番外編3−2 ハロウィンの怪

やはりメインのイベントはデュエル大会である。


小学生の体験会で配布されたオリジナルパックで構築されたデッキだけで、参加できる小学生向けのデュエル大会。通常のリミットレギュレーションを満たしたデッキで行う普通の大会。いずれもチーム戦は無く個人戦しか開催していない。スタンダードデュエルとアクションデュエルに分かれている。


しかし、ワンキル館がワンキル館たる所以は、ノーリミットデュエルの大会にあった。デュエルモンスターズ史料館はデュエルモンスターズのカードプールの変遷を学べるところであるためか、一番の目玉は毎月ここだけ20××年のリミットレギュレーションという形で禁止制限が告知される。それを満たしたコンセプトデッキを使って参加者はデュエルをすることになる。その時代にまだ発売されていなかったテーマは、禁止制限が事実上存在しない無法地帯となり、3枚しか入れてはいけない、というルールしか適応されない。まさしく世紀末がそこにはあった。なにせエラッタ後とエラッタ前のカードは別テキストの同名カードとするという、まるで意味が分からないルールが採用されているのだ。そのせいなのか、MAIAMI市ではワンキル館の告知が行われるたびに、禁止カードの値段が高騰するという奇妙な現象がよく確認されている。エラッタ前のカードの方が強力なカードなのは当たり前だからだろう。


ワンキル館の入場料はとられるのだが、大会自体の参加費は無料。デュエルモンスターズのカードIDは不要。イベントに参加するだけで商品がもらえる。非公認とは言え、世界にたったひとつしかない民間のデュエルモンスターズ史料館のため、協賛を得ていることも知名度を上げる要因なのかもしれない。


ここまで大規模になっておきながら、大会の開始はたった1年前というあたり運営する資産家グループの力の入れようは半端ではなかった。その記念すべき第1回大会で優勝した初代チャンピオンは、この前日になるといつもそわそわしている。

無法地帯と化しているノーリミット大会では、優勝者がその禁止制限で猛威を振るった世界大会のルールで世界を制したデッキと戦うエキシビジョンマッチというお遊びがある。ここまでくれば最善の一手をぶちかませる専用AIを組んでロボットに任せてしまえばいいものを、なぜかオーナーはその挑戦者を待ち受ける役目を初代チャンピオンにさせていた。もはや複雑なジャンケンげーもとい、デュエルディスクげーである。先行をとったものが勝つ。殺す前に殺す。そんなふざけたお遊びがワンキル館と呼ばれる最たるものだった。


城前がいつにもまして落ち着かないのは、今月がハロウィンだからである。


デュエルにはデュエルに相応しい舞台が必要なように、デュエリストも相応しい衣装が必要である。だれが言い出したのかはしらないが、定期的に宅配便でとどく衣装はいつも城前を戦慄させていた。本家が外国人というのもあるのか、文化の違いをことごとく見せつけられる。

次の日はだいたい学校でネタにされる。ネットには、はんぶん公人の扱いだからか、普通にモザイク加工なしで動画があげられる。使用デッキは公開される。恐ろしくて大型検索サイトで名前を打ち込むことは1年ほどできていなかった。専用スレッドがあることは余計なお世話なクラスメイトに言われて知っているが、さすがに見る気にはなれない。今のところ実害はないため放置である。どうせワンキル館が公表している城前の経歴など嘘八百もいい所だからである。プレミスをしようものなら次の日から城前は大人気である。プロデュエリストを雇えばいいものを、それをされると城前は今度こそお先真っ暗なため、なにも言うことができないのだった。その結果、1年もすれば慣れてしまっているのだから、人間やろうと思えばなんだってできるのだ。


すっかりハロウィン仕様なアクションデュエルの会場を見渡して、去年の悪夢を思い出して城前は身震いする。ハロウィンみたいな何でもありの仮装イベントは、いつだって新たなトラウマを植え付けてきた。アルバイトとして、いつもより色を付けてもらえなければ、誰がやるかこんな羞恥プレイ。2日に渡る悪夢を乗り越えるため、気合を入れた城前の出鼻をくじくように、肩を叩くものがいる。振り返ると、段ボール箱を乗せたローラーを押す女性スタッフだった。届いたよーと、にやにやしながら段ボール箱を抱えてやってきたおばちゃんである。

城前のコスプレは連日徹夜なスタッフたちの悪乗りで出来ている。100円ショップで安くメイクができるなんて知りたくなかったし、血のりがあんな簡単に加工できるなんて知りたくもなかった。さあさあ、事務室に戻ろう、というおばちゃんの声にみんな一斉に足を向けた。館長は男性と長話に夢中だ。あとからくるのだろう。こなきゃいいのに。

やがて、スタッフルームの一角に人だかりができた。城前はうげーという顔をしたまま、自分の席のローラー椅子にへばりついて、反対を向いている。主役が確認しないでどうするんだよ、とくるくる回され、真正面を向かされた城前が見たのは、2種類の衣装だった。


「どっちがいい?城前君」

「もっとまともな格好はないんすか!?ほら、被り物で誤魔化すとか!」

「アクションデュエルできないだろ、それじゃ」

「そ、それはそうですけど……なんでこんなライン出るような服?もっと誤魔化せるのないんすか!?」

「ひらひらしてたら、それこそアクションデュエルできないだろ。ただでさえ仮面つけるんだから」

「だから何で仮面前提!?いつからワンキル館は劇団になったんですか!?」

「去年からだよ、いわせるな恥ずかしい」

「城前君だけじゃないんだから、わがままいわないの」

「みんなノリノリじゃないですか、みんなの前でデュエルしないからって……!」

「どーせマスコミの取材来るんだから、それなりの格好しないと映えないんだから仕方ないって。私たちも集客にコスプレさせられるのよ、この年で。それに比べたら17歳なんて若い若い。諦めて、城前君」

「いやですよ!!」

「さあ、甘ったれたこといわないで、さあ選べ!嫌なら去年のもっかい来てもらってもいいんだよ?」

「それはもっと嫌です!!」

ほら、どっち、と詰め寄られて城前は左右を見比べる。

「フィギュアでこんなん見たことあるような」

「そりゃデザイナーさんにお願いしたらしいからねえ」

「なんでそんなとこに金かけるんですか?!」

「パートの私が知る訳ないでしょ」

「ですよねえっ!あーもー、去年よりはましだけど、なんでこんなキラキラ……っ!」


城前は頭を抱えた。

どちらも真っ白な仮面つきである。縦に割れているか、横に割れているかのちがいだけ。ひとつはなんというか、赤い。全体的に赤い。ひらひらのマントが使えないからか、レイピアでも構えそうな真っ赤なタキシード的なデザインである。なんでかオールバックが指定されている。きらきらの装飾は貴族意識だろうか、目に痛い。もうひとつは黒い。全体的に黒い。黒の蝶ネクタイを映えさせるため白のアンダー以外は真っ黒だ。どちらかと言えば黒の方がましに見える。襟がびっくりするぐらい立っていなければ合格点だった。前の方がごちゃごちゃ装飾されてなければもっとよかった。仮面の下に血のり等の特殊メイクが指定されてなければもっとよかった。なんてこった、まともなのは無いじゃないか、と大げさに崩れ落ちれば、去年よりはましだよと嬉しくない励ましをされる。


「人の顔の皮指定されてないだけましでしょ」

「なにそれこわい」

「だってこれ、どっちもオペラ座の怪人でしょ。ミュージカルによって違うのよ、意匠がね」

「よく知ってますね」

「まあ、娘が劇団四季の大ファンでね。今の時期だとよくチケットの確保に阿鼻叫喚してるのよ。毎日毎日劇場版とかドラマ版とか見てるから嫌でも分かるわ」

「マジっすか……って、待ってください、オペラ座の怪人?これぜってー、ファントムからっすよね!?」


思わず声を上げた城前に、良く分かったねえ、と大笑いして館長が入ってくる。


「え、やっぱ、おれがやらかしたから怒ってるんすか、オーナーさん」

「そんなの雇われ館長のアタシに言われたって知らないよ。でもまあ、面白がってるのは事実じゃないかい?ファントムって言いながら白いローブ着られちゃあね?やっぱファントムと言えば赤か黒って相場が決まってんのさ」

「はああっ!?やだ、ぜってーやだ!こんなんネタにされるに決まってるじゃないですか!ただでさえどっからか、おれとファントムがデュエルしたって噂になってんのに!」

「それはそれでいいんじゃないかい、またお祭りになるよ」

「それは燃えてる方のお祭りっすよね!?他人事だからっていい加減な!」


やることは確定事項とはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。ほらほらきて見ろ、寸法合わせだ、と衣装を渡される。城前は半泣きでスタッフルームを後にした。やいやい好き勝手言われた挙句、着方に細部までダメ出しをされた城前は、半泣きで黒の方の衣装を採用してもらったのだった。ぱしゃぱしゃ好き勝手にアイフォンを向けられげんなりしていると、館長からプリントを1枚渡された。


「なんすか、これ?」

「なんだ、もう忘れちまったのかい?ほら、去年もやっただろう?この通りに動くんだよ、よろしく城前」


びっちり書かれたタイムスケジュールである。スタッフルームに今夜の4時入りと書いてあるのは気のせいか。血の気が引いた城前に、がんばれ、とスタッフの皆さんから笑顔が向けられた。





走馬灯のように駆け巡る昨日の出来事。城前は思った。はやく終われ終われと願っていたのに、今日に限ってアクションデュエル2連戦とかふざけんなあっ!しかもこれじゃあ、あの時必死で痕跡を消した努力が台無しだ。面白いこと大好きな館長がアクションデュエルが終わらないと出られないとか、アクションカード取らないとペナルティとか、おもしろすぎる設定を見逃すわけがない。しかも技術の盗み先はあのレオ・コーポレーションである。このイベントのあと、きっと試行が繰り返されるに違いない。実験体にされることが容易に浮かんでしまう。城前はめまいがした。全部お前のせいだ、遊矢。城前の表情から笑顔が消えた。


創られたキャラクターを演じているとはいえ、全く雰囲気が違う城前に遊矢の声は軽快だ。こんな大観衆の前でなんてことを、と頭痛に悩む相方を無視して遊矢は笑う。あのときオレを無視してアクションデュエルしたお前らが悪いんだ。

「さあ、お楽しみはこれからだ!」


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