ある朝のこと、島はいつものようにデンシティハイスクールに向かっていた。夏休み明けだというのに、ここのところ1年生のデュエル部の集まりが悪い以外に特に悩みはない。見慣れた横顔を見つけた島は駆け出していく。そこには校門前の長い長い階段を上がっていく和波誠也の姿があった。
「よーっす、おはよう誠也!」
島が一気にかけあがり追いつくと、和波はペースを落としてくれた。
「あ、直樹くん!おはようございます!!」
島をみとめた和波は笑顔の挨拶した。おうよ、と返した島はさっそく朝聞こうと思っていた話題をぶつけることにした。
「よかったよかった、学校これたみたいで。ほら、昨日のデュエル部の講義だぜ」
「ありがとうございます」
「新しい特集召喚の講義が始まったんだもんなー、やっぱ気合いが入るぜ」
「そうなんですか!?え、え、シンクロとかエクシーズとか!?」
「そう、そのまさがだよ」
「そんなこと聞かされたらすぐ確認しなきゃいけないじゃないですかわやだー!」
「そーしろそーしろ、俺たちに置いていかれないようにな!」
「はい!」
元気よく返した和波に、よろしい、と島は大げさに返してみせた。島からデータが送られてくる。受信したというメッセージが届いたことを確認して、和波は早くみたくなったのかペースをあげる。島も気持ちはわかるのか歩みを合わせ始めた。
「いいってことよ。他ならぬ誠也からのお願いだからな!そうそう、ゴーストからの情報、ちゃんと流しといたぜ。部長がみんなに注意するよういっとくってさ。新聞部にでも掛け合うのかな」
「さすが直樹くん、仕事はやいですね。ありがとうございます」
「いやいや当然だぜ、なんたって俺たちの仲だからな。それにゴーストがわざわざ教えてくれたんだ。ちゃんとわかってくれてるってことだよな、はっはっは!」
悪質な乗っ取りウィルスがリンクヴレインズに蔓延しつつあるがまだ調査中のため公式発表ではない。自衛するしかない。ゴーストと和波の姉という二重の情報は信憑性を持って迎えられたようでなによりだ。
「すごいですね、ゴーストから連絡がくるなんて」
「だろだろー!もっと褒めてもいいんだぜ」
島は笑った。新生ヴレインズになってからこれで2回目の遭遇だと島は喜んでいる。
「あ、そうそう島くん。お姉ちゃんから、あのウィルスのワクチンもらったのでダウンロードしてください」
「マジで?!和波の姉ちゃんほんと仕事はやいなあ!デュエル部のみんなにも渡しとくぜ」
「お願いします。僕、藤木くんや財前さんにも渡しておきますから」
「あー藤木はバイト先が同じなんだっけ?財前は?」
「お姉ちゃんが財前さんのお兄さんと同期なんですよ」
「へー、そうなのか」
データチップを受け取って島はダウンロードを開始した。この容量なら一限目開始までには間に合いそうである。
「なんかあったら遠慮なくいえよ」
「ありがとうございます、直樹くん。まだウィルスのキャリア……一番最初に感染した人が誰かわからないんです。それさえわかれば、すぐ直樹くんに知らせますから」
「おうよ、任せとけ」
島はうんうんうなずいた。和波はいいのだ、グレイ・コードとの対決なんてとんでもないミッションがあるし、時々授業を抜け出す時は島はそれをごまかしたりするよう頼ってくれるようになった。それは島にとって日常を非日常に変えるにふさわしい転機だった。毎朝こうして進捗状況を教えてくれるのだ、頼りにしてくれているのだとわかって島は満足である。ゴーストからの情報を渡したらえらく喜ばれたから、役だっている自信もあった。
「しっかしなあ、和波はともかく財前たちサボりすぎだぜ最近」
島はぼやく。和波は苦笑いした。藤木遊作や財前葵はもともと出席率が悪かったが、新学期に入ってからいつにもましてサボりが増えている。なんてことだ、やっと先輩たちがハノイの塔事件から復帰したのに。
「ウィンたちのこと何かわかったか?」
和波は残念そうに首を振る。そっか、と島はためいきだ。行方不明になってしまったデュエルモンスターズの精霊を探して島もデュエル部の活動が終わればリンクヴレインズにログインしている。だが未だ進展がないのはお互い様のようだ。取り繕うように笑った島に和波は申し訳なさそうだ。
「そっか、またなにかわかったら言えよ!」
「はい、ありがとうございます」
そんな和波の後ろを見慣れた後ろ姿が通り過ぎていく。あ、と島は声を上げるなり慌てて階段をかけあがる。
「あ、藤木!お前さあ、最近全然デュエル部出てねーから、先輩たち心配してたぞ!ちっとは顔出せよな!」
「ああ、島か」
「ああってなんだよ、お前なあ!」
めんどくさい奴に捕まってしまったと顔に書いてある。和波は苦笑いした。
「おはよう、和波くん」
「あ、おはようございます、穂村くん」
「よーっす、転校生じゃねーか、おはよう!そうそう聞いてくれよ、お前ら!藤木のやつデュエル部なのに全然こないんだぜ」
こうして騒がしい朝は始まった。