スケール9-4 ハローアンダーワールド2
入念な下調べの末侵入したワンキル館だったが、すでに警報が鳴り響いている。遊矢たちが侵入したときの記録をみた限りでは、案外簡単に侵入できた印象だったが、さすがにユーリのたどる経路から目的を察して対応を変更したようである。すれ違う警備員があわただしく立ち去るのを見届けて、通気口から着地したユーリは足早に目的地を目指して走る。変わってやろうか?とにやにやしているユーゴに、ユーリは気が散るから黙れと丁寧ながら辛辣な物言いで返した。リアルファイとはまだいいし、Dホイールなんかだされでもしたら騒音で場所がすぐにばれてしまう。もともと不要な衝突は回避したい性分であるユーリは、頭の中にたたき込んだ経路を抜け、その先を急ぐ。


監視カメラのユーゴを探している挙動ではない。どうやら侵入者は複数だという通知が回っているようだ。あきらかに遊矢から4つの人格と姿を持つという情報を得ている城前からの差し金である。お気に入りなのはわかるが軽率にもほどがある。おかげでこっちは迷惑を被っている。ユーリは舌打ちをして、あたりを見渡す。目星をつけていたところはことごとくはずれたか、すでに対策が立てられており警備が厳重。あとはこのあたりにあるはずの通路しか残っていないのだが。


『あれ?どこいくんだよ、ユーリ。俺達が探してんのは地下通路だろ?』


ここにくるまで、何度も復唱させられた道筋からはずれていくユーリに、ユーゴはあわてて追いかける。いつユーリとポジションチェンジするかわからないのだから真面目にやれ、と散々頭の中にたたき込まれた情報からみても、明らかに不要な寄り道だ。スタッフオンリーの札がかけられた部屋の前に来たユーリがなにか準備をし始める。ユーゴはなんだよもう、とぼやきながらその様子をうかがった。なんだよ、休憩?それともトイレ?ちゃちゃを入れるユーゴに、君と違って僕はそんな間抜けしませんよ、と返したユーリは立ち上がる。手にしたのは遊矢から拝借したカードだ。どうせすぐばれて使えなくなるが侵入したいこの瞬間だけ機能すればそれでいい。逃げる手段はいくらでも思いつく。ユーリは迷うことなくドアをくぐった。


「あたりですね。僕の第六感もたまには役に立つ」

『あれっ、こんなとこ地図にはなかったよな?』

「ええ、そもそもこのドア自体が地図にはありませんでしたね、ユーゴ」

『え、まじで?』

「あとで地図でも見ておいてください。説明するのは面倒だ」


非常灯の明かりだけが点滅する、普段は使われていない通路。そこでぴたりとユーリは歩みを止める。


「感心しねえなあ。子供はもう寝る時間だぜ、少年」

「遊矢たちで学びませんでしたか、城前?最近の子供は夜まで遊ぶんですよ」

「あっはっは、その反応からするに遊矢が言ってたユーリかユーゴのどっちかだな?ほんとおもしろいな、おまえら。何度も言ってるだろ、ここにG・O・Dなんて大層なカードはねえよ。帰れ」

「それを決めるのは君ではなく僕です。だから退いてくれませんか?」

「やなこった。この先にいきたきゃ、おれの屍を越えていけ」

「困りましたね、ただでさえ遊矢にだまって来てるんです。ばれたら面倒だ。ところで、城前、ひとついいですか?なんて言ったのかは知りませんが、遊矢は結構傷ついてたみたいですよ。今度会ったらフォローしてくださいね、僕たちの仕事が増えるので」

「そりゃ困るぜ、おれは悪いことなんざひとつもしてねえからな。謝る要素がどこにあるんだよ。おれはデュエルできればそれでいい、邪魔するなら敵だし、邪魔しないなら味方。それはどいつにとっても変わらねえよ」

「なるほど、遊矢の記憶の君より幾分好印象です。倒しがいがありそうだ。その考えでいくなら、僕たちの味方になればデュエルできる機会も増えますよ?仲間になりませんか?」

「あはは、まさかの勧誘とか笑うしかねえな、おい。でもま、今回はお断りさせてもらうぜ。今んところ、おまえらにもレオ・コーポレーションにも組まない方がデュエルできる相手が増えるしな」

「めんどくさい性格してるって言われませんか?」

「何でだよ!」


軽口をたたき合いながら、城前は笑う。デュエルディスクがデュエルのモードに切り替わる。採用されているのは、ワンキル館側のシステム。だが、もともとはレオ・コーポレーションの技術から派生したものだ。城前はデュエルをしてくれるようで、ユーリのデュエルディスクも問題なく起動する。ただワンキル館のシステムの都合上、ソリッドビジョンは実体化しないためスタンダードなデュエルしかできない。そのようなメッセージがデュエルディスクに表示される。


デュエルディスクは城前を選んだ。


「いいぜ、相手になってやるよ。ペンデュラム召喚を使えるのはおまえらだけじゃねえってことを見せてやる。そして教えてやるよ、ペンデュラム召喚の神髄を!」

「いいますね。その言葉、本当かどうか見せてもらいましょうか」


冷静に返してはいるが、ユーリの笑顔はひきつっている。遊矢は城前と幾度もデュエルをしているようだから、ペンデュラム召喚についての情報、使用しているテーマ、デッキ構築といった情報はある程度ワンキル館側に流れているとユーリは踏んでいた。しかし、まさかそのギミックをテキストに落とし込んだ【ワンキル館オリジナルカードで組んだペンデュラムデッキ】をぶつけてくるとは思わないだろう。レオ・コーポレーションでさえ、まだペンデュラム召喚を採用したカードの構築に至っているという情報はこちらに流れてきていないのだ。いくらなんでも早すぎる。たとえレオ・コーポレーションからファントムの使用カードなどについて情報提供され、解析などをしているとしてもだ。レオ・コーポレーションが城前のデッキを試作したなら、間違いなく特殊部隊に配布するはずである。それをせずに城前に使わせるということは、つまりはそういうことである。レオ・コーポレーションよりは手の内を見せるに値する人間だと言われたと同時に、突破できないようであればその程度だと挑発されているに等しい。それにしたって、遊矢に近しい人間であるユーリたちに通用するかどうかのテストプレイ、あるいは試作デッキでのデュエルということだ。ずいぶんと舐められたものである。お手並み拝見といきましょうか。ユーリはそのフィールドを見つめる。


城前の目は輝いていた。きらきら、というよりは、ぎらぎら、と言った方が正しいのかもしれない。遊矢の記憶の世界でみた柔和な笑みを浮かべた社交的な好青年のなりは潜められ、ワンキル館の混沌使いとはかくあるべし、というイメージが実体化したような雰囲気を持っている。殺気にもにた衝動をたぎらせる苛烈な目がユーリを捕らえたとき、城前はデュエルの開始を宣言した。


「おれは手札を1枚すて、手札から魔法カード《ペンデュラム・コール》の効果を発動!このカードは1ターンに1度しか発動できないが、カード名が異なる魔術師ペンデュラムモンスターを2体デッキから手札に加えることができるぜ!そして、このカードが発動したことで、ユーリのターン終了時までおれのペンデュラムゾーンのモンスターを破壊することはできなくなる!」


ユーリとユーゴは即座に反応した。ペンデュラムに対応した魔法カード。しかも強力なサーチカード。カードの販売元と海外での展開を一手に担っているワンキル館のバックホーンを感じざるを得ない1枚である。冷や汗が伝う。無意識に視線がかちあう。やばいって、とユーゴは思わずつぶやく。ユーリは悪くないですよ、といいつつ、声が少々かすれていた。最悪門前払いを食らうことも視野に入れていたが、どうやら城前は熱烈に歓迎してくれているようである。ユーリの反応にうれしそうに笑った城前は、シャッフルしたデッキから導かれた2枚のカードを掲げる。


そこに握られているのは、2枚のモンスターである。そのデザインをみたユーゴもユーリも想像以上にワンキル館側がペンデュラム召喚に関心を寄せているのだ、という事実を突きつけられることになる。遊矢のデッキでしか見たことがないペンデュラムカードそのものである。今までのデュエルモンスターズには存在しておらず、テキストをそのまま読み込んで忠実に再現する高性能なレオ・コーポレーションのソリッドビジョンでなければ使用自体ができない特殊なカード。城前が使うと言うことは、ペンデュラムスケールなどのシステムがワンキル館側はすでに導入しているということだ。どこまで研究が進んでいるのか、とユーリは思わず息を呑む。


「おれのターン!おれはスケール8《貴竜の魔術師》をライト・ペンデュラムゾーン、スケール2《賤竜の魔術師》をレフト・ペンデュラムゾーンにセッティング!これでレベル3から7のモンスターが召喚可能になったぜ。さあ、どこまで耐えられるか見せてくれよ、ユーリ!」

「きなさい、城前」

「ああ、そうさせてもらうぜ!揺れろ、魂のペンデュラム!天空に描け!光のアーク!ペンデュラム召喚!こい、《EMペンデュラム・マジシャン》!そして《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!」

「オッドアイズですって!?城前、君はいったい!」

「それが知りたきゃかかってこいよ、ユーリ」


城前は挑発めいた笑みを浮かべる。


「ペンデュラム召喚に成功したこの瞬間、おれは《EMペンデュラム・マジシャン》の効果を発動!自分フィールドのカードを2枚破壊して、同名カード以外のEMモンスターを1枚ずつ手札に加える!おれが手札に加えるのは《EMドクロバット・ジョーカー》、そして《EMトランプ・ガール》だ!そして《EMドクロバット・ジョーカー》を攻撃表示で召喚する!そして通常召喚に成功したこの瞬間、デッキから同名以外の「EM」、「魔術師」ペンデュラムモンスター、「オッドアイズ」のどれか1枚を手札に加える!おれがサーチしたのは《相克の魔術師》!」


ふたたび城前の手には2枚のペンデュラムモンスターが存在している。既存のデッキにペンデュラムモンスターを投入したのではないとユーリたちは悟る。ほとんどのモンスターがペンデュラムモンスターであり、ペンデュラム召喚に特化したデッキであると気づくのはすぐだった。それがどんなに恐ろしいことなのか、容易に想像できてしまう聡明な頭脳が今回ばかりは恨めしくなる。


「スケール3《相克の魔術師》をライト・ペンデュラムゾーンに、スケール8《相生の魔術師》をレフト・ペンデュラムゾーンにセッティング!これで次のターンの布陣が整ったな。さあ、これからが本番だ!レベル4《EMペンデュラム・マジシャン》とレベル4《EMドクロバット・ジョーカー》でオーバーレイネットワークを構築!」


ランク4、そしてユートの得意とするエクシーズ召喚の構え。二人は悟る。ワンキル館側がペンデュラム召喚に興味を示し、試作のカードまで作ってしまったその訳を。彼らは気づいてしまったのだ。遊矢の得意とするペンデュラム召喚は、大量のモンスターを展開することが得意だが、それはほかの特殊召喚にも通じている。ほかの召喚方法と組み合わせて様々な戦略を採ることができる。それはデュエルモンスターズの環境を激変させかねない爆弾である。それもいろんな召喚方法に精通している決闘者がそのデッキを使わなければ現実化はしないだろうが、ユーリたちは今まさにペンデュラム召喚が生んでしまいかねない悪夢と相対しているのだ。


「漆黒の闇より愚鈍なる力にあらがう反逆の牙!今ここに降臨せよ、エクシーズ召喚!ランク4!ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン!」


いよいよユーリたちは沈黙してしまう。ワンキル館はレオ・コーポレーションにカードバンクとしての契約を結んでいる。そのため、ソリッドビジョンが普及すればするほど、世界中のカードの情報がデュエルのあらゆる処理の要となるデータバンクたるワンキル館に集まる。それは世界にたった1枚しかないカードでもレプリカを作成することが可能なことを意味していた。ペンデュラムモンスターを実装している時点で予想はできていた。しかし、それを披露されるとなると話は別だ。心なし、ユートの使うダーク・リベリオンよりもまがまがしい印象を受けるドラゴンがユーリの前に立ちはだかる。これは遊矢たちのカードの情報がデュエルをするたびにワンキル館側に流れ、レプリカが作成され、レオ・コーポレーションに送られることを意味する。ただペンデュラム召喚のレプリカはどうやらワンキル館が勝手に作成しているようだから、このデッキに入っているモンスターたちの存在は赤馬社長たちが把握しているとは思いにくい。ただ手の内を証すという意味ではこれいじょうないものである。それだけの驚異、それだけの力があると示していると同時に、ユーリたちを試している。


「この瞬間、《相生の魔術師》、そして《相克の魔術師》のペンデュラム効果を発動!ダーク・リベリオンのランクをレベルに、そして数値をオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンのレベル7に変更する!そしてレベル7《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》とレベル7《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》でオーバーレイネットワークを再構築!天空を舞え、2体の竜よ!今一つとなりて、刃向かう敵を殲滅せよ!エクシーズ召喚!いでよ、ランク7!覇王黒竜オッドアイズ・リベリオン・ドラゴン!」


エクシーズモンスターでありながら、ペンデュラムモンスターでもあるという、あまりにも特殊なモンスターが今ここに降臨する。


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