スケール6−2 生きている実感2
内部の途方もない螺旋階段に絶句する修造さんは、その一番下に伸びる入り口の細長い光に人影がうつったと叫ぶ。


「おとうさん!?」


柚子ちゃんの声だった。


「どこ!?どこー!?」

「柚子ー!ここだー!」

「おとうさん!城前さんは!?ワンキル館の城前さん!」


まさか柚子ちゃんまで知っててくれるとは広報活動を頑張った甲斐があるというものだ。うれしい限りだが、こんな状況では喜ぶに喜べない。


「俺も城前君も無事だぞー!」

「ほんとに!?ほんとに大丈夫!?」


涙声に罪悪感が山積である。なんにも言わないでいると、いよいよ柚子ちゃんが泣き出してしまいそうだったので、あわてて城前は思いっきり手を振った。


「大丈夫だよ!おれも修造さんもここにいるよ!」


隣に修造さんがいる手前、いきなり柚子ちゃんはどうだろう。だからって柊さんもうーん。何と呼んでいいんだかわからない城前は最後の言葉を飲み込んで、言葉を繰り返す。あまりにも小さすぎて姿が見えないが、その足取りはどこまでも軽い。


「ここ、ロッカーになってるんすよ、修造さん。あんときはここに荷物置いてたんすけど、デッキとかここに入れるとこ見ました、おれ。鍵がどこにあるか探さなきゃ」

「なるほど、わかった。おーい、柚子!どっかに鍵が落ちてないか!?結構でっかいんだけど!」

「どんなー!?」

「どんな鍵?」

「アクションカードみたいなデザインでした、こう、Aって書いてあるやつ」

「カードの鍵か、なるほど!おーい、柚子!アクションカード捜してくれ!どっかにないかー!?」

「アクションカードは周りが光ってるんだ、よく探して!」


下から上に吹き抜ける風が冷たい。ぼさぼさになる髪を掻き上げながら、城前は叫んだ。柚子ちゃんはスカートを抑えながら走り抜ける。どうやら見つけたようだ。


「ありましたー!」


きらきら輝くのは間違いなくアクションカードだ。このルートは現在進行形で行われている黒咲と遊矢のデュエルでは使わないため、ここのカギとなるカードで間違いない。それだ!と叫んだ城前に、修造はよくやった!と声を上げる。柚子ちゃんはうれしそうに笑う。そして、大急ぎで走る。カードは順不同だ、枚数に応じてロッカーが開く。もう1枚いるのだ、それは自分で捜さないと。城前は意識を失う直前にみたと、さも当然のように嘘を重ねながら、修造のデッキとデュエルディスクを隠したボックスを指差した。ありがとう、という言葉を受け入れることはちょっとできない、共犯者だし、それしたのおれだし。早くここから出てください、と柊親子を急かす。これでミッションクリアだ。黒咲に最前列でデュエルを見せてやると言われたのだ、観に行かないといけない。


さすがに城前の心理など柊親子はわからない。城前のカードキーも捜すと言われてしまう。ですよねえ、と思いながら、城前は薄暗い螺旋階段に目を凝らす。アトランダムに出現するアクションカード、どこにあるかは本当にランダムなのだ。


「あれじゃないか?」


修造さんが指差したのは、かなりの下層域である。まっじでか。うわあ、と思いながら、城前は駆けおり始める。柚子ちゃんとすれちがう。先にお父さんのデッキとデュエルディスクを確保するんだ、と先を急かす。ロッカー自体はジャッジフロアから入ってすぐ横にあるのだ。どのみち柚子ちゃんは最上階にいかないといけない。ありがとうございます、と息を切らしながら柚子ちゃんは階段を駆け上がっていく。この次元でもデュエリストかどうかはわからないが、結構なパワフルガールである。結構期待できそうな子だ。あとでデュエリストか聞いてみようと思いつつ、階段を駆け下りる。当初の目的では10分前にはすべて完了しているはずだった。ジャッジ席で最初から最後まで観戦したかった。あーあ、と思いながら、城前はアクションカードを拾い上げる。



ハイダイブ、効果は自分のモンスター1体の攻撃力をターン終了時まで1000ポイントアップさせる。これがアクションデュエル中だったらなあ、と思いながらポケットにしまって踵を返す。手すりにつかまりながら、二段三段飛ばしで駆け上がる。跳躍からの猛攻はさぞ映えるに違いない、城前の主体はライトロード、人型モンスターばかりである。残念だが、このカードには次の機会でご対面願おう。



ぜいぜい息が上がるくらいには体力を消費する。やっとついた、とジャッジフロアのロッカーに手を掛ける。自作自演の窃盗事件はこうして解決した。デュエルディスクとデッキを手にする。慣れた手つきで装着していた城前は、入り口付近から聞こえる修造の叫び声に顔を上げた。柚子の悲鳴が聞こえる。まさか遊矢と黒咲のデュエルになにかあったのだろうか、それとも修造さんたちに予期せぬトラブルが!?



あわててジャッジフロアに顔を出した城前だったが、柊親子の姿がない。血の気が引くのが分かった。あわてて身を乗り出す。やっぱり見えない壁がない。安全装置が解除されている。うそだろ、マジかよ、誰だよジャッジフロアにあるボックスのスイッチ弄ったのは!?落ちる寸前まで身を乗り出して、城前は真下を見る。



黒咲の乗るレイド・ラプターズのモンスターに助けられて、無事着地する柊親子の姿が見えた。あーびっくりした、とその場にふらふらと座り込んだ城前は、なけなしの体力で後ろを振り返る。蔦に隠れているボックスがフルオープンになっているのが見えた。電気や火花が散っているのが見える。今、デュエル中だからアクションフィールド全体がエネルギーに満ち満ちている。その制御装置の一角でもある。本来鍵がかけられているはずのそこ、あきらかにぶっ壊れている。その設置場所の真後ろは、城前と修造さんがさっきまで拘束されていた位置。ついでに言えば、拘束を解くために結構乱暴な扱いをした場所でもある。


(やっちまったあーっ!!……ごめんなさい!)


黒咲が殺気を漲らせて見上げてくるのが見えた。


(おれのせいです、まじでごめんなさい!なんでもしますから許して下さい!埋め合わせはあとでなんでもするから!!無能な共犯者ですまねえ、黒咲!!)


深夜だというのに、輝く金色の目が説明を強く求めている。黒咲は城前を見上げたまま、思考を巡らせているのか、真意を探ろうと鋭い目つきを投げてくる。遊矢たちは城前があわてて見に来たことに気付いたようで、大丈夫だと言葉を投げてきた。なんだよ聞こえてるなら返事しろよという文句は、黒咲の眼光が鋭すぎていえる空気ではない。必死で頭を下げる城前が両手を合わせて拝み倒しているのが見えたようで、遊矢は口元をゆるめた。どうやら腰が抜けて立てないほどびっくりして力が抜けた城前が、黒咲に感謝しているように見えたようだ。もちろん城前はまわりのことなんて見ている余裕はない。じっと見つめていた金の瞳に迷いは見えないから、気が遠くなった。これまで抑え込まれていた感情が苛烈に滾るのが見えたのだ。烈火のごとく黒咲の怒りは燃え盛っている。笑ってるのが見えたのだ。絶対にまたろくでもないこと押し付けられる。感情的になったところで後の祭りだ、みんなのデュエルが見られる機会が増えたと開き直るしかない。有無を言わせぬ力を込めて浮かべられた歪な笑みは、今回ばかりは抵抗する権利はないのだ。


はあ、と底に沈みそうなため息をつきながら、城前はジャッジフロアに居直る。










遊矢と黒咲のデュエルは佳境に入っていた。


「城前、おかえりー!あとでオレの武勇伝聞かせてあげるから、待ってろよ!これで観客は勢揃いってわけだな!さあさあ、みなさまお待ちかねのメインイベントと参りましょう!」


丘に建つ遊矢は大きくカードを振り上げた。


「オレのターン、ドローッ!!」


そこに浮かぶのは不敵な笑みである。


「さあ行くよ!Here we go!it`s a show time!」


流れるような英語と共に、遊矢のデュエルディスクにペンデュラムの英単語が点灯する。そして輝くエクストラゾーン。周囲に動揺が走るのが見えた。


「おれのメインイベンターは不死身なんだ!再びペンデュラム召喚!エクストラデッキから輝きと共に蘇れ!オッドアイズ・ファントム・ドラゴン!」


遊矢の後ろから雄たけびをあげて降臨するのは、猛々しい二色の眼の龍である。


「そうはさせるか、榊遊矢!貴様の手の内はすでに読めている!俺はアクション・カードスカイ・メテオを発動!攻撃力2500以上のモンスター1体を除外だ!喰らうがいい!」

「おーっと、そうはいかないぜ!ここ一番の見せ場なんだから!オレはペルソナ・ドラゴンのペンデュラム効果を発動!」


城前は思わず身を乗り出した。食い入るように見つめる観客の反応に遊矢はご満悦の様子である。ペルソナ・ドラゴンとミラージュ・ドラゴンのペンデュラム効果が知りたいとうずうずしていた前のデュエルの言葉は、しっかり遊矢にも届いていたようだ。はてなマークで埋め尽くされたびっくり箱がファントム・ドラゴンをすっぽりと覆ってしまう。


「これからが本当の【お楽しみはこれからだ】!さあさあごらんあれ!」


そして、箱が開かれる。たくさんの星やリボンが飛び出し、コミカルな音楽と共に現れたのは一回り小さい二色の眼をしたドラゴンである。時読み、星読みのような効果だと推測していた城前は目を見開く。


「箱に入ったのはファントム・ドラゴンなのに、出てきたのはなんと摩訶不思議!さあ現れろ、オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴン!ぺルソナ・ドラゴンは、フィールド上にあるオッドアイズと名のついたモンスターと入れ替わることができるんだよ!」


遊矢のウインクが飛ぶ。城前は思わずすげえと叫ぶ。スカイ・メテオは攻撃力2500以上のモンスターを対象に発動できるアクションカードである。攻撃力が1200しかないペルソナ・ドラゴンと入れ替わることでその効果の対象となるモンスターがフィールドからいなくなる。つまりスカイ・メテオは発動できない。城前の知っているEMにも魔術師にもオッドアイズにもない効果である。コンバットリックやサクリファイス・エスケープはどうしてこうも決まるとカッコいいのかわからない。


「さらにペルソナ・ドラゴンのモンスター効果を発動!1ターンに1度、フィールドのカード効果を無効にするよ!これでブレード・バーナーの攻撃力は4000から1000に元通りだ!」

「なんだと!?」

「さあバトルだ!オッドアイズ・ペルソナ・ドラゴンでブレード・バーナー・ファルコンに攻撃!バイト・ノット・インパクト!!!」

「なん…だと…この俺がっ…!」


モンスターが破壊され、黒咲のLPがゼロになる。滑空する足場を失った黒咲は滑落するが、遊矢が助けたのだった。あーよかった、と息を吐いた城前は、ジャッジフロアに立つ。アクションフィールドがその役目を終えて終息しはじめたのだ。世界はふたたびあるべき風景に再構成されていく。青空を旋回する白い雲も、天高くそびえる巨木も、草原も、すべては0と1の世界に帰っていく。プリズムがとけていく。視界はゆるやかに下方に向かっていた。



満月にも関わらず、星々が躍る矛盾した常闇が迫る。足元には踏み荒らされた草原が広がるのみだ。たいぶん月も傾いてきている。時間の経過を感じるが、城前の目を引いたのは、welcome修造塾という看板と台詞を決めポーズで叫ぶ遊矢と柚子ちゃん、塾長。ぽかんとしている黒咲という奇妙な構図である。


「何してんの、お前ら」


遊矢は赤面した。


「そんな顔で見んなよ、恥ずかちいっ!!!」


煙幕に包まれた瞬間、はやく、と手をひかれる。なんつー古典的な、と笑う城前に、遊矢ははやくはやく走れーっと促したのだった。


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