢渡が赤馬社長にワンキル館の密偵が完了したことを報告し、コンタクトレンズを返却した数時間後だ。突然出かけると秘書に言づてたまま赤馬社長は本部を半ば飛び出すような形で姿を消した。あげくに一向に連絡が取れないときた。なにか聞いていないか、ともらった数日の有給を消化し、3日ぶりに本社にやってきた沢渡は秘書から聞かされたのである。さすがに三日たっても赤馬社長が帰らず、素良も帰ってきた様子がないと黒咲に聞かされれば動かざるを得なくなる。黒咲が赤馬社長に指示されたのは、待機、そしてファントムの捕獲。ようするに完全に蚊帳の外である。確実に事態は進行しているのに、沢渡も黒咲も全く情報がないせいで、それが好転なのか悪化なのかすらわからないでいた。秘書から聞いた赤馬社長の狼狽、困惑、そして衝動に任せた行動。秘書ですら困惑しきりだったのだ。たった1ヶ月、赤馬社長のスカウトでファントム捕獲の任務を請け負い、その指示の元で仕事をしていた沢渡ですら、その豹変ぶりは目に余るものがある。ずっと本部で調べ物なんて性に合わない。ひとしきり赤馬社長からもらったカードで入れるところはあらかた調べ、今の状況打開できるものがなにひとつないとわかった二人が向かったのが、今いる発掘現場である。


秘書から出かける直前に聞いた言葉から憶測した黒咲が出かける途中だったのを、これ幸いと無理矢理同行したのだ。レオ・コーポレーションが何かを発掘していることは噂にきいていた。3日前まで全くアウトオブ眼中だった場所である。


3日前、はじめて黒咲と沢渡はその発掘現場にいったのだ。カードを見せれば、赤馬社長の直属の部下だと察した工事現場の作業員たちはあっさりと滞在場所を確保してくれた。案内された奥深くの地中で、彼らが目にしたのは、シェルターか、と勘違いしてしまうほど広い空間だった。なにしろ情報が足りない。黒咲と沢渡に求められたのは、ひたすらガラクタが四散する謎の部屋とおぼしき空間であらゆるものをかき集め、ひたすら読み、情報を共有することだった。それから三日三晩、二人はここで情報収集にあたっているというわけである。ようやくあらかたの状況証拠が整理し終わった。身支度をすませた沢渡が帰ってくると、工事現場の責任者がコンビニのお茶と弁当を提供してくれたらしく、すでに黒咲は食べているところだった。なんというか、マイペースなやつである。食い意地はっていなかったことだけが幸いだ。素良ならきっとメインをしれっと横取りしていたにちがいない。そして苦手なものがあったらしれっと混ぜていたはずだ。間違いない。そんなことを思いながら、沢渡は割り箸をわった。


朝食を済ませ、さっそく二人は分担してひたすら読みふけっていた資料を斜め読みしながら、話をまとめ始める。


「とりあえず、シェルターではなさそうだな」

「××階もあるシェルターだったらそれはそれでびっくりだけどな」

「順番が逆だろう、ふつうならここは1階だ」

「だよなあ。いきなり××階はねーか。おかげでもっと意味分かんねえけど。まじで何なんだ、あの部屋」


沢渡はぼやく。避難経路を示している地図があったので写真にとったはいいが、それを見てもやっぱりわからない。どこをどう見ても高層マンションのそれだからだ。しかも表示されている階層が洒落にならない高さである。へたをしたら、今この街で一番高い、レオ・コーポレーションの本社と同じか、それよりちょっと低いくらいの建物。今、それくらいおおきいマンションはMAIAMI市にはない。今ちょうど老朽化が原因で長いこと反対運動があり滞っていた施設の取り壊しが決まったばかりで、大きなマンションを建てようという話が進んでいるのはしっている。市長である父親から又聞きしたことを思い出しながら、沢渡は黒咲に手元の資料をよこすよう促す。いずれそのマンションが建ったら、上層に引っ越そうといつだったか父は話してくれたはずだ。それにざっと目を通した沢渡はぼんやりと浮かんでいたものがあながち間違っていないことに苦笑いが浮かんでくる。


「どうした、沢渡」

「いや、さあ。俺の想像が正しかったら、やべーなあと思って。あの部屋、今度取り壊される××ってとこあるだろ?あの跡地にでっけえマンションが建つ予定なんだけどさ、そこと同じくらいなんだ。高さが」


ぎょっとする黒咲に、ほんとだよ、と沢渡は肩をすくめる。


「なんでずっと先に立つはずの建物がうまってんだ、あそこ」

「しかもあの部屋だけな」

「ほんとそれだよ、それ。建物が埋まってる方が怖いけど、いきなり部屋だけあるのも怖すぎるだろ。なんなんだよ、あの部屋」


すべてが破壊され尽くした部屋である。大災害に見舞われた避難地域のように、災害当時、もしくはそれくらいの大事件の時間のまますべてが止まっていた。経歴も出生もいっさい不明な赤馬社長の子供時代の写真があった。しかも父親と思われる人間、友人と思われる青年、いろんな人間との交流の記録があった。赤馬社長の父親以外家族の気配がないため父子家庭だったとは想像に難くないが、写真がたくさん出てくる時点でそうとうの子煩悩だったことが伺える。黒咲たちの知らない赤馬社長がたくさんいた。間違いなくあの部屋は赤馬邸のリビングだった部屋だ。雑誌や電化製品、いろんなものがあったが、どれも異質さを放っていた。沢渡も愛読しているデュエル雑誌、カレンダー、手帳、時計、生活感あふれるそこにいるだけで寒気が止まらなくなったのを思い出してしまう。


「やっぱ間違いないよな、黒咲。あそこ、20年以上先の部屋なんだ」

「ああ、信じられんがそうとしかいいようがない」

「あはは、どこのバックトゥーザフューチャーだよ。赤馬社長は未来人ってか、まっさかあ。って否定できねえのが悲しいぜ」

「こんなもの見てしまってはな」

「あーもう」


二日も費やしてしまった諸悪の根元を沢渡はにらむ。


それは論文だった。有り体にいえば大学の卒業論文である。もちろん書いたのは赤馬零児その人だ。どうやらあの部屋で卒業論文の草稿を練っていたようで、参考文献となる膨大な数の資料、そして設計図、みるだけで目眩がしそうなことばかり書いてあるとんでも科学を大まじめに取り扱った論文の数々。意図せぬ形でレオ・コーポレーションが一躍世界のトップ企業にのし上がった理由を知る羽目になってしまった二人である。アクション・デュエルを支えているのがいかにオーパーツすぎる技術の数々だと今となっては嫌というほどわかる。それをなにも知らないまま使っていた自分たちの立場に寒気すら感じてしまう。


「オーバーテクノロジーすぎるだろ、アクションデュエルよぉ」

「全くだ」


ソリッド・ビジョンの技術はもともとあった。それに質量を持たせたことで、レオ・コーポレーションは今の地位にある。その技術のからくりは沢渡と黒咲の想像を遙かに越える規模でスケールの大きい話だった。


まずはネットワーク上に現実世界と同じ規模の仮想現実をつくる。つまり、もうひとつの世界をネットワーク上に作ってしまうという大規模すぎるプロジェクトからすべては始まっていた。どうやら20年後、世界はどうして質量が発生するのか、という問題に答えを持ち得ているらしい。今の時代では理論上でしか説明することができない質量を決定する粒子が発見され、しかもそれを自由に扱える技術が確立している世界から赤馬社長はやってきたようだ。その粒子を電脳世界に落とし込み、しかも貯蓄する技術まである。ここまで発展した世界で初めて、アクション・デュエルは成立するはずだったようだ。


アクション・デュエルのからくりはこうである。まずはネットワークにもうひとつの現実世界を模して仮想空間を作り上げる。そして、そこに質量を決定する粒子をたくさん貯蓄しておく。次にソリッド・ビジョンで再現するデータをたくさん貯蔵するデータバンクを用意する。あとは既存のソリッド・ビジョンシステムのように、超高速で処理するスーパーコンピュータを用意し、ソリッドビジョンをデータバンクで高速処理してVRを表示させる。その際、仮想空間に貯蓄してある質量粒子をVRで再現するデータに電脳世界の段階で付与する処理を行い、VRの一部として投影。電子から変換された質量粒子はデータを元にそのデータと全く同じ質量を再現する。仮想空間の管理、そして質量粒子の処理を行うスーパーコンピュータをレオ・コーポレーションはもっている。これがソリッド・ビジョンを高速処理するスーパーコンピュータと同じものだとしたら、相当の技術の結晶のはずだ。そして質量粒子を付与するデータを一括で管理しているのがワンキル館である。それは20年後の世界でも同じらしい。レオ・コーポレーションがデュエルモンスターズに参入する経緯は、20年後も今も全く変わらないようだ。


「なあ、黒咲」

「なんだ」

「なんで20年後にできるはずのワンキル館がもうあるんだろーな?」

「知らん。だが気になるな。赤馬社長がきたから、俺たちの時代にも変化があったのか?」

「それにしたって、ワンキル館ができるきっかけまで同じってのはおかしいだろ。レオ・コーポレーションと違って、ワンキル館運営してる資本グループはずっと昔からあったんだぜ?それに数年前に死んだ決闘者だってそうだ。ここにある資料が正しいなら、ワンキル館だけこっちにくりゃいいだけの話だろ?なにも人が死ななくたって、カード偽造事件起こさなくったっていいだろーに、なんでここまでそっくりそのまま再現してんだ?」

「ここまで来ると薄気味悪くなるな」

「ほんとにな!しっかし、どうするこれから?気になってんだろ、城前のこと」

「それは沢渡も同じだろう」

「まあ、気にならないっていう方が嘘になるだろ、この場合。もともと、死んだ決闘者の格好しなきゃいけねえのは抜きにしても、やっぱ似てるぜ、城前とあの決闘者」

「そうだな」


黒咲は懐から取り出した写真を2枚、沢渡に提示する。


「なんだこれ」

「今の格好をする前の城前だ。ワンキル館に雇われる前のな。おそらくこれが本来の城前だ」

「へー、服のセンス方向性がぜんぜん違うんだな。にしても似てんなあ」

「このころ、城前はワンキル館に雇われるかどうか、悩んでいたらしい。もし整形ならこの時点では似てないはずだ」

「ってことは、あの顔は自前ってことかー、マジでなにもんだよ、城前。赤馬社長の時代でも死人は死人みたいだし、この時代でも同じ奴はもう死んでるしな。うーん、わかんねえ」

「レオ・コーポレーションはワンキル館と共同でペンデュラム召喚の研究をしていたんだろう。二人が知り合いということは・・・・・・」

「ないない、絶対ない」

「すまん、忘れろ。たしかにそれだけはないな。ありえん」

「むしろ知り合いだったら人間不信になるって、俺。演技力ありすぎだろ、未来人怖すぎる」


乾いた笑いすら浮かんできそうである。


「つーかさ、共同でペンデュラムの研究してたんだろ、榊遊矢と赤馬社長の父親って。共同で論文めっちゃ出してるし。ワンキル館のバックの名字も関係者の中にいるし?ならあっちの方が知り合いじゃねーか?」

「知り合いにしても、犬猿の仲のようだがな」

「だよな」


ファントムの正体を把握していながら、レオ・コーポレーションのネットワークを悪用するハッカーとして指名手配するとは、ずいぶんと手荒な歓迎である。ファントムと友好的な関係ではないことくらい、1ヶ月も一緒に過ごしてきたのだ、二人だって把握している。


「そもそもなんで二人は今の時代にきてんだろ?」

「ファントムはしらんが、赤馬社長はおそらくあの部屋が物語っているだろう」

「あんな高いところにあった部屋であんな大惨事だろ。20年後なにがあったんだよ」


卒業論文を出筆中のまま時間が止まっている部屋を思い出し、沢渡は青ざめる。嫌な予感しかしなかった。


「っつーことは、ワンキル館とレオコーポレーションが仲悪いって噂、ほんとかもな」

「なに?」

「こないだ、ワンキル館の大会に参加しただろ、俺。赤馬社長に頼まれて、内部を調査して、そのデータを片っ端から送ってたんだけどさ。それ受け取ったあとなんだよ、赤馬社長が帰ってこねえの」

「それはほんとうなのか?」

「マジだから困る。つーか、今、思ったんだけどさ、黒咲」

「なんだ」

「城前はソリッドビジョンの応用で、MAIAMI市を再現したソリッドビジョンだって笑ってたけど、今思うとあの大会会場、質量粒子を貯蔵する仮想空間だったんじゃねーかな」

「なんだと?!」

「この論文見たときからどっかで見たことあるなあ、と思ってたんだよ。アクションデュエルはあくまで、その仮想空間から現実世界にVRを移動させるからできるんだろ。そもそもスペースないと無理じゃね?っておもってさ、あんなスペースあったっけーなーって」

「沢渡、それが事実なら大変なことだぞ。ワンキル館は、レオ・コーポレーションに無断で同じ施設を作り、しかも独自で運用できるということだ。しかもそこに多くの人間を受け入れ、おそらくなんらかの研究を行っている。なにを考えている?」

「俺に聞かれてもしらねーよ。うーん、ここまで来るとワンキル館が真っ黒すぎるんだけど、城前はそうは見えないんだよな」

「それについては同感だ。おそらく、ワンキル館に雇われるとき、二つ返事ではなく、半年も期間をおいたのは内部事情を知って悩んだからだろう。それでも広告塔になる道を選んだのは間違いなくそれを上回るものがあったからに違いない。あいつは決闘の腕一つで今の地位にのし上がった男だ。自分の実力に見合う相手を捜すように大会を荒らし回っていた時期を俺は知っている。あいつがワンキル館にいるということは、おそらく見つけることができなかったんだ。自分の実力を上回る相手をな」

「えー、城前ってそこまでデュエルジャンキーだったのかよ、印象違うんだけど」

「それはお前の目が節穴だっただけだろう」

「たしかにデュエル大会んときは楽しかったけどさ」

「生き生きしていただろう?」

「まあな」

「半年前の城前は少なくとも、あんな風に笑う男ではなかった。ふぬけたかと思っていたが、遊矢や俺のような実力者とデュエルする機会が増えてきたからだろう」

「さらっと俺抜かすなよ。つーか自分入れるな、自分」

「なぜだ」

「あーもう、これだから堅物は!もういいや、めんどくせえ。こうなったら城前んとこいこうぜ、黒咲。こんだけ情報集まったんだ、少しは話してくれるかもしれねーぜ」

「そうだな。吐かないならデュエル(実力行使)に出るまでだ」

「お前、そっちが本命だろ」

「なにが悪い」

「いや、いいけどさ。せっかくワンキル館にいくんだ。歴史のお勉強ってのもいいんじゃねーの?20年ごと今とどんだけ違うのか、見に行くついでにさ」


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