スケール3 ペンデュラム召喚
スポットライトが遊矢にあたる。


「Ledies and gentlemen!さあさあみなさま、お待たせいたしました!世界最高のエンターテイメントをお届けするデュエリストを目指すおれ、榊遊矢のショーの始まりだぜ!」


ぱちん、とウインクが飛ぶ。たとえたったひとりの観客であろうとも、その期待に応えるためなら明るく楽しいデュエルを届けるのがモットーだ。流暢な英語が軽快に紡がれる。言葉の意味は分からなくても、少年の笑顔が輝いた。遊矢の合図と共に、夕闇の海浜公園は一瞬にして大歓声に包まれる広大なステージに再構築される。少年は遊矢と城前が向かいあう丁度真ん中の高台にいる。本来ならジャッジと呼ばれる審判がいる特等席だ。今日開催されたレオ・コーポレーション主催デュエル大会特設ステージの完全再現である。アクション・デュエルの会場ではなく、スタンダード・デュエルの会場なのは、ホンモノのモンスターが見たいという少年の願いを叶えるためだろう。縦横無尽に駆け巡るモンスターは圧巻だが、アクション・デュエルでは目の前で迫力ある戦闘が見られるスタンダード・デュエルには到底及ばないからだ。


アクションデュエルの施設もろくにないのに、突如出現したスタンダードデュエルのフィールド。絶句する城前に、いたずらが成功したのを喜ぶ無邪気な進行役は意気揚々と指を鳴らす。城前の周りでドラムが聞こえる。


「本日の特別ゲストはこの方!」


スポットライトが城前を照らす。ぎょっとした城前だったが、遊矢が期待に満ちたまなざしを向けていることに気付いて、口元を釣り上げる。先程まであった親しみやすい好青年の雰囲気は散見し、そこにあるのは好戦的な笑みを浮かべた挑戦者の姿。即興とはいえノリに合わせてくれると察した遊矢は、盛大な歓声のソリッドビジョンをもってその姿勢を評した。ノリがいい奴は嫌いじゃない。少年はふたりのデュエルの開幕を心待ちにして、思いっきり拍手する。


その雰囲気にのまれる形で、徐々に感情のボルテージが上がっていた城前のテンションは上がりすぎて、少々おかしくなっていた。舞網チャンピオンシップまでアニメキャラと遭遇できる機会がないため、1年間ずっと心待ちにしていた日がようやくおとずれたのだ。ユートとの会話で満足しようと思ったら、なぜか入れ替わりで現れた遊矢とデュエルすることになった。城前の知る遊矢ではないが、その姿も声も間違いなく榊遊矢、遊戯王アークファイブの主人公その人である。直々にデュエルを申し込まれたのだ、断るのはデュエリストではない。時間軸的にはユートがいたからダーク・リベリオンはデッキには無いが遊矢のデッキにはペンデュラム融合が導入されたころだろう。城前のデッキホルダーには大会で優勝したデッキが入っているのだ、考えうる限り最高のシチュエーションと言える。遊矢のエンタメデュエルは沢渡みたいに乗っかると最高に楽しいものになるのは何度も見てきた城前である、どうしたらいいんだろう、と考えた時。1年間ずっとやってきたキャラでやるのが一番手っ取り早かった。


「開闢の使者は光と共に!終焉の使者は闇と共に!光と闇が訪れる時、世界は混沌に包まれる。長き牢獄より解き放たれし混沌を征す者により、デュエルは再びカオスフィールドへ!さあ行くぞ、榊遊矢!かつてデュエルモンスターズを終焉に導いた混沌を前に、本家本元のエンタメデュエルってやつを見せてもらおうじゃねーか!」


カオス、という言葉に、遊矢は思った以上の実力者が相手だとようやく気付いて、ますますテンションが上がる。ワンキル館、という言葉に、なんとなく聞き覚えがあったが、ぴんと来なかったのだ。カオスという言葉でようやく点と点が繋がる。デュエル大会で優勝するなら実力は折り紙つきだが、ワンキル館のカオス使いとなればさらに話は別となる。1年前に突然このMAIAMI市に現れて、ワンキル館の大会の賞を総なめし、無名のデュエリストが一夜にして時の人になったのは、有名な話だ。今やワンキル館の広告塔として有名な青年である。城前の胸に揺れる社員証には、デュエルモンスターズ史料館、と書かれている。目の前の青年が噂のカオス使いというわけだ。


「ああ、もちろん!それがエンターテイナーってやつだからな、こう御期待だぜ、城前!さあ、さあ、楽しんでってくれよな、オレのエンタメデュエルをさ」


「いいだろう。アクションデュエルじゃないのが残念だが、まあいい。戦いの殿堂に集いし決闘者たちが戦うには新たなる舞台が必要となる!地を蹴り、宙を舞い、フィールドを駆け巡れ、モンスターたちよ!さあ行くぞ、榊遊矢!」


「いいぜ、この勝負受けて立つ!」


「「デュエル」」


そうして始まった遊矢と城前のはじめてのデュエルは、4ターン目に差し掛かっていた。決闘の高揚感はお互いに最高潮。これからいよいよクライマックス、という最悪のタイミングでカーテンコールを余儀なくされた。









そんなことを思い出したのは、モニタ越しに遊矢が城前と少年を名指しで声援ヨロシクとウインクを飛ばすのが見えたからだ。てんめえ、おれ達が捕まってんのはお前のせいだ!と言い返すが、さすがにモニタ越しでは聞こえていないようだ。遊矢は沢渡に向かい合う。ユートからひきついだライフポイントは鉄壁、フィールドはがら空き。さいわい手札とデッキはチェンジ済のようだ。


あれだけボロボロだったユートのダメージをひきついでいない、ということは、遊矢とユートは完全に独立した存在のようだ。五感を共有している様子もない。ただ脳内会話をしていると思われる一人漫才は目撃したので、やり取りはしているのだろう。なかなか面白いことになっているようだ。


それにしても、どっちを応援しようか。沢渡が使う家臣軸帝はOCG次元にいたころ、何度も戦ったテーマであり、1年ぶりに見たため無性に懐かしさがこみ上げる。こちらの次元ではまだ一般発売されていないからなおさらだ。レオ・コーポレーションもケチらずさっさと流通させてくれればいいのに。うしろのモニタで荒ぶるマフラーと共に遊矢と沢渡のデュエルをゲンドウポーズで見守る赤馬をちら見して、こっそりため息をつく。久しぶりに家臣軸帝のぶんまわし、ちょっと舐めプ入りをみたら、デュエルしたくなるに決まってるだろ、いい加減にしろ。うずうずしている城前だが、今は大人しく観戦しているしかない。ちえ、と心の中で舌打ちをした。ぶっちゃけどっちを応援していいんだかわからない、面白い対戦カードである。みているだけでワクワクする決闘は久しぶりだ。それはたしかだった。城前が見る初めてのアニメキャラ同士のデュエルである。注目するに決まっている。


「遊矢兄ちゃん、すごい!魔法みたい!」


座っている席からはモニタが見えないため、城前の膝の上で観戦している少年は、モニタの前で無邪気にはねる。まるで手品だった。おめーはどっかの怪盗かよ、と思わず城前が笑ってしまうくらいには、どこぞの真っ白怪盗だった。その大げさなマジシャンの動作とナルシストが入ったかっこつけはまさしくそれだ。どっかに巡り合う死神がいるか、父親の死の真相を探るために謎の組織を追いかけてるなんてなったら、笑うしかない。おい、デュエルしろよ。


遊矢とのデュエルはスタンダードだったから、ソリッドビジョンをハッキングするところを見るのは初めてだ。黒咲と赤馬の会話で知っていたが、もっているトークンまで実体化させるなんて聞いてない。もしかしたら、自在にソリッドビジョンをいじくれるのかもしれない。データを改ざんするそぶりすら見せないってことは、それを行なう装置がどこかにあって、それをまるで手品のように見せているだけなのか。それとも遊矢がそういう存在なのか。見る限り普通の人間にしか見えなかったし、握手した時は普通に感覚あったんだけどなあ、と右手を見る。


それがファントムたる所以だと言われれば納得せざるを得ない城前である。もっとも、デッキに入ってないカードを実体化させるのは、それってずるじゃん、と言わざるを得ない。遊矢しかできない芸当だろうから、前例がない分問題ないのだろう、沢渡が指摘しないあたり。ルールは破るためにあるのだ、仕方ない。城前のいた世界でも相手が不慮の事故でデュエル中に命を落としたら、デュエル続行不可能につき不戦勝になるような環境だったのだ。ルールは裏をついてなんぼである。そうやって恐ろしいワンキルコンボは生み出されてきたのだから。


城前は少年を撫でた。なに、と顔を上げる少年に城前はいう。


「案外当たってるかもしれないぜ?」


「え?」


「進んだ化学は魔法にしか見えねえっていうけど、ホントだな!遊矢は魔法使いかもしれねーぜ、少年。ふつう、あんなとっから出てこれたりしねえよ!」

残像だ、を真ん前で披露している遊矢に、少年はもう大興奮である。そりゃそうだろう、
正義のヒーローは遅れてやってくるを地でいくのだ。余裕ある振る舞いは子供に受けがいいに決まっている。キミもオレのファンになったかな?なんてふざけてウインクを飛ばす遊矢に、少年はうん!とうなずいた。


「これが一流の決闘者なんだね、城前兄ちゃん!」


もしかしたら、と思ったのだろう。一流の決闘者はここから大逆転を演じるものだという城前の煽りが効いている。ま、まあな、と城前は歯切れが悪い。ユートの逆転を期待しての発言だったから、おいしい所を掻っ攫った遊矢を期待してではないのだが。まあ、結果オーライだろう。遊矢が墓地にあったユートのカードで沢渡の罠カードを無効にするのが見えたから。どうやら墓地とフィールドは共有でデッキだけ変わる仕様のようだ。お互いにデッキをよく知っていないとできない芸当である。城前の見立てではユートと遊矢のデッキはまるでかみ合わないギミックである。共通のデッキとは思えない。主人公特有の運命力でぶんまわしている可能性もなくはないが、考えにくい。オリジナルのトラップモンスターをガン積みしているエクシーズ主軸の墓地誘発デッキ、幻影騎士団。ペンデュラムによる特殊召喚ラッシュが得意な遊矢のオッドアイズデッキでは共有するところがまるでない。タッグデュエルは大変そうだ。


「ごらんのとおり、オレのフィールドにはモンスターはおろか、伏せカードもないぜ!つまり、さっきのドローがこのアクションデュエルのすべてを掛けたディスティニードローだったわけだ!見事にひき込めてたら、面白いと思わないか?もし奇跡を起こせてたら、拍手ご喝采と行こうぜ!」


遊矢はカードを掲げた。そこには2体のモンスターがみえる。少年はきたあっと叫んだ。


「城前兄ちゃん、城前兄ちゃん、きたよ!遊矢兄ちゃんのペンデュラム召喚!」


ペンデュラム召喚?!どよめく周囲に、おもわず少年は瞬きをして、不思議そうに城前を見上げる。


「なんで驚いてるの、みんな」


「おいおい、もう忘れちまったのか?ペンデュラム召喚は遊矢にしか出来ねえって言ってただろ?」


「あ、そっか!ボク、遊矢兄ちゃんから教えてもらったから、わかるよ!すごいでしょ!」


「今気付いたのかよ、お前なあ!そうだよ、お前はすっげえことしてもらったんだよ。よかったな!教えてもらったお前のが、こんなかでは一番詳しいかもな!」


えへへ、と少年は照れたように笑う。赤馬も意地が悪いなあ、と城前は思った。たしかにこの世界とアニメはずいぶんと世界線は違うようだが、アニメからして、ペンデュラムモンスターの1枚や2枚はすでに把握しているか、そのギミックを取り入れたデッキを既に持っているだろうことは想像に難くない。それなのに後ろの特殊部隊の面々や黒咲にはそのギミックについて詳細を伏せているようだ。なにか事情はあるのかもしれないが、秘密主義なのはこちらの世界でも変わらないようだ。あ、でも、そんなことないよ、と少年は城前を見上げる。


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