番外編2 VSユート戦@
平衡感覚、方向感覚が狂ってしまいそうな、縫い目のない暗闇に浮遊する石造りの城。無音の静寂が支配する世界で唯一の光源は、デュエルディスクのモニタと、崩落寸前の城壁、そして城の壁で煌々と照る炎だけである。揺らめく炎に照らされて、薄暗い影を踏みつけるとこつこつ、と靴の音が反響する。城の前のフィールドからは城門から吹きすさぶ風でユートの白いローブが翻る。アクション・フィールドのため、温度までは再現されていないのがさいわいだ。こういった暗闇は壮絶な寒さがお約束だから、指の先まで冷たくなったらデュエルに支障が出る。


城前は受けて立つぜ、とデュエルディスクを構えた。ユートもデュエルディスクを構えようとしたのだが、あらぬ方向を見て睨みつけた。どうやら遊矢がうるさいらしい。城前とのデュエルが特殊部隊の乱入で中断してしまい、再戦を約束して別れたばかりだったから、納得いかないのだろう。でもユート視点からすれば、追い詰められた先での一発逆転を期待する城前と少年の眼差しの先で、一番おいしい所を掻っ攫われたのだ。その件については相当ご立腹のようで、今回ばかりは遊矢に耳を貸さないことにしたらしい。


「ふざけるな!」


ユートの激怒が飛んだ。


「そんなふざけたこといえるか!お前が城前とデュエルする時にすればいいだろう!」


相当鬱憤がたまっていたのか、遊矢のことを隠さなくてもいい城前のまえだからか、ユートは容赦なく一人芝居を展開している。


「言わせてもらうが、デュエルディスクのハッキングをしたんだぞ、お前は」


幻想騎士団からEMに突然デッキが切り替わったのは、やはり遊矢による干渉が原因のようだ。そういう仕様のデュエルディスクを使っているのかとも思ったが、あの時のユートの反応からして、遊矢が勝手に出てきたのが真相らしい。漫画版のルカルアは1ターンごとにデュエリストが入れ替わるフィールド魔法を使っていたが、それとは全く違うようだ。城前は湧き上がる笑いの衝動を耐えるべく、デュエルディスクのデッキをセットする。気を紛らわしていないと吹き出してしまい、ユートの八つ当たりを食らいそうだったからだ。


「しかもデュエル途中のハッキングをだ!よりによって、この俺のデュエルでだぞ!お前の力なんか借りなくても逆転出来ていた!黙って見ていればよかったんだ!だいたいお前が追われている榊遊矢自身だという自覚がなさすぎるんだ、おかげで俺がどれだけ迷惑を被っているのか分からないのか!今回ばかりは黙って見ていろ!自業自得だ!」


いいたいことを言い終えてすっきりしたのか、ユートはデュエルディスクを構え直す。


「へー、ユートって遊矢には俺っていうのか、やっぱ付き合い長いから?」

「いや、そういうわけじゃない。あの時は他人のふりをする必要があったからだ。姿形が変わって、一人称もデッキも変われば、いよいよ関連性がなくなるだろう?こいつさえ出てこなければ、最悪連行されてもどうにかなったんだが、全部ぶち壊したんだ」

「ですよねー。だいたいそんな感じがしてた」

「まさか特殊部隊があそこまでファントムの消息を掴みたいとは思わなかったんだ。そのせいで城前とあの少年まで迷惑を掛けてしまったな。知っていたら、巻き込まずに済んだんだ。すまない」

「まーたそんなこという。終わっちまったもんは仕方ねえだろ。それにユートも遊矢も泣いてる子供がいたら、声かけちまうタイプだろ?ほっとけるわけねーだろ、なにいってんの」

「そう言ってくれると助かる。ありがとう」

「それにさ、うちの場合、今回のことがなくてもいつかはこんなことになってたと思うぜ?ワンキル館運営してる資産家グループとレオ・コーポレーションって昔っから仲悪いらしくてさ、結構水面下でやりあってるらしいからなあ。ま、気にスンナよ」

「そうなのか?ああ、わかった。城前が言うならそうするとしよう。それでは改めて、デュエルといこう、城前」

「おう、かかってこいよ、ファントムさんってな!」


ふたりのデュエルディスクが先行と後攻を表示する。点灯したのはユートの方だった。


「私の先行のようだな。私のターン!」


ユートは颯爽とフードを翻し、城壁に続く階段を駆け上がり始めた。城前は城門前の広場から動こうとしない。ライトロードのデッキにカオスモンスターを投入した、モンスターデッキの効果に頼っている城前のデッキは、そもそもアクションカードを必要としない構築をしている。むしろ相手のアクションカードの発動を妨害したり、相手が有利になる後攻やアクションカードをとらせるなど、相手が迎撃の準備を整えてから動き出す。逆境を作り出してから、自ら立ち向かう戦い方を好んでいた。ソリッドビジョンで繰り出されるモンスターを目前で見たい、という欲求が満たされると同時に、真正面から叩き潰すという城前の好きな戦法がとれるからというのもある。スタンダードなデュエルからアクションデュエルに移行したのはまだ1年ほどだ。だからまだまだプレイスタイルは模索中であり、ライトロードというデッキの特性上、ワンショットで勝負をつけるのが特色となる。事前の準備がものをいうため、アクションカードを取りに行くより、デッキに集中したいのが本音だった。


しかし、どうやらユートはそれを許してはくれないようだった。


「って、なんだよこれぇっ!?」


凄まじい轟音が響いたのは、闇が広がる広場の隅である。突然、石造りの広場が崩落していく。足場がどんどん減っていく。ユートが走り抜けた階段は崩落してしまったため、あわてて城前は空中の城の周りに浮遊する石の階段に飛び移った。それもどんどん沈んでいく気配がするものだから、城前はあわてて飛び地を駆け抜け、ようやく一息つけそうな一回り大きい岩に辿り着いた。おい、ユートっとこのフィールドに城前を閉じ込めた張本人に、怒鳴り声がよく響く。わらってやがる。このやろう。


「あいつと少年とのデュエルを見せてもらった。城前は私と同じでアクションカードに頼らない構築をしているようだったからな、細工をさせてもらったんだ。悪く思わないでくれ、城前。私は君とアクションデュエルがしたいんだ。スタンダードデュエルはあいつともうしただろう?」


おそらく遊矢は中断だからノーカンだとでも抗議しているのだろう。ユートはしてやったりな顔をしている。


「これで後戻りはできないだろう?」

「不動のデュエル禁止ってことかよ、準備万端だなぁ、おい!」


あっぶねえ、と冷や汗を流しながら、城前は辺りを見渡した。今にも崩れ落ちそうな足場の下は闇が広がる。蹴飛ばした石が落ちたが、いつまでたっても音が聞こえてこない。この様子だとどんどん上へあがっていくタイプのようだ。ほとんど足場はのこっていない。どうやらアクションカードは城壁や城の上、浮遊する岩の上にあるようだ。高所恐怖症や闇恐怖症のデュエリストにとっては地獄のようなところだが、日々逃亡生活を送っているユート達にとってはホームグラウンドみたいなフィールドだろう。さすがにアクションフィールドやカードを把握しているズルをしているとは思いたくないので、城前もどうにか上に上がらないといけない。どうすっかなあ、と思案を巡らせながら走る。さっきから崩落が止まらないのはなんでだ。ユートのところは大丈夫なのに。


「おい、ユート。他になんか仕込んでんじゃねーだろーな!」

「よくわかったな、アクションカードが手に入らなかったプレイヤーのルートは崩落するスピードが上がるんだ」

「なんだよそれーっ!?」

「私はアクションデュエルがしたいんだ、城前。アクションカードの争奪戦も醍醐味だろう?」

「たしかにそうだけどさあっ!」


城前は必死であたりを見渡す。近くにアクションカードが見当たらない。もっと上の方にあるのはわかるが、モンスターが召喚できない後攻では意味がない。こんなことならさっさと反対側の階段を駆け上がればよかった。ズルしちゃダメってことだろう、要するに。城前は必死で崩落から逃れる手を捜した。


「私はカードを2枚伏せ、増援を発動!このカードの効果により、私はデッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加える。私がサーチしたのはこいつだ。こい、終末の騎士!」


階段を上がり切ったユートから召喚されたモンスターが、城壁の頂上に広がる通路に鎮座する銅像の上に現れる。その身長差を足掛かりに大きく跳躍したユートは、その先にある展望台を兼ねた小さな塔に着地した。視線を走らせると、城前は何かを捜しているのか、下層域でまだうろうろしているようだ。見た限りではアクションカードは見当たらなかったから移動したのだが、こちらが正解の通路のようだ。浮遊する岩の先にも取りにくい位置にあるカードは強力な効果に違いない。油断せず、今は準備を整えるだけだ。


「終末の騎士が召喚に成功したこの瞬間、私はモンスター効果を発動。デッキから闇属性モンスターを1体墓地へ送る。さらに闇の誘惑を発動。デッキからカードを2枚ドローし、闇属性モンスターを1体除外する」


やはり狙い通り塔の上にアクションカードがあった。


(ユート、城前見てなくていいのか?)


さっきまで散々変われとうるさかったので、完全無視を決め込んでいたら、いつの間にかすっかり不貞腐れていた遊矢の声色が変わる。つられて下を見たユートは、城壁の周りを浮遊する岩に飛び移ろうとして足を踏み外したのか、落下する城前が見えた。まるで身投げするみたいな体制である。躊躇なく闇に身を投げた城前にユートの声が響く。あーあ、と笑う遊矢に、不謹慎だぞ、とユートは怒るがすでに闇は深い。行こうとした手を終末の騎士に止められる。放せと言おうとしたユートだったが、空から降ってくる声に弾かれたように顔を上げる。


「よっしゃ、やっぱ繋がってたか、あったりぃ!」


遥か上空から落下してくる城前が見えた。城前は、急速に落下する身体を翻し、点在する岩を蹴り上げながら、緩和剤にしてスピードを緩める。その反動で目的の地点とちょっとずれた浮遊する岩に着地した。バランスを崩したのか、うまいこと着地できずに尻餅をつくが、ユートより上の階層だ。ユートはあわててアクションカードをとる。あと少しのところで城前の狙っていたカードが消えてしまう。そして、はるか下方にある岩の崩落が再開した。目測を誤ったのか、着地する地点が違ったようで間違えた―と叫んでいる。


「城前お前っ……!」


(あははっ、心配して損したな、ユート!)


「ああ、城前はお前と一緒で心配するだけ無駄だということがよく分かった!」

「え、あ、もしかして心配してくれたのか、ユート。ありがとな!大丈夫大丈夫、こういうフィールドは上と下が謎のループ空間になってんのがお約束なんだぜ!ちなみにおれの得意なフィールドの≪星の聖域≫もこんな感じなんだ」

「人の気も知らないでお前ら……!このターンのアクションカードはもらった!」

「くっそ、おれのターン、ドローッ!」



城前はプロトタイプのデュエルディスクをかざした。



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