「というわけで、私はハルムベルテを調べ上げようと思うんだがどうする、財前」
ちら、と投げかけられた視線の先には、真っ青になった晃がいた。
「待て…待ってくれ、今なんていった?」
「だから何度も言わせないでくれるかい、財前」
「す、すまない」
「ゴーストガールがリボルバーにデュエルで敗北し、データに変換されて人質になっている。そして、彼女が身を挺して守ったデータを解析した結果、リンクヴレインズとつながるすべてのネットワークが内側から破壊され、電子機器がすべて破壊されるとんでもないプログラムをハノイの騎士は現在進行形で構築中である。しかも完成まで秒読み段階、起動はどう見積もっても数日以内って言ってるんだ」
「ゴーストガールが!?」
「そ、キミの大事なオトモダチであるゴーストガールが。トレジャーハンターとして深入りしすぎたみたいだ」
「……っ」
晃は唇を噛んだ。和波は肩をすくめる。
「そして、誠也の前にハルムベルテというコードネームを持つ女が現れた。グレイコードでもありハノイの騎士でもある新参者。このコードネーム自体は父親のものを引きついている。どこの誰だか調べてくれと誠也から私に依頼があった。誠也はこのことデュエルするらしい。だから私はこれからバックアップをしながらハルムベルテを調べ上げる。財前、キミはどうするんだい?」
まっすぐに澄んだ紫に見つめられ、晃は言葉に詰まる。すべてが断定口調だった。まるで当然のように目の前の彼女は弟に協力しようとしている。守ろうとする自分とは正反対の動きだ。
「そのデータ、もらっても?」
「いいけど見返りはちゃんとないと困るよ」
「わかっている。持ち帰ったSOLテクノロジー社のデータバンクをさらってみる」
「ああ、ゴーストガールとデートしたっていうあれかい?」
あまりにも場違いな言葉に晃は眉を寄せた。言葉尻が乱暴になる。
「茶化すな、和波」
「わかってるよ。そうカッカしてると足下掬われるよ、財前課長」
「どの口が言うんだかな。2年も昏睡状態になっておいて。しくじったのはキミだろう?」
「おっとやぶ蛇だったかな、あはは。ま、冗談はこれくらいにしてだ。はい、どーぞ。これがゴーストガールから送られてきたデータだ。こっちが誠也から送られてきたハルムベルテのアバター」
「《トロイメア 》?聞いたことないテーマだな」
「そうだねえ。メインにカードが1枚、他が全部エクストラデッキに入るずいぶんと尖ったテーマだ。組んだ人間のプレイングがもろにでる。なかなか上級者向けのテーマだよ。間違ってもハノイの騎士の新人が使わせてもらえるようなカードじゃない」
「和波君は勝ったのか」
「さいわいね。父親のデッキってのはあながち嘘じゃないかもしれないよ。ずいぶんと趣味は悪いがね」
軽口を叩きながらベッドの上の彼女はノートパソコンのキーボードをたたいている。データの原本を晃に託すわけではないらしい。コピーを入れたチップを渡された晃はそれを端末にしまい込むと、そのまま和波の病室を後にした。忙しくなりそうだ。今日は残業になると葵に連絡しなくてはならない。そこまで考えて、晃は元来た道を引き返した。
「和波、まさかとは思うがまた葵に連絡するんじゃないだろうな?」
ばあんと豪快に開かれた扉にびっくりして顔を上げる和波は眼鏡がずれてしまった。
「い、いきなりなんだよ、財前」
「あやうく本題を忘れるところだった!どういうつもりだ、和波!誠也君のみならず葵まで巻き込んで!ハノイの騎士幹部に勝ったからよかったものを、もし負けていたら二人ともアナザーになっていたかもしれないんだぞ」
「げっ、思い出しちゃったんだ?そのまま記憶の彼方に飛んでってくれたらよかったのに」
「和波!」
掴みかからんばかりの晃にまあまあと和波は笑う。
「残念でした、もう連絡しちゃったよ」
「なっ!?」
「それが交換条件なんだ。こうでもしないとあの子たちは勝手に行動して、こっちは全然把握できなくなっちゃうからねえ。心当たりしかないだろ、財前。言って聞くような年の子じゃないんだよ」
「しかし」
「あのねえ、アナザー事件のときよくやったねって褒めてやった財前はどこいたんだい?」
「それとこれとは話が」
「違わないさ、何もね」
「和波」
「それよりはやく調べて私にデータをよこしてくれた方が、二人の安全がより確実なものになる。SOLテクノロジー社の対応も少しは迅速になると思うんだがそこんとこどう思う?」
にやにや笑う彼女に眉を寄せた晃だったが、盛大にため息をついたのだった。
「この貸しは高くつくぞ、和波」
「貸し?貸しは私の方だろ?」
「馬鹿いえ」
「ちょっとは落ち着いたかい?それじゃ、後はよろしく」
肩を落とした晃はちょっと疲れ気味な雰囲気をまといながら、ふたたび病院を後にした。
「さーて、誠也が用意した偽ゴーストはこれか」
HALから送られてきた植物状態になり、魂のデータだけとなっている生体情報をみて、彼女は深い深いため息をつく。ここに誠也がいなくてよかったと心から思う。あの子が犯した罪の重さに恐怖を覚えながら、それしか手段がなかったことに対する罪悪感がこみ上げてくる。こんな顔見られたら最後、絶対に誠也は頼ってくれなくなる。それだけは困る。HALに完全に囲い込まれている弟をこっち側に少しでもとどまらせる未練として彼女は存在し続けなければならないのだ。いつだって。どんなときだって。
「怖気が走るね」
ハルムベルテは当時のSOLテクノロジー社の技術部門において、SOLテクノロジー社側の人間だったようだ。鴻上博士率いるグループとSOLテクノロジー社の仲介などを行う。プログラムをすりあわせる。その裏で誠也たちのデュエルデータを機密の研究情報として還元する裏方でもあった。誠也と接触する機会こそないがデュエルログを見る機会は多かったはずだ。同情すらせず淡々と実験を研究していたようだからもはや人間ではなかったのだ。誠也と同じくらいの娘がいたくせに。
自分の娘と同じくらいの少年少女たちに身の毛もよだつようなおぞましい仕打ちをしておきながら、彼は毎日家族に愛をそそぎ、普通の社会人として父親として平気な顔をしていきてきたのだ。和波にとっては悪魔のような所業だとしても当時の彼のような研究員はたくさんいたのだ。HALが見せてくれたコレクションはほんの一部にすぎないだろうと彼女は気づいている。だから吐き気すらするのだった。
そんな父親の罪を認めていながら同じ道に歩もうとする娘。血は争えないのだろうか、それとも所詮は同じ穴のむじな?わからない。和波にはハルムベルテがハノイの騎士にもグレイ・コードにも参加するまでの経緯がまるで理解できないのだった。なにひとつおかしいところがないのに平然とやってのけるのは父親似といえるのかもしれないが。
「世間は狭いというか、なんというか。あの学校ハッカー多すぎないか?」
今のハルムベルテの現実世界の姿を確認した彼女はあきれしか出てこない。
「さて、どうカスタマイズしてやろうかな」
ゴーストのふりをしてハルムベルテと接触するというHAL。ゴーストと誠也が同一人物だと知らない時点でHALにとっては格好の餌食というわけだ。ゴーストガールが持ち帰ってくれたあの恐ろしいプログラムについて、なんらかの手がかりが得られればいいのだが。アバターにどのプログラムを仕込もうか彼女は嬉々とした様子でデータを構築し始めたのだった。