「いらっしゃい」
「よう、兄ちゃん。今日も元気そうだね。いつものやつくれ、いつものやつ。チーズドックとオレンジジュース1つずつ」
「はいよ、いつもありがとね」
草薙はにこにこしながら調理を始めた。草薙がここに出店し始めて以来の常連である。内ポケットに社員証を隠しているのがわかるから、近くに職場があるサラリーマンだとわかる。スーツだったり作業着だったり私服だったりいまいち職種がつかめないが、肉体労働者ではないことだけはその体格からわかるというものだ。今日はスーツだから商談か会議の合間の休みに抜け出してきたようだ。浮かんでいる間の抜けた笑みからお調子者なのがよくわかる。
季節限定メニューにはしょっちゅう浮気するものの、いつもは固定でチーズドックとオレンジジュースという子供じみた組み合わせの男性だ。一度聞いたことがあるが、仕事で疲れてるとき無性に食べたくなるらしいので、きっと子供のころに食べた組み合わせが再現できると知ってやめられなくなってるタイプなのだ。あるいは単なる甘い物好き。おなかがすいてるときはホットドックが追加されるが、今回はそういう気分じゃないらしい。待ってる間、リンクヴレインズのパブリックビューイングを観戦しはじめた男性は、暇なのか草薙に話を振る。
「そーいやどうよ、最近売り上げは」
「んー、そうだな。一時期はアナザーとハノイの塔の影響でとんと客足が途絶えて参ってたんだけどさ、最近はちょっとずつお客さんも戻ってきてくれてるよ」
「そりゃよかった。ここのチーズドック大好きだからここから移られちゃうと困るんだよね!」
「そういってくれるとうれしいね」
「そーいや、ここ以外には何処に出してんの?」
「お、来てくれるのか?」
「おっかけ出来たらいいんだけどねえ、なかなか休みがとれねーんだわ。代わってくれ」
「おいおい、そしたら俺がホットドック作れないだろ」
「あー、そっか。くそう」
「あはは、お疲れ様。一応、ほら、ダイアモンドダストが見れる海岸あるだろ?あそことか、高台の方とか」
「あー、やっぱり観光地?」
「そりゃな。でもやっぱりここが一番の拠点かな」
「人多いもんな」
「お客さんみたいに熱心に通ってくれる人もいるしね」
「よせやい、ホットドック買いたくなるだろ。チリドック追加で」
「ありがとうございまーす。お客さんほんと好きだぜ」
「おだてりゃ木に登るとでも思ってんだろ、その通りだよ」
草薙は笑った。ノリがいい常連客はとても貴重だ。
「そういやお客さんはこのあたり?」
「職場がね」
「そうか、ならもっと売り上げに貢献してもらわないとな」
「あはは、やめてくれよ、給料日前はわりとカツカツだぜ」
とかなんとかいいながら、チリドッグの取り消しをする気は無いようだ。
「そういや、ここって管轄はSOLなのか?営業許可は役所でとったんだけど」
「さー、どうだろう?たしかにここはイベントように整備された広場だしな。SOLが借りてるんじゃねーか?」
「やっぱそうか、SOLのものにしてはロゴが見当たらないと思ってたんだよ」
「いわゆるパブリックビューイングだもんな」
「常設だけどな」
二人は笑った。パブリックビューイングは、スタジアムや公園・広場の特設会場などに設置された大型スクリーンで、別の会場で行われているスポーツの試合を観戦するイベント会場のことだ。ここは天文台で望遠鏡を一般に開放するイベントや、街頭や競技場の大型スクリーンでスポーツ競技中継、ロケット打ち上げや音楽演奏などの大イベントと違い、リンクヴレインズの専用会場と化している。
大人数で応援しながら、興奮や感動を分かち合うというときには、相性が良かったようだ。
なにせリンクヴレインズにログインするアカウントを持たないが観覧・観戦希望者が多い。それにイベントやデュエル会場に入りきれなかった観覧・観戦希望者が多い。テレビ放送はされない。今はスピードデュエルが主流のため観衆・観客の立ち入りが不可能ときたらもう人は集まるしかないのだ。一応衛星中継やインターネットの公開はされているが、観覧者が多すぎて弾かれたらどうしようもない。多会場での生中継が可能なのはライブビューイング広場しかないのだ。
「キャンペーンの効果は絶大だな」
「それが間接的に宣伝になってんだから大したもんだぜ。それにしてもさ、兄ちゃん一推しのplaymakerは参加しねえのかな。カリスマデュエリストたちはこぞって参加してんのに」
草薙は思わず笑う。常連の横には端末をずっといじっている遊作がいる。ずっとテーブルと椅子を占拠しているのだ。常連の彼にとってももはやただの風景と化しているようで気にする様子はない。
遊作は朝からずっとリンクヴレインズを調べているのだ。ここのところ遊作のリンクセンスは水面下の悪意を感じ取り、違和感や不快感が拭えない。その理由を遊作はわかっているから必死で調べているのだ。アナザー、ハノイの塔の事件収束後も、グレイ・コードの新たな動きが全くみえない。不気味で仕方ないのだ、アインスがこれが始まりのデュエルだ、と意味深な言葉を残してから、しばらくたつのにだ。
リンクヴレインズでは確実になにかが起ころうとしている、それも間違いなく良くないものが。それなのに打つ手がない。完全に遊作たちは調査に行き詰まりを見せている。打開できるようななにかがほしい。そう思うたびにファウストのいいかけた、そのイグニスは人類の未来を、あるいは君は人類の未来を自らの手で、と自ら遮った言葉が蘇ってしまう。焦燥感が高まると遊作はもともと周りに興味がないからずっと画面に向かいっぱなしだ。
余裕があるときなら、こういう草薙がplaymakerについて話すときはちらと反応もするのだが、顔を上げるのすら面倒なようだ。そのかわりにさっきからデュエルディスクの目玉が興味津々で形を絶え間なく変えている。
「さあ、どうだろう。グレイ・コードはおろかハノイの騎士が最近出てこないから興味ないのかもしれない」
「あー、たしかにそうだ。でもアナザーやハノイの塔で離れたユーザー向けのイベントにまたあいつらがきてむちゃくちゃされてもまた過疎るからなー、難しいところか」
「playmakerに出てほしい?」
「そりゃみたいよ。みたいに決まってんだろー!今回から大型アップデートでサイバースとも相性がいいテーマ増えたしデッキ構築変わるのかとか、精霊プログラム使うのかとか。でもplaymakerってハノイやグレイ・コードがいないと出てこないんだろ?残念だ」
「あはは、さすがはアナザー、ハノイの塔のときもずっと来てくれただけはあるな。ログインする気は?」
「ないない、この歳になるとどうもスピードデュエルはハードルが高いぜ」
「おいおい、やめてくれよ。それなら俺はどうなるんだ」
「にいちゃんは俺よかマシだろーさ」
「あはは」
そうこういってるうちに出来上がったセットメニュー。ありがとう、と受け取った彼は近くの椅子をひいた。
精霊プログラム、その存在をSOLテクノロジー社が公にするのは実は初めてである。
5年前、原因不明の障害によりSOLテクノロジー社のサーバの機能が大幅に低下した事件があった。ハノイの騎士というサイバーハッカー集団の犯行だといわれている。そのせいでSOLテクノロジー社は今にいたるまで全盛期のサーバの力を取り戻せないでいる。リンクヴレインズの存続の危機ともいえたその穴埋めに講じられた策の一つが、当時駆け出しのプログラマーだったある研究者の論文をもとに構築されたものが元であり、ある研究者はSOlテクノロジー社に直々に売り込みに来たのだという。もともと、起業するつもりだったというある研究者は、コネを作るつもりだったようだが、それは咽喉から手が出るほどほしいものだった。SOlテクノロジー社は囲い込みに走ったのだ。そのプログラムはある研究者にしか作ることができず、そのシステムだけパクることができなかったのだ。
ある研究者が構築したプログラム、それはデュエルモンスターズの精霊というオカルトまがいの存在を前提に構築されたものであり、彼らの力を借りるというものだった。ある研究者は精霊という存在、そして精霊世界という異世界を知覚し、干渉することができる能力があり、その存在から許可を得てエネルギーに変換する方法を提案してきたのだ。デュエルによって生じるエネルギーの存在は知られていたが、その証明に精霊というとんでもない存在をぶち上げたある研究者。普通なら却下されるはずだが、なぜかSOLテクノロジー社の上層部はくいついた。
そして、今のSOLテクノロジー社がある。リンクヴレインズのソリッドヴィジョンのクオリティが神がかっている、と評判になり始めたのはそのころのようだ。ほとんどの社員は精霊なんて見たこともないし、信じているわけでもない。ほかの社員がみるかぎり彼はほんとうに普通のデュエリストに見えた。デュエルモンスターズに造詣が深く、リンク召喚を推すためにほかの召喚方法に消極的な上層部としょっちゅうけんかしているところを目撃するが、その熱意はもっぱらデュエルのクオリティを高めるプログラムばかりに向けられている。変わり者として社内でも評判の男だった。
「やあやあ、河島くん。調子はどうだね?」
「北村部長」
「噂は聞いてるよ、評判は上々のようだね」
「ありがとうございます!」
「お昼は……またホットドッグ?若いねえ」
「好きなんですよ、このジャンクな味が」
「ふーむ、理解できん」
「とりあえず今んとこ問題はないかなって感じですね」
「うんうん、いいことだ」
北村部長は満面の笑みだ。リンクヴレインズに蔓延るハノイの騎士、そしてアナザーウイルス。ハノイの塔、グレイ・コード、一連の事件が解決したとはいえ、まだまだ脅威なのはかわらない。起死回生の新しいキャンペーンの成功をなんとか成し遂げたい北村には久々にほっとできるニュースだった。
「そういえば、最近何してるんだね?」
「俺っすか?」
「ああ、またなにか企画を始めるんだろ?噂には聞いてるよ」
「よくぞ聞いてくれました!実はですね、やーっと上層部からほかの特殊召喚の導入にGOサインが出そうなんすよ!まずは手始めに既存テーマにリンクモンスターを追加して、様子を見るってことになりましてね!いやー、楽しみだなあ」
「前から思ってたが、企画部に行った方がよくないかね?」
「いやいや、こーいうのは他人が提案したのに合わせてお金を使うことほどつまんねえものはないっすよ。やっぱ自分でいろいろできなきゃ意味ないって。というわけで、また新人職員お借りしますんでよろしくお願いします」
「ほどほどにしてくれよ、ただでさえうちは私と数人しかいないんだからね」
「わかってますってば」
縦の関係を無視して、総合的な事業計画を立ち上げ、そのために各課からメンバーを選出し、週に1、2回午後に新人職員を貸し出すことが恒例となっていた。下積みばかりでモチベーションがあがらない職員のために、自分で何かする楽しさややりがいをかんじてほしい、と始まった新人研修も兼ねた取り組みは今年で5年となるらしい。
「ところでその精霊プログラムってのは、重くならないのかね」
「まあ、ゼロとはいいませんよ。それを導入するのがあちらの条件なんで」
「そうか、まあ、そのおかげでここまで改善してるなら万々歳だね」
はい、と河島は笑う。
SOLテクノロジー社のデータバンクと精霊世界をつなげることでデュエルエネルギーを確保するかわりに精霊たちが自由にリンクヴレインズを闊歩できる。彼がもたらした新たなるプログラムはSOLテクノロジー社に革新をもたらしたが、それと引き換えにどんな精霊がこちら側にくるのか保証できないという不安要素を生み出した。精霊たちの協力なくしては成り立たないこのプログラム、それだけ彼らの存在を認めさせたかったのか、と誰もが思う。それだけ大切に思っているのだと。
北村は微塵も興味がないため深くは聞かない。そういう意味では二人は相性が良かった。
「では私は会議があるのでね、失礼するよ」
「はい、わかりました。お疲れ様です」
河島はふと端末をみる。
『メッセージを受信しました』
「お?」
『ゴーストガールからです』
「了解、読み上げてくれ」
イヤホンを伸ばしながら河島はいった。
『わかりました』
デュエルディスクのAIが読み上げてくれる。
「おー、やっとか。うし、それじゃまずはデートだな」
なお見込みはない模様である。ログインしたツヴァイは辺りを見渡す。
「はあい、すぐに来てくれて嬉しいわ、ツヴァイ」
「そりゃ、駆けつけないわけにはいかないだろ、ゴーストガールからのお願いとあっちゃなあ」
「ありがと」
ウインクを飛ばすゴーストガールにツヴァイは笑う。
「それでデータはもらえるんだよな?」
「ええ、貴方は大事なお得意様だもの。じゃ、振込はいつものところにお願いね」
「了解。ゴーストガール、今度の休み暇?みたいっていってた映画見に行かねえか?」
「ごめんなさいね、好きな映画は一人でみたいの」
「そっか、あんまり好きじゃないのは?」
「見ないわ」
「そりゃ残念」
「ほかの依頼主とのデートの先約があるのよ、ごめんなさいね」
「あー、そりゃ仕方ねえか。くそ、俺も現実で約束しときゃよかった」
「ふふ、次からはそうして?」
「おう、前向きに検討させてもらうぜ」
ツヴァイはデータマテリアルを受け取る。
「これがSOLテクノロジー社のデータバンクか、なにが出てくるか楽しみだなー」
ゴーストガールは笑う。
「結局私よりデータの方が大事なんじゃない。つれないのはどっちなのよ」
「おいおい、俺をアイツと一緒にすんなよ。女の子は大切にするぜ?」
「一人じゃないけどね」
「人のこと言えるのかよ」
「あら、ひどいわね。これでも一途なのよ?」
「あー、はいはい、惚気はまた今度じっくり聞かせてもらうよ」
「もう、その話からは一旦離れましょう。ひとつ、いいかしら?」
「うん?」
「データバンクで見つけたんだけど、精霊システムが実装化されたのは実は最初からとみていいの?」
「ユーザー側にカスタマイズしたのは今回が初めてだけどな」
「あいかわらずオカルト紛いな理論だけど事実なんだものね、私も適応できるようにしなくちゃ」
「アンタなら大丈夫さ。デッキに好かれてるからな。精霊の絆がやっと一方的じゃなくなるだけだ、胸が熱くなるな」
「そういうものかしら。なんだか不思議な感じがするわ」
「いずれわかるさ、いずれな」
意味深に笑うツヴァイにゴーストガールは苦笑いした。
大型アップデートの直後にインストール可能となったプログラムがある。それはデュエルすればするほど愛用するモンスターのAIの性能がよくなり、接続時間といったリンクヴレインズでの環境が劇的に変化し、よくなっていくという画期的なものだった。もともとデンシティではひとつのデッキを大切にするデュエリストが主流だった。たくさんのデッキをもつデュエリストは検証した結果、一時期たくさん使用すればその性能は落ちないとわかったものの、デッキ依存のため別のデッキを組むとなると以前の環境に戻ってしまう。一部の嗜好を真正面から潰すような仕様だったが、その機能自体、デッキにオンオフがついており、その辺りもフォローはされていた。ただデュエリストたちは気づいてしまうのだ。もともと現実世界で使用しているデッキの方が勝率が高いと。なぜかリンクヴレインズだと振るわない勝率も現実世界と同じようになってきたと。公式に発表はされていないが自己学習機能がデッキの使用回数に連動していると誰もが気付き始めた。待っているのは、現実世界で愛用しているデッキを使うか、リンクヴレインズでしか配布されていないデッキを使うかの二択。嬉しい悲鳴である。
「……」
『どうすんの、playmaker さま』
「どうもしない、アップデートするだけだ」
『お、まじで?』
「効率を考えても実質一択だからな」
『おー』
「邪魔ならオフにするだけだ」
『学習型AIかー、お手並み拝見』
ニヤニヤしながらアイはダウンロードされる新規プログラムを眺めていた。
「すんごいなー、俺には劣るけどさー、これだけ違うもんか」
ログアウトしたあと、アイは興奮気味に語る。playmakerとして初めてログインしたわけだが全然違うのだ。モンスターのモーションのひとつひとつのモデリングとかそういった細かなものからデュエルを繰り返すたびにどんどんクオリティがあがっていく。
「そのくせ容量前とそんなかわらないってなんの詐欺だよ」
アイは脱帽しきりである。
「すんごいな、今回のキャンペーン。担当は本気だな!」
「アナザーやハノイの塔で利用者が減ってるからな、SOLテクノロジー社もそれなりの手を打ってきたってとこだろう」
「でさー、遊作ちゃんよ」
「なんだ」
「せっかくモンスターがじゃれついてんのに、その反応のうすさはなんとかなんないのか?!《ビットロン》とかすんごい悲しそうな顔してたぞ!」
「所詮はプログラムだろ」
「つめたい!」
「わかってないな、アイ」
「へ?」
「遊作はちゃんと可愛がってるぞ」
「どこがだよ、あんまり変わらなくね?」
「ほらよく見ろ。ちゃんと目を見て話してるだろ」
「わかりにくっ!?」
「モンスターも喜んでるじゃないか」
「健気過ぎない!?俺ちょっと悲しくなってきたんだけど!?ちょっとー遊作ちゃーん、もっと自分のデッキのモンスターに構ってやれよ」
「バカ言え、遊びに行ってるんじゃないんだぞ」
「ちぇっ、つめてーの!俺だけでなくアイツらにまで塩対応かよ!AI差別だ!待遇改善を要求する!」
「なにいってんだおまえ」
「あんまり対応がすぎるとお前の運命力が低下するぞー」
「デュエルに支障がでるならプログラムをオフにするだけだ」
「ええーっ、どこまで冷たいんだよ遊作ちゃん!」
なっとくいかない!と抗議するアイは、精霊プログラムが気になりつつもアイたちに茶化されるのが嫌でいい出せない遊作の心情などしるよしもないのだ。