vsハルムベルテA
たしかにハルムベルテの盤面は、自分フィールドに《トロイメア・グリフォン》、ゴーストのフィールドに《夢幻崩界イヴリース》。これだけでリンク以外の特殊召喚封じとリンク状態以外効果無効の強力な盤面である。しかし、ゴーストは笑うしかない。


「な、なにがおかしいのよ」


先程まで溢れていた不気味な違和感がなりを潜め、前回であったときのような年相応な反応が返ってくる。ほんとに同い年なんだなとゴーストは安心してしまった。よくよく考えたら和波誠也とゴーストが同一人物だと知らない時点で異例の速さで幹部になったとはいえ所詮は新人なのだ。上司であるDr.ゲノムになにも教えてもらえない時点で実際の立場はお察しだろう。ゴーストはウインクひとつ、ハルムベルテにプレイングミスを指摘した。


「たしかに成長したね、ハルムベルテ。とりあえずエクストラリンクを目指そうとして無理な展開にならないようセーブを覚えたみたいだし」

「でしょう?」

「でも忘れてないかい?」

「なにをよ?」

「このボクに《ライトロード 》じゃなくて君のお父さんのアバターやデッキを使えと要求してきたのは他ならぬ君だよ、ハルムベルテ」

「それがなにか?問題でもあるのかしら」

「問題しかないよ。つまり今、ボクが使うのもまた《トロイメア 》と相性がいいテーマの混合デッキというわけさ」

「………………あ」


ハルムベルテの顔は一瞬にして上気する。


「やっとわかってくれたみたいだね。《夢幻崩界イヴリース》は攻撃力・守備力共に0だから後攻を選択すればよかったね。ボクにリンク素材を提供してくれてありがとう」


ハルムベルテの悲鳴が響き渡る。


「い、今のなしとかできない?」

「あのねえ、ハルムベルテ。一応君はハノイの騎士の幹部としてここにいるんでしょ?個人的なお願いとはいえさ。さすがにそれはデュエリストとしてどうなのかな?ボクはそこまで優しくないよ?」

「そ、そうよね……ごめんなさい、聞かなかったことにして」

「うん、そうしたほうがいいよ」

「よかったあ。私的な用事でここにきて」

「その割にものすごく目立ってるけどね」


呆れ顔でゴーストはガラスのドームの向こう側を見つめた。赤いランプが眩しい。警告を鳴らすアラームがうるさい。これを無視したらアカウントを削除するのだろうが、そもそもこのドームの中に入れないのかセキュリティプログラムがぐるぐる回りを回っているのが見えた。SOLテクノロジー社のロゴが入ったドローンはどこかに侵入経路はないかと探しているらしい。

どうやら姉が財前課長にこのデュエルを伝えたのが功を奏したようだ。セキュリティ部門はおそらくこのデュエルを見ているはずだ。今、ゴーストのアバターとかしているこの白衣の男に反応があればいいのだが。今までリンクヴレインズにゴーストとして活動する中で、SOLテクノロジー社内部の反応まではどうしても分からなかったが今は違う。姉や財前課長がいる。これは大きな違いだ。


この調子でSOLテクノロジー社の反応がうかがえればもっといいのだが。鴻上博士たちを抹殺し当時の上層部を排除して今の地位についた者たちにつながる手がかりを何一つゴーストは得られていないのだから。


そんなことを考えながら、ゴーストはターンを宣言した。ゴーストは《星杯》と《サイバース族》、そして《植物族》。《トロイメア 》に相性がいいモンスターやサポートカードを積み、いわばたくさん混合させた複合デッキである。人のこといえないじゃないとからかわれていたのだと気づいたハルムベルテは耳まで真っ赤だ。どうやらアバターの反応を自身の反応とリンクさせる設定のままのようだ。素直と言うか素人というかなんというか。


ハルムベルテが用意してくれた《夢幻崩界イヴリース》から展開はスタートした。《ファイアウォール・ドラゴン》の効果で連続リンク召喚により孤立無援となった《トロイメア ・グリフォン》を除去し、逆にエクストラリンクを完成させてしまったのである。


「さあ、2回目もボクの勝ちみたいだね、ハルムベルテ!ボクはダイレクトアタックを宣言するよ!」

「そうはいかないわ!私は手札から《ロックアウト・ガードナー》のモンスター効果を発動!」

「おっと、このタイミングでかい?」

「ええ、そうよ。相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。このカードを手札から攻撃表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したこのカードは、このターン戦闘では破壊されない」

「うーん、後攻ワンキルとはいかなかったかー、残念!」

「そう何度も同じ手を食うとは思わないで」

「でもエクストラリンクを完成させたからこの盤面を一からひっくり返さない限り、君に勝利はないよハルムベルテ」

「やってやろうじゃない!私のターン!ドロー!」


ハルムベルテは高らかに宣言した。

いつのまにかセキュリティシステムのドローンだけではなく、どこかで見たことがあるようなテレビ局のロゴのアバターがあちこちを飛び回っているのが見えた。大ごとになってきた予感である。


(もしかして、これが狙いだったりして)


今までのグレイ・コードとのメンバーとはあまりにも毛色が違うハルムベルテにゴーストはふと思ったのだった。








「どう思う草薙さん」

「ハルムベルテのことか?」

「ああ」

「うーん、わからん。あまりにもちぐはぐでよくわからないな。ハルムベルテのおかれた状況を考えれば、和波君やHALに復讐しようとしてもおかしくない。父親のアバター、精神情報、魂のデータ、奪われたものを返せは正当な理由だ。デュエルを挑むに値する。和波さんがしっかり裏取りしてくれたから確かな情報だな」

「父親の情報は財前からか?」

「あの人は食えない性格してるからな、つきあいも長いみたいだし、なにかしら取引でもあったんだろう。財前葵を焚き付けてすでにリンクヴレインズに向かわせようとしてる。どうやらログインしようとした寸前兄に止められたみたいだがな」


どうやら財前晃はハノイの騎士の情報を今のセキュリティ部長に売り飛ばす代わりに、財前葵のデュエルディスクのアカウントがメンテナンスの対象としてログインそのものが封じてくれと交渉したようだ。さっき入った和波の姉からの連絡によると財前葵は管理者権限でログインさせてくれと直談判しにくるつもりのようだ。どこまで読んでいたのだろう。二人の脳裏には眼鏡を光らせる白衣の女が浮かんだ。和波誠也と財前葵については彼女に任せてもよさそうである。これで草薙と遊作はそれぞれ自分たちの行動だけに集中することができる。


「《トロイメア》のデッキデータを集めているのか?」

「ゴーストみたいにか」

「ああ、なんだかんだで父親を蘇らせたいのかもしれない。《トロイメア》はハルムベルテの父親のデッキのはずだろう。ゴーストは結局実験を行わなかったから俺たちは実際に可能かどうかわからないからな」

「それならゴーストにデッキデータをよこせと要求すれば、喜んで貸してくれそうだが……いったい何を考えているんだ?」

「たしかに」


二人はハルムベルテとゴーストに成りすましている和波のデュエルを見守った。


「……待てよ。おい、遊作、今のゴーストは和波君だよな?HALじゃないよな?」

「ああ、あのアバターからは人間の気配がする。AIの感覚じゃない」

「今のゴーストは《星杯》デッキギミックもふんだんに搭載した《トロイメア》だ。ゴーストはお気に入りユーザーのアバター情報やデータ情報を根こそぎハッキングしていくから、カードバンクをコピーされたっておかしくはない。データは減らないからな」

「そうだな、だからハルムベルテは驚かない」

「《星杯》が入ってるってことは、今、あそこにHALもいるってことだ」

「ああ」

「あのデュエルデータ、持ち帰られたらまずいんじゃないか?HALの居場所がばれる可能性がある」

「でもハルムベルテは興味がなさそうだが」

「ハルムベルテはどう見てもおとりにしか見えない。なにか命じられてる下っ端と何が違う?今までのグレイ・コードのやつらと気迫が違いすぎるぞ」

「そういわれてみればそうかもな」

「よし、一応警告しとくか」


草薙は和波のバックアップをしているであろう姉にメッセージを送る。


「なんというか、ハルムベルテはあれだな。後ろにいるであろう誰かさんに相当ご熱心なんだな。何も考えてない。意味もわからないまま、任務を遂行しようとしてる。だからこんなことになってる」

「なるほど、アナザー事件以後に加入したハノイの騎士みたいなものか」

「そういうこと。警戒すべきはハルムベルテじゃない、その背後にいる誰かさんだ」

「Dr.ゲノムが上司らしいが」

「にしては態度が適当すぎるだろ、リボルバーに対する尊敬はすごいけどな、まるで恋する乙女だ」


草薙はけらけら笑う。


「そのわりに言ってることがむちゃくちゃだけどな、さっきから」

「ハノイの騎士にとっても、グレイ・コードにとってもハルムベルテはそこまで重要な人間じゃないんだろうさ」


たしかに新規で入手したテーマを使いこなそうとする手腕はなかなかのものがある。デュエルタクティクスがそこらへんのハノイの騎士の下っ端よりよっぽどあるのは事実だろう。きっと本来のデッキを使ったほうが彼女はもっともっと強いはずなのだ。わざわざ父親のデッキを使うから弱くなる。身ばれしたくないようだ。もっとも、すでに財前晃、そして和波の姉からもらったデータとデンシティハイスクールの生徒名簿を照会した結果、すでにどこの誰かはわかっているのだが。


「さて、そろそろいくか遊作。ハルムベルテのログアウト先を追いかけるぞ」

「ああ」


二人は運転席、助手席に向かった。


「和波さんから連絡あったか?」

「ああ、たった今ハルムベルテが《ソウルチャージ》をひいたから勝負がわからなくなってきたらしい」

「まさにディステニードローってわけだな、運命力はあるらしい。いくらエクストラリンクを完成させても墓地にある正規リンク召喚したリンクモンスター は、モンスターゾーンに特殊召喚されるからな」

「そうだな」

「和波君には頑張ってデュエルなり会話なりして情報を引き出してもらってくれって伝えてくれ」

「ああ」


端末をいじる遊作の横で草薙はハンドルをきる。学生ばかりが住んでいるエリアを抜ける。セキュリティがしっかりしているマンションやアパートばかりが立ち並ぶ閑静な住宅街にやってきた。草薙はあたりをみる。


「さすがに女の子の一人暮らしとあっちゃしっかりしたところを選ぶらしいな」


和波の姉にメッセージを送り終えた遊作は顔を上げた。


「財前や和波の家の近くか?」


どこかで見たような街並みに遊作は疑問をなげる。


「いや、もっと手前だな。いわゆる中流階級の家ってところだ。いつも富裕層の連中はここを見下ろしてるのさ」


指差す先には財前たちが住む高層マンションが見えた。



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bkm






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