ユーリの質問に、城前は飄々とした様子で答える。もっと揺さぶりをかけていきたいが、今のユーリには城前に関するこれ以上の情報を引き出すカードがたりない。とっかかりとつかむための侵入だったことを思えば、門前払いを食って完全な徒労で終わるよりは大きな収穫となる予感がした。それでも、その表情がいっこうに崩れないことだけが不満だった。
「遊矢は四重人格って話は聞いてる。ユートとはもう会った。あとは消去法でユーリかユーゴのどっちか。遊矢から軽くどんなやつかって教えてもらってたからな。ワンキル館に侵入するときは、Dホイールだったからユーゴかと思ったら見あたらねえ。そんでもって現れたのがお前だ。ライディングデュエルもしない、シンクロ召喚もしない、融合主軸のデッキを使うとなればもうユーリしかいねえだろ」
「なるほど、僕のデッキで特定したというわけですか。模範的な回答をありがとうございます」
「その様子じゃ、ぜんぜん納得してないって顔だな?」
「ええ、もちろん。遊矢から話を聞いていたのは本当かもしれませんが、ずいぶんと詳しい情報が回っていましたからね。おかげで君が待ち受けていたここにまんまと誘い込まれた格好ですが、それは君の差し金でしょう、城前?」
「ご明察。わざわざおれと沢渡のエキシビジョンマッチを観戦してまで、デュエルをしにきたってことはおれ目当てなんだ。ご指名とあらば出てくるのは当然だろ?よけいな手間省かせてやったんだから、感謝してもらいてえもんだぜ」
「僕たちの格好や外見、特徴にいたるまで詳細な情報が回っていなければ感謝のひとつもしましたよ。これでもレオ・コーポレーションが特殊部隊を組織しないといけないほど、僕たちの情報の機密性には定評があるんですがね。どこから入手したんです?」
「お前らが情報提供してくれたんだろ」
「デュエルの記録から場所を特定して入手ですか?そんなことレオ・コーポレーションもやっているに決まっているでしょう。だから行動するのは主に遊矢がやっていて、どうしようもないとき、他に考えがあるとき、初めて僕たちは表に出てくるんです。ジャミング、ハッキング、こういった方面において遊矢は天才だ。この電脳都市の主であるレオ・コーポレーションが捕捉できない遊矢の技術を上回ったのは、君の貢献が大きいはずだ。その手品の種をあかしてもらえませんか?」
「敵対してねえって表明してやったのに、なんでそこまで警戒すんのかね。別に教えてもいいけど理由を聞いてもいいか?」
「いいでしょう。城前、このさいはっきりと言いますが、僕は君のことがわかりません」
「へえ?」
「君のような反応をする人間は初めてなので、どういった対応をすべきか考えているんですよ」
「たとえば?」
「遊矢から四重人格だと聞いているなら、普通、遊矢が主人格であり、僕たちが副人格と考えるはずです。柚子たちのように【姿がかわった】といった反応を示すはずでしょう。人格が変わっても、遊矢は遊矢だとたいていは考える。でも君は違う。【遊矢】と【ユート】、【ユーリ】、【ユーゴ】を別の人格どころか、独立した存在として受け入れ、対応している。違いますか?」
「そんなもん、目の前で姿代わって性格代わって名前まで変わったら、四重人格っつーもん越えてるだろ。いくら非現実的でも消去法で可能性がそれしかねえなら、一つの体に4人いるって考えた方がはえーからな」
「実に合理的な考えですね。そんな発想、どこからくるんです?」
「ひとつの体にふたつの心をもつ男をおれは知ってる」
「へえ?」
「かつて【カオス】を使ったこともある男だ。そいつらはお前らみたいな体質だったんだよ」
「名前を聞いても?」
「それくらい自分で調べろよ、ユーリ。デュエルモンスターズの歴史のお勉強にはうってつけの施設だぜ、ここは?おれはそいつに憧れてデュエルモンスターズを始めたんだ。ユートと遊矢の交代を目撃したときの衝撃ったらなかったぜ」
「ああ、だから道理で遊矢とデュエルするとき、初対面にしてはずいぶんと友好的だったわけですね。あこがれの決闘者と同じ体質の決闘者がデュエルを挑んできた、というわけですか。君がずいぶんと僕たちに好意的なのはそのせいですか?」
「違うとはいえねーな。どっちも尊敬に値する最高の決闘者だった、お前らをひとまとめにすんのは、おれが尊敬する決闘者をいっしょくたにする暴挙同然だからな」
「なるほど。ですが、僕たちの情報を知ってる理由にはなりませんよね?」
「まーな。こればっかりはずっと見てきたから、としか言いようがねーんだが」
「それはどういう意味ですか、城前?僕は、いえ、僕たちは君のことを知りません」
「あたりまえだろ。知ってたらびびるわ。いつもテレビ越しだったからな」
「1年前から僕たちの情報収集を行っていたようですし、なきにしもあらずですがね。そのやり方を是非とも教えてもらいたいですね、これからのために。ワンキル館は本気になればすさまじいストーカーと化すと考えても?」
「あっはっは、言葉尻だけとればそうなるよな。事実だからしかたねーけど」
「1年前ということは、君がワンキル館に雇われてから、ということになりますよね、城前。やはり、僕たちについての情報は君からと考えて間違いなさそうだ。なにが目的なんです?」
ユーリの眼孔が鋭くなる。
「なにを深読みしてるのかはしらねーが、目的なんてひとつだろ、ユーリ。さっきもいったけどワンキル館にはないカードのデータを集めることがおれの仕事だ」
「僕たちの詳細な情報を集めることもその一環といいはりますか。じゃあ、質問を変えますね。赤馬零児、遊矢をはじめとした僕たち同様、城前、君の過去の記録はどこにもありません。アーカイブを探ってみましたが、あのワンキル館での大会で君が現れてから、すべての君の記録は造られています。それ以前の記録がどこにもない。ある日突然、この街にやってきて、ワンキル館の広告塔となった。そのあと、突然この街にできたレオ・コポレーションがデュエルモンスターズに参入を表明し、ワンキル館と提携を結びました。そしてあっというまにこの街はレオ・コーポレーションの電脳都市として発展をとげました。いずれこの質問は赤馬零児にも問わなければいけませんが、まずは君に聞くとしましょう、城前。君は何者ですか?どこからきたんです?」
「おれは××から来た決闘者だ。それだけじゃだめか?」
「××?君の公式の記録では●●では?」
「つまりはそういうこった。そういう契約だからな。いくら探ったって無駄だぜ、おれの正体なんつーもんははじめから存在しねーからな。公式の記録がすべてだ。ないなら作ればいいんだよ。だから今おれはここにいる」
「すべてがうそっぱちというわけですか」
「あっはっは、ぶっちゃけるならそうだな。でも悪くはないんだぜ?公開されてる情報がなにひとつ信じられないから教えろ、っていわれても、おれは公開されてる情報はぜんぶでっちあげだとしか教えてやれない。隠してんじゃなくて、はじめからなかったんだよ。だから、おれが何者か、なんて質問におれは答えられないね。おれはどうやって証明すりゃいいんだ?おれがおれであることを証明できるものなんて、このデッキひとつ以外なにもねーんだぜ?」
「記憶喪失、というわけではなさそうですね?」
「記憶喪失ならもっと気楽にいけるかと思ってたけど、遊矢みる限りしんどそうだからどっちもどっちだな」
「記憶はあるのに、突然あらわれた。ほんとうに君はわからない人ですね、城前」
「まったくだぜ」
「なんですかそれ」
城前は笑う。
「ずっと思っていたんですが、君の憧れていたという決闘者に僕たちはそんなににているんですか?」
「は?」
「遊矢やユートとのデュエルをみましたが、君のデュエルはプロの決闘者を前にしたファンとよくにた反応をしています。ささいな言動に一喜一憂して、デュエルをしていること自体に感動を覚えて、高揚感を感じている。興味を持ってくれたこと自体がうれしい、そんな印象を受けました。ワンキル館の混沌使いとして、ファントム以上に一般的な知名度があるはずの君がそんな反応をするのは少々意外でしたね」
「冷静に分析するのやめろよ、普通に恥ずかしいだろうが」
「ファントムのファンだと抜かすならなぐってやろうかと思ったんですが、あのデュエルをみたあとだとあながち間違ってない気がして困ります。君の行動は一貫しているようでちぐはぐすぎてほんとうによくわからない」
「いや、めっちゃ楽しいデュエルできたんだ、テンションあがるのは当たり前だろ。知らないテーマとデュエルしてわくわくするのは決闘者の性だ」
「しらない?ペンデュラム召喚を初めて見たとは思えないプレイングをしておいて?冗談も休み休みいって欲しいですね。これだから君について考えているとわけがわからなくなるから困ります」
「あっはっは、おれは単純な男じゃないからな。魅力的な男は秘密の一つやふたつあるもんだろ」
「君の場合は謎の上に謎を重ねているせいで、ぜんぜん魅力には至っていませんがね」
「んだとこら」
城前は軽口をたたきながらユーリを見上げる。
「だいたいですね、その格好はなんなんです?」
「は?」
「すべてワンキル館の指示だというなら、かつてここの所有者だったカードコレクターと同じ外見になることも仕事のひとつなんですか?」
「お、よくわかったな。おれの元の外見知ってるやつでも案外わかんねえのに」
「悪趣味な条件付けられてご愁傷様です。僕は遊矢たちと違って身だしなみには気を使うタイプでしてね、カラコンかどうかくらいならすぐわかりますよ」
「へえ?参考までに教えてくれよ」
「きれいな黒というのは案外ないものなんですよ、城前。君の使っているカラコンは、強烈な赤ですが、黒目がはっきりしすぎてる。だから苛烈な印象をあたえるのかもしれませんが、なんにしたって浮いてますね」
「うっせえ」
「まあ、いいでしょう。なにはともあれ、君の言葉が聞けたのは大きな収穫でした。念入りに外部との通信手段を破壊した甲斐があるというものです」
「おかげでこっちは弁償で頭がいてえよ。ユーリ宛で着払い送りつけてやっから住所教えろ」
「残念ながら僕たちは住所不定なんですよ、城前。それに、そもそも今の君にアジトを教えるメリットがありません」
「おーおーそうかい。なら、遊矢に言っといてくれ。おれに用があんならちゃんと誠意をみせろってな。不法侵入ばっかすんじゃねえよ、勝手に人の部屋物色しやがって。そんで?おれはどんなやつだってわかったのかよ?」
「いえ、ますますわからなくなりました」
「あっはっは、だろうな!」
この上なく楽しそうに城前は笑う。
「おれが前のオーナーの外見してるって気づいてんなら、なんでわかんねーんだよ、ユーリ」
「なんのことです?」
「おれがお前らを知ってる理由だよ」
「城前、それは、どういう」
「ほんとうに覚えてねえのか?ほんとうに?」
「・・・、城前、君は、」
「ああ、そっか。今回はこのデッキ使ったから、点と点が繋がらなかったか。やっぱライトロード使った方がよかったか」
ユーリは沈黙する。頭の奥底で何かがよぎった気がした。
「これは宿題ってことにしようぜ、ユーリ。答え合わせはまた今度だ」
あーくそ、痕が残っちまった、と城前はぼやく。いつのまにかほどかれたネクタイを丸めてポケットに入れる。城前は大きく伸びをした。そして手をさしのべる。
「なんです」
「やせ我慢も大概にしとけよ、14歳。さっきからふらついてんの隠せるとでも思ってんのかよ」
実は寝てないだろ、と城前は笑う。
遊矢が城前と遭遇した夕方から、特殊部隊に追い立てられて夜に沢渡と決闘。一端アジトに帰るが人質を救出するために真夜中の行動、そして城前は遊矢とわかれた。そのとき寝てればいいものを、ユートがワンキル館に殴り込みにきたのが夜明け前である。午前中のデュエル大会に遊矢がハッキングしにきた時にはどうしようかと思った。午後の城前と沢渡がデュエルを観戦したとなれば、もう遊矢たちはねてないことになる。はじめこそ表に出てくる人格がチェンジすれば24時間動けるのかと思ったが、ユートと城前がデュエルすることにずるいと叫んでいたらしい遊矢がみじんも反応しないのはおかしい。寝てると考えるのが自然だ。ユーリが遊矢に黙ってきている、といったからもう確定事項になった。
ユーリはばつわるそうに目をそらす。
「お姫様だっこの方がいいか?」
「冗談も休み休みいってくれますか?反応するのも疲れてきました」
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