スケール3-3 マイアミは踊るされど進まず
ノックと共に黒咲の声がする。入るよう促すと、静かに自動ドアが開かれる。黒咲に連れられて現れたのは、赤馬零児と同じか、すこし年上の青年である。赤馬と目が合うと、その口元を意味深に釣り上げた。人好きな笑みがうかぶ。明るめの茶色のウルフカット。耳には2つの銀のピアス。デュエルモンスターズ史料館の社員証を付けている以外は、一見すると普通の高校生である。黒咲に先を促された青年は、失礼します、と一礼したものの、引き離された小学生が気になるのかしきりに後ろを気にしていた。


「心配しなくても、こちらの質問にさえ答えてくれればすぐに返そう。だから、楽にしてくれ」


応接のソファに促された青年は、赤馬に一礼すると対面のソファに腰掛けた。待機していたのか、すぐに女性が入ってくる。コーヒーと紅茶を聞かれて、コーヒーを選択した青年は、ミルクも砂糖もいらないと断っていた。赤馬が紅茶に手を付けるのを確認してから、青年も誘われてから口を付けた。


「こうして会うのは初めてだな。俺は赤馬零児。レオコーポレーションの代表をしている。よろしく」

「こちらこそよろしくお願いします、赤馬社長。まさかおれみたいなアルバイトまで知ってるとは思いませんでした」

「アルバイト?デュエルモンスターズ史料館の広告塔を務める混沌使いである君が?おもしろい冗談だな」

「一応、雇用形態は非常勤職員になってますが、実際は住み込みのアルバイトなので」

「そうか、失礼。それは未確認の情報だったな。なら君の情報があっているか確認する必要がある。間違いがあったら訂正してもらえないか」


赤馬は青年に書類を提示した。青年はさして驚く様子もなく渡された書類に目を通す。


「名前は城前克己。MAIAMI市にあるデュエルモンスターズ史料館に所属する、広報担当のアマチュアのデュエリスト。17歳。×××高校に通う2年生の男子。今年度の対外試合の成績は58戦46勝。勝率は79パーセント。なかなかの勝率だな、このままいけばプロデュエリストになるのも夢ではないだろう。今日行われたうちの大会で優勝したそうだな、おめでとう」

「ありがとうございます」


城前はうれしそうに笑った。


「混沌を征す者、は代名詞になってるな」

「そうみたいですね。おれのオリジナルではないって断ってはいるんですけど、あの口上が印象的みたいで。混沌帝龍と開闢の使者がはじめて収録されたパックに使われていた煽り文とCMだってわかるの、30代の人なんですよね。やっぱり今のデュエリストたちにはなじみがないのかなあ」

「俺も君から許可を求められて初めて知ったんだ、恥ずかしながら」

「そうなんですか?でも、仕方ないですよ。12年も前ですしね」

「君はよく知ってたな」

「かつてデュエルモンスターズを終焉に導いたドラゴンを使えると知って、使いたくなっただけですよ。エキシビジョンの話を聞いた時、前口上を考えないといけなくなって、当時の資料を見ているうちに思いついただけです」

「そうか。とりあえずは、そういうことにしておこう」

「……なにか?」

「いや、失礼。デュエルモンスターズ史料館の関係者で、ようやくまともに話ができる人間が現れたことに感謝しなければならないと思ってな」

「……それはどういう?」


困惑する城前に、赤馬は口を開いた。










すこし昔話をしよう。世界中で愛されているデュエルモンスターズは、今年で20周年を迎える。その長きにわたる歴史の中では、輝かしい出来事もあれば、仄暗い出来事もあった。その中でも印象深いものと言えば今は無きとある会社の黒い噂がきっかけで発覚した「カードの偽造事件」だろう。


今から数年前の話である。デュエルモンスターズ黎明期からレオコーポレーションに委託される形で、海外におけるデュエルモンスターズの販売している、ゲーム会社があった。デュエルモンスターズが世界で一番売れているカードゲームとしてギネスに乗るほど有名になり始めてから、黒い噂がささやかれはじめた。デュエルモンスターズについて、レオコーポレーションに許可を取らず、好き勝手しているという噂である。


デュエルモンスターズのルールをレオコーポレーションの公式裁定を無視して、勝手に決めてしまう、というもの。これはアドバンス召喚やバニラ融合、儀式しか存在しない環境に、一気に特殊召喚のギミックを投入したため、ルールの整備が追い付かなかったレオコーポレーション側にも少なからず責任はあるため、一概には言えない。


レオコーポレーションの指示を無視して、勝手にパックにおけるレアカードの封入率を操作している、というもの。これは検証動画があげられたり、回答を求める事案が発生しているものの、証拠不十分でグレーゾーンのままだった。


デュエルモンスターズの環境を激変させるようなぶっ壊れカードを連発し、海外と日本で大きな環境の変化を生む原因をつくっている、と指摘されるようになる。実際、この会社オリジナルで販売しているテーマは、環境を席巻するようなテーマばかりだった。海外のテーマが日本に上陸するにはタイムラグがあるため、プレイヤーは不満を抱いた。それが主な原因だ。しかし、レオコーポレーションが融合、シンクロ、エクシーズ、と間髪入れずに特殊召喚のギミックを投入し始めたことで、その指摘はあいまいになっていった。


しかし、この会社が開催する大会ではレオコーポレーション製造のカード、つまり日本版のカードを使用不可能である、と海外プレイヤーがSNSに投稿したことで、注目をあびることになる。事態を重く見たレオコーポレーション側が何度か交渉をしたものの、交渉は不調に終わってしまう。そのころになると、ふたたびカードにおける封入率を操作しているという指摘も相次いだため、検証するために関連のカードショップを訪れた社員は、デュエルモンスターズそっくりのニセモノを発見する。あまりにも精巧につくられたニセモノのため、ショップは騙されたのかと調査した結果、意図的に流通させていると判明。そのニセモノの流通ルートを辿り、製造元の会社に裁判を起こすことになる。その中で偽造カードの製造や密輸、挙句の果てにグルーズにまで、なんと委託先の会社が関わっていることが判明。レオコーポレーションは激怒し、委託を打ち切ろうとするが証拠がないと開き直ったその会社が逆訴訟をするという泥沼に発展してしまう。


その長きにわたる裁判に終止符を打ったのは、アクションデュエルに挑戦するため日本に活動の場を移したばかりのプロデュエリストの青年だった。彼はレアカードのコレクターとしても知られており、数多くのデュエルモンスターズのカードを所持していた。独自の入手経路をもつ彼はある日、持っているカードのいくつかがニセモノであると気付いた。そのカードの交渉を持ちかけた独自ルートからふたたび接触があった時、彼は独自に調査。その交渉の現場は抑えられる。コピーカード、偽造されたカードで溢れ返った製造現場を抑えられ、調査を進めていくうちにその会社の関わりが疑いようのない形で判明。逃げられないと悟ったのか、青年に説得されたその会社の重役は犯罪に加担したと証言を翻し、レオコーポレーションは勝訴を約束された状態で和解することとなる。その会社はデュエルモンスターズから撤退、偽造が判明したことで株価が急落し、その不良債権を回収できず赤字を慢性的に抱えることとなり、自己破産。デュエルモンスターズの新たな委託先となったゲーム会社に吸収合併されるという顛末を迎えることになる。


デュエルモンスターズではコピーカードの使用はもちろん、偽造されたカードの使用は認められていないが、この会社が関わったカードに関しては特例で使用が認められている。いわば造幣局が偽札を作っていたようなものである。一般のデュエリストが真偽を見極めることは不可能に近いからだ。


その結果。レオコーポレーションと新たに委託を任されたゲーム会社は、その会社がもたらした世界におけるデュエルモンスターズの環境の格差をなくそうと奔走するはめになる。日本と海外の裁定の違いの是正、ルールの解釈の統一化。ただし封入率操作はなくなったものの、それぞれのオリジナルカードが環境で活躍した場合、輸入するときはレアリティを格上げするという新たな協定が出来てしまい、デュエリストは入手困難さに頭を抱える羽目になる。


不幸だったのは、その青年が罪を認めた会社の重役の一人息子だったことだろう。まさか実の父が偽造カード事件の主犯格だと思わなかった青年は、その正義感を讃えられて一躍時の人となる。しかし、それは彼を追い詰めるだけだった。彼はあくまでも父の会社の噂は噂でしかない、と払しょくしたい一心の行動であり、まさか会社ぐるみの犯罪だとは思わなかったのである。裕福だった生活はグルーズにレアカードを奪われたデュエリストによって支えられていた、偽造カードを買わされたデュエリストによって支えられていた。しかも自分はプロをしていた。敬虔深い性格だったことも災いした。彼が命を絶ったのは、奇しくもその会社がレオコーポレーションから新たに委託された会社に吸収合併される日だった。


海外に強制退去となり、執行猶予中である父親に相続権はない。残された大量のレアカードと青年の邸宅は、若くして先だった母親の兄、つまり青年にとっての叔父が相続することになる。有名な実業家として知られている資産家は、相続税対策としてその邸宅をデュエルモンスターズ唯一の史料館として開館することを思いつく。世界でも珍しいデュエルモンスターズのカードの変遷が学べるデュエルモンスターズ史料館、通称ワンキル館はこうして生まれた。何の因果かレオコーポレーションが新しく委託先に選んだ会社の相談役もしている資産家グループの代表でもある。


ワンキル館は海外に拠点を構える資産家の所有物であり、私営の博物館であると知られている。それ以上に、「カード偽造事件」の首謀者と内部告発者が一緒に住んでいた、舞台となったことで知られる邸宅でもある。特殊な建物なのだ。レアカードを多数保有するだけでなく、その悲劇の残痕を見たい観光客が絶えない場所でもある。速い話が出るのだ、この博物館。奇妙なことに幽霊が多数目撃されると価値が下がる日本と違って、海外ではその価値は上がるようで、海外ではとても人気が高い場所でもある。それゆえに警備は厳重であり、すべてが資産家の投資する外資系企業によって回っている。人材派遣会社すらその傘下となれば、外部からの人間はゼロといってよかった。1年前までは。


「城前、君が雇われるきっかけになった第1回大会からだ。ワンキル館が大きく経営方針を転換したのは。その様子だとここまで詳しくは聞かされていなかったようだが、どう思う?」

「どう、といわれましても。実は、未だにオーナーに会えていないので、どうとも」

「そうか、ならその方がいい。感化されると困るからな」

「赤馬社長も面白い冗談を言うんですね」


城前は赤馬の発言を真に受けている様子はない。言葉の綾だと感じているようだ。率直に言うとオーナーとまだあっていない、という事実は、だいぶん赤馬の精神的なハードルを下げていた。たしかにあの男に接触したにしては、特有の雰囲気がまだ城前にはない。アルバイトという立場は本当のようだ。


泥沼の裁判抗争やその悲劇をつぶさに見てきた赤馬零児にとって、オーナーである資産家の影が見え隠れするワンキル館は正直なところ、できれば関わりあいになりたくなかった。ワンキル館のオーナーとは、レオコーポレーションの社長として、そもそもスタンスが合わない。性格や感性、様々なところで合わない人間というのは存在するのだ、と赤馬が初めて知った人間でもあったからだ。新たな委託先と現在進行形で水面下のやりあいをしている赤馬にとって、幾度も煮え湯を飲まされたあのオーナーとのやり取りは思い出したくないものばかりである。


そんな矢先だ。ペンデュラム召喚の反応がワンキル館のアクションデュエルの会場で発生し、無名のデュエリストがあのワンキル館によって雇われたという大ニュースが飛び込んできたのは。今まで地元の雇用に微塵も協力的ではなかった、求人を出すにしても条件が厳しすぎるものばかりだったワンキル館が、積極的に外部から人材を登用するようになったのは。表向きはMAIAMI市からの要請に答えた、という形だが、あきらかに城前克己という青年を雇ってから、ワンキル館はその経営方針を転換している。オーナーになんの意図があるのかは不明だが、それだけで赤馬にとって城前克己という青年は、興味に値するデュエリストだった。


「まさかペンデュラム召喚をあそこまで熟知しているとは思わなかったが、どこでそれを?」

「これでもカードを見る目だけはあるんですよ」


初見で見抜いた凄腕のデュエリストとはおれのことである、とばかりに城前はうそぶく。赤馬はそれはすごいなと笑った。今度手合せ願おう、残念ながら今回は時間が押しているのでまた次回にでも。これこそ言葉の綾だが、こちらの方が城前の反応がいいあたり、デュエリストであることを再確認する。デュエリストの前にリアリストであるあの男と比べればだいぶんましな青年だ。もちろん偽りである、と赤馬はすでに見抜いていた。そもそも城前克己という人間の存在を証明するものは、すべてワンキル館のオーナーが準備した書類しか存在しない時点で、1年前どこでなにをしていたのか具体的に証明するものはなにもない。下手をすればすべてが嘘800すらあり得てしまう。


榊遊矢と城前克己のデュエルはハッキングされたソリッド・ビジョンを検証すれば明らかである。城前は明らかにペンデュラムを意識したプレイングをしている。レオコーポレーションですら、未だにその全貌が明らかになってはいない未知の召喚方法であるにも関わらず。これで疑惑は深まった。ワンキル館はすでにペンデュラム召喚について知っている。あらためて赤馬は疑惑を深めた。


レオコーポレーションがソリッド・ビジョンの技術を確立する上で、欠くことができないのは膨大な数のデュエルモンスターズのカードのデータである。レオコーポレーションだけでなく、海外で展開されているカードプールまで網羅しようとなれば、どうしてもワンキル館の協力がなければならなかった。そのため、ソリッド・ビジョンの技術の一部を提供する代わりに、その膨大なカードのデータを提供してもらった経緯がある。ただその所有権がワンキル館側にあるがゆえに、すべてのカードを提示されているとははなから思っていない。


MAIAMI市に張り巡らされているソリッド・ビジョン・システムは、質量を一定に保つことができる。その汎用性により、災害時の人命救助や復旧工事、様々な分野に転嫁されている。もはや人々の生活になくてはならないほどにまで深く深く入り込んだシステムの外にあるのがワンキル館なのだ。幾度も交渉したが平行線に終わっている。レオコーポレーションによって電脳世界と化しているMAIAMI市において、数少ない手つかずの領域。その設立の経緯から考えれば暗黙の了解となるのは仕方のないことだったが、ペンデュラムに関わるカードを所有しているかもしれない疑惑が深まるならば、話は別だ。


そう言う意味でも、赤馬は城前に感謝していた。不戴天の敵をやり込めるチャンスを提示してくれたのは、間違いなく目の前の彼である。


「ところで、いくつか聞きたいことがあるんだが、かまわないか?」

「はい、なんですか?」

「流されるままの人生は楽しいか?」


城前は目を細めた。


「健全な精神は健全な生活に宿ると思ってますので、案外悪くないですよ」

「時に強いられるものがあってもか?今の君は1年前の写真とはずいぶん様変わりしている」


赤馬は2枚の写真を差し出した。


「その髪も、目も、ピアスも、その格好も、すべてオーナーからの指示だろう?デュエルディスクも、今の生活基盤も、用意された経歴もすべてあのプロデュエリストの再現だ。不満はないのか?」

「ないですね。今のところは、ですけど。それも含めて仕事なので」

「そうか、残念だ。プロになるような野心はないか」

「残念ながらおれはプロになれませんので」

「それは資格を持たないという意味か?キミの実力ならなれると思うが。本気で目指すなら」

「ああ、それなら大丈夫です。それより楽しいことが見つかったので」

「それは、ファントム……いや、榊遊矢か?」

「さすがは赤馬社長。ご明察ですね。ところで赤馬社長、こちらからも質問よろしいですか?」

「なんだ?」

「会長はお元気ですか?」


ぴしりと空気が凍りついた。


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