ターン7 G・O・D
遊矢たちに無事解放された城前は、修造塾にやってきた。通されたのは応接室である。ソファとテーブルがおかれており、傍らには立派なショーケースが並んでいる。トロフィや記念の盾などが飾られ、表彰状もあることを考えると、修造さんが元プロなのは間違いなさそうだ。眠気に押されて思考回路がうまく働かないが、遊矢たちにここまでの経緯を聞かされる中で知った柚子ちゃんの暗算コンテストの輝かしい功績ではないだろう。黒咲に修造さんが瞬殺されたのは、純粋に手札事故か、相性が最悪だったか、黒咲の方がデュエルタクティクスが上だったかのどれかである。あるいは柚子ちゃんを誘拐されたという動揺を誘われて、心理フェイズでゆさぶりをかけられたことによるプレイングミスという可能性もある。今となってはネットのどこにも現存しない動画を検証することはもう不可能だ。しかし、そういうことにしておいた方が良さそうだ。修造さんの名誉のためにも。
くあ、と大きなあくびをしながら手を当てる。大きく伸びをして、生理的に流れた涙を乱暴に拭った城前は、ソファにもたれ掛かった。レオ・コーポレーションにおいてきてしまった荷物は、今頃朝一番に事務所に郵送されているはずだ。ここにあるのは城前の肌身離さずもっているスポーツバッグのみ。乱雑においといたそれをクッションがわりに、城前はうつらうつらと船をこぎ始めていた。数時間の睡眠しか確保できていないのだ。ようやく緊張感から解放されたためか、一気に眠気が襲ってきている。苦笑いした修造さんは、ゆっくりしててくれ、と気前よくソファを提供してくれた。キッチンに引っ込んだ修造さんと手伝いにくっついていった柚子ちゃんを見届けて、ぼうっとしている城前の睡眠妨害をするのは遊矢だ。ユートが寝かせてやれととがめるが、いいじゃん、それくらい、と笑う。
「城前、城前、寝る前にちょっとだけ話聞かせてくれよ」
「んだよもー、あとじゃだめなのか?おれ、ねみーんだけど」
「そこをなんとかさ!せっかく助けてやったんだ、ちょっとくらいいいだろ?」
「もとはといえば、お前のせいだろうが、遊矢ぁ」
「あはは、そうともいう!でもさ、城前、ちょっと寝たらすぐ帰るんだろ?オレ達もアジトに戻るからさ、たぶん、会う機会しばらくないと思うんだよね。だから、今のうちに話聞きたいんだ」
「ちょい待て、なんでまた会うフラグ立ててんだ」
「そりゃ、城前がワンキル館の人間だからだよ」
「ふーん?」
何度目になるかわからないあくびをかみ殺し、城前は遊矢をみる。
「それにさ、個人的に興味が沸いたんだ。ちょっと調べてみたんだけどさ、城前って過去の記録がどこにもないだろ?」
「それはお前も同じだろ?人のこと言えんのかよ?」
「あははっ、まあね。でもさ、だからこそだよ。オレ達の興味が沸くには充分だと思うけど?ある日突然、この街にやってきて、あっという間に有名になっちゃったよな。混沌使いのアンタが現れてから、ワンキル館が大きく変化したのは事実なんだ。所蔵するカードに変化が現れたのも気になるところだよな。きっとなにか意味があるはずだ。違う?」
遊矢は遊矢を見上げる。
「城前克己、アンタを証明するのは、いつだってあの資産家グループなんだ。孤児院とか、学校とか、そういう所以外に情報がないだろ?おかしいんだよ、普通に考えてさ。なあ、城前、アンタって何者?」
「正直、そこまで警戒される理由がよくわかんねえんだけどな、遊矢。オレは通りすがりの決闘者だよ」
「なんだよそれー、すこしは真面目に答えてくれよな」
「真面目も真面目、大真面目だぜ?」
「どこらへんが?」
「質問には答えてるだろ?」
「言葉のドッジボールしかしてない気がするんだけど?」
「そりゃ気のせいだ」
「えー・・・・。まあ、いっか。今回はここらへんで」
ふう、とため息をついて、遊矢は思考の海に沈もうとしたが、ユートに隣を促される。横を見ればこれでおしまいとばかりに目を閉じようとする城前がいる。寝るなよ、人がせっかく次の質問考えてんのに!あわてて揺り起こす。なんだよ今度は、と若干不機嫌になりはじめた城前が遊矢をにらんだ。
「G・O・Dって知ってる?」
「F・G・Dじゃなくてか?」
「そんなボケいらないから。オレは真面目に聞いてるんだけど?」
「赤馬にも聞かれたけど、おれは知らねーな、そんなカード」
「げ、やっぱそっちにも話行ってたんだ?」
「そりゃ考えることはみんな同じだろ?カードを隠すならカードの中ってな。つか、よく考えてみろよ。たかがアルバイトがんな機密情報知ってるわけねーだろうが」
「説得力微塵もないよね、今の城前だと」
「うっせえ。しらねえもんはしらねえよ。気になるなら、館長かオーナーに話通してくれ。アポイントに応じるかは保証できねえけどな」
遊矢は肩をすくめた。
(もし知ってたとしても、おれはなんも言えねえよ)
城前はぼんやり思う。あの日、契約書にサインをした瞬間から、城前はこれからの身の振り方について運命づけられたのである。この街にいられる期間は3年。それまでにOCG次元に帰還できる方法が見つからなければ、城前は。
この世界がアニメ次元だと思いこんでいた手前、時空移動の装置の存在は当初の目的としては最優先事項だった。ランサーズになれなくても、それに準じた立場になれさえすれば、赤馬のところにいくことも選択肢のひとつだった。この世界が全く違う世界観だと判明した時点で、城前は慎重にこれからどうすべきか考えなければならない。しばらくは情報収集が最優先事項となるだろう。遊矢に組みするか、赤馬に組みするか、第三者として動くか。それは館長を通じてワンキル館のオーナーにお伺いを立てなければならない。
G・O・D《ジェネシス・オメガ・ドラゴン》直訳するなら創世記の終わりを告げる竜、文明の破壊者といったところだろうか。ファンタジーに出てきそうな名称である。遊矢はこのカードをもつ誰かがソリッド・ヴィジョンによってモンスターを実体化させ、MAIAMI市を崩壊に導く夢を幾度もみているらしい。この世界の終わりの悪夢に苦しめられた遊矢は、そのカードを手にすれば誰かが世界を壊すのを防げると考えているようだ。たしかに第三者に任せるよりはよっぽど信用できるだろう。
気づいたらユーゴ、ユーリ、ユートという3人の別人格がいる。しかも遊矢自身、記憶が飛んでいて、よく覚えていない。別の人格と言うよりは、一つの身体に4つの心が収まっているように城前には見えた。黒咲とのデュエルで自分が本当にこの世界に存在するのか確信がもてない。デュエルをして相手を楽しませることだけが現実だと明言するだけはある。身体を失った遊矢シリーズが意志疎通できる形で統合されているのはなにを意味するのか。表に出てくるだけで姿形が変わってしまうのだ、多重人格というわけではないだろう。城前には、アニメの世界とのつながりを連想すると、ほの暗い背景しか浮かんでこない。遊矢が思いだせない記憶は遊矢にとって明るいものではない気がしてならなかった。
「そういえば最近みないけどさ、あの二人どこ行ったんだ?」
遊矢は視線を虚空に投げる。ユートは事情を知っているらしい。
「ツーリング?やだなあ、アイツラ、勝手に人の頭の中走り回ってるのかよ」
うげえ、という顔をする遊矢である。城前は目を細めた。体の持ち主であるはずの遊矢ではなくユートに言伝るということは違和感しかない。それぞれの人格について軽い説明をうけた城前のもつユーゴとユーリはアニメとあまり差異はないように思えた。あえていうならユーゴがキャラのデザインが公表された頃予想されていた頭脳明晰なクールキャラな部分が見え隠れするくらいだろうか。遊矢からみたふたりとユートからみた二人はきっと違うはずだ。これはなんか隠してんな、と城前は確信する。
隠し事はお互い様だ、遊矢たちの問題である。首を突っ込むつもりはないが、城前は話に耳を傾ける。
「オレが覚えてる数少ない記憶がG・O・Dなんだ。いつも夢に見るよ。誰かがそのカードを使って世界を滅ぼすんだ。そして、オレたちはなにもできないままこの街が滅びるのをみてるしかない」
語られる様子はまるでみてきたかのように詳細で、それだけの明晰夢を繰り返しみる苦痛はかいま見得た。カードが悪いのか、カードを使う人間が悪いのかはわからない。なにもわからないまま世界が終わる。そればかりみるという。わかっているのは、質量を伴った実体化というレオ・コーポレーションのシステムを悪用して、そのモンスターは実体化を果たす。システムを完全に掌握し、さまざまな分野に転用されているソリッド・ヴィジョンのシステムそのものを糧に肥大化、そして崩壊を呼ぶ。その悪夢から逃れたくて調べているうちにたどり着いたのか、それとも初めから知識があって夢をみるのかまではわからないと遊矢は言葉を濁す。
「ていうか、城前は驚かないんだ?」
「だってたった1枚のカードから世界は誕生したんだぜ?世界の危機?んなのよくあることだろ」
「え、ひっどいなあ!真面目に聞いてくれてると思ったのに、ゲームかなんかだと勘違いしてる!?」
「ちげーよ。デュエルモンスターズには、いわくつきのカードなんて腐るほどあるってこった。もともと、ある儀式をもとに海外のゲーム会社が作り上げたカードゲームなんだぜ?現世において一番普及した儀式なわけだ。なにが起こったっておかしくねーだろ?」
「あ、城前ってオカルト信じてるんだ、意外」
「ひでーなー、こっちは真面目に話をしてるってのに、そりゃねーぜ。なんだよ、人が善意でそっち方面で調べてやろうかと思ったのに」
「そこまで大真面目にとられても反応に困るからやめてくれよ」
「えー、まじかよ、つまんねえ」
「やっぱ真面目に聞いてなかった!?」
「失礼だな、おれはいつでも真面目だぜ?」
けらけらと城前は笑う。なんだよもう、と遊矢はむくれた。
「なあ、城前」
「ん?」
「赤馬と話したんだろ?どんなこと?」
「禁則事項です。まずは館長に話さねえといけないことだかんな、悪く思うなよ」
「けち」
「けちでけっこう、こけこっこーってな」
「まじで城前17なの?」
「あっはっは、気にすんな」
「気にするっての、だって大事なことだぜ?オレ、結構、城前気に入ってるからさ。個人的には敵対するって不本意なんだよなあ。ここでばしっと言ってくれた方が気が楽なんだけどさ、城前。城前は、オレたちの敵?それとも味方?どっちになると思う?これから」
城前はきょとんとしたまま、瞬きをする。そして、にひと笑った。のばされた手が遊矢を乱暴に撫でる。ちょ、なにするんだよ、と遊矢は払いのけようとするが、がしがしされる。
「そりゃ、遊矢としての質問か?それともファントム(おまえら)としての質問か?」
「もちろん、どっちとしても気になるところだよ」
「はー、ほんと、赤馬と同じこと聞くんだな、お前。なら、おれからいえることは一つだよ」
東洋人にはあるまじき苛烈な色が細められる。カラーコンタクト特有の人工的な色ではあるが、城前のたたえる意味深な笑みを象徴しているようだ。
「おれはな、ファントム。デュエルができるならなんでもいいんだ。邪魔しなけりゃ味方だし、邪魔するんなら敵だ。シンプルでいいだろ?」
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