スケール9-2 ハローワールド2
ひとつの体に4人の少年たちの心が同居している奇妙な体質であるファントムは、四重人格というには奇妙な共通項を抱えていた。ポジションチェンジすることでデッキは変化する。メインデッキはもちろんエクストラデッキもだ。共有するのはデュエルディスク上の設定であるフィールドと墓地、そして除外ゾーン。公式のタッグデュエルとはまた微妙にことなる仕様である。これは完全に独立した思考回路であり、五感はもちろん記憶や感覚、感情すら共有することはないが、表に出てきた人格のみが前にでていた人格の状況、つまり現実での状況や体の状態を引き継ぐファントムの体質とよく似ていた。


ぼんやりとした気だるさから、ユーリは遊矢たちが怒濤の一日を終えたことを悟る。体は休息を訴えているが、無視できる程度の悲鳴だ。今は優先すべきことがある。覚醒する前からやるべきことが決まっていたユーリの行動は早かった。


ユーリは暗いを経験したことはあっても、真っ暗を経験したことはない。生活感がかろうじてある狭い居住スペースはもちろん、掃除の順番でいつも争いになるシャワールームやトイレ、無駄に長い通路、雑多な物置部屋に至るまで、かならず豆電球一つはついている。真っ暗ならわざわざ手探りでスイッチを探す手間の入れようである。誰からはじめた習慣かは忘れてしまったが、なれてしまえばそちらの方が違和感となった。誰かが怖いと泣いてふるえてうずくまっていたのか。それともいざというときの為に備えておいた方がいい、という提言だったのか。案外、どちらもだったのかもしれない。ユーリはその情報源に興味はない。突っ込んだら、一般論や正論、常識と言った言葉に流されて、知った気になってしまうからだ。せっかくだから、真っ暗だと目が慣れるのに時間がかかってしまい、いざというとき致命的なロスになるという今思いついた戯言を信じることにしよう。



ファントムが本拠地としている放棄された施設の内部は、その機密性ゆえに窓がない。四方をアスファルトや鉄格子に覆われ、コードがむき出しで機械を並べている無機質な光景からわかるとおり、隙間だらけである。風の弱い晴れの日なんかは、地表近くの気温が一気に低下して寒くなったら、冷やされた空気は重いものだからこちらに一気に流れ込んでくる。冷気はたまりやすいものだから、きっと外は濃霧が発生しているにちがいない。経験則から今日が絶好の偵察日和だとユーリは悟った。


底冷えのする夜は、もう頭のてっぺんからつま先まで冷え切ってしまう。よくもまあ、こんな薄い毛布でぐっすりと寝られるものだ、と遊矢もしくはユートに呆れながら起きあがる。いつものように毛布を畳んでいると、さっさと行こうぜ、と精神体になっているユーゴがうるさい。寝起きの動作すら性格がでるとはこのことだ。ユートと遊矢が寝静まっているのはわかっていた。遊矢が新しい記憶を手にするたびに濃霧に包まれた世界には、新しいエリアが生まれ続けているのだ。それをたどっていけば、ある程度の情報共有は可能である。もちろん直接会話できるならそれに越したことはないが、怒濤の数日間を過ごした二人がこの時間まで起きているとは思えなかった。それに、今はこの本拠地に来客がいる。間仕切りの向こうにいる少女を起こす無遠慮を起こす気はユーリにはない。こっそり覗こうとしている不届き者をにらんで牽制し、ユーリはなるべく遠くのモニターからパソコンを起動させた。


デュエルディスクをつなげる。そこからデータを吸い出して、デュエルの記録やシステムなどを閲覧する。遊矢ほどではないが、感覚を共有し、記憶を共有する時間が短くはない都合上ユーリにもある程度の技術はある。遊矢たちが観覧していた動画を確認し、ざっと大会の内部構造を確認したユーリは意味深に笑った。


「どこでやってるんですかね、この大会」

「どこってワンキル館だろ?」

「ほんとうに?遊矢の記憶の世界で僕たちが城前と会ったのは、よくあるアクションデュエル大会の会場だったでしょう、ユーゴ。ここまで広大なステージじゃない。きっと遊矢が実際にデュエルしたのはあそこだったんですよ。そして、この動画は大会用のソリッドビジョンだと思ったから、ああやって想像を膨らませたんでしょう。でも、動画をみたら、明らかにおかしいです」


そーか?とユーゴは動画をのぞき込む。


「ソリッドビジョンは投影機にすぎません。それを準備するステージ、それが入る広大な場所がいります。ないものをいちから作り出すなんてできっこない。みるかぎり、実際に観戦している人間がいる以上、そこまで稼働域と考えるのが自然です。どうです、そんな敷地があるとでも?」


公式ホームページから引っ張ってきたデータと見比べたユーゴは、すっげえ、と目を輝かせた。


「よくわかったなあ、ユーリ。ぜんぜん気づかなかったぜ、俺」

「まあ、僕にかかればこれくらい簡単ですよ。問題はそれだけじゃないんですけどね」

「っていうと?」

「遊矢たちは何度かワンキル館に侵入を試みているようですが、もっともっと奥にいく必要があるということですね。城前はアルバイトだそうですから、知らされていないのかもしれませんが」

「いやー、あそこでデュエルしてんだから知ってるだろ、普通。あの大会でたくさんの人を集めてるけどそのソリッドビジョン展開してるのはワンキル館の会場じゃねーんだろ?」

「君にしてはめずらしく正解です、ユーゴ。君にまで知らないんじゃないかと言われたらどうしてやろうかと思いました」

「めずらしくは余計だっての」

「遊矢は歓迎はされてはいるけれど、お客様って感じなのかもしれませんね。わざわざ遊矢の得意とするレオコーポレーションのシステムで対応しているあたりが特に。遊矢のデュエルをみたいというあれは案外本心なのかもしれません」

「いやー、まだそうと決まったわけじゃないだろ、ユーリ。城前は遊矢と会ったとき、この大会の帰りみたいだし。レオコーポレーションの大会なら、それに応じたデュエルディスクのモードにでもしてたんじゃねーの?」

「ワンキル館の侵入にもそれで応じる義理はありませんけどね」

「たしかになあ。でもこんときデュエルしてるのはユートか。一時的にレオコーポレーションのシステムで上書きしたから、城前のデュエルディスクも反映されただけじゃねーの?」

「それくらい無効化できる異常事態だと思うんですけど・・・・それだけ権限ないのでしょうか」

「ただのアルバイトって言ってたもんな」

「まあ、百聞は一見にしかず。実際に会いに行ってみるのが一番ですね」

「侵入者としてか?」

「もちろん」


デュエルモンスターズの実体化に使用されるソリッドビジョン(立体幻影)システムは、バーチャルシミュレーションを具現化するシステムから始まったとされている。いわば投影機だ。あくまで立体映像が高性能というレベルから実体を持った立体幻影にまで引き上げたから今のレオコーポレーションは存在している。ファントムがMAIAMI市のどこででもレオコーポレーションのシステムをハッキングしてアクションデュエルが可能なのは、デュエルディスクから読み込んだカードのデータをレオコーポレーションの中枢コンピュータで高速処理し、再転送する過程に相乗りしているからにほかならない。それと同じことをまったく別のパソコンで、全く別の独立したシステムを使ってワンキル館は運営しているのだ。本来ならレオコーポレーションのデュエルディスクを使用しているファントムが、そのシステム外にあるはずの城前とデュエルを行えること自体がおかしいのである。できるということは、城前がそれを許容したということだ。ユーリが侵入者ではなくお客様といったのはそのためである。


「君はどうします、ユーゴ?」

「もちろん、つきあうぜユーリ。乗りかかった船だしな。それにこっからワンキル館までどんだけ距離あると思ってんだよ。移動してる間に二人が起きたらどうすんだ」

「そのときは黙ってみていてください、と言うだけですよ」

「えー、ずりい。デュエルするつもりなんだろ、ユーリ。なら俺もやりたい」

「侵入者にデュエルをしてくれるほど、優しいところだったらいいんですけどね」

「ほんとにな」


モニターが切れるのを見届けながら、ユーリはユーゴとポジションチェンジを行う。Dホイールがあれば、徒歩での移動よりずっと短時間でいけるはずだ。その間、どうやって侵入者として認知されるのか考えるとユーリは姿を消した。え、まじかよ。てっきりあーだこーだ横から指示されると思ってたのに。参謀気質である融合の使い手に今日のお仕事のいろいろをぶん投げる気満々だったユーゴは頬をかく。案外、いきあったりばったりじゃないだろうな、と本日の相方に呼びかけてみるが応答はない。うっかりユートや遊矢が反応したらどうしようか一瞬迷ったが、さいわいユーリがうるさい静かにしろと丁寧ながらトゲのある返答をしたことで杞憂に終わった。


生活サイクルが違う人々が作り出す明かりの下をユーゴは走る。高層ビルや大きなネオンの光があふれ、行き交う車のライトは通り過ぎていく。どこまでも無関心なこの街ほど居心地がいいところはない。今日が満月かどうかすらわからないほど、星が閉ざされた明るい夜の街をDホイールが走り抜けていった。


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bkm
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