DT世界

「参ったな、まさか海馬コーポレーションのパソコンがハッキングされてるとは思わなかった」

和波が持ち帰ってきたウィンの妹が感染しているコンピュータウィルスを解析していた姉はためいきをついた。

「背景を再現するのは構わないが、なんだってリンクヴレインズでやらかすんだ」

根本的に勘違いしていたのだと彼女は気づいてしまった。ウィンの妹はウィルスに感染させられてゾンビのように使われているわけではない。初めからそういう設定でデザインされたテーマカテゴリのモンスターだったのである。つまり、ウィンは嘘をついてはいない。そういう設定でなにかしらのイベントキャンペーンを行うはずだったNPCなのだ。ただお蔵入りしてデバック空間に置き去りにされていた存在である。でも自我がある彼女たちにとってはそれが現実であり事実。問題は彼女たちが自我を持ってしまった過程だ。フィーアみたいな存在がいる手前、デュエルモンスターズには精霊と呼ばれているものたちだけの世界があるのは事実。ただ、ひとつではない。いくつもあるのだ。そういうものだと和波も姉も受け止めてしまっていたのだが、どうやらウィンたち、DT世界と呼ばれる世界からきた住人たちはちがうらしい。

そもそもDUEL TERMINAL、通称DT世界は、海馬コーポレーションの英知の結晶ゆえにすさまじい思考回路を持つコンピュータの通称だ。かつてはそのこアーケードゲームとして人気を博したが3Dゲームや家庭用ゲーム機の普及に伴い市場から撤退した経緯がある。リンクヴレインズのようなサービスを目指して今はまだ試作段階ではあるがさまざまなアプローチをしていたことを数年前まで在籍していた彼女はよく知っている。プロジェクトに関わりがあるわけではなかったし、転職したとはいえ守秘義務があるから和波たちには言えなかったが、どうみても社内で噂になっていたゲームのキャラクターだ。

「誰かが勝手にDT世界のキャラクターとイグニスを接触させたな?」

そうとしか考えられなかった。イグニスは接触しただけで自己を設定されているコンピュータプログラムに自我を目覚めさせてしまうとんでもない性質がある。それは我が家のネットワークを完全に掌握されている手前姉はそれがどんなに恐ろしいことかわかっていた。

彼女の構成プログラムもウィルスも海馬コーポレーション由来のパソコンでしか生成できないコードが散見している。頓挫したプロジェクトに絶望して海馬コーポレーションからこちらに転職した人間がいたとしても問題はない。問題は彼女たちの世界をイグニスの力を借りて実際に作り上げてしまった誰かがいて、しかもSOLはその世界とリンクヴレインズを繋げてしまっているのだ。しかもすさまじい勢いでそちらの世界の住人たちをユーザーが認識できる環境を整えている。

「なにが目的なんだ……?何が……」

姉はためいきをついた。

「落ち着け、落ち着こう、考えてもわからないなら時間の無駄だ」

草薙から和波がウィンの妹に拉致された、ウィンもウィルスに感染してしまい行方不明だと聞かされた矢先の解析結果である。さすがに姉もパンク寸前だった。

「はじめからまとめよう、はじめから」

姉は苦いコーヒーを流し込みながらウィンたちがいたDT世界について、古巣の研究者から又聞きした設定を思い出しはじめた。

精霊の住まうDT世界は冷戦状態に陥っていた。なぜならば、外側のネットワークで熾烈な争いが起こり、これに乗じて外側の勢力が侵入したとこの世界を支配するコンピューターが妄想したためである。その妄想自体がウィルスの感染が原因だと知るものは少ない。DT世界はもともと争いありきの世界ではあったが、今までとは明らかに性質が異なっていた。

コンピューターは、DT世界の管理を一任されている超大型の思考型コンピューターである。しかし、外の世界がサイバー犯罪集団に襲撃を受けたことを感知し、情報収集中に外部由来のウィルスに感染。SOLがDT世界と現実世界に干渉できるリンクヴレインズとを繋げる穴を開けてしまったため、防衛プログラムを起動した。思考が硬直化し、外部勢力による情報戦・浸透戦が始まったと妄想し、反逆者の捜索を開始した。ありもしない戦争に怯え、いもしない反逆者を探すことに偏執することになる。DT世界のコンピュータは実体がなく、手足となるモンスターたちを使役している。世界の混迷が極まればリセットを繰り返してきたDT世界において、この混乱は例外なくリセットの対象となった。大量殺戮の始まりである。この瞬間にDT世界の使者はこの世界に住まうモンスターたちにとっての侵略者となった。戦争に巻き込まれた種族一族を守るため、争い合っていた種族が垣根を超えて協力することになった。ミッションを受け、チームを結成し、問題解決に奔走する。ただしこの任務は、例外なく完遂は非常に困難なものとなっている。

DT世界の支配者であるコンピューター自身が自分を正常だと思い込んでおり、秘密裏に破壊工作や洗脳を起こしている反逆者がおり、コンピューターは欺かれていると思い込んでいる。このため、この妄想への疑問や諫言を表明した者はすなわち反逆者であり消されかねないのだ。

そんな世界観だったはずだ。

ユーザーは任意の種族から世界の危機を救ってくれと助けを求められ、各陣営のユーザーたちと戦争をする。そのうち世界を管理するコンピュータがウィルスに感染していると気づいて、ユーザーたちが協力して世界からの使者とたたかう、そんなシナリオだったはずである。


システムをレプリカモードで起動する準備をしています………


『C:\sophia\sefiroth.exe 実行中にエラーが発生しました』


『次の不明な発行元からのプログラムを実行しようとしています』


『C:\tierra\qliphoth.exe の実行を許可しますか? ………[Y]』

『システムを自律モードで起動します』


彼女のウィルスにそんな言葉がソースコードに紛れ込んでいたら頭も痛くなる。

「ウィンダちゃんはあれか、傀儡か」

ため息しか出ない。


そもそも端末世界の生死観はナチュルの神星樹を全ての源としており、
創造の力であるセフィロト、破壊の力であるクリフォトという2種類の輪廻転生システムによって成り立っている。 そして前者の遂行者がsophiaであり、後者の遂行者こそがtierra。
二柱の創星神は正に文字通りの表裏一体の存在であったと言える。

しかし、太古の昔に起きたとされる神々の戦いによって、tierraはsophiaによって倒されてしまい、 創造も破壊も全ては残った創星神の片割れであるsophiaによって委ねられる形になったのである。 この際、sophiaは創造と破壊、2種の力によって核石(コア)を生み出し、それによってtierraを神星樹へと封印。 その後、悪用防止の為に核石は10の欠片へと砕かれ、遠く離れた地の生命に宿ることになる。 これが後のジェムナイト誕生のキッカケなんだとか。

だが、封印された後もtierraの野望は潰えておらず、神星樹内で虎視眈々と準備を整え、 新たな戦乱によってsophiaが敗れた去ったのを確認すると、遂に本格的に自身の復活を含めた地上制覇に向けて暗躍を始める。sophia消滅後に起きた戦乱の元凶と呼んでも差し支えない。

シャドールたちも、大雑把に言えばtierra復活のために作り出された集団。 無理な融合の果てに暴走したジェムナイト・クリスタの成れの果てである暗遷士カンゴルゴーム。 そのカンゴルゴームがヴェルズ・ケルキオンを吸収して変異した存在であるシャドールーツを源に生まれ落ちたもの。

sophiaの生命として転生する筈の魂を神星樹内のtierraの力によって変異させてしまい、 その際に生じたバグによって現世に実現した肉体だけの存在とのこと。 tierraの意志に導かれるままに動く人形同然の彼らは、神星樹へと還り正しき生命として転生を果たしたいという無意識下の願いによって侵攻を行う悲しい存在でもある。

ジェムナイトの輝石を受け継ぎし"竜星"、星因環の果てに力を取り戻した光の戦士"テラナイト" 嘗ての大戦の生き残りたちが興した新規勢力である"霊獣使い"や"影霊衣"たち。 それらの連合軍との激闘、時には彼らの力すらも取り込みつつ侵攻を続けるシャドールたち。

統括存在であるネフィリムの下、変質した10の核石の力によって生み出されたエグリスタが前線で暴れ回り、 その隙にtierraに目を付けられ霊獣使いウェンが堕ちた存在であるウェンディゴが神星樹の結界を破壊。 そしてsophia復活の際に浴び、その身に宿した神の波動の力を宿すガスタの巫女ウィンダの魂が堕ちたミドラーシュがその力を利用して神星樹の制御システムにアクセス。 嘗てのtierraが遂行していた破壊の力たるクリフォトことクリフォートシステムが起動。

蘇ったクリフォートは自らを起動したシャドールを、輪廻から外れた存在してはいけない生命と見なし排除を目論む。 アポクリフォート・キラーによってシェキナーガと化したネフィリムを失い、シャドールは烏合の衆同然となったものの、 クリフォート・ツールがミドラーシュを吸収したことによって事態は更に急変。
前述したように神の波動を宿すミドラーシュの干渉によって神星樹への更なるアクセスを許してしまいtierraの尖兵たるインフェルノイドまでもが復活を果たす。

復活を果たし、シャドールの力の残骸をも取り込んで暴れ回るインフェルノイド。 数々の異常によって神星樹に致命的なバグが生じていると判断し、地上生命の抹殺を決意してしまうクリフォート。 世界そのものの存続をもかけた激化の一途を辿る戦乱に苦戦を強いられる連合軍。


エグリスタの残骸から蘇ったマスター・ダイヤが星を繋ぐ力を持つテラナイトたちと融合することによりセイクリッド・ダイヤへと変身。 源竜星ボウテンコウの力によって帰還したセイクリッド・ソンブレス=ジェムナイト・ラズリーが、セイクリッド・ダイヤと残りのテラナイト達と融合することによってプトレマイオスが誕生。 インフェルノイド・リリスが封印されたシェキナーガと氷結界の三竜の力を取り込み、エルシャドール・アノマリリスとして再誕。
影霊衣の舞姫と彼女の纏いしsophiaの力によって復活した竜星と、彼らの力を触媒にドラグニティの神槍が降臨。

多くの力が集い対立する中、それに呼応する形で神星樹のもう一つのシステムであるセフィロトが起動。 その神託によって世界と神星樹の危機を救うべく進化した10の戦士――セフィラが誕生するのであった。


セフィラに戦況を押し返される中、インフェルノイドの1体であるリリスから分離して生まれたデカトロンがアノマリリス破壊の裏でクリフォトシステムにアクセス。 tierraの本体、肉体部分とでも言える11番目のインフェルノイド――インフェルノイド・ティエラが遂に姿を現す。


ティエラは破壊されたアノマリリス――その大元たるネフィリム――その中で眠るジェムナイト・ラピスから創造の力を取り込もうと画策。 既に連合軍とセフィラによって倒されていたクリフォートの力も利用してラピスの魂を覚醒、 長き時の中でクリフォトシステムの影響でラピスの魂は変質しきっており、インフェルノイドの手先、ヴァトライムスと化していた。


そしてヴァトライムスの力によって10機のクリフォートが再起動。 ティエラはそれら全てとヴァトライムスを取り込むことで、創造、破壊、核石全ての力を手中に収めることに成功。インフェルノイド・ティエラは創星神tierraとして完全なる復活を遂げた。


長きに渡る暗躍の末に表舞台へと現れたtierraの力により、地上生物たちは次々と駆逐されていく。 当然、これに対して黙っているセフィラではない。 プトレマイオスが一縷の望みを託して行った竜星の力によるセフィロトシステムへの干渉。 それによって隠された11番目のセフィラが起動。 光と闇、双方の力を併せ持つオルシャドール・セフィラルーツをベースに、10のセフィラのコアと11番目のセフィラ自身と融合。 創星神tierraに対抗しうる最強のセフィラ、智天の神星龍――セフィラ・トーラ・グラマトンが爆誕。


激突する2体の巨神、tierraとグラマトン。千日にも及ぶ戦いの果てに。

「まさか再現しようとしてんじゃないだろうね?」

悪寒が走る。

sophia消滅以降から散々に端末世界を引っ掻き回したtierraであるが、
「ティエラ」という名称は、1990年代に開発されたコンピュータ上で動く人工生命プログラムのことを指している。 このティエラは限られた資源の中で生物が繁殖と淘汰を繰り返し、進化してゆく様子をコンピュータ上で再現。製作者の予想だにしなかった「生物」を次々と生み出した。 そしてプログラム内には古い生物を強制的に排除する「死神」が用意されているのがポイントである。

今いる生物の強制排除という名のデッキバウンス、繁殖と淘汰という形での輪廻転生、 シャドールという予想外の生物を生み出したことといい、創星神tierraの元ネタらしい話ではある。だが、ゲーム化が困難な以上、ボツになったことは想像に難くない。

「精霊プログラムの研究者にあたってみるか……」
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