スケール12 招待状
ワンキル館のスタッフはコーヒー派が多いのか、コーヒーメーカーやインスタントの種類が充実している。いつも常備しているカップを片手に館長は向かいに座るアルバイトをみた。

「1年ぶりに自分のデッキ使えた感想はどうだい、城前」

「そりゃもう最高でしたよ!カオスデッキもいいっすけど、やっぱオッドアイズ魔術師は思い入れが段違いですから!」

「ま、アンタが唯一この世界に持ち込んだデッキなんだ、当然といえば当然か。それじゃ、説明してくれるかい?」

「りょーかいです、館長」


コーヒーがすっかりさめてしまうほどの長ったらしい報告が始まる。なんでもいいから話せ、と館長がいったものだから、城前は思い出したことを片っ端から洗いざらい伝えていく。そこにはアニメやOCG化されているカードの知識もない交ぜになり、どこまで確定情報なのか城前自身よくわからなくなっているが、館長もそれは承知の上だ。情報の取捨選択は館長の仕事だ。ユーリ達の奇襲から始まり遊矢を迎えに柚子が来るまでの下りをすべて話すことができるのは城前だけである。とりわけ、インカム等の外部との通信手段を破壊された中で行われたことは城前の証言だけが真実となる。館長がそれをどう受け取ってどう上に投げるのか城前は知らない。興味がないともいう。


「っつーわけです」

城前の報告を聞いた館長はお疲れさんとねぎらいの言葉を投げる。

「しかしね、城前。弁償については余計なこと言ったね。余計な心配いらないよ、おつりがくるほどがんばってくれたわけだし、そもそもアルバイトの城前に責任押しつけるほどうちはブラックじゃないよ、全く」

あきれた様子で館長は肩をすくめた。ほんとに社会人やってたのかいと言われてしまい、すんません、と考えなしの発言を認めた。そういう仕事じゃなかったのもある。そういう部署にいたら少なからず知識ははいっただろうから。社会人だったと館長は知っているが、今の城前はどうみても成人しているようにはみえない。17、だってなんとなく決めたのだ。すべては手探り状態だった。そりゃそうだ、身元不明の戸籍すらない人間なのだから。

「城前、アンタはワンキル館の混沌使いであるかぎり、いつだって仕事中なんだ。そういう契約だろう?基本的にアンタが起こしたミスから発生した損害は、こっちが補填するさ。機材を壊したって金額の大小に関係なく、過失の大きさに関係なく、こっちが責任を負うもんだ。そうだろう?どうしてもってんなら話し合いで決めるけど、アンタにはタダ働きさせるわけないしね」

「そっすね」

「その代わりアンタは私生活も外見も指定通りにしてんだ、オーナーは大感激してるよ」

「そりゃどうも」

「このままうちの社員になってくれりゃ万々歳なんだけどね」

「だからそれは3年待ってくれって約束じゃないっすか」

「まあね。しっかし、こないだの話、ちっとは考えたのかい、城前。アンタが第一目標にしてた次元転移の装置の話、どうやらレオコーポレーションは開発することはなさそうなわけだけど。ずっと目標にしてた未来がこないことが確定しちまったわけだけど、どうする?しばらくはG・O・Dについて調べてみるかい?それとも榊遊矢やレオコーポレーションの動向を静観するって手もあるが」

「うーん、どっちにもつかないって明言しちゃったんすよね」

「こっちとしては大助かりだよ、ありがとね」

「お互い様っすよ、そこんとこは。まだぼんやりとしか考えてないんすけど、しばらくはGODについて追いかけてみようかなって思ってます。遊矢の話聞いた感じだと、まあそっち方面が濃厚かなーって」

城前は正直にうなずいた。城前は3年後の成人を迎えたら、アルバイトから正社員になるのが既定路線となっている。18からではないのは、本契約を交わしたら、城前はワンキル館から離れることが事実上できなくなるからだ。城前としてはなんとしてでも元の世界に帰る方法を見つけださなくてはならない。働いた分はきっちりと支払ってくれるし、衣食住も保証してくれるが、それは未来を拘束される前提があってこそだ。知らないうちに雇い主の横暴で契約が上乗せされてないか確認しなければならないが、今のところ城前は後戻りできなくなる寸前、すれすれを歩いている。

高額な機材を破壊されてしまった今回だって、そんな事態になることは十分に考えられていた。オーナーははじめからそれを見込んで、保険に入っている。実際にミスが起きてもつつがなく話し合いは行われる。事実上無一文でやってきた城前を全力で囲いにかかっているワンキル側の考えを城前は知っている。深入りすれば戻れなくなることも。お互いが納得できるように歩み寄りができるとしたら、城前が帰還をあきらめたときだろう。オーナーも引き際はわかっているようで、今のところバランス感覚は良好だ。だから城前はアルバイトなのだ。いついなくなるかわからない人間を弁償させるほどの責任を与えることができない。管理責任の範囲内におけるアルバイト止まり。弁償させる必要がでてくるとすれば、最後の最後まで選択しに入れない努力をした末の最終手段になるだろう。それは城前との軋轢になるから絶対にやらないけれども。

「まあ、好きにしなよ。仕事さえこなしてくれればこっちはなにもいわないからね。なにかお願いがあったら気軽に相談してみな」

「了解っす」

「で、どういった方面から調べてみるつもりなんだい?」

「んー、とりあえず、おれの知ってる世界じゃないってことは確定しちゃったんで。おれの知ってる人がどういうことになってんのか、また一から情報集めてみようと思います」

「まあ、たしかにレオコーポレーションが手がけるテーマなんかの先見性はすさまじいものがあるからね、城前は。アンタのしってる情報とどのあたりから違ってるのか、どう違うのか、みてみるのも手ではあるか」

館長は笑う。

「そういえば、城前宛にきてるよ」

差し出されたのは封筒だ。デュエルモンスターズのルール等を管理している事務局とレオコーポレーションの連名だ。驚いて封を切る。どうやら招待状のようだ。城前は驚いて立ち上がる。元の世界でも志したことはあったが、さすがに高すぎる壁だった。目を丸くしている城前に館長は声を上げて笑った。アニメ次元だと思いこんでいた手前、レオコーポレーション主催のデュエルに出まくれば知名度も上がるだろうと短絡的に考え、結構な頻度で参加していた思わぬ副産物である。

「え、え、おれ、そんなに大会でてましたっけ!?」

「うちと契約するかどうかを考えてもらってた期間中、ずーっと出てた時期があっただろう?審査対象になる期間とちょうど合致してるみたいだね。広告塔になってるとはいえ、城前はアマチュア、プロじゃない。本契約したら出場資格なくなるけど、今はまだアルバイト。問題ないね」

「な、なるほど・・・」

「ふふ、その反応からすると城前は招待されたことすらないんだね?」

「あったりまえじゃないっすか!一度は憧れてたけど結局一度もかなわなかったもんなあ」

「そりゃよかった。いい機会じゃないか、おもいっきりたのしんどいで」

「はい」

城前は大きくうなずいた。公式試合で30回以上のデュエルをこなし、勝率が高いデュエリストのみに戸口が開かれる大会だ。国内ランキングの上位150位以内に入ることができた証だ。このまま行けばプロも夢じゃない、と赤馬社長がお世辞をいってくれたことを思い出した城前はますますうれしくなったのかはしゃいでいる。なにせ城前が手にしているのはデュエリストトーナメントといわれる代表選考会のお知らせだった。招待状は3カ所の会場が用意されており、自由に選ぶことができるとかかれているがMAIAMI市のレオコーポレーション傘下のビルが会場ならばとりあえずそこを選ぶのがふつうだろう。合法的に入ることができるならそれに越したことはない。どうやらアクションデュエルを研究している施設であり、大規模な大会を開催できる敷地面積のようだから。上位2名が本戦に出られるとのことである。さすがに世界一までは高すぎるハードルだ。でも、これで結構な実力者とお近づきになれるなら、それに越したことはないだろう。城前の知っている人間もいるかもしれないのだから。

「出るんだろう?」

「当たり前じゃないっすか」

「がんばってきなよ」

「はい!」


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