スケール11 Lightswrorn

MAIAMI市郊外にある放棄された研究所に赴いた赤馬零児は、かつてこの研究所を統括していた赤馬零王の部屋を訪れた。ワールドイリュージョン事件以降無人となっているドアの向こうは、当時と変わらず真っ暗な空間が広がっている。

電気設備が破壊され、設備機器がぶちまけられ、ガラスが四散し、ぐちゃぐちゃになってしまっている。年月がたち、人がいないため、劣化していく一方の施設の一室。ほこりっぽくなってしまっていることをのぞけば、当時のままだ。当時の事件の被害の大きさを物語っている。

質量を持ったソリッドビジョンの実用化に成功した研究者気質の零王は、デュエルモンスターズのソリッドビジョンに自ら率いるレオ・コーポレーションの技術を転用させようと考えていた。その研究の中核となるかつての施設がここなのだ。レオ・コーポレーションの代表が行方不明になるという未曾有の大惨事の舞台となったここにたどり着くまで、半年近くかかったことを零児は覚えている。原因不明の高いエネルギーが観測され、広範囲に及んだ事件の影響により、研究所の敷地内はライフラインをはじめとしたすべてが破壊されてしまっていた。今でこそ片づいているが、ワールドイリュージョンの事件当時はひどいものだった。行方不明となった人間を捜すために連日連夜行われた救出活動に参加した記憶が鮮明な零児は首を振る。



やはりここにくるのはいけない。感傷的になってしまった。かわいくなかった子供だと、今なら思う。幼少期から飛び抜けた才能を発揮していた零児は飛び級を繰り返し、本来ならあるまじき年齢で大学まで進学していた時期がある。しかしながら学力が飛び抜けており、思考が子供にあるまじきものだとしても、精神年齢は子供でしかない。今の零児よりずっと幼かった。滅多にあえない家族に会いたくてたまらなくなったり、みる世界が違いすぎる周囲にいやになったりした。そのたびに父さんなら気づいてくれるという淡い期待の元巧妙な手口で興味をひこうとした。注目を集めたいと思う程度には子供だった。実際に休みを取ってまで様子を見に来てくれるくらいには、零王は父親だった。素直にあいたいといえないひねくれた性格は私に似てしまったかとにやにやしながら頭をくしゃくしゃにされたのを思い出す。そんなこと思ってないと口をとがらせた零児はさぞ子供らしい子供だっただろう。いざ会えたらぞんざいな態度しかとれない息子でも、零王はたったひとりの息子を精一杯愛していた。



そんなことを思い出したのは、ひびが入り、焼け焦げてしまった、写真たてを見つけたからだ。持ち帰るのはつらかった。探し出すことを決めて、その手がかりをつかむまでは絶対にこないと誓いをたてた場所でもある。零児がここにいるのは、それが現実味を帯び始めたからだ。零児はひっくり返っているデスクを捜す。なんとか復旧が終わっている地下通路の明かりを頼りに四散したパーツを拾い集め、幼い頃の記憶からどこかにあるはずのファイルを探す。途方もない時間をかけてようやく捜し当てたスクラップブックのほこりを払い、零児は何年ぶりかわからないそれを手に地下通路に戻る。ライトに照らされたそれは、劣化が進んでいる新聞記事やプリントアウトした写真、名刺などをファイリングしてある。ぱらぱらとめくり、零児は目を留めた。



そこには、幼き日の零児を羽交い締めにして無邪気に笑っている外国人の男性がいる。外国人特有の親しい人間、しかも幼い相手に対して行われる日本人からすれば過剰なほどの羞恥を伴うスキンシップの餌食になっていた。幼少期からレオ・コーポレーションの後継者として、その生まれ持った才能を生かす教育を施すために外国留学の経験もある零児があからさまに嫌がるほど、ある程度見知った存在であることを示していた。そこに零王がうつっていないのは、写真を撮った男性の父親の隣で静かに笑っていたからである。なんとかその腕の中から逃れようと暴れているが、ぜんぜん相手にされない。男性に羽交い締めにされ、カメラ目線でピースだピースと急かされた記憶がよみがえる。今みれば結構楽しそうな1シーンが切り取られている。


レオ・コーポレーションがデュエルモンスターズに参入すると決定したとき、先人である数多の大企業に対抗するには致命的にノウハウが足りなかった。技術はあっても、営業をするコネがない。そして転用するだけのデータや実験を繰り返すだけの土台がない。それをすでにもっているデュエルモンスターズのデータや既存のソリッドビジョンのデータを技術提供することで、実用化技術の転用を共同開発しようと持ちかけた外国資本の企業があった。やがてカード偽造事件等の数々の裏切り行為により決別することになる、今はなき倒産してしまった企業である。そんな暗い未来が待っているとは知らない写真の中の零児と男性は数少ない友人といえる人間だった。男性は一回り年上だったが、プロのデュエリストとして、すでに知られた人間だった。デュエルモンスターズの変革になるであろうレオ・コーポレーションのソリッドビジョンを用いたデュエルにいち早く参入を表明して、アクションデュエル人気の火付け役になってくれたうちの一人でもある。いずれプロになることをすでに宣言していた零児に、いつかデュエルする日を楽しみにしていると笑ってくれたのを覚えている。結局、カード偽造事件を発端とした数多の悲劇が永遠にそれを不可能にしてしまったのだが。


光の支配者、光に誓いを立てた者、そういった言葉が彼の代名詞だった。アクションデュエルの黎明期、アクションデュエルのルールを一般に普及するにはわかりやすいストーリーが必要だった。アクションデュエルは文字通り、デュエリストと使用するデッキのモンスターがともに戦うことをコンセプトに作られたショーの側面が強いデュエルである。それならいっそのこと、ショーのようにストーリーを作ってしまい、それに準じたテーマを作成し、デュエルをしていけばいいのではないか、と普及するイベントをこなしていく上で考えたのである。そして彼はライトロードの使い手として一躍有名になった。当時のデュエルモンスターズでは、カードのコンセプトを考えて、モンスター等をすべてデザイナーに委託し、デザインして作成する今では当たり前となっている作成方法は初めてだったのである。ショーを意識するため、デザインには細心の注意が払われた。ライトロードは宗教絵画における聖人の表現である後光が差すような演出がはいり、わかりやすいように装備品には共通の錨のマークがつけられた。暗黒界も観客に愛着をもってもらえるよう、自分たちのすむ世界の平和を守る戦士であり人間界と親交がある存在であることがわかる演出が加えられた。ストーリーはわかりやすく中世を舞台とした白を基調とする光と黒を基調とする闇の戦い。ファンタジーでよくある題材が採用された。そして、闇を殲滅しようとするライトロード、混沌を愛する暗黒界、暗黒界と友好を結んでいた人間世界という簡易な設定のうえで、カードが次々と作成され、一躍世界大会を征するまでのテーマに成長した。それと同時にアクションデュエルの知名度はすさまじいものになっていったのである。


この写真はアクションデュエルのルールが始まって1年目のときのイベントでとった写真のはずだ。


零児は目を伏せた。


いつから歯車が狂ってしまったのかわからない。


この写真の人間はもう零児しかいないのだ。


ただ、この写真をとったころには、零児がペンデュラム召喚を知らなかっただけで、すでにこの特異な特殊召喚の研究がされていたことを零児はなんとなく感じている。ワールドイリュージョン事件の直前、オレンジと緑の不思議な配色のカードを託され、もし私になにかあったらその時は頼むと言い残された。ここの研究所では、今はなき会社、今はワンキル館がそのすべてをひきついでいる、から派遣された人間とレオ・コーポレーションの関係者がここで研究していたのだ。古い友人と零王は言葉を濁していたけれども、おそらくは榊遊矢の父親である榊遊勝その人と、あの日、ここで。デュエルモンスターズへのレオ・コーポレーションのソリッドビジョンの転用が、どうして神の領域への挑戦になるのか、神の血が赤いという発言にどうして行き着くのか、未だに答えは出せないでいる。


その糸口が示されたのは、榊遊矢の登場だ。


零王から託されたカードがいったいなんなのかわからないまま、そのカードの解析を熱心にやっていた零児の前に現れたのは、そのカードを操る謎の決闘者である。データはないが、おそらく榊遊勝の息子である榊遊矢。ワールドイリュージョン事件以後、行方不明になっている榊遊勝の息子。零児のようにカードを託されている可能性は十分考えられた。父親が残したカードと全く同じエネルギー反応を示すカードの使用者の登場により行き詰まりを見せていた零児の世界は動きだした。


そして、全く同じ反応が、ワンキル館であったのだ。しかも、その使用者が、この写真に写っている男性を幼くしたような、親戚だと言われた方がまだ納得がいく風貌をした青年だとしたら。それがワンキル館と契約を交わした故のカラーコンタクトや髪の色、デッキの使用だとしても、あらゆるつてを使って入手した城前克己という青年の姿は彼とよく似ているのは事実なのだ。整形などを予感していた分、さらに謎が深まっているのは否めない。今はなきプロデュエリストと同じ運命を歩ませて、ワンキル館はなにをしようとしているのだろうか。


初めて対面した時点で、実は彼がいきていたという夢物語は起こりえないことは悟ったものの、零児はなにかが動き始めているという予感だけがある。


本格的に動く時がきたのかもしれない。この研究室の先にある地下通路をくぐりぬけ、零児は先に向かった。零王から託されていたカードを使う日がきた。そう確信したから、零児はここにいるのだ。


『赤馬社長、よろしいですか』


焦燥を帯びた女性の声がインカムから響いてきたのは、昨日の未明だった。


「どうした」

『ワンキル館にてペンデュラム反応です!』

「榊遊矢か?」

『ワンキル館内で発生していますが、使用者を特定することができません。よって、我が社のソリッド・ビジョンシステムを使用していないものと思われます』

「それは1年前と同じ反応か」

『はい、間違いなく。同じ波長を記録しています。おそらくおなじカードを使用しているものと思われます。新たな周期の波長も複数発生しているため、新規のカードも使用しているようですが』

「照合できないのか?」

『データバンクには該当するカードがありません』

「そうか、わかった」

かつての友とおなじテーマを扱っている、姿がよく似た決闘者。もっと警戒する必要がある。監視体制を強化しなくては。零児はそう思った。


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