スケール8-2 ワンキル館のおもてなし
沢渡がワンキル館にくるのは数年ぶりだ。デュエルスクールのカリキュラムで組まれた屋外授業でよく訪れていたからである。デュエルモンスターズの歴史を学ぶ上で、これ以上最良の環境は他にないことは誰もが知るところだ。学習の一環としてならば、格安で入場する事ができる。デュエルモンスターズの普及や学習、研究のため、様々な外部組織と提携を結んでいるが故に可能である。デュエリストの卵にとって格好の学ぶ場である。逆を言えば、それ以外では一般人には縁遠く、決闘者にとっても好きなテーマの展覧会やプロデュエリストの講演会等がなければ足を踏み入れることは少ない。かつての記憶と何ら変わりなくある入場ゲートを抜ければ、あの頃よりも身長が高くなり小さく感じるかと考えていたデュエルモンスター史料館は、ほとんど印象をかえることのない広大な敷地に鎮座している。いや、下手をすれば、本館にしか興味がなかったかつてとちがい、敷地内をくまなく探索する必要がある今回は、なお広大に感じるのかもしれない。デュエルモンスターズを販売運営する赤馬コーポレーションの傘下でないにも関わらず、大規模な大会が開けるのもひとえに広大な敷地と建物に許されるところが大きい。さすがはレオコーポレーションにネットワーク的にも経済的にも掌握されたこの街最後のガラパゴスである。


沢渡の記憶よりも真新しい印象を与える建物がある。あれがおそらく改装や増築を繰り返している第5館、デュエルモンスターズのソリッドビョンシステムが導入された、ワンキル館唯一の貸し施設。そしてソリッドビジョンシステムを紹介している棟にして、本日のメインイベントである城前とのデュエルのために優勝しなければならない大会の会場だ。とはいえ、まだ大会の開始までまだまだ時間がある。スタッフがあわただしく出入りしているのはそちらだ。沢渡は今のうちに敷地内をくまなく探索することにした。


沢渡のおぼろげな記憶と違いが随所にでている。定期的に展示の方法を変えているのだろう。玩具とゲームの相違を強調し、ルール性が重視されるゲームの収集、保存、研究調査、展示、ワークショップに力を入れていたかつての家主でありコレクターの方針が大きく反映されたラインナップなのは何らか割らない。しかし、一般の人々向けにデュエルモンスターズをはじめとしたゲームの歴史にたいする理解を深めるために重きを置かれているように思う。沢渡が見たときはもっともっと専門性を前面に押し出しており、デュエルモンスターズに興味があり、ある程度知識を要求するような施設だったような覚えがあるのだが、今は違うようだ。初心者向けに講座が開かれているという宣伝ポスターが並んでいる。ゲームの普及に目的がシフトしているようだ。そのためか沢渡は家族連れや女性客が行きつけのゲームショップより多いと感じた。解説をしてくれる音声案内をつれた者やスマホを持っている者が多い気がする。逆に、ある程度詳しい人間は展示している棟には見あたらない。たしかに沢渡からすれば常識である。あくびがでるほど退屈なことばかり並んでいる。一般向けと専門性は同居が難しい。


さすがに奥の方にいくにつれて、よりディープな内容になっていく。ここまでくるとようやく沢渡が知るかつてのワンキル館の面影が顔を出し始めていた。

デュエルモンスターズの起源とされる、エジプトの古代の儀式についての解説の展示室にはさすがに人はまばらだった。古代のサイコロや駒、考古学的に認められた極めて重要な最古のデュエルディスク。発掘された石版やゲーム版は、写真とともに提供もとである博物館や代表者の名前が貸かれている。

デュエルモンスターズのモンスターのデザインの変遷、そしてそのモンスターの元ネタとなった神話や伝承、その地域における影響などについての言及もされている展示室は、その使い手らしきデュエリストの姿が目立つ。各地で存在していた伝承や神話を取り込み、カードに落とし込むまでの熱意が伝わってくるようだ。そして、その地域限定で発売された特別製のカードのレプリカが展示されており、さすがにここには沢渡も足をとめた。世界で1枚しかないカード、その価値は数億円にも達するこの世界で、それがどれだけのステータスを示すのか知らない者はもぐりだからだ。にたような感覚人間は多いのだろう、人だかりができている。そこからぬけだし、沢渡は先に進んだ。


ワンキル館はとにかく広大だ。目的を持って動かないと時間がいくらあっても足りない。ミュージアムショップ、ゲームルーム、図書館、レンタルスペース、屋外イベント用に整備された広大な広場、レストラン。あらかじめダウンロードしておいた敷地内をじっくり時間をかけて歩いて回った沢渡は、休憩がてらベンチに腰を下ろした。途中で買った自販機のジュースを飲みながら、まだ回っていないところをマッピングシステムに反映させる。公式ホームページからダウンロードした地図と照らし合わせてみるが、特に不審なところはみあたらない。当然といえば当然だ、本を隠すなら本の中、外からの観測でわかるならわざわざ赤馬社長は、カメラつきのコンタクトレンズなんて渡さない。地図を二重に重ね、3D化する。不自然なところはないか照合をまちながら、沢渡は時計をみる。まだ数時間ある。そろそろ本命のカードの展示棟にいく時間だ。


わずかな振動と音がする。それに目をやった沢渡は口元をつり上げた。観光客向けのマップには必要のない情報が意図的に排除されていることが多い。実際に存在するマッピングと比較すれば、それを浮かび上がらせることは可能だ。原始的な方法だが、外部とのネットワークが遮断されている以上、実際に行動するしかないのが面倒だが仕方ない。沢渡は先を急いだ。


本を隠すなら、本の中。カードを隠すならカードの中。素人なら誰でも考えつきそうなことだ。きっと警備は厳重だ。でも、それでいいのである。今回の沢渡の任務は偵察であり、陽動であり、なにかをワンキル館が隠しているという事実を持ち帰ればいいのだから。

沢渡はデュエルモンスターズの環境を紹介する展示棟の中で、意図的に排除されたエリアに足を踏み入れた。スタッフオンリーとかかれたドアの横に取り付けられたカード認証システムに偽造カードを差し込み、キーワードを入力する。ハッキングのまねごとならこのカードがやってくれる。赤から緑に変更され、自動ドアが開いた。沢渡は迷うことなく入っていく。

それはスタッフオンリーの通路であったはずだ。やけに豪奢な造りの大理石の通路を前に、沢渡は息をのむ。


「ははっ、おもしろいな。ソリッドビジョンの応用か?」


たらりと流れる汗だが、踏み込む足に躊躇はなかった。果てしなくさまよい歩いた先には、大理石に不自然に埋め込まれた青銅の扉がある。その扉には巨大な文様が刻まれていた。沢渡が前にたつと、どこからともなく声がする。それは朗々と響く不気味な声だった。


「まずは名前を聞こうじゃないか」


それはゆっくりと妙齢の女性の姿となっていく。長い髪がたなびき、不遜な笑みをたたえて、彼女は沢渡を見据えた。


「ここは関係者以外立ち入り禁止って書いてあったはずだろう?坊主。まさかレオコーポレーションの関係者ともあろう者が字を読めない、なんてことあるわけないしねえ?迷子って年でもなさそうだ。どういうつもりでここにきたか、教えてもらえないかい?」


周囲に虹色の輝きが交差した。大理石に反射して不可思議な色彩を放つ空間で、沢渡は眼を細めた。


「イヤだ、といったら?」


彼女は声を上げて笑った。


「いつもと同じ朝を迎えたいなら、やめた方がいい。頭の中の警告が鳴り響いてんだろう、坊主?悪いことはいわないさ、帰るんだね。顔がどんどん不安なものになってるよ。日常から切り離されたくなきゃ、城前とデュエルをしたらとっとと帰るんだね」

「城前はここを知ってるんだよな?」

「そんなこと、教える必要はない。違うかい、坊主?城前に聞きな、そんなこと。つかね、赤馬社長に会ったら、伝えといてくれるかい。知りたきゃ、足で稼げとね」


デュエルディスクすら構えない彼女は、とりつく島も与えないつもりのようだ。沢渡は一瞬思考を巡らせる。赤馬社長の言葉を思い出し、しばらくの沈黙の後、沢渡はひきつった笑みを浮かべた。


「今日はやめとく。今度またくるぜ、説得できそうな奴を連れて」

「二度とくんじゃないよ、全く」


沢渡はきびすを返した。あれほど時間をかけて歩き回った大理石の通路は、不思議なことに一直線になっている。帰りは一本道である。どうやら彼女は警告のつもりでわざと通してくれたようだ。いやな汗をぬぐい、沢渡は歩みを進める。ドアは不自然なほどゆっくりと開き、吹き込んでくる風が気分を落ち着かせてくれた。ドアは音もなく閉じる。息を吐き、端末をみる。案の定、該当する部分は上から塗りつぶされたようにデータが消失している。どうやら警告はなかなか手が込んでいるようだ。データの復元はレオコーポレーションのプログラマーに投げればいいだろうか、それとも赤馬社長に渡してしまえばいいだろうか。幸い、まだコンタクトの機能は生きている。さすがに最新鋭の技術まで防衛することはできないということだろう。どこまでアナログなカメラ映像に残されるかはわからないが、あるとないでは大違いだ。


時計をみる。思ったより時間はたっていないようだ。さてどうするか、沢渡はうるさい心臓の音が落ち着くのを待った。


「沢渡じゃねーか、なにしてんだよ、こんなとこで」

「!?」

「なんだよ、なんだよ、大げさだな。なんだよ、その顔」


びくっと肩が大きくはねたのは、どうしようもなかった。不思議そうに沢渡を見て、首を傾げているのはどこをどう見ても、イベントのアルバイト中と思われる城前#克巳#その人である。あわてて立ち上がったものだから、手の中の端末が転げ落ちそうになる。レオコーポレーションの技術の結集である。壊したらどうなるかなんて分かり切っている。うっぎゃああと城前が目を丸くするような音量の悲鳴が響き、それを尋常じゃない早さで確保した沢渡は大きく息を吐いた。


「みたか?」

「は?」

「だからみたかって聞いてるんだよ、城前!」

「いや見てねえけど。見られて困るようなメールを昼間っからすんなよ。つーかしっつれいだな、人を幽霊かなんかみてーに」

「い、いきなり、話しかけるからだ!びっくりするだろーが!」

「えっ、なんだよそれ。なんでおれが悪いみたいな流れになってんの?まるで意味がわかんねえよ、沢渡。ここでは日本語で話そうぜ」


あきらかに挙動不審な沢渡に城前はけたけた笑う。


「で?なんでここにいるんだよ、沢渡?」

「そんなの決まってるだろ!おまえがデュエルしたいと言ってたからな!ワンキル館の城前の挑戦状とあらば受けてやろうと思っただけだぜ!」


城前はまじかよと面食らう。ちょっと恥ずかしそうに顔を赤くして、頬を掻いた。


「まじであの時の会話垂れ流しだったんだな。うっわー、まじかよ、はずいなおい」

「わざわざこの俺が来てやったんだからな。感謝しろよ、城前」

「お、おう、さんきゅーな。なら、今からデュエルするか?」

「いや、いいぜ。せっかくの挑戦だ、どうせなら正々堂々と優勝しておまえと戦う権利を手にしてからにする。だから期待して待ってろ!」

「まじか!今回の大会、沢渡でんのかよ?そりゃいいこと聞いた!頑張れよ、沢渡!うちの大会はレベルたけーからな!」

うれしそうに笑う城前に、さきほど出会ったワンキル館館長の不気味さは微塵も感じられない。

「大会までまだ時間あんのにもうくるとか、気合い十分だな、沢渡」

「久しぶりに来たからな、どう変わってるのか見て回ってたんだ」

「へー、そうなんだ?」

「この街の奴らはみんな、課外授業でここにくるからな。知らない奴はいないぜ」

「あー、なるほど。だから時々制服姿の奴が結構いるんだな」

「ところで城前、城前はあの棟には詳しいのか?」

「ん?ああ、あそこ?もちろん。土日はガイドもやってっからな」

「今日もか?」

「もちろん」

「こんなところをうろついてるんだ、暇なんだろ?なら案内してくれよ」

「暇じゃねーよ、休憩だよ。ま、いいけど。ガイドも仕事だし」

「よし、それなら休憩は終わりだ。さっさと案内してくれ」

「はあっ!?イヤに決まってんだろ、あと10分待てよ」

「仕方ないな、じゃあ5分だけまってやるよ」

「おれの話聞いてたか、沢渡?あと10分待ってくれって言ってるだろ」

「いや、聞こえなかった」

「いや聞けよ!」


城前の焦り混じりの言葉に、沢渡は笑った。


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