目は口ほどにものを言う。かつて天敵に皮肉られた経験からか、赤馬は静かに目を閉じた。
「ここからは大事な話になる。誰もいれないように」
冷静に対処しようと意識するあまり、抑揚を抑えた言葉が響いた。大人の世界では感情を表に出すことは歓迎されない。かつて天敵に教養がない人間だと蔑まれた苦い経験が赤馬をそうさせた。どんな状況でも取り乱すことなく、冷静に対処できる人間こそがこの場を征する。もちろん黒咲は赤馬の内心などわからない。しかし先程までどんなに煽られても人好きのする親しみやすい笑みを浮かべていた城前が、今は明らかに状況を楽しんでいることくらいはわかる。笑みがいっそう深くなった。表には出さなかったものの、腹に据えかねるものがあったようだ。
ここで取り乱すような両者なら、早々に黒咲は見切っていた。そうではないから先程まで壁に背を預け、じっと赤馬と城前の対談を見守っていた黒咲は指示に従い無言で退出した。あれ?と不思議そうに背中を追いかける視線には気づいていたが、赤馬にたてつく理由はない。気付かないふりをして、黒咲は扉を閉めた。その先では、戸惑いがちに待機していた女性が黒咲を見上げている。あの、と言いかけた彼女を制して、赤馬からの指示をそのまま伝えると、大きく一礼して彼女はカートを引いて給湯室に引き返す。黒咲は長い廊下を歩く。別の部屋で待機している小学生の担当スタッフに、予定より遅れると伝えなくてはいけない。それが終わったら、入り口の前で待機である。その間、思考の海に沈むつもりだった。
一時間ほどして、赤馬社長から指示があったらしいスタッフが、小学生を連れてやってくる。城前が出てくるのは、すぐだった。
「城前兄ちゃん!」
たたたっと走ってきた少年は、よう!と手を振った城前にたくさんの紙袋を自慢げに見せる。どーしたんだよ、そんなにいっぱい、と少年の目線まで膝を折る城前に、いっぱい遊んでもらったと少年は上機嫌だ。デュエルモンスターズのルールやカードについて教えてもらいながら、ペンデュラムについていろいろ語っていたようだ。すごいでしょーってわらう。デュエルディスクももらったらしい。今日のことは誰にもいわない。男同士の約束だから。息巻く少年は、つくってもらったばかりのIDカードを差し出した。
MAIAMI市のナンバー制度とも結びついているこのシステム、ナンバーさえわかれば情報端末から個人の特定が可能だ。城前ならこれを見せればいつでも遊べるといわれたらしい。城前もIDカードを渡す。デュエルディスクのカード認証のエリアにおけば登録が完了だ。少年は一番最初のデュエル仲間ができたと喜んでいる。これでいつでもサービスが利用できる。スタッフには子供の扱いに長けた人がいたらしい。これから迎えが来るんだ、と少年はいう。大会で迷子になっていたから保護したことになるとスタッフが小声で教えてくれた。そっか、とこれからのことを無邪気に話す城前と少年を黒咲は遠目に見つめている。
「黒咲、この写真に見覚えはあったか?」
赤馬は今の城前とは似ても似つかない写真を黒咲にみせる。
「一つ聞きたい。本当にこいつが城前克己なのか?」
「それを確かめるのはお前の仕事だ」
「だから俺にあいつをここに連れて来いといったのか」
「そうだと言ったら?」
ばいばーい、と大きく手を振りながらスタッフと共に遠ざかる少年の声が響く。両親が待つ1階フロアに向かうらしい。じゃーな!とぶんぶん手を振る城前がいる。黒咲は赤馬から写真を受け取った。
「望むところだ」
静かに笑みを浮かべた赤馬は、城前に向き直る。
「これから俺は、君たちが提供してくれた情報をもとに、改めてペンデュラム召喚の解析と検証に入ろう。ここから先は黒咲が案内する。だから、すまないが、ここで俺は失礼しよう。長い間、昔話に付き合わせてすまなかった。また機会があれば」
「はい、こちらこそ貴重なお話、ありがとうございました」
赤馬が社長室に向かうのを見届けて、黒咲はこっちだと言葉少なに先を促す。レオコーポレーションの本社ビルの構造なんてしる訳がない城前は、足早に黒咲の後を追った。何度目になるかわからないエレベータに乗り込む。躊躇なくおされるボタンに城前は困惑気味だ。行きは早かったのに、ずいぶんと帰りは遠回りである。城前の疑問に、黒咲はもうビルは閉まっていると答えた。本来なら警備関係者のみの時間帯である。警備上の都合で利用できないエレベータや通路が多すぎる。網目を縫うように外を目指しているのだと。そういわれてしまえば、城前はなにもいえない。黒咲についていくしかない。若干疲労が見え始めているが、お構いなしで黒咲はエレベータが下るのを見た。おりろ、と言われた城前はいよいよ疑心を深めた。
「黒咲だっけ」
「ああ」
「どこだよ、ここ」
城前が黒咲に押される形で通された部屋は、円柱だった。中央には浮遊する球体を挟む円柱の柱があり、前面に無数のモニタが表示されている。エレベータはすでに閉まり、オートロック特有の音がする自動ドアが先を阻む。一歩はいると円柱に沿って設置されている扇形の電灯が部屋を照らした。
「俺もお前に用がある。だからここに連れてきた」
「お前もかよ!それならさっき言えばよかったじゃねーか。わざわざ、人に聞かれないような場所じゃなくても……んだよ、込み入った話なのか?」
話しているうちに自己完結してしまった城前は、勝手に、それなら仕方ない、話だけなら聞いてやるという体勢になっている。面倒見がいい上に、根っからの善人なのだろう。人好きな笑みの浮かぶ親しみやすい笑顔は、地のようだ。あったばかりの赤馬社長や黒咲が何もしてこないことが分かっているが故の、ノーガードなのかそれとも確信があるのかはわからない。しかし、意味のない信頼性を持って接される不気味さと同居している。ますますよくわからない青年だ。揺さぶりになるとは思えないが、黒咲は写真を見せる。
「城前克己、お前がこの写真と同一人物なのは本当なのか?」
「え?ああ、そうだけど?なんでお前が持ってんの?あ、でも、これはあんま表に出さないでくれよ。一応、今のおれはこれも込みで仕事だからさ」
「なぜそこまでする?」
「言ったろ、仕事だって。契約のお国柄だからさ、違反したらどえらい制裁が待ってんだ。頼むから変なことしないでくれよ?」
「たった半年でここまで変貌するとはどんな契約だ」
「禁則事項デス……つーかそんなことまで調べてんのかよ、レオコーポレーション怖すぎだろ」
「あの男はお前の変遷に興味などないから安心しろ。安定した生活を手に入れて、渇望や貪欲さが失われたかと思ったが、ファントムとのデュエルを見る限りそうではないらしいな」
「どういう意味だよ?」
「しらばっくれるな、証拠は上がってる。デコイ、6か月前のマイアミ連合の動画を映せ。地下デュエルコロシアムの9時間前だ」
AIが音声を認識して、電子音と人工音声が響き渡る。ワンキル館に寄付されるはずだったレアカードを業者が輸送中、グルーズによる強盗事件が発生。数週間後、警察に逮捕されるグルーズメンバー。捕まった彼らはアジトを吐かされ、レアカードは無事ワンキル館に納入。初代世界大会優勝者のみが手にした世界でたった1枚、価値にして10億円のカード強奪事件の顛末が流される。そして、廃業して買い手がつかないまま、不良たちの屯場となったアミューズメントビルがうつる。マイアミ連合というグループがうつる。デュエル賭博やアンティルールが横行するデュエルコロシアムが開催されている場所だ。早朝ということもあり、人はまばらである。その中央に、廃屋に不似合な格好をした青年がいた。マイアミ連合に無理やり連れてこられたのか、周囲には監視する人間もいる。しかし、青年は平然としていた。
『2003年4月、デュエルモンスターズは混沌の炎に包まれた。その強さゆえにいかに混沌を生かすか、または対策するか、デュエルモンスターズはその流れに長きにわたって曝された。メタビートが生まれる原点となった、混沌でなければデッキではないと言わしめた、規制されてもあらゆるデッキに寄生し続けた混沌の恐ろしさを教えてやるよ。さあ、何がいい?』
どうやらデュエルするようだが、複数あるデッキのうちどれにするか選べと青年はいう。ウィルスカオス、カオスゲート、ターボカオス、リクルーターカオス、ダークカオス、未来カオス。解説されるデッキはすべてノーリミットで組まれた禁止デッキである。周囲は戦慄する。お礼参りの主催者は今の禁止制限をデュエルディスクに反映させると宣言した。肩をすくめた青年は、3つほどデッキを提示した。その1つを選択された青年は、デュエルの開始を宣言するようジャッジに言った。
『お前から先行だぜ?』
デュエルディスクの点灯にも関わらず、青年はそう宣言した。挑発と受け取った相手はモンスターを並べる。青年の前には攻撃力の高いモンスターが3体並ぶ。そして伏せカードが1枚。やがて青年のターンが回ってくる。
『さあ迎え撃つ猶予をやったんだ。フィールドをよく確認しておけ。それがお前のライフポイントとなる。よく味わえよ、絶望に向かって走る恐怖をよォ!』
ドロー、と掲げられたカード。視線を走らせた青年は口元を釣り上げた。ここから5分間、動画を飛ばしてもやっていることが変わらない。まるで図書館エクゾディアデッキのようなソリティアが始まる。だんだん墓地が肥えていくにも関わらず、手札がへらない。むしろどんどん増えていく。デッキが墓地より減っていく。相手のことなどまるで考慮していない、自己満足にも程がある回り方が展開される。相手に敗因があるとすれば、自分がイカサマを仕込みたいからと言って制限時間を設定しなかったことだろう。まずはランク7の真紅眼の鋼炎竜がたち、効果によって墓地の真紅眼の黒竜が蘇生。レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンの効果で聖刻龍アセトドラゴンが墓地から蘇生。アセトドラゴンの効果で自身のレベル7に変更。真紅眼の黒竜とアセトドラゴンが墓地に送られ、アルティマヤ・ツィオルキンがシンクロ召喚される。青年はカードを2枚伏せ、アルティマヤの効果でエクストラデッキから魔王龍ベエルゼを特殊召喚。墓地から真紅眼の黒竜が死者蘇生された。一気の召喚されたドラゴンたち。固唾をのんで見守っていた彼らは、青年の一斉攻撃が攻撃反応の罠によって防がれるのを見た。次のターンまでわからない、そう相手が息巻いた時、青年は鼻で笑った。
『次だあ?なに勘違いしてやがる。お前に次の攻撃は回ってこねえよ。決闘に次回なんて甘いこと考えてたら、ターンなんざ回ってこねえんだよ。未来が欲しけりゃ自分で掴みとれ』
青年はシエンの間者を発動し、ベエルゼと相手の大型モンスターを交換する。攻撃力だけ見ればベエルゼの方が高い。なにを意図しているのかわからず、周りからは奇妙な緊張感が生まれた。青年はもう一枚の伏せカード、真紅眼の黒竜専用のバーン魔法、黒炎弾の発動を宣言する。相手は2400のダメージを受け、それによってベエルゼの効果が発動。そのダメージ分攻撃力がアップする。そして青年の鋼炎竜はエクシーズ素材がある状態で相手のモンスターが効果を発動するたびに500のダメージを与える。最初の流れのあと、これではベエルゼが強くなるばかりだと誰かが笑う。どちらも強制効果だと青年が口走るまでは。
LP1600
LP4000
『気付くのがおせーよ、グルーズ。気分はどうかな?』
『なんだこれ』
LP1100
LP4000
『あははっ、聞こえねえなあ。どうしたんだよ、お前のターンだぜ?』
『なあ、これでどうしろと?これでどうしろってんだよ!ふざけんじゃねえ!』
LP600
LP4000
『ふざけてんのはそっちだ、グルーズ。あがくなよ、楽になれ。デュエルモンスターズでは、サレンダーは相手の了解得ないとできないけどなあ!』
『こんなデュエル許されるわけがない』
LP100
LP4000
『リミットレギュレーションは守られてるじゃねーか、何か問題でも?これがデュエルモンスターズだよ』
LP0
LP4000
ぴたりと映像が止まる。黒咲は振り返った。
「もう一度、聞く。城前克己、これはお前か?」
「………」
「沈黙は肯定と取るぞ。城前、俺とデュエルしろ」
「はあっ?!」
「ようやく足取りを掴めたか。まさかここで会うとは思わなかったぞ、大会荒らし。半年前までMAIAMI市の大会を荒らしまわっていた正体不明のデュエリストがまさかお前だったとはな。忽然と姿を消したからどこに行ったのかと思えば、ワンキル館に潜んでいたとは。自ら望むようなデュエルができないならば、作り上げてしまえ、とはお前らしいな」
「なんで映像あるんだよ、監視カメラなんかなかったはずだぜ?!」
「ここは俺の拠点だった場所だ、外部の人間に悟られるような場所に監視の目を置くと思うか?」
「……まじかよ」
「渇望するデュエルをするのは、決闘者の本能だ。牙を折られたなら興味はなかったが、ファントムとのデュエルを見る限りあの時の闘志は燃え尽きたわけではなさそうだ。見せてみろ、お前がデュエリストである証を」
「とんだ決闘狂じゃねーか、黒咲。まあいいぜ、受けて立つ」
「ならば来い」
「え?」
「この先にレオコーポレーションの鍛練場がある。そこにはレオコーポレーション製造の日本語版テキストのカードプールが保管されている。ワンキル館には及ばないが、カードプールはある程度揃っているはずだ」
「っつーことは、別のデッキとのデュエルがお望みってわけだ、なんのデッキ?」
「エクシーズだ。貴様の本来のデッキの完成度には劣るだろうが、それだけは譲れない」
「いいぜ、案内してくれよ。即席のデッキってのもいいな。おれの構築力がためされるってわけだ。嫌いじゃないぜ、そういうの!」
黒咲はドアに懐から取り出したレオコーポレーションのロゴが入ったカードを当てる。音もなく自動ドアが開いた。間髪入れずにボタンが押される。わずかな浮遊感ののち、黒咲は城前を案内する。広大なデュエルモンスターズのカードが張り巡らされた部屋が広がっていた。相手のデッキ内容を知っていては意味がない。好きにしろと黒咲は先にアクションフィールドに向かった。
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