スケール6-1 生きている実感
大人になりきらない体つきを隠したい仕草、格好、髪形、服装。醸し出す雰囲気と不釣り合いな違和感。少し遊びを覚え始めたばかりの普通の高校生、という印象を修造は持った。髪を染め、カラコンを入れ、すこし派手な色を好んでいれたがる、自己顕示欲ないまぜの反抗期そのものだ。くっきりとした瞳は、東洋人の顔立ちにあるまじき苛烈な色を宿し、深く澄んだ光が相まって不思議なアンバランスさを生んでいる。強く結ばれた唇は、意志の強さを感じさせる。


海外の資産家が出資する福祉施設で育った天涯孤独な青年と聞いたことがある。規律が厳しい施設から自由を手に入れたばかりの反動と見れば少々見方がかわるかもしれない。テレビで混沌使いの彼のプレイングを見れば烈しい青年という印象を受ける。しかし、こうして話してみれば、礼儀正しく、敬語を使うところは育ちの良さをうかがわせる。しつけの行き届いた環境でなければこうはいかない仕草も多々見受けられた。しっかりとした青年であるという認識にかわる。



修造の様子を窺う城前克己という青年は、少しも動じることなく話に耳を傾けている。驚き、うろたえる様子もない。自分を律していられる精神力はさすがというべきだろう、年齢にしてはずいぶんと落ち着いていて、大人と会話している気分になってくる。烈しすぎるほどの光を湛えた瞳は、心に滾るものがあると教えているが、城前はそれ以上に態度でそれを示唆することは無かった。


人好きのする笑みと気さくな態度をとっているものの、妙に隙がないのがそう感じる理由かもしれなかった。それに彼は世界中のカードを所蔵すると噂されるデュエルモンスターズ史料館所属の決闘者である。知識や経験は卓越したものがあるだろう、という予感があった。よくしゃべる彼なら教えてくれそうだとも。


「レイド・ラプターズってどんなデッキ?」

「え?修造さんもデュエルしたんじゃあ?」

「あはは……ワンショット決められちゃって……」

「……あー……はは」

「動画になってるんだっけ?」

「あー、はい、ばっちりと」

「なんてこった、修造塾の悪評がまた広がってしまう……!」

「どんまいですよ、修造さん。非常に不本意ながら、おれも似たようなもんなんで!」

「えっ!?城前君もか!?そんなに強いのか、あの黒咲ってデュエリストは!?」

「ええ、強いですよ、アイツ。あ、でも勘違いしないでください!一応、おれの成績はドローなんで!マッチで1勝1敗1分けなんで、ドローです!動画でなんか勝手にワンショットキル決められたの使われちゃってるんですけど!!」

「そ、そうなのか……ってことは、城前君ですらワンショット決められることもあるってことだろ!つまり、あのデュエルは負けても仕方ないって流れにすることも可能な訳だ!そんなに風評被害受けないかもしれない!ありがとう、城前君!君のおかげでうちの塾の名誉が助かったよ!」

「えええっ、そこ!?」

「と、とにかくだ。せめてどんなデッキだったか、教えてくれないか?さすがにデッキすら分からないとまずい!どんな強敵だったか語れないとボロ負けしたってばれちゃうから教えてくれ!」


修造に請われた城前は気圧されながらも、まだ一般には流通していないデッキである、と前置きしたうえで、教えてくれた。3連戦の中で考察したものだから、信憑性は眉唾物だ、と予防線を張ってはいたが、その語り口は明確だ。


レイド・ラプターズは襲撃する猛禽類の名の通り、すべてが闇属性、鳥獣族で統一された、エクシーズを中心に展開するビートダウンデッキである。てっきりドラゴン使いだと思っていた修造は疑問を投げた。黒咲はエースの口上にドラゴンという言葉を使っていると。しかし、城前は首を振った。ワンショットを回避するためにモンスターの効果に投げたエフェクト・ヴェーラーをコンバットリックで回避された苦々しい経験を語る。その魔法は鳥獣族を要求するから鳥獣族のはずだと。城前が見たレイド・ラプターズの下級モンスターはすべて機械と融合した鳥獣族のデザインだった。ランクが上がるほど機械になっていった。なるほど、と納得した修造に、城前は特徴をあげていく。召喚もしくは特殊召喚に成功した自分のメインフェイズに効果を発動できる共通項をもっている。エクストラに入るRRのモンスターは特殊召喚されたモンスターに対しての効果を持つ者が多い。鳥獣族サポートのカードは種類が少なく、採用するカードは限られてくる。城前もある程度把握できていたにも関わらず敗北したのは、黒咲は罠と魔法の使い方が一級品だからにつきる。城前も参考にするプレイングが多かったらしい。



基本はランク4軸のエクシーズで攻めていく。専用のランク・アップ・エクシーズを多用して爆発力を高めてあるのか、戦況を見極めて一気に決めるワンキルよりなのかはわからない。黒咲のエースの特性上、防御に徹して戦況を見極める必要があると城前は思ったようだ。防御札を入れている可能性が高いが、3連戦では拝めなかったと残念がっている。おれならサーチや墓地送りを多用してデッキ圧縮を繰り返すなあ、というボヤキが聞こえた。運命力が足りないため、伏せ除去やキーカードをひくにはデッキを薄くするしかないと自嘲気味に笑う。黒咲はなかなかの運命力をしているから、構築が見てみたい、と口にするあたり、デュエルを楽しむ余裕があったらしい。キーカードを揃える方法を黒咲が思案するまでのターンを与えないのが勝利のカギだったから仕方ない面もあるのは余談である。



主な弱点は特殊召喚、サーチ、モンスター効果を多用するため、それらのメタをはること。破壊耐性のあるモンスターを立てると少しだけ有利になる。ただ返しのターンで耐性を無効にしたり、バウンスで除去したりして攻略されるから、油断は禁物。RRはモンスターを並べて真価を発揮するため、短期決戦で臨むか、全体除去で対処する。エクシーズモンスターは耐性がないから、それを狙い撃ちするのもあり。いくらでも考えつくが、戦局で的確なことができれば苦労はない。乾いた笑いがこぼれた。



安定した展開と大量サーチで手札を維持すんのが得意なのがRRっていうテーマかなあ、と城前は結論を出す。ランクアップに特化したデッキでも面白いことできるだろうし、いいテーマって印象だと。黒咲はコンバットリックもサクリファイス・エスケープも上手すぎてなおさら嫌になる。それをどうにかするのが面白かった。またデュエルしたい。そこまで熱心に語ってから、忌々しげに拘束具を睨む。


「これさえなけりゃもっとよかったのに!」


よっぽど悔しかったのか、城前は声を荒げる。


「そりゃ、あいつの求めるデュエルが出来なかったのは、後悔ありますよ、ほんのちょっとですけど!でもだからって、ファントムおびき寄せる生贄にしなくったっていいじゃないですか!ひどくないですか、これ!おれはもっかいデュエルしたかっただけなのに!」


その心境を察して、修造はあーと言葉を濁すしかない。


退屈と渇望、平穏、堕落、で成り立っている日常生活の中で、気を紛らわせる方法がきっと城前という青年にとってのデュエルなのだろう。何を求めているのか自分でもはっきりとしない。でも何かしたい。そんなもどかしさの中で、ファントムという非日常があらわれた。退屈ではない日々の幕開けだ。自分の欲しているものが次元の彼方に存在していると錯覚してしまうくだらない妄想に費やしていた城前にとって、今この時がたまらなく楽しいのだろう。やけに凛とした響き渡る声がそれを証明している。城前は気にせず流れるように喋り続けている。あとすこし、力を加えたら不快を感じるほど感情のこもった声だが、絶妙なタイミングで緩和されるから気にならない。穏やかな雰囲気をまとわりつかせているが、今はとりわけ生き生きとしているのが分かる。城前の声はよくとおる。広報活動に従事しているとはいえ、そう言った鍛練をしているわけではないだろうに。慣れだろうか。妙に隙がないのもそのせいか。


「デュエルディスクもデッキも取られるし、あーもー!ぜってえ許さねえ!返せよ!傷つけたり、なくしたりしたらただじゃおかねえ!」


罰ゲームを言い渡されたような軽いノリで投げかけられた言葉。まるで何でもない日常のように、軽やかに通り過ぎかけた言葉の意味に、思わず修造は止まった。決闘者の魂たる盾と矛がないことに、ようやく気付いた修造はこわばった。


人を食ったような、軽薄そうな笑みを浮かべている城前という青年は今、何と言った?


言葉のわりに、修造が目を覚ましてからというもの、懸命に鋭利な枝に紐をこすりつけ、切ろうとあがいている理由は?城前は青ざめていく修造を横目に、何を思うのか、焦りすら浮かんでいるようだった。気付かれた、という顔をしている。すこし、悠長に考えていたのかもしれない。気を遣われていたようだ。そもそも、こんな方法でファントムとのデュエルを試みる輩の人質になっているのである、目的を達したらどういう扱いになるか連想は悪い方向に傾いていく。デュエルディスクとデッキを取り上げられた理由も邪な理由しか浮かばない。



城前の語った黒咲像は、修造の思い描くものとずれがある。それは城前が相手の人となりをデュエルから図ろうとするからだろう。修造も大人だ。自分の印象を相手に押し付ける気はない。相手はまだ高校生だ。でも、さすがに盗難という犯罪じみた項目が出てくれば、話は別である。特殊部隊はファントムを捕獲するためなら手段を選ばない決闘者ばかり集められているようだから。拘束具が食い込み痣になるのも気にしないで、ケガも恐れずあがく城前の必死さも、その割に黒咲に取り上げられたことをいわないのも、すべて説明がつく。



高所特有の強風でぐらつく身体も恐れず、修造もここから脱出する方法を考え始めた。










(やっべえ、解けねえ)



城前の焦燥が手汗をにじませる。事前の打ち合わせ通りに行けば、今頃はなんとか拘束具から脱して修造さんを解放する手はずになっていた。人質ならデュエルディスクとデッキは何処かに隠さないとおかしい。拘束されたデュエリストの近くにおいとくっておかしい。うっかり口にしたせいで、その実行犯となってしまった手前、ぼろが出る前に早いことなんとかしたい。なんで縄抜け出来るんだ、と聞かれたら、伊達に修羅場は潜り抜けてないんですよ、とどや顔で言いたかったのに台無しである。焼き付け刃の縄抜けはやっぱり無謀だった。


もうこんがらがってしまい、どうしようもない。マニュアル本もないのだ、固結びになってしまった以上、無理やり切るしかない。まるで本物の大脱走みたいだなあ、と現実逃避に似た茶化しをし始めた脳内である。隣では、必死で同じように縄をほどこうとしている修造さんがいる。罪悪感山積でもうまともに見れない。ごめんなさい、ごめんなさい、と思いつつ、城前は息を吐いた。ぷつ、という音がして、ようやく両手が自由になる。


「きれた!よっしゃあ!」


あとは両足の拘束具だけである。もう無駄な時間はかけたくない、と初めて縄ときをする素振りも忘れて、結び目を必死にたどって解こうとする。その必死さが返って信憑性を増しているともしらないまま、城前は、ようやく自由の身になった。


「修造さん、じっとしててくださいよ!」

「ありがとう、城前君」


いいっすよ、という声はこわばった。ありがとうに心が痛い。ごめんなさい、おっさん縛る趣味は無いといいながら、縛ったのおれです。デュエルディスクとデッキ、隠したのおれです。ちゃんと保管してあります、安全なところに保管してあります、これから案内するから許してください。うっかりしゃべったら黒咲にいろいろ暴露されるんで、共犯だってこと誰にも言えないんです、まじですんませんした!!心の中で延々自供からの懺悔を繰り返しながら、城前は修造の拘束具を解いた。もともと城前よりもゆるめに作ってあるのだ。あっさりほどけてしまう。


はあ、と二人は心境こそ違えどもため息をついた。


はるか下方では、ファントムと柚子、黒咲が見える。柚子が黒咲に食って掛かるのが見えた。黒咲は言葉を投げて上を見る。適当に投げたロープが風に流されて飛ばされていく。ぱんぱんと埃を払い、立ち上がる二人が見えたのだろう。柚子が飛び跳ねて、何か言うのが見えた。ファントムが手を挙げるのが見えた。城前は大きく手を振る。修造さんも俺は大丈夫だぞーと聞こえているか怪しいが、声をあげている。黒咲は思った以上に時間を食っていること、未だにそこにいることに段取りと違うとばかりに呆れているのが見えた。


「うっせえ、元はと言えばお前のせいだろ、黒咲!何が俺の渇きをいやす決闘の生贄となれ、だよ、ふざけんじゃねえ!」


城前の叫びが彼らに届いた様子はない。前を乗り出そうとする城前を修造さんはあわててひきとめた。ジャッジがいるべき場所である、安全面は保障されているのだが、修造さんはしらないのだ。目前に迫る断崖絶壁の樹の壁。浮遊する島々。強い風。流されていく雲。何も知らなければ、普通に怖い場所である。黒咲とファントムはデュエルを始めてしまった。柚子がこちらにまで続く螺旋階段を上がるため、樹の中に入っていくのが見えた。落ち着こう、落ち着こう、城前君、と修造さんに諭される。しばらくして、城前はしょうきにもどった。


「はじまったみたいっすね」

「そうだな」

「よっしゃ、行きましょう、修造さん。デッキとデュエルディスク探さなきゃ」

「ああ、いこう」


案内係は城前である。事前の打ち合わせから使えそうな設定を引っ張ってくる。ここでデュエルをしたことがある、とでも言えば、信じてくれるだろう、という予測は当たる。背後に迫る巨木の中は、大きな空洞になっているのだ。あとは壁に沿って螺旋階段が続いている。デュエルディスクとデッキは複雑に絡み合う蔦の間にある金庫にそれぞれ保管されている。大事なものである。本来なら鍛練する決闘者が私物を保管するロッカーだ。鍵はアクションカードがランダムで生まれる場所。遊矢とのデュエルではこのルートは使わない、と黒咲が明言してくれたから、思う存分好き勝手することができる。


prev next

bkm
[MAIN]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -