柚子がインターホンを鳴らしてみるが返事はない。ノックをして呼びかけたり、ドアノブをがちゃがちゃしてみたりしたが、やはり反応はない。困り果てた柚子は大家の男性を呼びにいく。城前はいるはずだと彼は言う。困り果てている柚子を見かねて、彼はスペアキーで鍵を開けてくれた。ドアを開けると、そこに広がるのは巨大なサーカスのフィールドである。立ち尽くす柚子に大家の男性は苦笑いする。
城前は部屋に設置されているソリッド・ビジョンのシステムを使って、デッキ調整したりデュエルすることがよくあるそうだ。だいたいデュエルに集中しているから反応しなことが多いという。遠慮なくはいっていいよと玄関先の清掃に戻っていった男性を見送って、柚子は消え入りそうな声でおじゃましますと入っていった。
レオ・コーポレーションのソリッド・ビジョンのシステムではないのか、席を埋め尽くす観客はすり抜けてしまう。そこにいる感覚はあるのに不思議なものだ。それでも踏みつけながらいくのも気が引けて、律儀に通路をくぐり抜けながら大歓声の先に向かった柚子を待っていたのは、デュエルをする遊矢と城前である。やっぱり、と柚子は大きく脱力した。
「おれは《ゴブリンドバーグ》を攻撃表示で召喚するぜ!」
城前のフィールドには赤いおもちゃのようなプロペラ機にのったゴブリンが現れる。
「このカードが召喚に成功した時、手札からレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚することができる」
ゴブリンドバーグは大きく旋回し、合図を送る。全く同じプロペラ機が3体現れ、そこにつり下げられているコンテナから、颯爽と狼男が現れた。
「おれは《ライトロード・ビーストウォルフ》を守備表示で特殊召喚!この効果により《ゴブリンドバーグ》は守備表示となるぜ」
ウォルフを受け止めたゴブリンドバーグはその場に静かに静止している。
「そしてレベル4《ゴブリンドバーグ》と《ライトロード・ビーストウォルフ》でオーバーレイ・ネットワークを構築!守護天使となりし乙女よ!今こそその光を持って我が道を照らせ!エクシーズ召喚!ランク4!降誕せよ、《ライトロード・セイント ミネルバ》!」
純白の翼が大きく成長し、守護天使へと成長を遂げた少女は使い魔の白いフクロウと共に城前の為に力をふるう。
「エクシーズ素材を1枚取り除き、モンスター効果を発動するぜ。デッキからカードを3枚墓地に送り、その中にライトロードカードがあった場合、おれはその数だけデッキからカードをドローすることができる」
セイントミネルバの杖が光を放ち、デッキから3枚のカードが墓地に消えていく。そのうちの1枚が実体化し、城前のフィールドに現れた。猫耳の少女が自慢の弓を携え、セイントミネルバを守るように出現した。
「《ライトロード・アーチャー フェリス》が3枚のなかにあったため、おれはカードを1枚ドロー!よし、いいカードが引けたぜ。さっそくつかわせてもらう!おれは手札から魔法カード《おろかな埋葬》を発動!デッキからカードを1枚墓地に送る!そして《Emトリック・クラウン》の効果を発動!このカードが墓地に送られた場合、自分の墓地のEmモンスター1体を攻撃力・守備力を0にして特殊召喚する。1000ポイントのダメージを受けるが大したことねえぜ」
おどけた風貌のピエロが出現する。1000ポイントのダメージが城前を襲うが、わずかに顔をしかめただけである。そのまなざしは先を見ている。
「レベル4《ライトロード・アーチャー フェリス》にレベル4《Emトリック・クラウン》をチューニング!電撃を操るサイキック戦士よ、その電光石火の速さでもって勝利をもぎ取れ!シンクロ召喚!レベル8!《PSY(サイ)フレームロード・Ω(オメガ)》!」
セイントミネルバは疾走感のある電脳戦士を頼もしげに見つめている。城前はエンドを宣言した。
「オレのターン、ドロー!オレは魔法カード《EMキャスト・チェンジ》を発動するよ。デッキに戻すのはこの3枚。だからカードを4枚ドロー!よーし、きたきた!オレは《EMユニ》を攻撃表示で召喚するよ!」
ウインクをとばして可憐に着地したかわいい少女は、拍手喝采の演出に笑顔がはじける。フィールドがサーカスの劇場だからだろうか、マジシャンのアシスタントの格好をしている獣娘は興味津々であたりを見渡していた。
「《EMユニ》が召喚に成功したから、レベル3以下のEMモンスターを攻撃表示で特殊召喚するよ!おいで、《EMコン》!」
一対の存在である相方のそばに軽快なリズムを奏でて降り立った少女は、サービス代わりに投げキッスをとばす。会場はより騒がしくなった。
「そして《EMコン》のモンスター効果を発動!デッキからレベル3以下のペンデュラムモンスターをサーチ!そして、《EMコン》と《EMユニ》は守備表示になる。さあいくよ、城前!おれはスケール8《オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン》をライト・ペンデュラムゾーンに!スケール2《EMバラード》をレフト・ペンデュラムゾーンにセッティング!」
遊矢の上空に歪な振り子が出現する。ひび割れ、砕け散った先でまがまがしいシルエットが現出した。
「揺れろ、運命の振り子!迫り来る時を刻み、未来と過去を行き交え!!ペンデュラム召喚!現れろ、オッドアイズ・ファントム・ドラゴン!」
吼えるオッドアイズの竜を従え、遊矢はこのままでは攻撃力が越えられない《SPYフレームロード・Ω》を見据える。
「オレは《EMバラード》のペンデュラム効果を発動!《SPYフレームロード・Ω》の攻撃力を600ポイントダウンさせる!これでそっちの攻撃力は2200!越えられた!」
「おっと、そういう訳にはいかねえな」
「えっ」
「おれは《SPYフレームロードΩ》を対象に、墓地の罠カード《仁王立ち》を除外して効果を発動!このターン、遊矢は《SPYフレームロード・Ω》しか攻撃することができない!」
「でも、それは戦闘で破壊すれば問題ない」
「おーっとそういうわけにはいかねえな!《PSYフレームロード・Ω》のモンスター効果を発動!1ターンに1度、遊矢の手札をランダムに選び、そのカードとこいつを次のスタンバイフェイズまで除外する!」
「あっ、逃げるのかよ!」
「これで《EMバラード》の効果はリセットされるぜ」
「でもこれでフィールドには《ライトロード・セイントミネルバ》しかいない!」
「《SPYフレームロード・Ω》がいないんだ、このターン、遊矢は攻撃宣言をすることができないってわけだ!」
「うぐぐ、カードを1枚伏せてターンエンド!」
「おれのターン、ドロー!」
電光掲示板には、遊矢の真下に2つ、城前の下に1つの明かりが点灯している。どうやら遊矢の方が優勢らしい。というより、これで4回目のデュエルなのだろうか、いくらなんでもやりすぎだ。調子が出てきた城前には悪いが柚子の頭の中ではアラームがずっと耳に残っていてうるさいのだ。柚子はフィールドに手をかけるとよいしょっとよじ登る。
「おれは・・・って、柚子ちゃんじゃねーか。おはよう」
「あ、はい、おはようございます、城前さん」
「おはよう、柚子。あれ、なんでここがわかったんだ?」
「いつまでたっても帰ってこないから、一生懸命探したのよ!」
「うっわ、ユーリ、ちゃんと調べた形跡とか消しとけよな、もう」
「デュエルしてるとこ悪いけど、遊矢、GODの反応があったわ!」
「なっ!?」
「あっはっは、お仕事の時間だな、遊矢。これでお互い2勝1敗1分ってわけだ。きりがいいじゃねーか。今日はここでお開きにするか?」
「だっから、あのノーリミット大会はノーカンだっていってるだろ、城前!禁止制限無視したカオスデッキなんて知らなかったんだよ!」
「それでも食いついてたじゃねーか」
「それでも!」
「ノーリミットだって確認しないで乱入する遊矢が悪いんだよ。黒咲んときと違って誰かの妨害でデュエルができなくなったわけじゃねーんだ、ノーカンはなしだ。こっちも乱入されて取り繕うの苦労したんだからな、悪く思うなよ」
「城前のけちー」
「ま、このデュエルは中断ってことにしといてやるよ!今度あうときまで突破する方法考えときな、宿題だ」
「えっぐいロックしてくるんだもんなあ、城前。くっそう、そうする」
「おーおー、そうしろ。じゃあな、遊矢」
「うん、じゃあね、城前」
「あ、待ってください、城前さん。これ、忘れ物です」
「ん?あ、これっておれのスマホ?探してたんだよ、柚子ちゃんのとこにあったのか、さんきゅ」
「はい」
受け取った城前だが、ディスプレイをみて遊矢を呼び止める。
「ちょっと待て、遊矢。おれのスマホになにした」
「えっ、なんのこと?」
「しらばっくれんじゃねーよ。ディスプレイの設定変えやがって!」
えへと舌を出して笑った遊矢は、柚子の手を引いて駆け出す。追いかけた城前だったが突然発生した煙幕を前に足を止めるしかなかったのだった。
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