ゴーストがデータの処理施設から転移してログアウトしようとしたとき、どこかから声が聞こえた。あたりを見渡すといつのまにか、通路の先にはハノイの騎士の仮面を被った少女がいた。
「あれ?ボク、リボルバーくんのお客様なんだけど聞いてない?今回だけは見逃してくれって」
「ええ、たしかにリボルバー様から話はいっているわ。でもそれはここのエリアだけの話でしょ?なら問題ないわよね、ゴースト。アタシ、あなたと一度デュエルしてみたかったのよ」
「へえ!まさかハノイの騎士にまでファンがいてくれるなんて思わなかったなあ!ありがとう!いいよ?キミ、名前は?」
「アタシ?アタシはね、ハルムベルテ。さあゴースト、ここにきて頂戴?デュエルしましょう」
ウインクする少女からアドレスが貼られているメールが送られてくる。
「お安い御用さ」
ゴーストはリンク先のエリアに飛んだ。
「ねえ、ゴースト。あなた、和波誠也って知ってるわよね?あなたのお気に入りリストにあったし」
「うん、そうだね。なかなか面白いデュエリストだと思うよ?なにか聞きたいことでもあるのかい?」
「ゴーストがいうならきっと面白いデュエリストなんでしょうね。アタシが聞きたいのはね、ゴーストと和波誠也のデュエルのログをもらえないかってことなのよ」
「へえ、和波くんとデュエルしたいの?」
「そんなところね」
「へえ、そうなんだ」
「フェッチ事件の被害者たちがどれだけ強いのか知りたいの。だからゴーストにも和波誠也にも興味があるってわけ」
「強いデュエリストに挑みたいのはデュエリストの定めみたいなもんだしね、いいよー!」
ゴーストは安請け合いして、あっさりログを渡してしまう。
「あら、もうくれるの?てっきりデュエルで勝ったらくれるものばとばかり思っていたんだけど」
「キミの気持ちはよくわかるからね、ハルムベルテ!ただとはいわないけど特別だよ。みたらわかると思うけどパスワードが設定されてるでしょ?」
「そう?ありがとう……あ、ほんとだわ」
「ボクのリストで和波くんの連絡先はわかっちゃうもんね。これでいつでも勝負ができるわけだ。うらやましいなあ。というわけで条件っていうのは、キミが和波くんにデュエルを挑むとき、教えてほしいんだ。ボクもログがほしい」
「あら、そんなことでいいのね」
「やっぱり互いのログがあった方が互いになにがしたいのかわかって楽しいじゃない?」
「なるほど、いいわよ、それくらい。あとであなた宛で送るわ」
「了解だよ!ありがとう」
ゴーストは笑う。
「それじゃ、パスワードを教えてもらうためにもデュエルといきましょうか」
「そうだね!」
ゴーストはデュエルディスクを構える。互いにデュエルが承認され、成立する。ハルムベルテのデュエルディスクが自分のターンだと知らせてきた。ハルムベルテは墓地肥やしを
「ついでだからアタシのカードみせてあげるわ」
ハルムベルテはカードを提示した。
黒い服をまとった少女が6つの星型のスポットライトのような物に照らされている。頭と肩の飾り、靴は《星杯の妖精リース》のもの、それ以外の服装は《星杯を戴く巫女》のものに酷似している。少女の身体にはト音記号に似た記号が確認できる。少女を照らす6つの星は、それぞれ色が違っている。6つの星の造形がジャックナイツの紋章と同じである点から、《星遺物が導く果て》で《星痕の機界騎士》から吸収したものだと思われる。また、この色はトロイメア6体のリンクモンスターの体色とも同じである。
ゴーストはそのカードをみて、目を丸くした。
「おーっと、なんだいなんだい、そのカード。《星杯を戴く巫女》と《星杯の妖精リース》がひとつになったみたいなモンスターだね。それに名前、そのまんまじゃないか」
「ついでにいいこと教えてあげるわ、ゴースト。イブリース正式名称をアル・シャイターンと呼ばれてるイスラム教における悪魔王よ。「断念」「絶望」意味は色々あるけれど、いわゆるサタンやルシファーに相当する強大な存在よ。シャイターンという名はね、響きのとおりサタンの名を元とするわけ。あるいはアザゼルが地に堕ちる際、神に改名されイブリースとなったとも伝えられるわ。イスラムの伝承では、イブリースにはムスリムの信仰を妨げる9人の邪悪な子がいる、とするものもあるようね」
「へえー、悪魔ねえ。ストーリーが進むにつれて《星杯の妖精リース》が黒くなってくのと何か関係あるのかな?」
「もちろん。聞いたことくらいはあるんじゃないかしら?神さまが天使たちに人間にひれ伏すよう命じたけれど、イブリースは炎で造られた高貴なる天使が、黒泥を捏ねて作った低俗な人間などにひれ伏すことはできない、と拒否した話。この反逆的な天使に神さまは慈悲を示したんだけどイブリースは掌を返し、「最後の審判が下り、地獄の業火が地を焼き尽くすその日まで、人間を恨み、惑わせ、悪の道へ誘う」と宣言したのよ。そして、この結果として、エヴァは禁断の実を喰らってしまったってわけ」
ハルムベルテは笑う。
「ディアボロスが転訛したものとも言われてるのよ。通常光から創造されたとされる天使出身の堕天使。彼の場合炎から創られたから、より尊大だったのね。神にたてつくなんて」
彼女が使う《トロイメア》は、スクラマサクスが使用していた《機界騎士》のパーツをぐちゃぐちゃにして再構築したようなモンスターだった。いずれも《機界騎士》と対応している。
《トロイメア・マーメイド》は《紺碧の機界騎士》。《トロイメア・ゴブリン》は《翠嵐の機界騎士》。《トロイメア・ケルベロス》は《燈影の機界騎士》。《トロイメア・フェニックス》は《紅蓮の機界騎士》。《トロイメア・ユニコーン》は《黄華の機界騎士》。そして《トロイメア・グリフォン》 は《紫宵の機界騎士》。
属するリンクモンスターはいずれも、架空の生物の名前を冠している。また、それらの生物は全て七つの大罪に関連付けられている生物であり、悪魔族なのもそれが理由の可能性がある。現在のところ、「色欲」に関連する架空の生物(サキュバス)の名を持つモンスターのみ登場していない。名前を冠している訳ではないが、《夢幻崩界イヴリース》がそれに当たるのだろうか。
《夢幻崩界イヴリース》や《星遺物へ誘う悪夢》のカード名から夢に纏わるカテゴリである事が分かるため、基本となっているのは「トロイメライ(夢:ドイツ語)」+「ナイトメア(悪夢・夢魔:英語)」だろう。「トロイメライ」はシューマンが作曲したピアノ楽曲のタイトルの1つとしても知られている。《夢幻崩界イヴリース》の背景にある歪んだ五線譜のようなものや、トロイメアリンクモンスターの顔面にある音楽記号のようなものから、こちらとも関係していると考えられる。上記の音楽要素と、リンクモンスターが悪魔族であることから、ダンテの著作『神曲』に登場する地獄の区画の一つ「トロメーア」もかかっている可能性がある。
「ナイトメア(nightmare)」の「メア(mare)」は本来、古い英語で「霊」を意味するが、「雌馬」を意味する単語でもある。つまり「トロイメア」は「トロイの馬」であり、「トロイの木馬」と読む事もできる。《夢幻崩界イヴリース》には、相手フィールド上に特殊召喚されてリンク召喚以外を封じる効果があるため、これもモチーフとして関連していると思われる。「トロイの木馬」は、コンピュータウイルスの分類の一つでもある。《夢幻崩界イヴリース》はサイバース族であるため、そちらの意味もかかっているのだろう。
「私は《捕食植物オフリス・スコーピオ》を攻撃表示で特殊召喚!1ターンに1度しか使用できない。このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合、手札からモンスター1体を墓地へ送って発動できる。デッキから「捕食植物オフリス・スコーピオ」以外の《捕食植物》モンスター1体を特殊召喚するわ!」
どうやら《トロイメア》はほとんどがリンクモンスターでメインのモンスターがほとんどいないようだ。
「《捕食植物ダーリング・コブラ》 を攻撃表示で特殊召喚!このカードが《捕食植物》モンスターの効果で特殊召喚に成功した場合に発動できる。デッキから《融合》魔法カードまたは《フュージョン》魔法カード1枚を手札に加えるわ!」
ハルムベルテは《植物族リンク》だろうか、とゴーストは考えたがすぐに違うとわかる。
「アタシは永続魔法《ブリリアント・フュージョン》を発動!このカードの発動時に、自分のデッキから《ジェムナイト》融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体を、攻撃力・守備力を0にしてEXデッキから融合召喚するわ」
ハルムベルテは手を大きくかかげる。彼女の目前には新たなるサーキットが構築された。
「開きなさい、灰色の法典開かれし未来回路!アローヘッド確認、召喚条件は植物族モンスター2体!アタシは《捕食植物ダーリング・コブラ》と《捕食植物オフリス・スコーピオ》をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!リンク召喚、リンク2 《アロマセラフィ−ジャスミン》!」
そしてリンク召喚が始まった。
「リンク召喚!リンク1《トロイメア・マーメイド》 !このカードは1ターンに1度リンク召喚に成功した場合、手札を1枚捨てて発動できる。デッキから《トロイメア》モンスター1体を特殊召喚するわ!きなさい、《トロイメア・フェニックス》!」
そして、さらに加速していく。
「リンク召喚!リンク2《トロイメア・フェニックス》 」
リンク召喚!リンク2《トロイメア・ゴブリン》 !自分は通常召喚に加えて1度だけ、このターンのメインフェイズにこのカードのリンク先となる自分フィールドに手札からモンスター1体を召喚できるわ!」
「きなさい、リンク召喚!リンク2トロイメア・ケルベロス》!」
「さらに《トロイメア・マーメイド》を特殊召喚!《トロイメア・ゴブリン》のモンスター効果で《トロイメア・ユニコーン》を特殊召喚!」
全てが相互リンクとなる。鉄壁の守りだ。
「これでアタシは次のターンから5ドローできるわ!!!」
ハルムベルテの高らかな宣言がひびいた。
「ボクのターン、ドロー!それじゃあ、まずは準備を始めようか!」
「何ができるっていうの?アタシはエクストラリンクを完成させたのよ?もうあなたのエクストラゾーンは封じられていて、使えないわ。よって、対象にとれない、破壊できない、相互リンクしてないモンスターの攻撃力守備力が1000ダウンする、相互リンクしてない特殊召喚したモンスターは効果を発動することができない。どう逆転するっていうの?この布陣を完成させるまでならまだわかるけど。現実を見たらどう?」
「やだなあ、デュエルはまだまだ始まったばかりだよ?勝手に終わった気分になられちゃ困るよ。ボクとキミで初めてデュエルはできるんだからね」
そういいながら、ゴーストは手札を見る。
「まずは魔法カード《成金ゴブリン》を発動だ。ボクはカードを1枚ドロー」
「あら、ライフポイントを回復してくれるのね、ありがとう」
「なにもないみたいだね、ならさらに発動だよ。《成金ゴブリン》の効果によりさらにドロー」
「2000も回復させて大丈夫?」
「大丈夫さ。これでキーカードは手札に舞い込んだからね。ボクは魔法カード《ブラックホール》を発動!」
「なっ」
「ふふ、いくらすさまじい耐性があっても全体除去に弱いのはお約束だよね!」
「くっ……」
「さあ、全員墓地に行ってもらおうかな!」
「わ、わかったわよ……」
ハルムベルテはむくれながらうなずいた。
「さあ、邪魔者もいなくなったことだし、準備を始めようかな」
ゴーストは笑う。そして、《魔導獣》と《魔弾》を絡めた強烈なコンボが炸裂した。通常召喚した《魔弾の射手 スター》の縦列に《魔導獣ーマスターケルベロス》が置かれ、《魔弾の射手 スター》の効果が発動する。《魔弾の射手 カスパール》ががリクルートされ、《魔導獣ーマスターケルベロス》のペンデュラム効果で《魔導獣キングジャッカル》がおかれ、《魔弾の射手 カスパール》の効果が発動する。《魔弾》モンスターをサーチしたゴーストは《魔導獣マスターケルベロス》をエクストラデッキから特殊召喚した。あっというまに《魔弾の射手 カスパール》、《魔導獣マスターケルベロス》、《魔弾の射手 スター》、という盤面ができあがる。
「さあ、バトルだよ、ハルムベルテ!一斉攻撃だ!まずは《魔導獣マスターケルベロス》!」
2800のダメージが彼女をおそう。
「きゃあっ」
「これで終わりだよ!《魔弾の射手 スター》で攻撃!」
1300のダメージがおそう。
「きゃああああっ」
YOUWINの表示がデュエルディスクに表示された。
「エクストラリンクを過信しすぎたね、ハルムベルテ。ボクのデッキはステータスが低いんだ。だから高い打点や補いきれないものを混合テーマや汎用魔法罠で補っているんだ。全体除去はその最たるものだよ。もしかして、ボクのデッキ、ライトロードを想定していたのかな?それならごめんね、あのデッキはもう役目を終えたから変えたんだ」
ちなみにゴーストの魔弾魔導獣は打点の高い、あるいは罠魔法で対応しきれない耐性もちのモンスターに対する対応として、全体除去の魔法罠をガン積みしている。リンクモンスター は守備表示にできないため選択肢はなお狭まる。環境が偏った特殊召喚であるがゆえに可能なメタ構築でもあった。パーミッションよりの構築がいいのはフランキスカ戦で学んだことでもあるのだ。
「ううん、気にしないで。アタシがちゃんと使いこなしてあげられないのがいけないんだから」
そうはいっても悔しいのだろう、ハルムベルテの表情はうかない。そりゃそうだ、後攻ワンキルである。
もしかして新しいデッキだったんだろうか、とゴーストは思う。相手の様子を見ずにいきなりエクストラリンクをするのはかなりの無理をしたことは手札の少なさとデッキの少なさから明らかだ。ここまで展開用のギミックをぶち込んでいるとなるとろくな除去カードはつめるスペースすらあやしいところである。
まあ、デッキをどうするかは本人の一番の楽しみでもあるはずだ。邪魔だてをすることはできない。ゴーストは笑った。
「はい、これがパスワードだよ。デュエルしてくれた報酬だ」
「え、いいの?アタシ負けたのに」
「いいよ、いいよ、ボク勝ったらとはいってないしね。あ、そーだ、ハルムベルテ、君フレンド登録してもいい?」
「残念だけどそれは無理ね。アタシは特殊なプログラムを仕込んでるからハッキングできないはずよ」
「……げ、ほんとだ。めんどくさいやつ!そうみたいだね。ちえー。ま、仕方ないか。君はグレイ・コードには関係ないみたいだし、見逃してあげるよ。それじゃ和波誠也くんにメッセージを送ってあげればいいんだね。で、どこでデュエルするの?」
ハルムベルテは笑った。
「ここよ」
ゴーストは目を丸くした。