スケール5−1 RRの強襲
「ねえ、ファントム」

「なんだよ?」

「怒らないからひとつ聞いていい?」

「だからなに?」

「私の記憶が正しければ、落ちたわよね、紙飛行機」

「うん、落ちたな。盛大におっこちたな。言っただろ?あれは一人用なんだって」

「水に落ちたわよね、わたしたち」

「うん、落ちたね」

「なんで私、濡れてないの?」

「さあ、乾いたんじゃない?」

「へえ、そう、ふーん」

「な、なんだよ、その目は。失礼だなあ!さすがに会ったばっかりの女の子の服なんて、さすがに風邪ひくからって脱がせたりなんかしないって」

「あ、そうなの?ほんとに?」

「ほんとに!」

「あー、よかった。今日はあんまりかわいくないのだったし」

「まあ、たしかにちょっと子供っぽいかもね。オレはもうちょっと背伸びしたやつのが好きだなあ。色はあれでいいと思うけど」

「はい、自白お疲れさま」

「えっ、あっ、いや、いやいやいや、違うから!これは単なる言葉の綾で!」


真っ赤になった柚子の平手打ちが飛んだ。だからいわんこっちゃない、とユートは遊矢をジト目で見つめている。なんだよ、意地でも引っ込んで出てこなかったくせに、と遊矢は小さくつぶやいた。オレにそんな趣味はない、とユートは目を逸らす。嘘つけ、見てただろ、と冤罪まがいの狂言を始めた遊矢に、なんですってと柚子の殺意が虚空に投げられる。適当なことを言うなとユートは必死で抗議するが、ジンジンにじむ頬をさする遊矢は死なばもろともの自爆を選んだようである。どっちが着替えさせるかでジャンケンをした挙句、負けてしまった敗者はむくれた。


「ひっどいなあ、風邪ひくかと思って、やってあげたのに。そりゃねーよ」

「正直に言ってくれたら怒らなかったわよ、下着のくだりは余計なお世話よばか」

「うそつけ!嵌めたの君じゃないか!」

「ごまかそうとするからよ!さすがに洗濯とかしてくれた人に怒ったりしないわよ、わたしだって!子供っぽくて悪かったわね!」

「な、なんか納得いかない…!」

「あ、そうそう」

「今度は何だよ」

「……ありがとね。それだけは言っとくわ」

「おう」


遊矢はウインクを飛ばす。手形に赤らむものがなければ格好もついたのに、と笑い始めたのはどっちだったのか、もう忘れてしまった。


しばらくして。


修造塾の雇用に関して一揉めしたり、柚子が勝手にマネージャーを名乗り始めたり、決め台詞にダメ出しされたりしながら、和やかに時間は流れていく。ファントムが探し求めるカードについての説明に差し掛かった時、聞きなれない音が響く。なにこれと反応する柚子に、遊矢は巨大なパソコンについて簡単に説明をし始めた。表示された巨大なモニタに歩み寄る遊矢と柚子、そして精神体と化しているユート。彼らの前に飛び込んできたのは、とある裏サイトの掲示板だった。パスワードやID認証なんてないも同然のようである。さまざまなロックが突破され、すぐに閲覧できるような状態で、表示されている。


とある裏サイトの掲示板に投稿された動画は、たった5分4秒の短い動画である。サムネイルに選ばれているのは、修造塾。柚子の表情がこわばるのを疑問に思いながら、遊矢は動画を再生した。


そこにいるのは、突然いなくなった柚子を捜しまわったのか、疲労がたまり疲れた様子の柊修造氏、その人である。柚子はどこだか知っている、と言われて連れてこられたようだ。デュエルで勝ったら教えてやるとでも言われたのか、撮影者の音声は入っていないが、柚子が誘拐されたと勘違いしたらしい修造は激怒して、デュエルに臨んだ。しかし、勝負にもならなかった。修造が弱いのか、鳥獣族のデッキの使い手らしい撮影者が強いのか、さすがにわからなかった。最後の一撃をもろに喰らい、修造が画面外に消える。お父さん、と柚子が思わず立ち上がるが、無情にも画面は暗転した。


そこにいたのは城前克己である。遊矢は思わず目を見開いた。撮影者は相変わらず映っておらず、音声も削除されているが、城前が相手に向ける表情は硬い。射抜くような眼差しがまっすぐカメラに向けられている。


『これが終わったら、ホントにおれ達を帰してくれるんだろうな?』


城前さんまで、と柚子は息をのむ。柚子の父親の安否がわからないまま場面転換したことで、不安が募るのだろう。城前、と心配そうにユートは動画を見守る。どうして城前さんが、という柚子の言葉に、あーやっぱり、と遊矢は頬を掻く。もとはと言えばお前が、と語気を荒げるユートに、分かってるよ、と遊矢は苦笑いした。説明を求める柚子に、遊矢は城前との出会いから特殊部隊に拘束されるまでの一部始終を手短に説明する。そんな、と消え入りそうな言葉を溢しながら、柚子は動画を固唾をのんで見守る。


城前はデュエルディスクを構えた。三人には重苦しい沈黙がおりる。祈るような気持ちで柚子は手を重ねている。遊矢はじっと画面の向こうの城前を見つめていた。


『開闢の使者は光と共に!終焉の使者は闇と共に!光と闇が交わる時、世界は混沌に包まれる!デュエルは再びカオス・フィールドへ!さあ、いくぜ!』


画面が切り替わる直前、音声編集はされていたものの、城前の口元は「くろさきしゅん」という言葉を紡いでいる。画面が切り替わった。「くろさきしゅん」という名前に、思わず柚子たちは顔を見合わせる。さっきまで話題に上っていた全国暗算選手権の決勝で柚子が敗れたという少年と同音の名前である。おなじ人間かはわからないが、この動画の撮影者が「くろさきしゅん」という人間であることは確定した。城前は特殊部隊に拘束されたあと、この動画のように人質となっているようだから、ヘリの中で会話を聞いていたのかもしれない。これは貴重な情報だ。動画が終わったら「くろさきしゅん」について調べてみる必要がありそうだ、と遊矢は考える。しかし、どうもデュエル内容が編集されているようだ。撮影者がうつり込むところは徹底的に排除され、城前が鳥獣族のデッキの使い手とデュエルしている事しかわからない。柚子はかつての少年かどうか、判断がつかないようでもどかしいらしい。


『おれのターン!』


ドローしないところをみると、城前の先行のようだ。


『おれはジェインを墓地に捨て、手札からソーラー・エクスチェンジを発動!手札から「ライトロード」と名のついたモンスター1体を捨てて発動できる!デッキからカードを2枚ドローし、デッキトップからカード2枚を墓地に送る!おれが墓地に送るのはライラとミネルバだ!ミネルバの効果により、さらにデッキトップからカードを1枚送る!墓地に送ったのは、Emトリック・クラウン!自分の墓地にあるEmを攻撃防御を0にしてフィールドに特殊召喚することができる!もちろんおれが特殊召喚するのはトリック・クラウンだ。そのためおれは1000のダメージを受ける』


【城前】LP4000→LP3000


短い呻きが聞こえた。遊矢とユートは目を見張る。城前と遊矢がデュエルをしたときは、あんなモンスターは出てこなかったはずだ。城前は墓地にあるモンスターの数が特殊召喚の条件となるライトレイを入れていた。特殊召喚するときは、デッキの公開情報だからと墓地にあるモンスターを遊矢たちにちゃんと確認させていた。公平なデュエルが好きなのか、律儀なやつだったから、少なからず好感は抱いていた。凄まじいスピードで減っていったデッキの中に、あんなモンスターはなかった。効果はかなり強力でキーカードにもなりうる。デッキの奥底に眠っていたかもしれないが、明らかにデッキコンセプトが違うと考えた方が良さそうだ。城前が複数のデッキを所持しているのは噂に聞くところである。


『そして手札からH・Cサウザンド・ブレードを召喚!レベル4のトリック・クラウン、レベル4のサウザンド・ブレードでオーバーレイネットワークを構築!無垢なる者よ、光に集いし英霊たちを先導する女神となれ!エクシーズ召喚!ランク4ライトロード・セイント・ミネルバ!』


やはりしらないモンスターである。デッキを変えたのは、時間が経っている証だ。修造のデュエルと時間が前後するのかもしれないが、険しい表情だから置かれている状況は修造と変わらないのだろう。


『エクシーズ素材を1枚取り除き、ミネルバの効果を発動!デッキトップからカードを3枚墓地に送り、その中にライトロードがあったら、その枚数分、カードをドローする!おれは1枚ドロー!さらに墓地にいったEmダメージ・ジャグラーの効果を発動!このカードを除外し、同名カード以外のEmをデッキから手札に1枚加える!おれはEmハットトリッカーを手札に加える』


ここまで出てくるカードはすべてレベル4である。もしかしたら、エクシーズに特化したデッキなのかもしれない。城前はエンドを宣言した。


また構図が変わる。


鳥獣族モンスターが1体召喚される。そのモンスター効果を発動しようとしたので、城前は手札のエフェクト・ヴェーラーで効果を無効にしようとする。しかし、相手の方が上手のようで、鳥獣族をリリースして魔法カードを発動した。チェーンが積まれる。魔法カードが発動され、鳥獣族はリリースされる。そして、新たな鳥獣族モンスターが特殊召喚された。対象がいなくなったヴェーラーは効果を発揮できず墓地に送られた。悔しそうに城前は舌うちする。新たに特殊召喚された鳥獣族の効果で、もう1体別の鳥獣族モンスターが並ぶ。2体目の鳥獣族の効果で墓地にモンスターが送られ、除外。魔法カードがサーチされる。そして発動、また新しい鳥獣族モンスターが並んだ。3体のモンスターでオーバーレイネットワークが構築され、エクシーズ召喚されたモンスターに、魔法カードが付与される。効果が無効にされる代わりに跳ね上がった攻撃力。一瞬で城前のライフポイントはゼロとなった。


ソリッドビジョンの演出と爆殺による粉塵により城前の姿が見えなくなる。ライフポイントが尽きて勝者を告げるブザーだけが鳴り響いた。


「城前さん!」


柚子が駆け寄るが、ふたたび動画は暗転し、そこにうつっているのは薄暗い空間に浮かぶ一人の男だけである。あ、と柚子が反応する。やっぱりあのときの、という言葉から、遊矢とユートは柚子の言っていた「黒咲隼」というデュエリストであると確信を得た。どういう経緯で特殊部隊にいるのかは定かではないが、特定できるとっかかりはえたことになる。後方には影がおちてはっきりとは認識できないが、柚子が反応するあたり修造。ばら撒かれたライトロードのカードの奥には、ぐったりとしている人影が見えた。


「城前……!」

(あいつはたしか城前と少年を拘束していた男だったな)

「ああ、特殊部隊のか!」

「えっ、そうなの!?」

「ああ」


うなずいた遊矢に柚子は不安そうに前を見つめている。


『榊遊矢に告ぐ。こいつらを返してほしければ、サッカー場の谷に来い、ギャラリーはなしだ』


男の言葉が闇にとけていく。


「ちょっと、何よ今の!もしかして、お父さんや城前さんが捕まっちゃったってこと!?人質なの?なんでっ!?」

(お前が余計なことをするからだ)

「オレのせいじゃないよな、ユート。だいたい君がオレの紙飛行機に乗り込むから!仲間だと思われたんじゃないか?」

「ええっ!?」

「そうでもなきゃオレと直接関係ない人間狙うわけないって」

「い、今の動画を警察に!」

「無理だね。1回再生したら消えるプログラムが組まれてる」

「じゃ、じゃあ、このパソコンで黒咲って人、調べられないの?」

「できるけど、時間指定されちゃってるしなあ、ちょっと時間がない」

「ちょっと、遊矢!」

「わーかってるって、うるさいなあ!君に言われなくても、行きますよって!今できるのは場所の特定が限界かな。だいたいオレとの決着ついてないくせに、なに後攻ワンキルで負けてんだよ、城前のやつ!これは貸しだからなー!」


かたかたと遊矢はキーボードを叩く。どこかわくわくしている遊矢に、ユートは頭が痛いのか腕を組んで眉を寄せている。遊矢の悪癖が出てしまったのだ。ファントムにしかわからない暗号を仕込み、遊矢が好みそうな言葉遊びの類の犯行予告を不特定多数の掲示板に曝すという行為をする。どうやら相手は相当ファントムとのデュエルがお望みらしい。あんな簡単なクイズにもならない暗号、ファントムのファンならば少なからず特定する人間が情報を拡散し、虚偽の谷に人が来るのは目に見えている。時間は特に指定されていなかったが、ギャラリーはなしと明言しているあたり、さっさと来いという意味だろう。柚子の父親が人質にいるのだ、来るのが予想できる柚子はギャラリーには入らない。ファンがいれば俄然やる気がでて余計なことをするのが遊矢というデュエリストのいい所であり、悪い所でもある。どうやら相手は遊矢との余計なギャラリーなしのデュエルがお望みのようだ。


しかも今回は柚子という特別ゲストがいる上に、人質が2人もいる。柚子の父親の修造という男性と、遊矢が貸しを作ってもいいくらいには関わりたいと思っている城前克己というデュエリスト。助けなくてはいけない人間がいる。


「売られたケンカは買う主義なんだ。お楽しみはこれからだってね!」



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