スケール8-3 ワンキル館のおもてなし
レオコーポレーションの関連企業でもないのに、アクションデュエルができるのは世界広しといえども、指折りしかない。そのうちのひとつであるワンキル館は、ソリッドヴィジョンシステムをデュエルモンスターズに落とし込むために必要だった膨大な数のカードの情報を提供した見返りに、この技術の提供を受けたと言われている。レオコーポレーション発祥の技術だが、ガラパゴスであるこの資本グループの中で、ソリッドヴィジョンシステムは独自の進化を遂げているようだ。

コンピュータ・ネットワークの拡大とコンピュータそのものの連携を強化し、デジタル双方向の通信網を密にし、ソリッドヴィジョンの中に仮想の社会を生み出すに至っているのだ。わかりやすく言えば、アクションデュエルの背景でしかないはずのフィールドに、決闘者だけでなく観客もはいることができる。そしてそこでは疑似的な電脳空間が広がっており、観客はデュエルだけでなくその世界で現実社会とは異なる生活を送ることができる。さすがに営業時間のみの稼働ではあるのだが、これが決闘者だけでなく、一般人もこの大会を見に来る理由でもある。

沢渡が参加したアクションデュエルの大会は、ヴァーチャル・リアリティに存在する架空の街のひとつで空間で行われた。大会でのみ稼働するこの世界は、特殊な画像処理チップを埋め込んだ端末でのみアクセスすることができる。その中では仮想の街が存在しており、世界各地の決闘者と対戦ができる遊技場、世界的に有名なカードを鑑賞し、その中にはいることができる美術館、テーマを再現した体験型複合施設など、いろいろなエンタテイメントが用意されている。もっとも、決闘者に好評なのは特定のテーマに興味のある参加者があつまれるフォーラムだろう。さすがにネットのように匿名というわけにはいかないが、現実とは異なる交流が生まれるのは事実だ。

ワンキル館の資本が所有するサービスと連携しているこの街のメインイベントがデュエル大会なのだ。

「あー、なるほど。だからネットが使えないわけか」

沢渡の言葉に、専属ガイドと化している城前は大きくうなずいた。

「まあな。こないだからファントムがうちのソリッドヴィジョンにご熱心でさ。何度もハッキングしやがったおかげで管理体制が厳しくなっちまったんだ。あんときは大会じゃないときだったし、おれとデュエルしたいだけだったからよかったけど。だから不便だけど協力してくれ」

城前の言葉に、沢渡は顔をひきつらせた。ファントムはリアルタイムでソリッドビジョンを書き換えることができる。ソリッドビジョンで作られたこの仮想の街で自由に活動し、ネットワークやプログラムの構造そのものに干渉する能力はあまりにも危険だ。この空間にいるかぎり、ファントムは自由にこの世界に存在しないはずの現実を持ち込むことができる。この仮想の街は意図的に現実のMAIAMI市に似せて作られているため、データを書き換えることは多くのバグを起こす。電圧の激変、空気のイオン化現象、引き起こされるラップ音、異常な発光、そしてプラズマの発生、重力の変動。異常振動。改変の大きさに従って多くの超常現象が引き起こされる。その最中に引き込まれたらどうなるか、想像するだけでぞっとする話である。ファントムはこの街を常識を無視して自在に移動できるほか、シミュレーションに干渉できる。甚大なバグを防ぐには小さなエリアになってしまうが、好きなように環境を変えてしまうことだってできるだろう。その空間に連れ込まれたら、まずは帰れないだろう。


「だから、うちの大会では残念ながらスマホとか使えないんだ。もちろんデュエルディスクもな」

「そういうことなら仕方ねえか」

「わかってくれてありがたいぜ。じゃ、手続きよろしくな。正規の手続きしないとデュエルディスクを返却するとき、認証にめんどくさいことになるぜ」

「ああ、わかった」

「んじゃ、おれはここまで、だな。大会がんばれよ、沢渡」

「言われなくてもやってやるさ。首を長くして待ってろよ、城前!必ずおまえの前にたってやるからな!」

軽快な音が響く。じゃあな!と城前はエキシビジョンの再会を待ちわびてると笑いながら手を振った。MAIAMI市によくにた湾岸都市を再現したアクションフィールドの街。まるごとイベント会場である。あっという間に人混みに飲まれていなくなる。受付の女性からこの大会における諸注意やハウスルールを聞かされた沢渡は、デッキの再構築をすることになる。


ファントムを捕獲するために集められた精鋭部隊は伊達ではないということだろう。順当に勝ち上がった沢渡は、宣言通り自らの手で城前への挑戦権を獲得したのだった。


実況解説の自己紹介からはじまったエキシビジョンは、挑戦者である沢渡のデュエリストとしての略歴、この大会でのハイライト、勝負にかける簡易インタビューが紹介される。巨大スクリーンに表示される沢渡に四方から声援が飛ぶ。ネットにも公開されているため、実際に参加していない人間もNPCとしてアバターの姿ではあるが観覧席を埋め尽くしている。だから、沢渡がいつも参加する大会よりも雰囲気が違った。このアクションフィールドは、少々特殊なハウスルールを付与されている。スタンダードデュエルとアクションデュエルの会場として共用しているからなのだが、おかげでいつもとは違ったデッキで沢渡はいまここにいる。

ステージは真っ暗だ。沢渡以外、闇に包まれている。観客はいるようだが、声しか聞こえない。沢渡を照らしていたスポットライトの隣に、新たなステージとスポットライトが構築される。観客のどよめきが一気に広がった。

「戦いの殿堂に集いし決闘者達がモンスターとともに地を蹴り、宙を舞い、フィールドを駆けめぐる!新たなる次元を求める決闘者達には、新たなる戦いの舞台が必要だ!」

城前の声だ。決闘となると気合いが入るのか、それともカオス使いとしてのキャラクターなのか、だいぶん雰囲気が違う。これがワンキル館お抱えのデュエリストとしての城前なのだろう。沢渡は気を引き締めた。

「開闢の使者は光を誘い、終焉の使者はは闇を導く!光と闇が交わるとき、世界は混沌に包まれる!デュエルはカオス・フィールドへ!さあ、ようこそ新たなる挑戦者。どちらがこの混沌を征すか、正々堂々と勝負だ!もちろん相手はこのおれ、混沌使いの城前だ!さあ、はじめようぜ!」

「もちろんだぜ、城前!勝つのは俺だけどな!」

「やってみろよ、挑戦者!その自信を完膚なきまでに叩きのめしてやる!」

世界は闇に包まれた。そして、沢渡が動く度に足下が揺らめき、光が波紋のように広がっていく。スポットライトを逆さまにしたような三角柱の光がどんどんひろがっていく。足下には一番強烈な光源が存在しており、沈み始めた太陽、もしくはこれから昇る太陽のように地平線の彼方から光が徐々に闇を浸食していく。その中心に沢渡はいる。階段があちこちに張り巡らされ、光が乱反射してきらめいた。そいて、まばゆい光が4つ、空中に浮いているように見える。どうやらアクションカードのようだ。なるほど、アクションカードを手にすればするほど光源を手に入れ、フィールドを把握することができるらしい。

「さあ、先行と後攻を選ばせてやるよ。どっちがいい?」

「なら遠慮なく俺から先行だ!」

「OK、準備はいいな?」

「おう!」

「「デュエル!」」

沢渡は手札をみる。まずはこの幻想的だが、とんでもない視界不良をどうにかしなければならない。

「俺は手札から魔法カード《帝王の汎神》を発動!手札の魔法・罠カードを1枚墓地に送り、デッキからカードを2枚ドローする!そして汎神を除外し、効果を発動!デッキから帝王魔法・罠カードを3枚見せてやるから、その中から1枚選べ。残りの2枚はデッキから戻るぜ!」

ホログラムが3枚表示された瞬間、思わず城前は吹き出した。かつていた環境でよくある光景だったから、なおさらつぼに入ったらしい。ふるえる声は明らかに笑いをこらえていた。

「じゃ、じゃあおれから見て右側の《帝王の深怨》を選ぶぜ」

「いいカードを選んでくれてありがとよ!これが俺の勝利を引き込む一歩だとも知らないで!」

「なにが3枚から選べだ!ただの一択じゃねーか!」

我慢できなくなった城前のつっこみが飛ぶ。観客もつられて笑ってしまい、あたりは騒がしくなってきた。

「なに言ってるんだ、俺はちゃんと3枚並べたぜ?さて、城前が俺の手札に呼び込んだ魔法カード、《帝王の深怨》を発動!手札のエレボスを開示し、デッキから帝王の魔法・罠カードを1枚サーチする!」

沢渡のレンタルしたデュエルディスクは、いつもと勝手が違う挙動をする。しかし、この大会を通じてだんだん慣れてきたためか、戸惑うことはない。カードが1枚沢渡の手に渡る。

「ここは今から真帝王の領土となる!俺が手にしたのはフィールド魔法《真帝王領域》!そして発動だ!」

沢渡のいるフィールド全体に激震が走る。波紋を描く光の波が次第に大きくなり、大きく大地が隆起する。そして帝たちを統べる真の帝王がその光の向こう側に姿を現した。しかし、その威光にふれることを許さない濃霧が立ちこめる。沢渡の周囲に霧はない。むしろ進むべき道の先は明瞭だ。沢渡は駆け出す。

「俺は手札から《天帝従騎イデア》召還!このカードが召還に成功した時、デッキから攻撃力800、守備力1000のモンスターを1体、守備表示で特殊召還することができる!俺が呼ぶのはもちろん《冥帝従騎エイドス》!さらにエイドスが召還に成功したこのターン、1度だけアドバンス召還をすることができる!ここで《真帝王領域》の効果を発動だ!手札の攻撃力2800、守備力1000のモンスターを1体選び、レベルを2つ下げる!俺はイデアをリリースし、《天帝アイテール》をアドバンス召還!墓地のイデアの効果を発動、デッキから帝王魔法・罠を墓地に送る!そして除外した汎神の帝王を手札に加える!さらにアイテールの効果で手札の《汎神の帝王》を墓地に送り、墓地の《汎神の帝王》を除外することでデッキから帝王の魔法・罠を3枚相手に見せ、その中から1枚選ぶ。手札に加え、残りをデッキに戻す」

「じゃあ、真ん中の《連撃の帝王》で!」

「よし、これで準備は整った!アイテールの効果でデッキから魔法・罠を墓地に送り、デッキから《冥帝エレボス》を特殊召還。ターン後、エレボスは戻るが問題ないぜ。ターンエンドだ!」


駆け上がる沢渡を護衛するようにアイテールとエレボスが先導する。きらめくカードが見えてきた。おそらくアクションカードである。沢渡の指示が飛ぶ前に、意図をくんだアイテール達がその輝きに手を伸ばす。


「おれのターン、ドロー!」


城前の声が響いた。


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