スケール10 first-break
しゃっとカーテンをあける音がする。まぶしい西日が射し込んできて、たまらず遊矢は毛布をかぶる。まぶたの向こうに白の輪郭が残った。いつまで寝てんだ起きろ、と無慈悲な手が毛布を取り上げる。そしてようやく遊矢は気づく。あれ、ここどこだ。というか、誰の声だろう。


そもそもファントムのアジトにはとうの昔に放棄された研究所という特異性ゆえに窓がない。その場所からして、西日があたるような日当たりのいい場所などない。お日様のにおいがする毛布、ふかふかの布団、沈む枕なんてもの、遊矢は初めて体験したものばかりである。どおりでぐっすり寝られるわけだ。遊矢のいつものかび臭い寝床とは雲泥の差である。ずっと寝ていたくなるような心地よさから引き離され、遊矢はぼんやりと声のする方に顔を上げた。ぼうっとしている遊矢に声の主は笑っている気配がする。四角い日溜まりがこぼれ落ちる部屋は、とても広くてとても豪華な部屋である。まぶしくて目を細めた。おはようさん、と笑う声が耳をくすぐる。ようやく遊矢は思い至る。この声は城前だ。


「昨日はお楽しみだったな」

「え、へ?あれ、なんで城前がここに?」

「あ?ユーリから聞いてねえのか?なんだよ、マジで眠かったのかあいつ」

「なんでユーリ?え、ここどこ?」

「おれの部屋だよ。昨日、一昨日と何度も不法侵入してるくせに忘れたのか」

「んー、そういわれてみればそんな気もするなあ」

「ったく、感謝しろよな。なんで彼女でもねえのに労ってやんなきゃいけねーんだか」

「どういうこと?」

「ユーリに感謝しろよ、遊矢。敗者にくちなしだからな」

「・・・はあっ!?なんだよそれーっ!ユートの次はユーリもかよ!しかも負けたのかよ、城前!オレと決着つける前にデュエルしすぎだろ!」

「うっせえ、勝負挑まれたら受けて立つのが礼儀だろうが」

「そりゃそうだけどさあ」

「ほらほら、さっさと起きる。飯だ、飯」

「まじでなんの風の吹き回し?結構突き放すようなこといっといてー」

「いったろ、ユーリに感謝しろってな。ほっといたらラーメン食べにいきかねないから面倒見ろって言われたんだよ」

「ユーリならいいかねないから困る。うっそっだあ、今日、すっごいラーメンの気分なのに。こってりした豚骨か、醤油もいいなあ」

「たしかに徹夜あけのラーメンはすっげえうまいけどな」

「だろ!」

「ユーリに懇々と説明されたから今はそういう気分じゃねーんだ。おれは遊矢をちゃんとした状態でアジトに返す義務があっからな、つき合えつき合え」

「えー、城前、オレのなんなの」

「ユーリにいえ、ユーリに」

「何度呼んでもぐっすりだよ。つか、ほんとにユーリなの?あいつ、絶対徹夜なんてしないのに」

「へえ。嫌われたもんだ」

「なんの話だよ?」

「ユーリかユーゴに聞いてみな」

「どっちも寝てるよ」

「いつでも聞けるだろ、ほら、起きた起きた」


食事はできる限り、いつも通りに三食とったほうがいいらしい。それじゃあ、オレは保存食かあと遊矢がつぶやくものだから、どんな食生活してんだかと城前はあきれ顔だ。しかたないだろう。指名手配である。ろくに外は出歩けない。トークンを派遣して購入するのは日持ちがする非常食、保存食。缶詰、ラーメン、インスタント食品、お湯があればすぐできるものばかりが備蓄してある食糧庫を思い出す。ああ、だからこんなにちっせえのか、と城前に笑われ、むっとした遊矢は成長期だから心配いらないねと言い返す。おれが遊矢くらいのときはこれくらいだった、と頭の上でひらひらする手に、たった3年じゃないかとたまらず遊矢はかみついた。さすがにそれはまずいだろ、と食堂があいていなければコンビニ弁当に走る口がいっても説得力はまるでない。

城前に案内され、遊矢はテーブルをみた。


「うっわ、ほんとにユーリが準備しろっていったんだ」

「へー、みただけで解るのか」

「そりゃわかるって。城前、野菜ジュースなんか絶対飲まないだろ。のど乾いたから飲むけどさ」


すでに口にした遊矢に、城前はあと声を上げる。思っていた味じゃなかった遊矢は顔を思い切りしかめた。


「なに買ったんだよ、城前」

「野菜ジュースなんて生やさしいもんじゃねえよ、青汁だ、青汁。うまい、もういっぱいってな」


げんなりした様子で遊矢はいすを引いた。


「食べる気失せたんだけど、城前、なんかご褒美とかない?がんばったら」

「朝食が試練みたいな言い方すんなよ、いくらかかったと思ってんだ。おれも初めて買う奴ばっかだったから、すっげえ出費だったんだぞ」

「城前、学校の食堂ないとすぐコンビニ弁当ばっかだもんな」

「おかげでこっちも余計な指導くらっちまった」


昨日を思い出して城前もぼやく。ユーリからの教育的指導はなかなかにくるものがあったらしい。遊矢が健康体なのは間違いなくユーリのおかげである。それだけはわかった城前だった。苦笑いする遊矢に城前は肩をすくめた。


徹夜明けは部屋を暗くして数時間寝ろ。いつまでも寝ていると生活リズムが乱れて疲れがとれにくくなる。日の光を浴びろ。食事は量を減らして調整しながら3食きちんととること。血圧、体重、ホルモンの分泌などの生活リズムが狂ってるんだから戻す必要がある。すこしでもはやく回復させるために体に思いこませること。ユーリが指定した有り合わせでもそれなりのものが並んでいた。朝一番に城前が買ってきたらしい。はじめこそ使いパシリのつもりだったのだ。ただ冷蔵庫に入っているコンビニの袋や出来合いのオンパレードにユーリのなにかに火がついてしまったらしい。捨てられることこそなかったが、城前だけなら絶対に買わないであろう何かが並んでいた。それは野菜ジュースだったり、食物繊維をとるための食品だったり。腐らせかねないものだが、城前も思うところはあったようでユーリの耳の痛い忠告は素直に従うつもりらしい。ご愁傷様、と遊矢は笑った。


「ラーメンたべたいなー、具を全部乗せてさ、大盛りで」

「いいよなー、徹夜明けのラーメンはうまい」

「だろー。城前、どっか食べに行こうよ。替え玉ありでさ」

「そんなこと言われたらマジで食いたくなるからやめろよ、もう。こっちはこれ用意すんのにだいぶかかったんだ。もったいねえからまた今度な」

「えー」


徹夜明けは絶対にラーメンを食べるなとの勝者からのお達しである。徹夜明けで眠いときに炭水化物や糖分なんてもってのほかだといやになるまで聞かされたらしい城前である。機械的に準備したのが伺えた。


「これだけじゃたりないって。おいしいけどさ」

「ぜんぜん足りねえよな」

「これもユーリからだろ。腹一杯たべるなっていう」

「大正解」

「食べ過ぎると眠くなるからだめっていつもうるさいもんな、ユーリ。あーもー」


ごちそーさまでした、と手を合わせた遊矢は大きく伸びをした。


「とりあえずシャワーでもあびてこいよ、そのまま寝ちまったんだし」

「あ、どーりでなんか変な感じだと思った」

「そこをまっすぐいって右な」

「はーい」


遊矢が出てくると、すでに城前はソファで眠っていた。遊矢が寝ている間、ベッドではなくこちらで寝ていたらしい。近くのテーブルには飲んだ跡があるコーヒーカップがある。どうやら睡魔には勝てずに寝てしまったらしい。


「城前、起きろってば」

「んあ」

「目を覚ますなら運動がいいらしいぜ。デュエルしよう、デュエル!」

「おー」

「ずっと気になってたんだよな、城前の部屋にあるデュエルシミュレーションのやつ!どんなフィールド採用してんの?ワンキル館だからソリッドビジョンは実体化しないだろうけどさ」

「あんま派手にあばれんなよ?」

「暴れないって。スタンダードデュエルだろ?わかってるよ」


はやく、はやく、と無邪気に遊矢は城前を誘う。城前はあくびをかみ殺しながらデュエルディスクを探った。


「いーなー、部屋にソリッドビジョンの機械があるなんて」

「へー、意外だな。ソリッドビジョン好き勝手弄くれるのに、アジトにねーのか?」

「ないんだよね、これが。いちいちレオ・コーポレーションの探知くぐり抜けるのも面倒でさ」

「ペンデュラムゾーン再現できるのはレオ・コーポレーション製だけだもんな、あきらめろ」

「うぐぐ。なーなー、城前、これ持って帰っていい?ワンキル館のやつって、レオ・コーポレーションにも対応してるし、そっちの独自回線使えばバレる心配ない上にペンデュラム召喚までちゃんと使えるしさー!ほしい!」

「ばかいえ、デッキ調整すんのに大事なもんなんだよ、誰がやるか、誰が!だいたいうちの独自回線用に改造施してあんだから持ち出されたらおれが困るっての!」

「けちー」

「だーれがけちだ、だれが。ペンデュラム召喚使わせてやってるだけありがたいと思え」

「ごもっとも」

「さーて始めるぞ、準備はいいか、遊矢」

「いつでもおーけー!今度こそ決着つけよう、城前!」

「そーだな、そろそろ中断も我慢の限界みてーだし」

「黒咲、ユーリ、ユート、沢渡、ほんとデュエルしすぎなんだよ、城前は!おれ2回も中断くらってるのにさ!」

「2回?1回だろ?こないだ、おれ勝ったじゃねーか」

「全盛期のカオスデッキなんて無法デッキつかってくるとはおもわなかったんだよ!」

「ノーリミット大会に乱入してくるほうが悪いっての」

「うぐ。だから、あれはノーカン!ノーカン!黒咲と城前の決闘と一緒だよ」

「まーそういうことにしといてやるよ。じゃあ、フィールド展開するぜ」

「りょうかい!」

決闘のモードは、スタンダードデュエルであるためか、おなじみの音声は流れない。ほんの少しの浮遊感の先に広がるのは、天幕のはられた円形の劇場である。遊矢と城前がたつ円形のフィールドを取り囲むように観客が取り巻いていて、拍手喝采に出迎えられる。口笛をふくお調子者もいて、城前や遊矢の名前を呼ぶ声も聞こえる。おいこら遊矢、と城前はじとめだ。だって拍手だけじゃつまんないだろ、と遊矢はあっけらかんと笑う。しれっとソリッドビジョンの設定を弄くり回している遊矢を軽くはたいて、城前は距離をとる。所定の位置にむかった。

遊矢は興味津々であたりを見渡している。動物の曲芸に使う火の輪、三輪車、自転車、縄、シーソーが配置される円形のフィールドの周囲。天幕の垂れ下がる上には、空中曲芸に使われるのだろう、綱渡り、トランポリン、空中ブランコがゆれている。手品師や軽業士がいないということは、時折失敗を織り交ぜながら観客の緊張をといて笑顔をひきだす役どころを決闘者に求める趣旨のフィールドなのだろう。きっとアクションデュエルならば、アクションカードは突然煙幕が発生したり、鳩が飛んでいったりといったマイナス要素のカード(いわゆるはずれ)もコミカルな演出があるに違いない。

混沌使いである城前が愛用するフィールドにしては、少々毛色が違って見える。

「へーえ、ここでよくデュエルしてるんだ、城前?」

「まーな、アクションデュエルの方がおなじみなんだけど」

「たしかにアクションデュエルしたら楽しそうなギミックいっぱいあるね」

「だろ?遊矢好きか?」

「嫌いじゃないよ、おれ。でも、もっとこう、アシスタントにきれいなお姉さんがいたらもっといいな」

「あっはっは、ユニちゃん、コンちゃんに焼き餅やかれてもしらねーぞ」

「心配ご無用、ユニコンはおれの専属アシスタントだしね、観客を盛り上げるスタッフとは一緒にしてもらっちゃ困るよ。でも意外だな、混沌使いにしてはずいぶんとコミカルな感じがする」

「あっはっは、そりゃそうだ。でも、大事なんだぜ。アスレチックサーカスはアクションデュエルの基本のギミックがぜんぶ入ってるからな、アクションデュエルに慣れるのに重宝したぜ。へたしたら一番使ったフィールドかもな。ま、これはスタンダードモードだから意味ねえけど」

「なるほど。いわれてみればそうかも。アクションカードとるには、あっちこっちにあるギミック使わないといけないみたいだし。いいなー、城前、今度アクションデュエルするときはこれでやろう」

「えー、どうせなら星の聖域でしようぜ、遊矢」

「それってこないだ城前が得意っていってたフィールドだろ、ずるいって」

「フィールド提供してやってんだ、それくらいこっちの権限でどうにでもする」

「じゃ、オレ、書き換えるー」

「だーからやめろって言ってるだろ、遊矢!それじゃ、はじめるとするか」

「いつでもおっけーだぜ」

デュエル、と高らかな声が響いた。


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