スケール9-3 ハローアンダーワールド
城前は残念そうにため息をつく。

「なんでそのまんまテキストに落とし込まないんすかー。めっちゃ弱体化してるし」

「無茶言うんじゃないよ、完全再現なんて芸当、ファントムが見せてくれなきゃできっこないね。アンタのデュエルと目撃証言だけじゃこれが手一杯だよ」

「まー、たしかにペンデュラムゾーンのオッドアイズの数だけ戦闘破壊とダメージ無効は贅沢すぎるっすけどー。こっちはせめてペンデュラム効果かモンスター効果のどっちかフリーチェーンにしてくれてもいいじゃないっすか。特に条件もなくその対象をペンデュラムゾーンにおける効果だったし、フィールドのカード1枚対象に、カード効果と受けてる効果を無効化できてたし。それくらい欲張ってもいい気が。おかげでこっちがどんだけひやひやしたか!」

「ばかいうんじゃないよ。そんなぶっこわれ効果、採用できるわけないじゃないのさ」

「それはそうっすけど・・・・納得いかない」

「じゃあいらないんだね?」

「うそうそいります!いりまくります!むしろほしい!」

「ならつべこべ言わずにさっさと仕事に戻る」

「うーい」

種族以外のステータスとペンデュラムスケールがアニメ次元の遊矢の相方である《時読みの魔術師》、《星読みの魔術師》と完全に一致しているこちらの次元の遊矢の相方ドラゴンたち。城前が遊矢とデュエルしたときのデータで起こったプログラムの流れ、そして挙動、効果の処理の仕方などを様々な角度から検証し、テキストに落とし込んだのがこのプロトタイプともいうべきカードである。城前からすれば魅力的な効果の数々だったからテストプレイを楽しみにしていたのだが、ほかのカードとのバランスを最重要視している海外販売の本拠地でもある資本グループは完全再現よりも現実的な落とし込みを優先させたらしい。発売予定のカードの売り込みもかねているほかのカードゲームでは、キャラクターが現実世界のカード効果をそのまま使うと聞いたときにはおどろいたものだ。遊戯王では完全に別物としてファンやプレイヤーは受け入れている。アニメやマンガで登場したカードが完全再現されることの方が珍しい。ぶっこわれ効果が無難な効果に落ち着いたり、似たような効果ながらバランスを考えて変更されたり、すさまじい弱体化を加えられるのはよくあること。遊戯王の世界観がここでも反映されてるなんて知りたくなかった城前である。非常に残念ながら1年前から現実は非常であると思い知っていたけれども。

まあ、遊矢の使っているカードがどのような存在なのか検証する実験もかねている。ここ最近、城前が一番好きな仕事でもあった。基本的にバグを見つけるためのテストである。地味な作業が多いのは否めないが、楽しいのだ。大手の会社であるワンキル館を運営する会社はテスターの部署がわりと発言権を持っている。テスターと開発スタッフが一緒にゲームバランスの検証をして活発に意見交換するところを見学させてもらったことがある。ゲーム開発の熱さをかいま見た城前は、そのデータとして今の仕事が上に上げられることを知っている。気合いも入るというものだ。外注のテスト会社ならきっと勝手も違うだろう。

インカムをセットし、その向こうから聞こえてくる発言に従ってデュエルを行う。数時間にわたる拘束が解かれる

「館長、館長、あのカードいつから使えるようになるんすか!?」

「そうさねえ、ま、気長に待ちなよ。アンタのおかげでペンデュラム召喚に関するデータには1年分の蓄積があるからね。あんときほど時間はかからないはずさ」

「まじで!やった、あいつら入れてオッドアイズ組みたいんすよ、早く!ぜってえ今よりデッキ構築の幅が広がるって!楽しみだなあ!ところで本命はどうなんすか?」

「いいよ、見て見るかい?」

「えっ、えっ、もうできてるんすか?!」

「あっはっは、メインはやっぱ最後にとっとくべきだと思ってね」

「うわー、まじだ!すげえ!スタッフさん仕事しすぎじゃないっすか!すげえ!館長見せて見せて、どんなテキスト!?」

城前が目を輝かせて館長からカードを受け取る。

「わかってたけど!わかってたけどーっ!なんでモンスター効果とペンデュラム効果の数値が固定化してんすか!これって明らかに遊矢が黒咲と戦ったときのデータ反映してますよね!?なんで素直にペンデュラムゾーンのモンスターの攻撃力分にしないんすかあっ!今のデュエルモンスターズじゃ2500ってそんな高火力ってわけじゃないし、発動自体わりと一工夫いるのに!ブンボーグとかですげえ攻撃力出すの楽しみにしてたのに!」

「バカ言うんじゃないよ。ペンデュラム効果で上昇するポイントが固定数値で1200ってだけでもどでかいってことを知りな」

「まあ、たしかにそうっすけどー。あ、でもイラストは大好きかも、おれ!」

すべてのステータス、そしてスケールが《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》と一致しているカードを手に、城前は笑う。《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》そして城前は名前を知る前にこちらの世界にきてしまったが、《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》。この4体のドラゴンたちのそれぞれのパーツを組み合わせてできたデザインはなかなかに想像をかき立てられる。はやく実体化した姿がみたいと城前はテンション高めにデバック作業を開始した。

城前が初めてこの次元に迷い込んだとき、真っ先にワンキル館側が破格の条件をつけて囲い込みにかかったのは城前が所持しているカードだけでなく、城前が当たり前だと思っていた環境がこの街においてはるか未来に相当しうる環境だったからにほかならない。デュエルモンスターズのデータバンクを自称するこの施設において、知らないカードの存在自体が危機感を抱かせたといってもいい。この世界に存在しうるカードのすべてを収集することを信条としているこの施設において、城前が持ち帰ってきた戦利品は大会の希少なカードよりも価値があるものだったらしい。

先日の大会で沢渡が持ち込んだ家臣軸の帝デッキはもちろん、ワンキル館側がしらないカードばかりだった。城前がこちらの世界に迷い込んだとき証言したテーマを再現したカードがある程度存在していたため、遊矢のカードほど再現に労力を費やさなくてすんだことは感謝された。でも、遊矢と出会ってから城前の周りには、この世界で流通していないカードばかりが出現している。なにか憑いてるんじゃないかとスタッフにからかわれたのだけはいただけない。

そんなにたくさんカードを集めて、再現して、データを蓄積して、なにをするつもりなのか、城前はしらない。ただ城前が知っているカードがワンキル館内部だけとはいえ使えるのは単純にうれしい。OCG次元に帰るための方法が見つからない現状、かつての世界を思い出させてくれるカードが生まれることは、城前にとって喜びでしかない。まして、ペンデュラム召喚がこの世界でただひとり、榊遊矢が使えるものである、という事実から、この次元にきた瞬間使うことができなくなった城前本来のデッキを人目をはばからず自由に使っていいという環境はほかにない。だから城前はワンキル館側の思惑に乗ったし、今のところそれに背を向けることは考えていないのだ。

インカム越しに指示をしていたスタッフから、今日のスケジュールが問題なく完了したことを知らされる。


「おつかれさまでしたー!」


これから上になげるデータの編集作業に入るスタッフたちはここで退場だ。うーん、と大きく伸びをした城前は冷めやらぬテンションのまま、サンプルデッキを眺めている。


「はい、お疲れさん。今日の仕事はこれで終わりだよ、城前。ほら、さっさとかえしな」

「えー、もうちょっと」

「時間おしてんだよ、早くしな」

「わかってるっすよー、はい」


未練たらたらで城前はデッキを返す。さよなら、遊矢の持ってるカードのサンプルたち。


「ほんとにデュエルが好きなんだねえ、城前は」

「ほんと今更っすね、館長。そうじゃなきゃそもそもおれここにいませんからね?」

「あっはっは、そりゃそうだ。あいつらがカードバンクに投入されたら、いくらでも使っていいからおとなしく待ってな」

「へーい」

「それじゃあ、アタシは上に報告があるからいくよ。城前はどうする?」

「そりゃもちろん残りますよ」

「だろうね」

「これが楽しみでやってんすからね、おれ!」

「ま、好きにしな。アンタの投げてくれるデータはどれも希少だからね。ちゃんと記録するんだよ」

「はーい」

デュエルディスクのモードをそのまま継続させ、城前は実験場で作業しているスタッフの傍らでお遊びを開始した。NPCに設定されているアバターを選択し、城前はデータバンクにかけられているロックを解除する。ランダム生成される情報から適切なものを入力し、城前、あるいは館長、このデータバンクに関わるスタッフしかしらない情報から生成されるパスワードを打ち込む。スタンバイフェイズという言葉が点灯した。

「戦いの殿堂に集いし決闘者たちがモンスターとともに地をかけ、宙を舞い、フィールドを駆けめぐる!これぞデュエルの究極進化系!アクションデュエル!」

『スタンダードデュエルモードじゃないのかい?』

「あーもう野暮なつっこみはなしっすよ、館長!雰囲気だしみたいなとこあるじゃないっすか!仕事はどーしたんすか、仕事は!」

『いやーねえ、思ったよりあっちの会議が長引きそうだから待機中なのさ。これだから下請けはつらいよ全く』

「嘘付け」

『デュエルはいいのかい、城前?』

「はいはい、やりますよっと」

城前の前には5枚のカードが並ぶ。先行は城前である。

「おれはレフト・ペンデュラム・ゾーンにスケール2《EMペンデュラム・マジシャン》、ライト・ペンデュラム・ゾーンにスケール5《竜剣士ラスター・ペンデュラム》をセッティング!」

『さっそくまねっこかい、城前?』

「いいじゃないっすか、それくらい!あの口上だってもとはなりきりから始まってるとこあんだから!この言い方は本家本元の遊矢が言ったんだから間違いない」

耳元で笑う館長に赤面しながら城前は反応する。ああもうやりずれえと思いながら、城前はデュエルを続ける。

「ラスターPのペンデュラム効果でペンマジを破壊して、デッキからペンマジをサーチ!そしてセット!揺れろ、魂のペンデュラム!天空に描け光のアーク!ペンデュラム召喚!1度退場したEMモンスターの再登場といきますか!エクストラデッキから蘇れ《EMペンデュラム・マジシャン》!守備表示なのは慎重にいくからだぜ!特殊召喚に成功したペンマジのモンスター効果を発動!フィールドのカードを2枚破壊し、その数だけ同名以外のEMカードを手札に加える!そしておれは《EMドクロバットジョーカー》を攻撃表示で召喚する!そしてその瞬間、モンスター効果を発動!デッキからEM、魔術師、オッドアイズのうち1枚を手札に加える!」

城前がこのデッキを愛用していたのは、ちょうど1年前である。猛威を振るっていたカードの規制がささやかれていた時期にこちらにやってきた手前、きっとOCG次元ではのきなみ規制を食らっているに違いない。しかし、今の城前にとってこのデッキはかつての自分を思い出すには十分な価値がある大事なデッキだ。その希少価値故にワンキル館内でしか使用できないのが残念だが、取り上げられなかっただけましだと今はわかる。大事なデッキとふれあえる大事な時間だ。城前はいつになく生き生きしていた。

「おれはフィールド魔法《天空の虹彩》を発動!このカードが存在している限り、おれのペンデュラムゾーンの魔術師、EM、オッドアイズのカードは相手の効果の対象にはならない!」

はるか上空が七色に輝き、光のアークが形成される。そこからオッドアイのドラゴンがこちらを伺っているのがわかる。待ってろよ、と城前はその影に呼びかけた。

「《天空の虹彩》の効果によりペンマジを破壊し、オッドアイズをサーチするぜ。そして《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》をライト・ペンデュラムゾーンにセッティング!《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》のペンデュラム効果でエンドフェイズにこのカードを破壊し、攻撃力1500以下のペンデュラムモンスターを1体手札に加える!」

準備を整えた城前はエンドを宣言した。相手はモンスターを2体並べ、エクシーズ召喚を試みる。そして伏せカードを5枚伏せた。ガンふせじゃねーかと城前は苦い顔をする。

「まーいいや、おれのターンドロー!おれはスケール5の《慧眼の魔術師》をライト・ペンデュラムゾーン、スケール3《相克の魔術師》をレフト・ペンデュラムゾーンにセッティング!そして《慧眼の魔術師》のペンデュラム効果でこのカードを破壊し、デッキから魔術師ペンデュラムモンスターをサーチしてセットする!おれがセットするのはスケール8《相生の魔術師》だ!ペンデュラム召喚!さあこい、2体の《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!そして魔術師たちよ!」

無情なカウンター罠が発動し、彼らは墓地に行ってしまった。

「知ってたよ、畜生!でもいいや、使ってやる!おれは《死者蘇生》を発動!《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を特殊召喚!そしてレベルを3つさげ、《貴竜の魔術師》を手札から特殊召喚する!さーいくぜ!レベル3《貴竜の魔術師》にレベル4《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》をチューニングこい、レベル7!《オッドアイズ・メテオバースト・ドラゴン》!」

無慈悲な奈落が城前をおそう。

「あーもう、またかよ!しかたねえな、おれは《天空の虹彩》の効果でペンデュラムゾーンの《相生の魔術師》を破壊し、デッキからオッドアイズカードを手札に1枚加える!バトルだ!ドクロバットジョーカーで攻撃!」

わずかなダメージがNPCをおそった。そして、エクシーズ主体のデッキは同じレベルのモンスターを並べ、《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》をエクシーズ召喚する。うげ、と城前は顔をゆがめた。NPCも同じカードプールでデッキを構築しているのだ、こういうこともまれによくある。容赦なくモンスター効果が使われ、すさまじいダメージが城前をおそった。そして伏せカードが置かれる。

「おれのターン、ドロー!おれは《竜穴の魔術師》をペンデュラムゾーンにセッティングして効果を発動。手札から魔術師を捨て、その伏せカードを破壊する!よっし、いくぜ!ペンデュラム召喚!そして《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》のレベルを3つ下げ、墓地にある《貴竜の魔術師》を特殊召喚する!もういっちょいくぞ、レベル3、」

『城前』

「なんだよ、館長。こっからいいとこなのに」

『どーやらアンタのお客さんがきてるみたいだよ』

「えっ、沢渡か?」

『どーやら違うみたいだねえ』

「じゃあ遊矢?それともユート?」

『どっちとも違うよ』

「え、マジでだれ」

『みたことないマシンに乗ってるけど、知ってるかい?』

「ユーゴじゃねーか!え、え、まじで!?なんだろ」

『こっちの解析によるといくつか違法な方法で閲覧してるやつらがいたみたいだし、城前の決闘でも動画でみてたんじゃないかい?』

「あー、なるほど。そっか、そういうことなら相手しなきゃな!えーっと、カオスドラゴンだったよなーっと」

まちな、と館長の声が響く。デッキを切り替えようとしていた城前は手を止めた。

『決闘には決闘の作法ってもんがあるのさ、城前。相手がお望みなら、それに応えるのが礼儀ってもんだろう?どうやらそのユーゴって奴はこないだの奴らより少々手荒なまねが好きみたいだね』

城前は目を見開いた。そして、少しの迷いのあと、インカム越しの指示に肩を落とす。そして、スタッフに一声かけると実験場をあとにした。


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