vsハルムベルテA
風が吹いている。全てが巻き上げられていく。その吹きすさぶ風の中で彼女は待っていた。


「ゴースト!来てくれたのね、待ってたわ」


ハルムベルテはうれしそうに笑う。そこにはひとりの男がたっていた。生体情報をそのままアバターにした初期状態の姿、いわば中の人がそのままの状態である。白衣姿の男を見上げてハルムベルテはお父さん、と笑った。


「ありがとう、ゴースト」

「デュエルのお誘いとあっちゃ断るわけにはいかないからね」

「あはは、お父さんの姿でゴーストの声がきこえてくるって変な感じね。やっぱりお父さん、喋れないんだ?」

「5年もたったら当然じゃない?」


ハルムベルテの父親の自我はすでにゴーストのアバターに流用する時点で上書きしたからこの世には存在しないが、そんなこという義理はないのでゴーストは平然と嘘をついた。ハルムベルテはなにもしらないし興味がないのだろう。ゴーストのまるで他人事のような言葉に感情をあらわにすることはない。


やりにくいなあ、とゴーストはこっそり思う。なにを考えているのかよくわからない。


「その5年を耐え抜いたひとりであるあなたがいうなら、きっとそうなのね。自分じゃ無理だったくせにゴースト、あなたに強いていたのね、お父さんは」

「直接聞いたわけじゃないからわかんないけどね」

「それもそうね。しまったなー、和波誠也に聞けばよかった。植物状態にする前にお父さんはなんていったのか、聞きそびれちゃったわ」


平然と笑うハルムベルテにゴーストは薄ら寒さすら覚える。姉から同じ学校の同じ学年だと聞かされたが、紡がれる言葉言葉の端々に気持ち悪さがこみ上げてくるのはなぜだろうか。彼女はほんとうに普通の女子高生で今日も自分と同じような生活を送ったあと今ここにいるのだろうか。もっとハルムベルテのことを調べるべきだったな、とゴーストは思った。ゴースト自身まともじゃない自覚があるが、ハルムベルテはなかなかにおかしい。まだまだ話してないことがあるのだろうか。


デッキの名前を見てハルムベルテはうれしそうだ。


「ねえ、ハルムベルテ。リボルバー君がなにしてるのか教えてくれないかなー?そろそろやばいこと始めるつもりなんでしょ?」

「あら、リボルバー様と直接お話ししたのに肝心なところ教えてもらってないの?てっきりあなたのことだから面白がって首突っ込むつもりなのかと思ったわ」

「もちろん、そのつもりだし、教えてもらったよー。ボクの行動基準はいつだってデュエルだからねー。でもさ、リンクヴレインズやネットワーク社会が破壊されるとなると、ボクみたいなサイコデュエリストは社会とつながる方法をまた取り上げられることになっちゃうからさー。それだけはいただけないかなーって。それだけあぶないの?イグニスって。それだけ気になってさ

「そうよ?イグニスをplaymakerから奪還できない時点で発動するのは当然の流れなのよ。リボルバー様はそのためにずっと走り続けてこられたのだから」

「君、なかなかにストックホルム症候群拗らせてるね?」

「あら、心配してくれるの?あいにく私は生まれたときからこんな感じよ?」

「ほんとに?」

「ええ」


ハルムベルテはにっこりと笑う。


ゴーストは口笛を吹きたい気分になった。

ストックホルム症候群は誘拐事件や監禁事件などの犯罪被害者が、犯人と長時間過ごすことで、犯人に対して過度の同情や好意等を抱く症状のことだ。

人は、突然に事件に巻き込まれて人質となる。そして、死ぬかもしれないと覚悟する。犯人の許可が無ければ、飲食も、トイレも、会話もできない状態になる。犯人から食べ物をもらったり、トイレに行く許可をもらったりする。そして、犯人の小さな親切に対して、感謝の念が生じる。犯人に対して、好意的な印象を持つようになる。犯人も、人質に対する見方を変える。

犯人と人質が閉鎖空間で長時間非日常的体験を共有したことにより高いレベルで共感し、犯人達の心情や事件を起こさざるを得ない理由を聞くとそれに同情したりして、人質が犯人に信頼や愛情を感じるようになる。また警察が突入すれば人質は全員殺害するとなれば、人質は警察が突入すると身の危険が生じるので突入を望まない。ゆえに人質を保護する側にある警察を敵視する心理に陥る。

これは病気ではなく、特殊な状況に陥った時の合理的な判断に由来する状態である。自分を誘拐した犯人の主張に、自分を適合させるのは、むしろ当然である。共感やコミュニケーションを行って、犯罪行為に正当性を見い出そうとするのは、病気ではなく、生き残るための当然の戦略だ。


もっともゴーストはリボルバーもリマ症候群を拗らせているように思った。ロスト事件の被害者であるはずのスペクターを仲間にする時点で。

リマ症候群は、ストックホルム症候群とは逆に、監禁者が被監禁者に親近感を持って攻撃的態度が和らぐ現象のことをいう。被監禁者がストックホルム症候群になっている状況下で、監禁者が被監禁者よりも人数が極端に少なく、かつ被監禁者に比して監禁者の生活や学識・教養のレベルが極端に低い場合に起こるとされる。

わからないがそこまで理解する必要はない。今はデュエルに集中しなければ。


「それじゃあ始めましょう、ふたりだけのデュエルを」


ハルムベルテがそう叫ぶやいなや、ぴしりと真上の空が裂けた。バキバキと亀裂が入る。ベリベリ剥がれて行った空、テクスチャがむき出しで火花が散る。ガラスのような破片が落ちてくる。ゴーストたちのところに来る頃には0と1の粒子となって消えた。


驚いて立ち尽くしていると、無理矢理リンクヴレインズのプログラムを改変し、エリアは無骨な骨組みのドームに変貌してしまった。ゴーストとハルムベルテは中に閉じ込められてしまったようだ。骨のような柱と腹巡らされたガラス。まるで悪趣味な温室だ。球体の中央に透明なガラス板があり、その上にいつのまにかハルムベルテとゴーストはたっているようだ。


「随分な趣味だね」

「見通しよくなったでしょ?」

「財前課長と趣味合うよ、ハルムベルテ」

「あはは、そうなの?」


突然の天変地異に同じエリアにいたユーザーたちは離れていく。異常を感知したドローンのエラー音が聞こえる。どうやら中に入れないようだ。


「さあ、始めましょうか」

「うん、そうだね」

「「デュエル!」」


二人の前に透明なデュエルフィールドが出現した。


「私のターン!私は《フォーマッド・スキッパー》を攻撃表示で通常召喚!モンスター効果を発動よ!自分メインフェイズに発動できる。エクストラデッキのリンクモンスター1体を相手に見せて、このターンにリンク召喚する場合、このカードは見せたモンスターと同じカード名・種族・属性の素材としても扱える。私は《トロイメア 》リンクモンスター を選択!」

「ちょっと待ちなよ、なんで《サイバース族》持ってるのさ、君」

「知りたい?なら私にデュエルで勝ってね」

「一度負けたくせによく言うよ」

「あれは慣れてなかっただけよ。きて、灰色の法典で導きし電子回路!アローヘッド確認!召喚条件は《トロイメア・マーメイド》以外の《トロイメア 》モンスター1体!私は《トロイメア 》に変更された《フォーマット・スキッパー》をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!リンク召喚!リンク1《トロイメア・マーメイド》!」


ゴーストは身構える。《トロイメア 》の始動はいつだってこのモンスターだ。


「このカードは1ターンに1度このカードがリンク召喚に成功した場合、手札を1枚捨てて発動できる。
デッキから《トロイメア》モンスター1体を特殊召喚する。この効果の発動時にこのカードが相互リンク状態だった場合、さらに自分はデッキから1枚ドローできる。さらにこのカードがモンスターゾーンに存在する限り、フィールドの相互リンク状態ではないモンスターの攻撃力・守備力は1000ダウンするわ」


今はなんのカードもないがこれから厄介な妨害となる。


「ここで墓地の《フォーマット・スキッパー》のモンスター効果を発動よ!このカードがリンク素材として墓地へ送られた場合に発動できる。
デッキからレベル5以上のサイバース族モンスター1体を手札に加える。私は《デグレネード・バスター》をサーチ!。そしてデッキから《夢幻崩界イヴリース》を攻撃表示で特殊召喚!」


ハルムベルテの前にふたたびリンクマーカーが出現する。


「アローヘッド確認!召喚条件はレベル4以下の《サイバース族》モンスター1体!私は《夢幻崩界イヴリース》をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!リンク召喚!リンク1《リンク・ディサイプル》!」

「ここまでくると笑っちゃうね。playmakerのカードじゃないか」

「playmakerがロスト事件のときに奪ったの間違いよ」

「あはは、それもそうだね」

「ここで《夢幻崩界イヴリース》の第2のモンスター効果を発動するわ。このカードが自分フィールドから墓地へ送られた場合に発動できる。このカードを相手フィールドに守備表示で特殊召喚する。私はゴースト、あなたのエクストラゾーンを選択!《夢幻崩界イヴリース》を特殊召喚するわ。そして第3のモンスター効果を発動!このカードがモンスターゾーンに存在する限り、このカードのコントローラーはリンクモンスターしか特殊召喚できない!」


ゴーストは一瞬固まる。


「さあいくわよ!連続リンク召喚!アローヘッド確認!召喚条件はモンスター2体!私は《リンク・ディサイプル》と《トロイメア ・マーメイド》をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!リンク召喚!リンク2《プロキシー・ドラゴン》!ここで墓地の《フォーマット・スキッパー》と《リンク・ディサイプル》を除外し、《デグレネード・バスター》 を攻撃表示で特殊召喚!」


連続リンク召喚の幕開けである。


「アローヘッド確認!召喚条件はトークン以外の同じ種族のモンスター2体以上!私は《デグレネード・バスター》 とリンク2《プロキシー・ドラゴン》をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!リンク召喚!リンク3《サモン・ソーサレス》!このカードがリンク召喚に成功した場合に発動できる。手札からモンスター1体を、このカードのリンク先となる相手フィールドに守備表示で特殊召喚する!」


彼女のフィールドにはふたたび《サイバース》が並ぶ。《ドットスケーパー》をリクルートしたり次ターン以降にサイガジェで吊り上げるような仕込みをしながら、リンク召喚が続く。《トロイメア・グリフォン》が降臨してしまう。


「このカードがリンク召喚に成功した場合、手札を1枚捨て、自分の墓地の魔法・罠カード1枚を対象として発動できるわ。そのカードを自分フィールドにセットするの。そのカードはこのターン発動できないけど、この効果の発動時にこのカードが相互リンク状態だった場合、さらに自分はデッキから1枚ドローできる。というわけで1枚ドロー!このカードがモンスターゾーンに存在する限り、フィールドの特殊召喚されたモンスターはリンク状態でなければ効果を発動できないわ。これでリンク以外の特殊召喚封じとリンク状態以外効果無効の強力な盤面が完成よ」


prev next

bkm






×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -