スケール8-1 ワンキル館のおもてなし
ファントムの代わりに城前と少年を捕獲してから一夜明けた午前のこと。沢渡は赤馬社長の指示により、社長室を訪れていた。


「なにかご用ですか、赤馬社長」


腕を組む赤馬は沢渡を見据える。


「沢渡、君は城前克己に興味がないか?」

「ファントムじゃなくてですか?」

「ああ」

「ま、気にならないといえば嘘になりますけどね」


沢渡は正直にうなずいた。沢渡が愛用する帝シリーズは、デュエルモンスターズ史上最初に登場したテーマ群である。この世界に存在するすべてのカードを収集することを目的に設立されたワンキル館の広告塔なのだ。普通の決闘者より知識があるのは予想できた。しかし、一般に流通していないはずのカードまで理解し、そのカードの使い方まで年の行かない子供に説明できるほどの力量があるとは思わなかった。その知識の出所は是非とも知りたい。沢渡とユートのデュエルを観戦していたとき、沢渡とデュエルがしたいとはっきり言葉にしていた。あの楽しそうな城前の声は、沢渡にも届いていた。沢渡の持論だが、デュエルが好きだとあれだけ笑顔になる奴に悪い奴はいない。もちろん敵か味方かはさておいてだ。

沢渡の返答に、そうだと思っていた、と赤馬はうなずいた。かねがね満足いく回答だったらしい。


「君に任務を頼みたい」

「もちろん!今度こそ、達成してみせます!」


先陣を切って立候補したはずのファントムの確保に失敗した沢渡は、これ幸いと意気込む。もしここにいれば素良と黒咲のあきれ顔やつっこみが入っただろうが、ここには赤馬と沢渡しかいない。どうやら沢渡だけよばれたようだ。期待されている、と持ち前の前向きすぎるポジティブシンキングにより沢渡はやる気満々である。そんな部下の心境をしってかしらずか、口元をつり上げた赤馬は紙切れを差し出す。


「これは?」

「見ての通り、デュエルモンスターズ資料館のパンフレット。そして今日行われるワンキル館の大会のチケットだ」

「城前とデュエルしろってことですか?」

「ああ。城前克己とデュエルするには、この大会で優勝する必要がある。スタンダードルールとアクションルールの部門があるが、今回はアクションデュエルの部門でエントリーするように。城前克己はどちらにしろエキシビジョンでのみ、大会優勝者とのみ戦うことになっている。彼は複数のデッキを所持する決闘者だ。サンプルが多いに越したことはないからな。くれぐれも注意してほしいのは、ワンキル館は自分が保有しているデュエルディスクしか使用を認めていないということだ。これは我が社のシステムを使用していないということでもある。こちらからのバックアップは望めないとあらかじめわかっていてほしい。もちろん、君の実力ならばそれくらいたやすいだろう?」

「ええ、当然です。もちろん、優勝してやりますよ」

「君ならそういってくれると思った。この調子で仕事に励んでくれ。貢献してくれるなら、それだけ私は君に相応の報酬を用意する準備はできているからな」

「わかりました」

「では、それなりの誠意をみせよう。受けとってほしい」


赤馬は沢渡にカードを渡す。受け取った沢渡は目を見開いた。見たことがないカードである。おそらく発売前のカード、もしくはプロト段階のカードである。驚くほどしっくりくる。あきらかに家臣軸の帝デッキを意識してデザインされたカードだ。この世界で家臣軸の帝デッキを使用するのは沢渡だけである。沢渡専用のオリジナルカードと考えて間違いないだろう。思わず息をのんだ沢渡に満足してもらえただろうかと赤馬は問いかける。もちろんです、と沢渡は深く深くうなずいた。


「まだ試作の段階ではあるが、君の使う家臣軸の帝デッキには強力なサポートとなるだろう。これをどう使うかは君に任せる。君なら使いこなせるだろう。私はそう信じている」

「ありがとうございます、赤馬社長!今度こそ、任務を達成してみせますね!ところで、ワンキル館の大会で優勝するだけなんですか?」

「それもある。こいつを持って行ってほしいんだが」


差し出されたのは、ケースだ。開けてみるといたって普通のコンタクトレンズである。


「これは?」

「まだ試作段階ではあるんだが、いわゆるカメラを搭載したコンタクトレンズだ。超小型のカメラが搭載してある。君はなにもしなくていい。ただワンキル館をくまなく歩き回ってくれ。それだけで一級品の資料となる」

「ワンキル館を偵察してこいってことですね」

「ああ、そうとってくれて構わない。知っていると思うがワンキル館は私立の博物館だ。当然撮影などは禁止されている。そして、もちろん、ネットワークも我が社のものではない、独自のものを使用している。いわばガラパゴスだ。ジャミングされるのは目に見えている。沢渡、君はただワンキル館のデュエル大会に参加し、ワンキル館を見物してくるだけでいい」

「了解です」


沢渡は笑った。

超小型カメラが埋め込まれたコンタクトレンズは、瞬きなどのジェスチャーにより反応するらしい。これを装着した人間の視線の先にあるものをそのままデータとして保存できるというのだ。目線が移動しても勝手に追従するらしいから、ほんとうになにもしなくていい。事実上のオフを告げられた沢渡は足取り軽くその場を後にした。


「うーん、わかりきったデータばっかりだなあ」

「お?なにしてるんだ」

「あ、沢渡先輩。先輩こそどうしたのさ?また社長からお説教でも食らってた?」

「誰が食らうか!むしろその逆だ!俺はワンキル館の密偵を依頼されたんだよ!」

「へーえ、そうなんだ?でもそれってなにもするなってことでしょ?期待されてないってことじゃないの?」

「うるさい、そんなわけないだろう!」


レオ・コーポレーションのデータを管理しているAIにデータの閲覧を要求していたらしい素良はそっけない返事につまらないとぼやく。素良たちのクリアランスでは提示できないとはねのけられてしまったようだ。どうしよっかなあ、と思案を巡らせる素良の横にやってきた沢渡はAIに命令する。サーチモードを実行するとAIの電子音声が響いた。


「ちょっとー、僕まだつかってるんだけど?」

「アクセス制限がかかってるところなんて入れる訳ないだろ、それなら俺に使わせろ」

「まあいいけどさ。なに調べてるの?」

「まずはワンキル館の外観だ」


MAIAMI市が表示され、赤い円が範囲を特定する。ぐるぐると回りながらデュエルモンスターズ資料館のデータと敷地内の情報を表示した。


「そのデータを全部こっちに送ってくれ」

『Yes,my master』


沢渡のデュエルディスクに膨大なデータが関連づけされた状態で転送されてくる。


「あ、いいなあ、おもしろそう。遊びに行くんだ?僕も行こっかな」

「はあ?なにいってんだ、これはこの俺が直々に赤馬社長から仰せつかった任務だぞ!?できるか!」

「よーするにマッピングでしょー?いいなー」

「だーからだめだっていってるだろ!」

「けちー。まあいいけどさ。僕は沢渡先輩と違って不確定要素があると任務に集中できないタチだからね」


それじゃー、あとでね、と素良は去っていく。


「マザーコンピュータには指紋認証と網膜認証がいるんだぞ、あいつわかってるのか?」


沢渡は閉じられた扉の向こうをみる。そしてポケットに入れっぱなしのコンタクトレンズをみる。


「こんなスパイ装置をしれっと渡すような社長だぞ、そう簡単にわかるかよ」


そもそも沢渡はマザーコンピュータがなんなのかすらよくわかっていない。レオコーポレーションにスーパーコンピュータがあるということしかしらない。厳重な警戒態勢がひかれている以上、深入りする気も起きない。沢渡の頭の中は任務達成への気概でいっぱいだった。


「・・・・・・でも、ワンキル館にもあーいうパソコンってありそうだよな」


ネットに公開されている施設情報にもパンフレットにもそれらしき施設は見受けられなかった。見物客が立ち入り禁止のエリアはそもそも載っていないだろうが、衛星写真から観測される敷地の面積を計算しても表示されていない部屋は特になさそうだ。赤馬社長もしらない部屋の情報が入手できれば、沢渡たちが集められた理由が明かされるかもしれない。そのときがくるまでは信頼度をあげるしかないと沢渡は考えている。沢渡はしばらくの思考の後、ワンキル館の所有者であった今は亡きカードコレクターや偽造カード事件の会社、そして今のオーナーたちについて調べることにした。

午前をすべてつぶして、レオコーポレーションが誇る最新鋭のネットワークを駆使しても半月ほどかかって得られた情報としては、このデュエルモンスターズ資料館の前となるカードコレクターの豪邸は冷戦時代にたてられたということである。さすがは公開されている邸宅。設計図も公開情報だった。


「おっとー、きたぞ」


今のワンキル館の設計図と邸宅時代の設計図を重ねてみる。いくつかパンフレットから存在を抹消されている場所がある。スタッフルームや私的な部屋と思われる敷地は除外してさらに絞り込みをかける。すると、不自然な空白地帯が存在していることがわかった。これくらい赤馬社長は知っていそうだが、沢渡が実際に赴いて撮影したデータを持ち帰ることができれば一級品の資料となるだろう。そのデータをデュエルディスクに転送し、3D化する。ワンキル館内では自分のデュエルディスクは使えないのだ。頭の中にたたき込まなければならない。ざっと経路を確認し、たどるべき道筋を暗記し、沢渡はワンキル館の大会に備えて割り当てられていた自室に引き返す。赤馬から渡されたカードを使いこなすためにテストプレイをしなければならない。鍛錬場に城前と黒咲のデュエルのデータやファントムと城前のデュエルのデータを読み込み、似たような思考回路のAIを使い、数回デュエルを繰り返す。城前はカオス使いだ。光と闇のテーマがあれば、あらゆる組み合わせが考えられる不定のデッキでもある。いくら訓練しても実践に勝るものはないが予行練習にはなっただろう。


「さて、行くとするか」


沢渡はコンタクトレンズをつける。いたって普通の度が入っていないコンタクトレンズである。原理はさっぱりわからないが、沢渡が瞬きをするたびにデータがチップの中に蓄積されていくらしい。やろうと思えばレオコーポレーションのパソコンに転送することも可能だが、ジャミングされている以上こちらの手の内がばれてしまう。それなら大人しくデータを詰め込めるだけ詰め込んだ方が得策だ。

「待ってろよ、城前克己。そしてワンキル館。お前たちの秘密は俺がいただいた」





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