スケール10-1 first break2
ぴこーん、ぴこーん、ぴこーん、と鳴り止まないアラームに柚子は目を覚ます。保健室のように周囲を即席の間仕切りで区切り、自分のテリトリーにした狭いスペース。一瞬頭が混乱するが、世間を騒がせているファントムこと榊遊矢と知り合ったこと。塾の繁盛のため講師に引き入れようとしたが、GODというカードを探していると断られたこと。なら協力すると無理矢理居座るとを宣言したことを思い出す。むき出しのコード、アスファルト、喚起しているゴウンゴウンとうるさい音が響いている。物置から、比較的きれいなものを並べて、くっつけて、それっぽくはしたがやっぱり体のあちこちが痛い。一度家に帰って、タオルとか毛布とかいろいろ持ち込むべきだろうか、なんて考えながら、身支度を整える。一向にアラームは鳴り止まない。

「遊矢、何か鳴ってるわよ、って、あれ?」

間仕切りのカーテンから顔だけだした柚子だったが、静まりかえるアジト。きょろきょろあたりを見渡してみるが、人っ子一人いない。遊矢、遊矢、と何度も大きな声で呼んでみるが、柚子の声だけが響く。遊矢ー?といいながら間仕切りからでてきた柚子は、昨日案内されたエリアを一通りぐるりと回ってみたが、やはり誰もいなかった。

「もしかして置いてかれちゃった?」

アラームが鳴ったら飛び起きて場所を調べて現場に急行するのが日常だ、と聞かされたばかりである。わざわざ起こしてあげないよ、といわれたこともついでに思い出す。一日目から寝坊しちゃったかもしれない。柚子は持ち込んだ目覚まし時計をみる。時計は8時を指している。学校のある日ならちょっと焦る時間だ。

あいかわらずアラームは鳴り響いている。

これはやばいかもしれない。冷蔵庫に走り、適当に買いだめしたレジ袋をさぐる。

「あれ、なんかなくなってる?」

野菜ジュースがない。

「あーもう、名前書いとかなきゃ」

あの野菜ジュースおいしいからお気に入りなのに。今まで、修造さんは野菜ジュースなんて飲まなかったから気にしなくてよかった。でも今は遊矢とすんでいる。遊矢の他にも3人人格がいるのだ、そのうち1人と好みがかぶってしまったのかもしれない。柚子はちょっとがっかりしながら、仕返しに遊矢以外の誰かがおいていると思われる飲み物に手をつける。いつもなら高くて手が出ないやつ、CMで見たことがある。スーパーで味見したらおいしかった。ちょっと贅沢な気分になりながら、時間がないので急いで朝食を終わらせた。

アラームは鳴り止む様子を見せない。

三面鏡状態の巨大モニタの中央には、四角いボタンがたくさんある。昨日、黒咲からの挑発に乗って場所を特定しようとしていた遊矢は、ブライントダッチでこなしていたがさすがに柚子はどうしたらいいのかわからない。赤とか青とか色が点滅しているのはわかるが、下手に触ってこわれでもしたらいやだ。たぶん、ネットのどこかでGODの情報が流れたのだろう。たくさんのウィンドウが開かれたままである。どれがなにを意味しているのかはさっぱりわからない。でも、黒咲のいる場所を特定するのは、MAIAMI市の地図とくるくる回る円形の赤いカーソルだったのは覚えている。それをさがした柚子は、ようやく、なんとなくみたことがあるそれを捕まえた。さっそく写真を撮って保存する。表示されたのは「LEOcorpration」の看板が目立つ超高層ビルだ。レオ・コーポレーションの傘下、あるいは系列会社だろう。住所を調べてみると、情報物理システムカンパニーという会社がヒットした。いろいろと難しいことが書いてあったが、簡単に言えば、ソリッドヴィジョンの実体化を研究している会社のようだ。立体幻影を幻影じゃなくしたことで、レオ・コーポレーションは一躍脚光を浴び、トップ企業にのし上がった経緯がある。いわば核となる事業を担っているとても大事な会社らしい。そこの研究室、実験場、地下に広がっている場所でGODの情報が探知されたらしい。ソリッドビジョンを研究しているのだ、とうぜんカードなどの実体化を研究する場所だろう。もしかしてGODが実体化しちゃったんだろうか。昨日、遊矢から怖い夢の話を聞かされた柚子である。ぞっとした。

遊矢の解説ではじめてこのモニターに展開されている膨大な情報量を理解できた柚子である。遊矢はきっと何十倍も情報を得ているはずだ。たった1つのウィンドウから柚子が思ったことなど遊矢も思いついたに決まっている。これに気づいたら、間違いなく遊矢は飛んでいくだろう。置いて行かれてもしかたないかなあなんて思ったものの、その探知した時間を表示しているデジタル表記にしばし固まる。

「反応したの、ついさっきじゃない」

柚子が起こされた時間である。

「もしかして、遊矢、べつのところに行ってまだ戻ってないの?」

まずい、と柚子は冷や汗が流れた。まずい、非常にまずい、ソリッドビジョンを研究する施設を持つレオ・コーポレーション系列の会社なんていかにもって場所である。どうしよう、どうしよう、と柚子は狼狽した。まだ遊矢の連絡先しらないのである。こんなことならさっさと教えてもらえばよかった、デュエルディスクのデータとか、スマホの番号とか。一瞬、代わりにいこうかなと思ったものの、超高層ビルである。大企業である。子供がなにも準備しないで入れるとは思えない。これは絶対に遊矢たちの力がないと今度は柚子が人質になってしまうだろう。やっぱり遊矢を探してこなくちゃ、と柚子はたくさんあるウィンドウの中から、一番手前のページにふれる。さいわいタッチスクリーンである。それが一番近くに表示された。履歴を押して、一番最近の記録をスクロールしていった。

「遊矢、また行ったの!?」

ワンキル館のページばかりがヒットする。

一昨日、デュエルの途中で特殊部隊の乱入から中断したことは知っている。はやくデュエルしたいとうるさい遊矢は、その日の午前の部に乱入したらしいが、帰ってきたとき不機嫌全開だった。そりゃそうだ、紛れ込んだ大会がよりによっていくらでも禁止カードが盛り込めるノーリミット大会である。パワーカードとコンボを前提としたテーマが手を組めばいくらでも世紀末はやってくるのだ。

柚子はワンキル館にやってきた。受付にやってくる。

「あの、すいません」

「はい、どうされましたか?」

「城前さんいますか?」

「あら、お友達かしら?」

「これ、忘れ物です。届けてくれって」

柚子はスマホを差し出す。本当はちがう。帰って行った城前のスマホをしれっと抜き取っていた遊矢から拝借したものだ。データを抜き取ってあの大きなパソコンにぶち込んでいたのはしっている。もう用はないはずだ。本来なら前帰すつもりだったらしいが、不機嫌になった遊矢はそのまま持って帰ってきてしまっていた。

「ああ、もしかしてデュエル塾の?」

「はい、修造塾の柚子です」

城前から話を聞いているのだろう、受付の女性はあからさまに親身になる。お父さんが人質になってファントムと一緒に助けに行ったんでしょう、お疲れさま、と自分の子供くらいの柚子だからだろうか、それも相まって笑う。とんだ大冒険の顛末をおもしろおかしく聞かされた効果は絶大で、あっさり城前の住む私有地への行き方を教えてくれた。そして電話で連絡を取ってくれているようだ。いっていいわよといわれ、柚子はいつもとは違う入り口からワンキル館に入っていった。案内をかって出てくれた清掃のおばさんは、世間話もかねていろいろ根ほり葉ほり聞いてくる。柚子は焦る気持ちを抑えつつ笑顔で応じた。

「お父さん大丈夫だった?」

「あ、はい。とっても元気です」

「それはよかったわねえ、怪我なくて。心配だったでしょ」

無断外泊を強行して、現在進行形で今度は柚子が心配をかけているとはとてもいえない雰囲気だった。マップを取り出し、ここをこういく、と説明しながらおばさんは私有地の前まで連れていってくれた。

「こんにちは、受付から連絡は聞いていますよ。城前君のお客様ですね」

初老の男性だった。

にこにこしながら出迎えてくれた彼は、柚子を案内してくれる。

見上げるほどの洋館である。あまり気軽に遊びに行けない雰囲気があった。


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