新生ゴースト

それは数週間前にさかのぼる。


HALはにょきっとデュエルディスクから顔を出した。

「なあ、誠也くんよぉ」

「うん、なに?どうしたのHAL?」

「俺様さー、いいこと思いついちゃったんだけどさあ、妖精プログラム実装したせいで俺様、誠也と入れ替わらなくなっただろ?よく考えたらゴーストのアバター変えたらいいんじゃね?」

和波は瞬き数回、え?と間抜けな声を出す。

「それだけで入れ替われるようになるの?ほんとに?」

「おうよ、まあ聞けって。俺様気づいちまったんだけどさ、ゴーストが和波誠也のアバターをつかっちまえばいいのさ。逆転の発想っつーの?俺様あったまいい!」

「は、はあ?え、えーっとごめん、どういう意味?全然わからないんだけど」

「だーかーら、それを今から説明してやるからちっと黙ってろ!つまりだな、6歳の和波誠也のアバター使うんだよ、ゴーストが!当時つかってたデッキ持って!そうすりゃどうだ?ロスト事件被害者でリンクセンスに目覚めてたやつだろ。グレイ・コード。ハノイの騎士のやつらはピーンとくるはずだぜ。ユーレイさんはフェッチ事件の被害者だってplaymaker様たちも気づいたんだからよ、一発でわかるだろ。今更隠す必要はねーんだからよ、ガンガン情報開示していこうぜ。ただでさえグレイ・コードがどう出るか全然わかんねえからな」

「ぼ、ボクにまで被害いかない?」

「だからいいんじゃねーか、堂々と首突っ込めるぜ?」

「たしかにそういわれるといいかも?」

「そんでさ、ゴーストのデッキに《星杯》加えちまうんだよ。俺様のコピーゴースト入手してっからな、イグニスによくにたAIがいてもなにも不思議じゃあない」

「おー!すごいねそれ」

「いつもは《魔弾》、敵さんが釣れたら《星杯》、どーよ完璧じゃね?」

「すごい、すごいよ、HAL!いけるかもしれない!」

「なーいけるだろ?あとは誠也が6歳のアバター使う羞恥に耐えられるかだな!」

「…………そ、そうだね」

和波のテンションはダダ下がりした。



「大丈夫か、和波くん?ため息ばっかりだけど」

ため息もつきたくなる。ゴーストとしての活動を姉に報告したら、6歳の誠也大量生産か!と大笑いされたのだ。せっかく可愛らしいアバターなんだから可愛いデッキ使ったらいいのにといわれ、絶対に嫌だと断固拒否したばかりなのである。アバターが姉の手にかかるように

コーヒーの美味しそうな香りが鼻をくすぐる。ありがとうございます、と和波は紙コップを受け取った。一口飲んでみる。

「……草薙さん、苦いですよぉ」

「あはは、今日は長丁場だ、がんばろう」

「ええ」

「だって来月からリンクヴレインズがさらにリニューアルするんだぞ。ふつうに考えてログインするやつらが多すぎて商売あがったりだからな。来月になれば少しは休みあげるから我慢してくれ、な?金はきちんと払うからさ」

「……わかりました」

「今のうちにお金稼ぎたいのは和波くんだって例外じゃないだろ?」

和波はこくんとうなずく。セキュリティだけでなく全てのエリアを新生しなければならなくなったリンクヴレインズ。スピードデュエルを黙認から公認にすると発表されたのだ。どうやらSOLテクノロジー社はスピードデュエルを一大産業にするつもりのようだ。アナウンスを聞くかぎりだいぶアングラな世界からライトな世界に雰囲気も変わるようだし、Dボードやカード、そしてアバターパーツも種類がたくさん増えるらしいのだ。お金はいくらあっても足りないことはないのである。

「最後の追い込みってことで頑張ろうか」

「はい!」

和波はコーヒーを飲む。いつもより苦いコーヒーで眠気も吹き飛んでしまう。ハノイの塔事件以後、リボルバーたちの行方はしれないまま、グレイ・コードも新生ヴレインズに対応するつもりなのか沈黙を保ったままだ。和波はグレイ・コード壊滅と工作員の行方を知る目的がまだある。だから草薙や遊作が協力してくれているから立ち入り禁止のリンクヴレインズに姉のアカウントで入り込んだりしているがめぼしい結果は得られていなかった。

「草薙さん、俺も」

「うん?珍しいな、遊作もブラックか?」

「ああ」

「宿題の追い込みか?かんばれよ」

遊作はいや、と首を振る。草薙と和波は目が点になる。

「俺も手伝う」

「え、手伝うってこれをか?」

「ああ」

「ふ、藤木くんほんとですか?」

「ああ、ロスト事件は俺の中で決着がついた。だから色々と始めたいと思って」

「……藤木くん」

「遊作……」

「あ、そっか。藤木くん、調理実習でたくさんホットドッグ作りましたよね、じゃあいけますね!」

「そうか、そうか。よし、遊作がやっとその気になってくれたんなら、ちょっと待っててくれよ」

草薙は嬉しそうだ。一度席を外すと奥の戸棚からなにか引っ張り出してくる。

「よし、それじゃあ貸してやるよ。これがお前の制服だ」

カフェナギのトレードマークがついた服とエプロンを渡された。

「名前書いとくか?」

「……いや、いい」

どこか嬉しそうに受け取った遊作は、いつもログインする場所に入っていった。



デンシティも日本のように四季があるが冬が少し長めで、春と秋が短いようだ。一年の中でも過ごしやすく温暖気候だと聞いていた和波だが、朝夕と日中の気温差が結構ある。だから衣替えより前の段階で冬服に戻っていた。私服も羽織ることができる薄手の服が一枚あると便利な日々が続いている。


9月になると涼しい日が増えてきたが
時々暑さがぶり返す時期があり、着るものに困っている生徒は多い。なに温度は30度前後、日差しは強くないが生あたたかい風を感じる日があるかと思えば、日中でも長袖が必要で朝・晩は冷え込む日がきたりする。日中との温度差が激しいのは変わらないため、夜のことも考えてジャケットを羽織ることが増えた。街行く人たちの服装にもダークカラーが増えてきた気がする。


今日も風が吹くと肌寒いものの空の高い秋晴れの気持ち良い日だった。街歩きが楽しい季節だが、姉が嫌がり今日は散歩を断念した。

せっかくいい天気なのに、と名残惜しそうに外を見ている和波に姉は嫌そうな顔をする。

「今日は結構きつい風が吹いてるじゃないか、頭がぐちゃぐちゃになるから明日がいい」

「えー、そんなのあとでとかせばいいじゃん」

「面倒なんだよ」

「えー」

「仕方ないなあ、じゃあ教えてあげよう、誠也。私が散歩に行きたくないのは、外で話せる内容じゃないからだよ」

「え?」

「非常に残念なお知らせだよ、誠也。今日からゴーストは新生リンクヴレインズにおける指名手配犯だ」

青天の霹靂だった。ぽかんとしたまま姉を見る和波は、そのまま姉に問いかける。

「え、し、指名手配?ボクが?ほんとに?なんで?」

愕然としている和波に姉は苦笑いした。

「私に言わせれば今まで指名手配されなかった方がおかしいけどね。複数の初期アカウントを所持し、違法アバターをもち、しかも複製されたイグニスを所有している。あげくのはてにユーザー情報はおろかパーソナル情報まで盗み出してる。現にゴーストの収集してた個人情報がリボルバーに抜かれてアナザー事件の被害者は増大しただろう?私が財前だったら即刻指名手配してるところだよ、公的機関のお出ましだ」

「あ、あはは……たしかにそうかも」

「まったく、私が眠ってる間にとんでもないことしてくれたね。なんとか言い逃れはしてみるけど、しっぽつかまれるような真似しないこと。いいね?」

「はあい」

「今のSOLテクノロジー社は、アナザーとハノイの塔事件の責任をとって、北村部長をはじめとした重役たちが更迭されてる。そして今のセキュリティ部長は財前だ」

「あ、そうなんだ。よかった、財前さん元の地位に戻れたんだね」

「ただ上層部からの干渉はそうとう強くなってるみたいだね、ぼかしてはあるけど毎回愚痴がとんでくるよ」

姉は苦笑いする。

「それに、指名手配犯はもう一人いるんだ。誰か分かるね、この流れからいうと」

「……まさか、playmakerだったりする?」

「大当たりだよ、誠也」

「えええっ、そんな、playmakerまでなんで!?」

「アイがサイバース世界を再出現させてもSOLテクノロジー社のサーバの能力は戻らなかったらしい。つまりイグニスがいないとだめってことだよ」

「……やっぱりSOLテクノロジー社はイグニスたちから色々搾取してたんだね」

「ああ、どうやらそうらしいね」

HALと初めて会ったときどうしてSOLテクノロジー社に助けを求めないのか聞いたときと全く同じ状況だ。

「つまり、アイくんが欲しいってこと?」

「そう、ゴーストが指名手配犯にされる理由と同じだよ」

「えー、アナザーやハノイの塔事件解決したのに?なにそれ」

「SOLテクノロジー社にとって存亡の危機的状況なのはなにひとつ変わらないからね。最初から最後まで上層部の指示はイグニスの捕獲だよ」

「そんな」

「今度、ゴーストとしてログインするときには、バウンティハンターに狙われることになるから気をつけること」

「バウンティ……賞金稼ぎ?」

「そう、どんな手段をつかってでも入手しろってね。ゴーストはイグニスの複製を入手したことになってる。実際は誠也のこと、そしてHALのことだけどね」

「なるほど、わかった。気をつけるよ」

「今、悪質なハッカーどもが新生ヴレインズでも早速違法行為が可能な改造施してるみたいだしね、ゴーストも対応した方がいい」

「はーい」

「で、覚悟は決まったのかい?」

「へ?」

「6歳の和波誠也の生体情報をもとに、ほんとうのユーレイさん時代の誠也のアバターをつくるんだろ?」

「……ま、まだ言わないで、お姉ちゃん。まだ現実逃避したかった」

「あはは。しっかしHALもなかなか大胆なこと考えるね」

「あーもー誰かとめてよ」

「ゴーストをやめるってならいくらでも協力するけどね、ありえないでしょ?」

「まあ、それはそうだけどさ」

「それならはじめから提案なんかしないさ。無駄なことは嫌いなんだ、私はね」

「ならアバターにあんなに時間かけなくても」

「それとこれとは話がべつだけどね」

「お姉ちゃん」
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