城前が少年とやってくると、受付のスタッフが出迎えてくれた。今回は定員数が10名といつもより多めなため、すんなりと入ることができた。メインイベントが始まるにはまだ時間があるため一般の人たちは少ないらしい。少年が大きく枠内に名前をかき、付き添いだと申し出た城前にスタッフは隣にある欄に記入するよう促してくる。その通りにした城前と少年は、その簡易なネームプレートを渡された。
「城前兄ちゃん名札ふたつあるね、へんなの」
「しかたねえだろ、こっちは着用義務だし」
「でも、こっちはひらがなだからボクこっちの方が好き」
「まあ、まだ習ってないもんな」
「うん」
ホワイトボードの前には教卓があり、大きなパソコンなどが置かれている。すでに城前たちより先に受付を済ませていた親子連れ、兄弟、友達などがみえる。すでに知っている人ときているのか、一人で参加しているのかはわからない。でも小学生向けのブースだ、Maiami市内とくれば知り合いはいるようだ。
「あ、ヌシビトくん。おはよ」
「おはよー!」
「お友達か?」
「うん、同じがっこの友達!」
「なら隣座らせてもらおうぜ」
「いい?」
「いいよ」
「よかったな、友達いて」
「うん!」
小学生の友達のすぐそばにあるイスに座り、少年はうれしそうに話し始めた。どのテーブルも城前が今つけている予選参加者のネームプレートロゴが中央にプリントされたテーブルクロスが引かれ、その上からプレイマットがひかれてある。すでにデッキは準備されていた。
「お兄さんですか?」
「え?ああ、違いますよ。お父さんたちがこれないって言うから付き添いで。お兄さんに内緒でデュエルモンスターズのルール覚えてデッキ使いたいそうなんです」
「そうなのか、ヌシビト君。よかったらうちの子とデュエルしてやってくれないか?」
「お父さんにお願いしてつれてきてもらったんだー。へへ、がんばっておぼえよ?」
「うん!」
あとから2組ほどのペアが入ってきて、今回の講座は開始された。
最初にスタッフから初心者向けの冊子が配布される。パワーポイントをまとめたもののようで、付き添いの城前にも回ってきた。ぱらぱらめくってみるが結構本格的な印象を受ける。
まずはデュエルモンスターズのルール、用語、などの簡単な説明が始まる。細かい説明は枠内に収まらないし混乱するだけだからか、省略されていた。図式化されたものを表示しながら説明するスタッフはとても聞き取りやすい。わからないことはいつでも質問してくださいねー、と手を挙げた数名のスタッフがよびかける。少年たちは元気よく挨拶した。反応があるとやはりうれしいらしい。だいぶん雰囲気がゆるくなっている。参加人数が少ないとあっておしゃべりがあまり目立たないのもあるのだろう。参加した全員にプロモが配られるためか、デュエリストも参加しているようで、ちらほら会話が聞こえてくる。
スクリーンに大きく拡大したカードが表示され、ここがなに、これがなに、とひとつひとつ丁寧に説明していく。真剣にスタッフの話をきている少年たちをみて、授業よりまじめなんじゃないかと授業参観を思い出したらしい保護者のためいきがもれる。城前はこころあたりがありすぎて笑った。授業で習うよりも先にカードの名前やテキストで先に覚えてしまっているのはよくあること。英単語を間違えて覚えてしまっているのもまたよくあることだ。
さすがは世界大会の予選会場といったところだろうか。すでにデュエリストである参加者も退屈しないよう、ミニゲームなどの配慮が目立つ。カードゲーム自体初心者が多いからだろうか、ホワイトボードにわざわざ盤面を書いてまで解説していたのはわかりやすい。なんとなくではあるがルールがわかってきたと少年は満足そうだ。家に帰ってからルールを確認するのに使ってください、と紙でできたシンプルなデザインのハーフデッキが渡される。スターターキット、プロモが配られ、いよいよ子供たちは大興奮である。今まで退屈そうに説明を聞いていたカード目当ての参加者もようやくおしゃべりをやめてスタッフの説明に耳を傾け始める。ようやくデュエルする時間になり、さっそく少年は友達とする気になったらしい。スリーブがないままのデッキは違和感しかないが、これが終わったら販売ブースで餞別代わりに買ってあげてもいいだろう。
「ねえね、城前兄ちゃん。これって、どういうことかなあ?」
「せっかくスタッフさんがいるんだし、聞いてみようぜ。ほら、あっちでデュエルできるみたいだし、デュエルしてもらいながら聞いてみたらどうよ?」
「あ、そっか。うん、そうする。ねえ、いってみよ?」
「うん!お父さん、いってくる!」
初心者同士もいいがおそらく今回の構築済みのデッキギミックを把握しているスタッフである。デュエルをお願いするのがはやくデッキを理解する近道になるだろう。素直なのはいいことだ、と自分のことは棚に上げて先輩ずらする城前に少年たちはお礼を言って前に向かう。
おう、いってらっしゃい、とひらひら手を振って見送った城前はすげえなあとぼやく。城前は地方都市出身だ。ここまでのイベントは大都市まででてこないとなかなか参加できなかった覚えがある。小学生から参加できるのは幸運としかいいようがない。少年がデュエルモンスターズを躊躇するような問題が起こりやしないか冷や冷やしていたが、さいわい朝一番の初心者講座である。やる気がある子供しかいなかったということだろう。これで約束ははたせた。あとは少年と今回もらったカードを元にデッキ構築する手伝いをすることで、新たな決闘者がここに誕生するというわけだ。楽しみだな、と思いつつ、時計をみる。開会式までまだ時間はじゅうぶんある。販売ブースに顔を出してみるとしよう。
「これからどうするんすか?よかったら一緒に回りません?一応、これから販売ブースで早速買いに行く気満々なんすけど」
「うーん、そうしたいのは山々何ですけどね、さすがにすぐってわけにもいかなくて。今回はほかのブースを回ってみようかと」
「たしかに高いっすからね」
「ええ、ほんとうに」
少ないお小遣いからカードを買うお金を捻出しなければならない保護者の悲哀を感じ取り、城前は心から合掌した。ほかにもデュエルモンスターズのイベントブースはたくさんある。またばったり会うかもしれないが、そのときはそのときだ。15分ほどして、少年たちは戻ってきた。
「城前兄ちゃん、ショップいこう、ショップ!」
「ちゃんとお金もってきたか?」
「うん、もってきたよ!3つ買うんだ」
「えっ、1つじゃなくてか?」
「お兄ちゃんたちがね、3つ買うのみたことある。だからね、マンガとかゲームとかいらないのお母さんと一緒にお店に売ってきたんだ」
「あ、あんま無理すんなよ?自分のペースで買おうぜ?」
小学生でストラク3つ買うお金を用意するのは相当大変だったに違いない。それでも足りないからお手伝いいっぱいしたんだ、と笑う少年に、どれだけデュエルモンスターズを始めたかったのか思い知らされる。道理で初心者講座の誘いに飛びついてくるわけだ。そういうもんだよなあとしみじみ城前は思う。つい3つ買うのを前提に考えてしまうが、小学生なら1つが精一杯だろう。今回初心者講座をうけたことでもらえたプロモ用のランダムに封入されたカード、スターターパック、構築済みのパック、あとは城前がいらないカードを見繕ってやればいい。さすがにエクストラデッキをそろえるのは少年にはまだはやいだろう。本人はデッキを作ることを楽しみにしているようだから、邪魔するのもあれだ。はやく、はやく、と急かす少年に手を引かれながら、城前は販売ブースに向かった。
「あった、《アークブレイブドラゴン》!!」
お目当てのストラクが積まれた棚を発見し、少年は早速手に取る。
「よかったあ、買えなかったらどうしようって思ってたんだ、ボク!」
「だから朝一で行きたいっていってたのか」
「うん!だってかっこいいでしょ?これから、もっとたくさんの人がこのカード使うかもしれないでしょ?さっきデュエルしたみんな、かっこいい、つかってみたいっていってたもん!」
「そーだな、今回始めようって子は結構買うかもな」
「でしょ?」
「それじゃ、一番の《アークブレイブドラゴン》使いになれるようにがんばろうぜ。おれも手伝うからさ」
「うん!ありがとう、城前にいちゃん」
少年はさっそく城前のもつカゴにストラクをいれた。
「ところで城前にいちゃん。ストラクチャーデッキって、さっき習ったけど、はじめから作ってあるデッキのことなんだよね?じゃあ、その後に付いてるRってなに?」
「あー、これか?んー、リメイクか、リターンか、リニューアルか、そんなとこじゃねーかな。10年ぐらい前に出たストラクをもう一回新しくしたんだよ、このストラク」
「え、そうなの?じゃあ、《アークブレイブドラゴン》も新しくなる前ってある?」
「あるぜ、みるか?」
「うん、みる!」
城前はスマホで検索した画像を少年に見せる。
「《ダークブレイズドラゴン》?こっちもかっこいいね!」
「墓地から特殊召喚したらステータスが倍になるおもしろい効果だけど、結構使いにくかったしな。いいリメイクだと思うぜ。大事に使ってやれよ」
「うん!」
「本物がみたかったらまたワンキル館にこいよ、リメイク前のストラクとかも展示されてるしな」
「うん、いく!絶対いく!でもその前にデッキ作らなきゃ」
「そーだな。最上級、つまり一番レベルもステータスも高いドラゴン族で戦うってデッキだから、墓地にたくさんドラゴンを送ってフィールドに特殊召喚するのが基本だぜ。墓地にたくさんモンスター送るのを考えてデッキ作ろうな」
「そういえば、このストラクチャーデッキ、城前兄ちゃんの使うライトロードもはいってるよね!」
「墓地肥やしと言えばライロだしな!ライロ気に入ったなら、そっちにうつってもいいぜ?」
「ら、ライトロードもかっこいいけど、ボクやっぱりドラゴンがいい!」
「そっかあ、残念。ま、デッキにライロ入れてくれるならうれしいけどな。それじゃ、スリーブ買おうぜ。カードがぼろぼろになるのやだろ?」
「やだけどボクお金・・・・・・」
「今回はおれがかってやるよ」
「ほんと!?ありがと、城前兄ちゃん!」
スリーブがたくさん並んでいるコーナーにて、どれにしようか目移りするようだ。
「あ、このドラゴン、このストラクに入ってるやつだよね!」
城前の次元なら看板をやっているはずの《巨神竜フェルグラント》を見つけた少年は目を輝かせる。
「デッキできたら、城前兄ちゃんや遊矢兄ちゃんみたいにかっこいい台詞いいたいな!」
「口上は盛りあがるもんな。難しかったらお兄さんたちと考えてみろよ。できたらまた聞かせてくれよな」
「うん!」
これにする、と少年はスリーブをかごに入れる。これも、と2種類ほど透明なスリーブを放り込む城前に不思議そうに少年は首を傾げている。どうやら少年の周りにはスリーブしないでデュエルする遊戯王次元の決闘者しかいないようだ。なんておそろしい。たとえアスファルトに刺さるとしても、基本は破ける謎素材なのである。用心に越したことはない。城前兄ちゃんがいうならそうする、と素直にうなずいた少年はかっこいい口上どうしよう、とうきうきしている。レジに並ぶと、ポスターがたくさんならんでいた。
「あ、このストラクのポスター!城前兄ちゃん、これ、なんて書いてあるの?」
「あー、これか?えっとな、《遙かなる時を越えて伝説の巨神竜が今ここに復活する。伝説の巨竜(フェルグラント)、神の力を纏う》って書いてあるな」
「なにそれかっこいい!」
目を輝かせる少年と会計をすませた城前は、時計をみる。まだ時間はある。
「どうする?そろそろお兄さん捜してみるか?」
「その前にデッキ作りたい!」
「え、もうか?」
「だって早くデッキつかって城前兄ちゃんとデュエルしたい!ねえね、まだ時間ある?」
「んー、まあ余裕はあるかな。じゃあ、デッキ作れそうな場所探そうぜ。たぶんあるだろ、どっか」
「うん!」
×