彼女の事情
5年前の彼女は母親をよく知らなかった。祖母が言うにはブラック企業につとめる父親を放置して、倒れたその日も二、三日連絡が取れなかったらしい。浮気をしていたのだろう、と祖父はいう。植物状態になり目を覚まさなくなってはや5年、未だに父親は目を覚まさない。彼女が祖父母に引き取られてから、一度も母親は姿を表さなかった。離婚届などの書類はすべて弁護士のおじさんが管理し、全て郵送だった。いつも鬼のような顔をした祖父母がおじさんがくると怖い言葉を使い、おじさんを追い返すところが記憶に残っている。


母親のところにいっても、知らない男の人と一緒に暮らさないといけないし、学校も部活もできなくなる、アルバイトなどをしないと学校にいけないと聞かされて育った。


彼女の日常は学校と病院と家になった。物心ついた時そこにいたのは骨と皮だけになった父親だ。そして甲斐甲斐しく世話を焼く老夫婦、そのうち彼女も手伝うようになった。母親に対する恨みつらみを子守唄に育った彼女は母親が嫌いになり、苗字が変わった。


父親は電脳死というやつらしい。ハノイの騎士かグレイ・コードか、ほかの悪質なハッカー集団か。AIに関する研究をしていた優秀な技術者だった父親は、ブラックながら充実した日々を送っていた。有線でネットに五感を繋げ、すべてを電子変換して行うAIの研究の最中、ハッキングされて悪質なウィルスをばらまかれて感染、今のアナザーのような状態になってしまったという。アナザー事件により開発されたワクチンを使ってみたものの、彼女の父親はやはり目を覚まさない。医者がいうには精神と肉体が乖離してから5年は長すぎるのかもしれないという。それでも、未だに望みを捨てきれない祖父母は息子の目覚めをひたすら待っている。


彼女がデュエリストになったのは、父親がデュエリストだったことを知ったことが大きい。父親が優秀なデュエリストで技術者とどちらになろうか迷うほどだったというのだ。彼女はその日からデュエリストになった。祖父母は喜んでくれた。


リンクヴレインズにデビューした彼女はハノイの騎士に襲われるも見事に撃退。ただアカウントが父親のままだからか、父親のことを知っているようなそぶりをする。我慢できなくなった彼女は聞いたのだ。そして知るのだ、父親の表の顔と裏の顔を。それは祖父母の話が嘘で塗り固められていた証でもあった。


父親はハノイの騎士でありながら、グレイ・コードに与するハッカーだった。それも彼女と同じくらいの少年少女を誘拐して体を乗っ取り、精神をAIに閉じ込めて奴隷のように扱うえげつない事件、フェッチ事件の実行犯の1人だった。電脳死はフェッチ事件の被害者が脱走するときに抵抗し、挑んだデュエルで負けたことによるものであり、いうなれば自業自得だった。母親が離婚したのは彼女のためだった。父親が犯罪者だと将来に影がおちてしまう。だが祖父母は離婚し、引っ越す手続きに追われる母親の隙をつき、半ば誘拐にちかい方法で彼女と暮らしはじめた。何度も取り返そうとしたが祖父母がおいかえし、その年数が生活基盤があると裁判所に判断されてしまうまで粘りに粘ったのが真相だった。


思春期に入った彼女は祖父母が信じられなくなった。気持ち悪いと思った。自分の息子が犯罪者なのにそれを隠してあることないこと吹き込まれた5年間という長すぎる事実が楔となった。彼女は進学という名目で家を出た。全寮制の進学校である。土日祝日だけ帰る孫に祖父母はなんの疑問も抱かず成長ぶりを喜んでいた。彼女は大人になったら母親と住もうと思っている。実はすでに交流をはじめ、再会した母親から真相を聞いて過剰に美化された父親像はめためたに破壊されていた。


そして、真実を教えてくれたハノイの騎士に対する美化が始まる。祖父母により育まれた思考回路はこうして彼女を父親と同じ道に進ませていった。父親がかつてグレイ・コードに属しながらもハノイの騎士としても有能だったから、と新人ながら面倒をみてくれた人がいた。複雑ではあるが、指導してくれた上司はいい人だった。ハノイの騎士の結成の経緯などを教えてくれたのだ。新人ながらあまりにも真実にちかいところにいる彼女を上司や幹部は気に入っていた。


父親、祖父母、嘘だらけの5年間を知って過剰なほどに潔癖症となっていた彼女は、ハノイの騎士に対する忠誠がすさまじく高かったのだ。


「いくんだね」

「はい、アインス様」

「なら、君にいいものをあげるよ」


彼はそう言って、ひとつのデッキを彼女に預けた。


「これは?」

「おめでとう、ハルムベルテ。君は今日から幹部に昇進だ。この作戦は僕たちにとって絶対に失敗できない。わかるだろう?」

「はい、アインス様。5年もかけてハノイの騎士が作り上げた計画の最終段階ですもんね」

「その通り。今、ハノイの騎士は著しく質が劣化しているからね、信頼がおける者には相応のデッキを与えるべきだと思ったんだ」

「ほんとうですか!?アタシみたいな新人が!?」

「新人もなにも君はアナザー以前からいる大事なメンバーだ。今までの功績を考えれば当然だろう?」

「あ、ありがとうございます!」

「というわけで、だ。ハルムベルテ、君に頼みがある」

「はい、なんでしょうか、アインスさま!」

「これからハノイの塔計画を発動するにあたり、きっと彼らは邪魔をしてくるはずだ。playmaker、GO鬼塚、ブルーエンジェル、ゴースト、そして和波誠也。ブルーエンジェルとplaymakerはスペクターが相手をしたいらしい。だから、残りの戦力を削ぐのが僕たちの仕事だ。君にはまずゴーストと和波誠也のデッキデータを集めてほしいんだ。ゴーストは最近デッキを変えたらしいし、和波誠也も姉が目をさましてからデッキ内容を変えつつあるらしいからね」

「なるほど、敵を知ることが第一歩というわけですね、わかりました!」

「これは大事な仕事だ、よろしく頼んだよ」

「はい!」


そしてハルムベルテはここにいる。


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