スケール9 ハローワールド
「止まってください、ユーゴ」

「あ?どうしたんだよ、ユーリ。なんか見つけたのか?」

疾走していたDホイールのスピードが落ち、ユーゴは後ろに乗っている同行者に目をやった。音もなく後部座席から降りたユーリは数歩歩みを進める。ええ、と言葉短くうなずいたままユーゴに背を向け、濃霧の立ちこめる世界の向こう側を指さした。

「見てください。さっきまであんなところ、ありませんでしたよね」

「え?どこだよ」

「あそこです」

「んー?あ、ほんとだ。どっかの建物みてーだな。遊矢のやつ、どっか遊びにでも行ったのか?」

「一応、見に行きましょうか。念のため」

「おう」

んー、と大きく伸びをして、ユーゴはふたたび愛用のDホイールに乗り込む。ユーリも慣れた様子で後ろに飛び乗ると、Dホイールはふたたび疾走を始める。ユーゴ達が遊矢の自分たちに関する記憶を意図的に消去する作業をする度に、本来あるべき記憶や想いが喪失した場所は濃霧に包まれていく。遊矢がそれによって記憶喪失の症状が悪化し、不安に感じていて、記憶の断片からかつての自分を追い求めていることを知っているとしても、ふたりはやめるつもりはなかった。すでに失われた記憶だ。思い出しても遊矢の笑顔が曇る未来しか見えない。それならば、やっていることがばれて詰め寄られたときのいいわけを考えた方が気が楽と言うものだ。遊矢の心の世界は濃霧に包まれている。道を間違えれば、戻れなくなってしまいそうだ。砕け散った破片すら光の粒子に変える作業に奔走していたふたりにとって、これは予定外の寄り道だった。

「デュエルモンスターズ史料館、か」

「それってあれだろ、えーと、たしか、あのでっけえ博物館だっけ。なんでこんなとこに?」

「今、遊矢が興味をもっているところなのかもしれませんね。なにがあったのかは帰ってきたら聞くとしましょうか」

「だなー。すっげえ作り込まれてるし。何度か行ってんだろうな、遊矢」

「それにしてはずいぶんと歪ですがね」

「たしかに」

ユーゴはDホイールを押しながら、ユーリはあたりを注意深く見渡しながら、誰もいない無人の受付を通り過ぎ、入り口のゲートをくぐり抜けた。遊矢の記憶が実体化するこの世界は、遊矢の興味があること、知っていること、感情などが反映されているため、実際のワンキル館とは明らかに異なっている。たとえば、そのゲートの先に見えてくるのは広大な敷地にある5つの棟ではなく、侵入してするのに使用したと思われる非常灯が点滅している通路が見えてきて、いくつか扉がある。ハッキングするのに使用したと思われる制御装置の機械がある部屋。誰かの部屋と思われる無人の私室。ワンキル館の展示スペースで遊矢の興味を引いたらしい、カードの歴史を紹介する展示スペース。一番奥にはデュエル大会の会場があった。ふたりをして歪といわしめたのは、建物全体が大型の地震にでもあったのかと思われるような、大きな亀裂、ひびわれが走っているからだ。今にも倒壊しそうな雰囲気が異常な圧迫感をあたえている。遊矢の心の世界、いわば心象風景である。なにがあったのか不安になるような内部の様子に、ユーゴもユーリも言葉が少なくなる。あたり警戒しながら進んでいたふたりは、ふと足を止めた。一番奥にあるデュエル大会の会場から、ざわめきが聞こえたからだ。ユーリ達は扉を開けた。

そこはデュエル大会のメインステージ、出場者のゲートだったらしい。ふたりが入ると、すでに対戦相手は待っていた。

「戦いの殿堂に集いし決闘者達がモンスターとともに地を蹴り、宙を舞い、フィールドを駆けめぐる!新たなる戦いを望む決闘者達には、ふさわしい舞台がある!さあ、はじめよう!アクションデュエル、ここに開幕!」

それはユーゴたちよりも年上の青年だ。ネットでみたことがある。ワンキル館を運営する世界的大企業がプロのデュエリストのスポンサーではなく、初めて雇用したデュエリストとして当時大ニュースになったはずだ。長身で体躯のいい青年である。茶色いウルフカットに、東洋人の顔つきながら苛烈な色をした目をもつ彼は、人好きのする笑みを浮かべた。

「待ってたぜ、遊矢!こないだのデュエルの続きといこうか!・・・・って、あれ、遊矢じゃないな。ユートでもない。もしかして、遊矢がいってたユーゴとユーリか?はじめまして。おれはワンキル館の混沌使いこと城前#克巳#だ。よろしくな」

彼はユーリ達に笑いかけた。遊矢が抱いている印象を形にした記憶である。遊矢の知識と一体化しているのかと思いきや、「遊矢がいってた」と断言したあたりで、ユーゴは思わず笑う。どうやら城前というデュエリストは遊矢のかなりのお気に入りのようだ。別の人格である、という情報、そして名前まで教えているとは思わなかった。

「こいつにはまってんのかな、遊矢」

城前はあくまでも遊矢視点の城前だ。本人ではない。それにしてもおもしろい。

ユーゴは笑う。何度も侵入を試みているらしいのに、未だに城前にこんなことを言わせるということは、まだデュエルができていないらしい。なにしに行っているのだろう。まさか遊びに行っているんだろうか。あの遊矢が。ユートもいるというのに。いや、ユートは遊矢よりの思考の持ち主だから、遊矢が好きそうな性質をしているなら、高い確率でユートも気に入るだろう。それにしてもよっぽどこの決闘者とデュエルしたいらしい。みるかぎり、遊矢が好きそうな演出を好む決闘者のようだから。この会場は配信している動画でもみているのだろうか。

「まー、嫌いじゃないぜ、こういうやつ」

遊矢が誰かに興味をもつことにユーゴは好意的なスタンスだ。みるからにお人好しが服を着て歩いていそうな青年だ。実際に会ってみなければわからないが、遊矢、もしくはユーゴの考えと道を違えない限りは静観するつもりである。

「おう、そうだぜ。ま、本物のアンタに会ったら自己紹介しとくよ」

「わかった。そんときはよろしくな」

ユーゴは隣をみる。さっきから不自然な沈黙をしているユーリは、口元に手を当てなにか考えているようだ。

「どーしたよ」

「いえ、さすがは遊矢だと思いましてね」

「は?」

「遊矢が興味を持つ基準には、僕も信頼を置いているんですよ。この普通で味気ない決闘者も、こうもいびつでひび割れた空間にいるだけでここまで不思議な雰囲気になるものなのですね」

「初対面のくせにずいぶんな言われようだな、おい」

「あなたは所詮、遊矢のフィルターがかかったソリッドビジョンのようなものでしょう。あなたがどう思おうと今の僕たちには関係がありませんからね。でも、それにしたって、その謎を凝縮したような歪な気配はなかなかお目にかかれません。これはあまりにも久し振りな感覚だ」

「うわ、めっちゃ警戒してるなユーリ」

「当然でしょう、僕たちの立場を考えれば僕のような人間が一人はいないと成り立ちませんからね。最後の砦という奴ですよ」

「お前等までそんなこというー。ただのアルバイトがなにを知ってんだって話だぜ、全く」

城前はおおげさにため息をついた。

「おまえら?遊矢以外にも疑われるようなことしてんのかよ?」

「赤馬社長といい、遊矢といい、GODなんかしらねえって言ってるだろ、いい加減にしろよ」

「赤馬ってレオコーポレーションのあれか」

「僕たちを追いかけてきている奴らですね」

「まあ、たしかに木を隠すなら森の中っていうしな。カードと言えばワンキル館」

「遊矢も調査はちゃんとしているようで安心しましたよ。これで遊びに行ってるだけならどうしてくれようかと思いましたがね」

「好き勝手いってくれちゃってまあ。深読み好きだな、お前等」

城前は苦笑いする。

「奇妙なもんだよな。もしかしたら、って思ってはいたんだ。お前等とはこれで2回目だけど、やっぱ変わんねえな」

「それは遊矢が君に感じていることでしょう?それとも、そんなことを遊矢に?」

「城前(おれ)がどう思ってるか、なんておれは知らないね。おれは遊矢の中の城前(おれ)だからな。少なくても【城前(おれ)は遊矢たちを知りすぎてる。遊矢たちについてなにか知ってるんじゃないか】って遊矢は思ってるみたいだな」

「まじでそうなら勘弁してくれよな。俺は城前しらねえんだけど」

「僕も同感です。僕たちが知ることができない領域の話かもしれませんが、時や場所を越え、つながるものがあるとしたら、僕たちはそれを否定することができませんからね。かつての僕たちを城前が知っているのは仕方ないとしても、同じだと思われるのは心外だ。気持ち悪い」

「それは本人にいってくれよ」

「それもそうですね。過去は過去、現在は現在、未来は未来。僕は僕であり、彼でも彼女でもありません。どのみち遠き果てのことです。曖昧なのは仕方ありません。実際はどうだったかなんて僕たちは答える義務はありませんからね。城前があのときいたとして、友達だったかもしれないし、敵だったかもしれません。デュエルをすれば思い出せるかもしれませんが、なかなかやっかいな人間を気に入りましたね、遊矢は。面倒ごとはあまり好きじゃないんですが」

「あくまで俺たちは俺たちのために頑張ってるからなあ。それ以外のやっかいごとはなるべく避けたいんだよ、正直」

「僕たちと城前の関係について明確にしておく必要があると思うんですが、どうです?ユーゴ」

「みりゃわかる気もするけどな。城前って、見るからに悪いことできなさそうだし」

「あくまでも遊矢からみた城前ですがね」

「ま、たしかにな。城前がなにをしたいのか知っとくのも悪くないとは思うぜ」

「決まり、ですね」

「だな」

「あははっ、ずいぶんと仲いいんだな、お前等。本物の城前(おれ)によろしく。お手柔らかに頼むぜ、マジで」

「ご希望にそえるかどうかは城前次第、とでも言っておきましょうか」

「次くるときは、もっと俺たちにとって安全な場所になってるといいな。また会おうぜ、城前。今度は現実世界でな」

「おう、待ってるぜ」


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