スケール5-2 RRの強襲2
ぱち、と真っ暗だった電気が付けられる。カーテンの間仕切りがされている区画に顔を出すと、簡易なベッドに横になり、毛布にくるまって熟睡している城前がいる。おい、起きろ、と何度か肩を揺らした黒咲だったが、城前は起きる気配すらみせない。



朝からデュエルモンスターズ史料館主催のデュエル大会会場の設営に駆り出される。夜から開催されているレオ・コーポレーション主催の大会に参加して優勝。その帰りにファントムとデュエルし、特殊部隊に拘束されてレオコーポレーションに連行。赤馬社長と1時間の対談。ここまでで真夜中をとうに過ぎている。素良に仮眠を進められるのも無理はなく、素良は朝になったら迎えに行こうと踏んでいたようだが、それでは遅い。疲労困憊の城前が眠りについて数時間しか経っていないが、黒咲は今用があるのだ。おい、起きろ、と肩をゆするが当然ながら城前は微動だにしない。舌打ちをした黒咲は傍らに置いてあるデュエルディスクに目をやった。鈍い打撲音がした。鈍器でぶんなぐられたような衝撃が城前を襲う。無防備同然の状態で脳天をぶん殴られた城前は、あまりの衝撃に一気に覚醒する。そして鮮明になった痛みに悶絶する。反響する痛みに思わず手をやる。いってええ、と思わず涙が出るほど痛かった城前は、その理不尽な起床を促した相手の影を恨めし気に見上げた。


「起きろ、城前克己。時間だ」

「もっと起こし方考えろよ……!」


ベッドに沈む城前に、黒咲は冷ややかである。さっさと立てとイラついた様子で言葉が飛んでくる。つめてえなあ、とぼやいた城前は、大きな欠伸をして伸びをする。骨折しそうな音がした。簡素なベッドは正直寝心地は良くないが、床で寝るよりはずっとましだった。素良には感謝である。わーったよ、と毛布を避け、靴を履き始めた城前は、凶器に使用されたであろうデュエルディスクを返される。丁重に扱って欲しいものだ、ワンキル館専用のものなのだから。慣れた手つきでデュエルディスクをセットし、デッキをセットし、外していたアクセサリを付けていく。アイフォンをみた城前はデスクトップに表示された時間を見て、思わず黒咲を見た。


「まだ朝ですらねえじゃねーか、もちっとゆっくり寝かせてくれよ」


あふ、と欠伸をかみ殺す城前に、黒咲はさっさとついて来いと仮眠室から出て行ってしまう。あーもうとごしごし乱暴に目をこすった城前は、荷物を抱えて黒咲の後を追った。朝の支度位させてくれとお願いしたものの、そんな時間は無いとあっさり却下されてしまう。なんだよ、扱いひでえなあ、とようやく追いついた城前は黒咲がヘリポートを目指しているのを確認して、ぼやいた。はなで笑う黒咲である。あー、そっか、と城前はにやついた。


「ショックルーラー連打されたのがそんなに嫌だったのか、黒咲」


歩みは止めないまでも黒咲の眼光は鋭くなる。


「RRと一緒にすんじゃねえよ、こっちはライフ削ってでも展開止めねえとワンショットされる運命なんだから。どうせ長期狙いのデッキじゃねーし。ライフ払えなくなる前に仕留めりゃ済む話だからな。それがお前の選んだデッキには出来るんだ、悪く思うなよ」

「その結果が先行でショックルーラー、フレシアの蟲惑魔、セイントミネルバ、ジャイアントハンドか」

「あんだけ手札揃っちゃったら狙うしかねーだろ、いい加減にしろ。グダッたらどうなるかは2戦目で分かったろ、黒咲。後攻ワンキルしやがって」

「だが、俺の勝ち越しだ」

「だーかーら、3戦目はノーカンだ、ノーカン!なんでセイントミネルバ、突然エクシーズ召喚できなくなったんだよ、おかしいだろ!1戦目では普通に出来てたじゃねーか!カードが反応しないとかとんだ不良品混じってんじゃねーのか、あの修練場!」

「何とでもいえ。他の手段が講じれなかった時点でお前の負けは確定していた」

「あのなあ、おれのデッキはクラブレライロにカオスを突っ込んだデッキなんだよ!墓地肥し出来なきゃ回らねえんだ!その一番の起点がエラーで召喚できねえとかどうしろってんだ!」

「ふん、貴様は所詮その程度ということだ。この俺を超えることはできない。負け犬は黙ってろ」

「んだと、黒咲てめえ!」


よっぽど悔しかったのか、城前は黒咲に詰め寄る。数時間前も城前はこんな感じだった。1対1の攻防、あと1勝すれば勝敗が決するという大事な一戦で、エクシーズ召喚をしようとしたら、まさかのフリーズである。あわててセイントミネルバから別のランク4のエクシーズに設定を変更しようとしたが上手くいかず、躍起になるあまりジャッジ機能のAIや黒咲に一声かけるのを忘れてしまったのだ。その結果、まさかの時間切れによるターンの強制終了。棒立ちになったレベル4のモンスターたち、後攻はRR、あとはお察しである。たしかに一声かけなかった城前も悪いが、明らかに挙動がおかしい城前を微塵も気にかけてくれなかった黒咲は薄情にもほどがあるし、AIはワンキル館と違ってお役所仕事の設定すぎる。勝手が違う。というのが城前の言い分である。まさかのマシン側のミスにより敗北なんて屈辱を受けたのである。もう一回リベンジさせろと城前は黒咲に吠える。



黒咲はその金の目を細めて、小癪な笑みを浮かべている。いらっとした城前はなおさら語気が強くなる。



数時間前は素良が黒咲に赤馬社長からの呼び出しを伝令したせいで、黒咲が途中で離脱してしまった。それなら、レオコーポレーションにいる理由もないし、と帰ろうとしたら仮眠を進められたのだ。外は暗いし、城前はまだ未成年、なにかあってはこっちが困る。城前はワンキル館の広告塔という知名度があるデュエリストなのだから、と素良にひきとめられた。迎えに来てくれたら素良か沢渡とデュエルをお願いしてみるのもありかなあと悠長に考えていた城前である。目の前に一番デュエルがしたい相手がいるなら話は別である。



黒咲はヘリポートに続く外扉を開いた。外気を一気に吸い込んだ廊下は、冷気を纏って気温が下がる。さっびい、と体をすくませた城前に、コートをなびかせながら黒咲が言った。


「そんなに言うなら、ついてこい」

「え?」

「ここの修練場が気に入らんというなら、外のフィールドを使えば満足か?」


ぱっと城前の表情が輝いた。


「さっすがは黒咲!分かってくれると思ったぜ!」

「なら、ついてこい。これから俺はある男とデュエルをしに行く。それが終われば考えてやらんこともない」

「まじで!?黒咲がわざわざこんな時間にデュエルをしに行くなんて、よっぽどだろ。そんなに強いんだ、相手?地下デュエルんとこか?」

「はっ、地下デュエルだと?貴様ですら勝てるようなレベルのデュエリストしかいないあの地に?冗談も休み休み言え」

「おれですらは余計だ!」

「ふん。あんな場所に俺を満足させるようなデュエリストがいる訳がないだろう。だから俺はここにいる」

「やっぱスリルジャンキーじゃねーか、お前」

「城前克己、貴様とのデュエルは一瞬の隙が勝負を決めるデュエルだ。悪くはないが、俺の渇望するデュエルは違う次元に存在するものだ。みせてやる、デュエリストの本能というやつを」


黒咲の獰猛な笑みを垣間見た城前は顔をひきつらせた。なにこいつこわい。


黒咲に促される形でヘリに乗り込んだ城前は、運転士に指示される形で後方の席に座った。すでにそこには先客がいたようで、こんばんは、とあいさつした城前だが、うつらうつらと舟をこいでいる男性は目を覚まさない。その顔を見て思わず二度見する。絶句した城前は思わず黒咲を見た。


「おい、黒咲」

「なんだ」

「なんで塾長がここにいるんだよ」

「塾長?ああ、修造塾の塾長だったか、その男。実力もないくせに自分の名前を塾に使うとはつまらんやつだ」

「修造塾ぅ!?なんだよそれ、遊勝塾じゃねーのか!?」

「遊勝塾?なにを訳の分からないことを。そいつは修造塾という塾生ゼロの弱小塾の塾長だ。人違いじゃないのか」

「え、あ、と、とにかく!修造さんだよな、柊修造」

「ああ」

「なんでここにいるんだよ?」

「必要だからだ」

「は?」

「ついでに貴様も撒き餌だ。せいぜいそれなりの仕事はこなせ」

「はああっつ!?ちょ、まて、待て待て待て説明を要求する!まるで意味が分からんぞ!」


シートベルトをしろとスタッフから注意された城前はしぶしぶ指定された座席に座る。シートベルトをしめ、黒咲をじとめで睨みつけている。黒咲はスタッフにインカムでなにやら指示を飛ばしている。城前はスタッフからアイパッドを渡された。そこにはどこかの掲示板が表示されている。そして中央には投稿されたばかりの動画がある。再生ボタンを押すと、修造さんがどうしてここにいるのか簡単に把握できる導入がはじまる。そして、暗転。まるで黒咲が柚子ちゃんを攫ったかのような演出に激怒した修造さんが黒咲にデュエルをするが、びっくりするほど弱かった。もしかしてこの次元だと修造さんはプロじゃなかったんだろうか、と城前は思う。塾生が一人も居ないということは、知名度が皆無と言っていい。どうして立ち上げようと思ったのか、むしろ聞いてみたい。もしかしなくても修造さんは柚子ちゃんを助けようとして、かえってファントムをおびき寄せるための人質となっている。いやな予感がした。


「いつ撮ったんだよ、これ」

「それだ」

「これか!」


指差す先には内部を撮影するカメラがある。あの時は少年の相手をすることに集中していたし、ファントムと沢渡のデュエルや特殊部隊の動向などが気になって、ヘリの内部まで目星をつける余裕は無かった。一字一句拾われた動画の中から、雰囲気に合った台詞を切り出して、張り付けて、それっぽい動画が作成されていた。


「つーかこれ、後攻ワンキルくらった時のデュエルじゃねーか!なんでこれ使ってんだよ、黒咲!これじゃまるで、おれが人質みてーじゃねえか!」

「今気付いたのか、お前はファントムを釣るための人質だ」

「マジかよ、なにそれこわい。帰らせて下さい、お願いします」

「いいのか?此処で帰れば俺とファントムのデュエルが絶好のポイントで見れなくなるが」

「うっ……それ言われると困る、すっげー困る。お前らのデュエルとかぜってー楽しいじゃん。あーもう、くそ!何すればいいんだよ、黒咲。これは貸しだからな!」

黒咲の口元は弧を描いた。

「……ちょっと待てよ。このデュエルも撮影されてたってことは、撮ってたやつがいたんだよな?誰だよ」

「分かってるんじゃないのか?」

「やっぱりか、あの野郎ォッ!!なーにがペンデュラムの検証に入るだよ、盗撮してんじゃねえ!ぜってーあれだろ、おれがセイントミネルバ、エクシーズ召喚できなかったのぜってーあいつのせいだろ!あいつなんか弄っただろ、くそやろーがーっ!!赤馬この野郎、今度会ったらただじゃおかねえ!やっぱ嫌いだ、あいつ!!」


悔しそうに叫ぶ城前に、特殊部隊の面々は目を逸らしながら肩を震わせる。なにわらってんだ、このやろーっと叫ぶ城前に、うるさい黙れと黒咲は何かをぶんなげた。がっという嫌な音がして、ふたたび同じところに直撃してしまったらしく、城前は悶絶する。なにすんだよ、と涙目の城前に、黒咲は中を開けろと言った。開けてみれば、まるで私は人質ですよと言わんばかりの拘束具三点セットがはいっている。しばらくの沈黙ののち、静かにチャックを閉めた城前は黒咲を見る。


「おい……おい……黒咲、まさかそういう趣味が」

「死ね。人質がそのままだと不自然だ」

「二人分入ってるんですがそれは」

「お前も共犯だ、城前」

「お前もノリノリじゃねーか、黒咲!!知ってたけど!ファントムの好きそうな暗号出してくる時点でわかってたけど!!つーかよく知ってたな、こんな裏サイト!?」

「お前が神出鬼没のデュエリストやってた時に、その消息を掴むために培った昔の杵柄だ」

「まじかよっ!?」


絶句する城前である。なにが悲しくて自分で自分を縛り上げる緊縛術をここでレクチャーされなきゃいけないんだ。せめて誰かに手伝ってもらいたいんですが、とスタッフにお願いするも、アクションフィールドの絶景ポジションに移動してから縛らなくちゃいけないので難しいと断られた。アクションフィールドの外観を説明され、螺旋階段を延々拘束されながら登りたいマゾならどうぞ、と言われてしまえば、泣く泣くマニュアルを手にするしかない。誰かを縛る趣味は無いと言われてしまえばそれまでだ。城前だって何が悲しくて修造さんを縛らなきゃいけないんだって話である。誰かに縛られる趣味もないので、渋々マニュアルを熟読する羽目になったのだった。


MAIAMI市郊外にある平原におりたったヘリは、大きく旋回して姿が見えなくなっていく。


黒咲はソリッド・ヴィジョンを起動させた。こんな郊外の平原でもソリッド・ヴィジョンは夜明けが遠い空を快晴に変貌させる。指示された区画に立っていると、足場が一気に構築される。


『アクション・フィールドをセッティング。フィールド魔法≪天空樹の鳥かご≫を発動します。≪天空樹の鳥かご≫には2つの効果があります。ひとつめは、このカードがフィールド上に存在する限り、アクション・カードを使用することができます。アクションカードは1ターンに1度しか使用することができません。ふたつめは、このカードはこのカード以外の効果を受けません』


巨大な鳥かごの中に箱庭が形成される。空高くそびえる大木は螺旋状となり、膨大な階段を要した螺旋となる。その頂に城前と未だに起きない修造さんはいた。手を伸ばせば届いてしまいそうな白い雲が大木を中心に弧を描いている。周囲には岩が点在していた。


あー、もー、まじでごめんなさい、と小さくつぶやいて、城前は拘束具を付ける。初めから準備していた拘束具を嵌め、息を吐く。遥か下方には黒咲が見える。どうやら準備は整ったようだ。


ぱりん、と鳥かごの一角が砕ける音がする。


全体を震わせるその振動に、さすがに睡眠薬の効果はとうに切れているはずなのに寝こけていた修造さんも目を覚ます。


「こ、ここはっ!?って、なんじゃこりゃーっ!?」


そりゃそうだ、一歩踏み外せば真っ逆さまな足場がめっちゃ少ない場所に座らされてるし、よくわかんないけど縛られてるし。この木の枝が折れたらヤバくないか、と冷や汗をかくくらいには臨場感がある。まあ、おれないんですけどね、本来ならジャッジがいる場所だし。もちろん城前しか知らないので、修造さんは絶句している。


「あ、暴れないでください!落ちます、落ちますって!」


わかってはいても結構怖かったりする。


「あ、ご、ごめん、ごめん。君は?」

「おれ?おれですか?おれは城前克己って言います、どーも」

「城前君……ああ、あのワンキル館の?」

「はい、そうです!えっと、もしかして修造さんですか?」

「え?ああ、たしかに俺は柊修造っていうんだ。でもなんで知ってるんだ?」

「えーっと、その、話せば長くなるんですけど、いいですかね?」


城前はファントムとデュエルして、特殊部隊に拘束され、ここに連れてこられたことを話した。ここに連れてこられる途中で動画を見せられ、ファントムをおびき寄せる人質と告げられたこと、その中で修造さんと教えてもらったと告げる。もちろん初めから打ち合わせ済である。修造さんは神妙な面持ちで聞いている。何で俺がと口走るものだから、城前はとりあえず開口一番に言い放つ。


「だいたいファントムのせいです!」


prev next

bkm
[MAIN]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -