「おかえり、HAL」
「おう、ただいま。そっちのが早かったみてーだな」
「うん、まーね」
「さて、情報の整理といきますか」
「了解」
冗談めかして和波は笑う。
ゴーストとして和波が持ち帰った情報、HALが和波として持ち帰った情報を比べてみる。
浮かび上がってきたのは、母親ではなく女として生きることを選んだ女の生き方である。
秘書課の女性は未婚の母だった。恋人が我が子に暴力を振るうにもかかわらず、自分に矛先が向くのを恐れて静観するような鬼畜だったらしい。便乗して虐待と呼ばれるような行為に及ぶあたり救い難いものがある。児童相談所などとのトラブルに発展、近所も敵に回した結果、男性はひきとられたようだ。やがて男に逃げられたあと、どうしても諦めきれず探し出したものの、里親との話し合いがうまくいかず名乗ることを許されないまま男性は死んだ。葬儀に出ないだけの理性はあったようだ。
「いろんな人がいるんだね」
「そーだな、ほんとお前ら人間はめんどくさいよ」
和波はわらう。HALがこういうときは大抵ほっとけないとか、だから嫌いになれないんだ、みたいな言葉に繋がるのだ。口には出さないだけで。
「なに笑ってんですかねえ、誠也くんよ。イグニスのコピーだってplaymaker側がめっちゃアップし始めたのに余裕かましてんじゃねーよ、まったく」
「え、あ、ええっ!?それほんと?あ、この人がコピーしたって思ってるの?」
「みてーだな、だから今のうちに回収すんぞ。先越されたらシャレになんねえ」
「うん、わかった」
「万が一、あれがアイに渡っちまったら余計なことされちまうかもしれねえしな」
「ゴーストの正体はまだ明かす予定ないしね、急ごう、HAL」
「おう」
自宅のカプセルポットに入り、和波は一度フランキスカの回線をめぐる。そしてリンクヴレインズにアクセスした。
彼女は今独身のようだ。出入りすり男の影はない。収入を考えると無理を感じる上層階に住んでいる。ゴーストはさっそく回線を使って侵入を試みる。
「ねえ、HAL」
「あ?」
「もしこの人が生きたいっていったらどうするの?」
「あ?んなの知るかよ、勝手にこっちの大事な分身を改造されたあげく使われてんだぞ。ハノイの騎士やSOLテクノロジー社に回収されたらどうすんだ、状況によっちゃマジで詰むぞ」
「で、でも」
「お願いするなら代案はあんだろうな、誠也くんよ」
「あるわけないでしょ、さっき知ったばかりなんだから!」
「なら精々俺様を納得させられるだけのもん考えるんだな、リミットはデータの回収までだ」
「わ、わかったよ」
け、と面白くなさそうにHALは悪態をつく。そして回線に入り込んだ。
「うっそでしょ、なんでここにいるのさ、playmaker!いいこは寝る時間だよ?!」
(嘘だろ、マジかよ。俺様が帰る時、欠伸して帰る支度してたじゃねーかよ、藤木遊作ー!あれから何時間たったと思ってんだ!)
(ま、まさかボクがログインするの見越して、草薙さんとトレーラーで待ってた、とか?)
(いや、俺様を警戒してって気配はなかったぞ。それに待て、よく見ろ、誠也。こいつ侵入者ってなりじゃねーぞ、なんも持ってねえ。草薙気づいてねーなこりゃ)
(1人で待ってたか、目をつけたエリアにボクが来たからあわててログインしたって感じかな?へー)
ゴーストは口元がつり上がる。
「いいこがハッカーなんかするわけないだろ」
「あはは、それもそうだね。でも嬉しいなあ、まさか出待ちしてくれるとは思わなかったよ。ここに来てくれたってことは、ボクとハノイの騎士のデュエル見てくれたんだよね?どう?どう?いいデッキじゃない?」
「なに勝手にテンションあげてるんだ、あんた。俺はお前がバックアップの素体としてコピーとはいえイグニスが欲しいように、こいつの記憶のためにイグニスが欲しいんだ」
「えー、ほんとにそれだけ?」
「それ以外になにがあるんだ」
「うう、やっぱりplaymakerのデレは貴重なんだね、よくわかったよ。でもなるほどね。それが噂の目ん玉以外みんなたべられちゃったかわいそうなイグニスかい?」
「へへーん、もう目玉だけじゃねーもんね!実体は取り戻したんだよ!残念ながら記憶はあいかわらずすっからかんだけどな!」
「そっかあ、なら今回もお預けだよ、残念だけど。ボクも欲しくなっちゃったんだよねー、イグニスくん。だってもっとデュエルできそうじゃない?サイバースとかイグニスとか面白そうだしさ!」
playmakerは呆れ顔だ。
「目的に貴賎はないよ、もちろんデュエルにもね。だからボクは君の目的に微塵も興味はないし、口出ししてほしくなんかない。うーん、どうする、playmaker。独り占めしてからデュエルしようかと思ってたんだけどさあ、まさか出待ちしてるとは思わなかったよ、未成年。明日の学校は大丈夫かい?」
「それこそ余計なお世話だ、ゴースト」
「あはは」
「デュエルの前にやることがあるだろう」
playmakerが視線を投げる先には、おびただしい数のセキュリティプログラムである。触れたら侵入者は問答無用で消滅する。一般家庭用の回線にはあるまじき厳重な警戒態勢だ、SOLテクノロジー社と同じくらいのセキュリティ耐性である。
「それもそうだね、playmaker。今回はお仲間さんの援護はなしかい?尻尾生えてないみたいだけど」
「ないな、お前の反応があったから飛び込んだらここだった。たぶん気づいてる頃だとは思うが」
「うわーお、それほんと?あとで怒られてもボクのせいにしないでよね?」
「さて、どうするかな」
「やめてよー、キミの協力者でしょ?ボクが君になかなか会えなくなっちゃった原因と思われるプログラム組み上げたのー!まーたあのプログラム強化されたら面倒じゃないかあ」
「考えなしで特攻しかけてくるからだろうが、少しは周りの空気を読め」
「やーだよ、僕の頭の中の辞書にそんな言葉は書いてないからね!」
「いってみただけだ、期待なんかしてない」
「わーい今日も元気に辛辣だーい」
「うるさい」
「うるさくしてるんじゃないか、君に合わせてたら静かすぎてやなんだもの!お通夜な雰囲気の中でデュエルする趣味ボクにはないからね、ふふっ」
「お前は口のパーツを消した方がちょうどいいんじゃないか」
「それって黙ってろってことじゃないですかやだー!沈黙したままデュエルなんてできるわけないだろ、いいかげんにしてよ!」
「デュエルは出来なくてもやれることはいくらでもあるだろ」
「たとえば?」
「このセキュリティの突破だ」
に、とゴーストが笑う。
「じゃあ競争しようよ、playmaker!先に最深部のイグニスくん?ちゃん?捕獲した方が勝ちね」
「いいだろう」
「うええ!?いいのかよ、playmakerサマ!こんなやつに俺様の大事な大事な記憶に関するデータ渡すことなんかないって!!考え直せよー!」
「アイ、お前はまだゴーストがどんなやつかわかってないな。こいつは途中で離脱しようものならリアルからネット上から接触してデュエルしようとうるさくなる。始めからデュエルしてやった方が楽だ」
「え、あ、そうなの?」
「ああ」
「まじで?」
「そうなのです」
「おー、経験者は語るってやつ?無駄に悟ってるなあ、playmakerサマ。ちなみにそんときは何日スルーできた?」
「………7日」
「わりとがんばった方だと思うよー。ボクがplaymakerとのデュエル上げ始めたらようやくデュエルしてくれたよね、なっつかしー」
「あの時の俺は初期判断を間違えたんだ。行動力のある馬鹿は構ってもらえないとわかるととんでもないことをしでかすと憶測できなかった。ふざけたスレたてて動画ばんばんアップロードするとは思わなかったんだよ」
「はじめはすぐ消したよね、消したら増えるけど。ゴーストとplaymakerの大一番なんてみんな見たいに決まってるもん」
「おかげで面白がったやつらが拡散してくもんだから今はもうゴーストとのデュエルは放置してある。ゴーストの動画は1日に何十とあげてる。ほっといたら埋もれていくからな」
「ネットに情報流れちゃうと一生残るからねー、しかたないね」
「誰のせいだ、誰の」
「んー、あえていうならボクのせい?」
「どうもしなくても、お前のせいだ、ゴースト」
playmakerはためいきだ。
「前から思ってたけどplaymakerサマ、ゴースト相手だとほんと喋るよな」
「シカトしてもいいんだよ?デュエルできる状況にさえなればボクはいいからね。結界とかデュエルディスクからワイヤーで互いにつなぐとか方法はいくらでもあるからね」
「それにこいつは沈黙は肯定とみなして勝手に話を進めてくからな。必要経費だ」
「えー、まだそんなこといってるのー?楽しかったでしょ?マスタールールでの三連戦」
「楽しいのはお前だけだ」
「うっそだー、あのとき楽しそうにしてたじゃん、playmaker!忘れたとは言わせないよー!」
今もわりと楽しそうだなとアイは思ったが、懸命なAIは深い言及をさけた。
「じゃあ、位置について、よーいどん!」
無邪気なゴーストの声が跳ねる。
「やる気あんのか、あいつ」
「わざとトラップ踏み抜いてでもマッピングするタイプだな」
「それって侵入者ってより道場破りな気がするんですけど!?」
「そうだ。だから俺たちは別のルートをいくぞ、間違いなく道ずれにされるからな」
「経験者は語る」
「そんなところだ」
playmakerはゴーストとは違う経路に侵入し始めたのだった。しばらくするとメッセージがとどいた。
「ゴーストか、何の用だ」
セキュリティを慎重に掻い潜りながらplaymakeはアイに読み上げを頼んだ。
「いいこと教えてあげるだってよ」
「なんだ?」
「和波の《星杯》はそもそもグレイ・コードが被験体にばらまいてたカードらしい」
「!」
「ゴースト、気になって調べてみたんだとよ。フランキスカが使ってきた《クローラー》もカードデザイナーが同じなのか、イラストに《星杯》がよく出てくるから。そんで関係あるストーリーが背景に設定されてるらしい」
「きになるな」
「じゃあ軽く読むぜ」
「ああ」
それは、クローラーと戦う星杯たちの物語。《星杯を戴く巫女》と《星杯》が接触した時期から《クローラー》達の急激な変化が起こった。もともとエリアガーディアンだった彼らは守護するエリアを荒らさなければ敵対的行動はとらないらしい。だがおよび大湿原へと向かった先で《星杯》たちは《クローラー》の大群と戦うことになってしまった。《エクスクローラー》自体『イレギュラーな存在』であり、突然変異である。過剰な防衛の原因は、《星杯》たちが《星遺物》を集めているからに他ならない。《星遺物-『星鎧』》を守る存在として、奪取されることは我慢ならなかったようだ。
彼らは侵略等を行なう存在では無かった。
《星杯の妖精リース》が《星遺物》を探せって《星杯》たちに接触したから旅は始まった。
真紅に包まれた大地が《星遺物に差す影》に群がるクローラーにより真っ黒になる。フィールド魔法になっている彼らはまさに【星鎧】の守り手である。《星鎧》を守る存在であるはずの《クローラー》が敵対意思を持ち《星杯》達を襲おう。《星遺物-『星鎧』》の舞台を中心に《クローラー》と戦う最中、《星杯剣士アウラム》と《星杯戦士ニンギルス》は分断されてしまう。一方でドンドンモンスターが増える中、名前通り《星遺物を巡る戦い》 《星杯竜イムドゥーク》・《星杯剣士アウラム》チームは善戦し、《星杯の妖精リース》が弱点を見極めクローラーの一部鎮圧に成功。
しかし一方で、《星杯の妖精リース》の羽が黒ずんでいく今の所はだれも気づかない。
そして事件は起こった。《星杯戦士ニンギルス》の方では何とかクローラーの軍勢を抑えた後、《星杯剣士アウラム》達と合流した《星杯神楽イヴ》が連れ去られてしまう。《クローラー》とは異なる人影に連れ去られているのだ。
「ゴーストはそのテーマを相手は使ってくるんじゃねーかと思ってる。だからあんなテーマを選んだんだってさ」
「カードを置く位置がキーになるテーマをか……」
playmakerはしばし思案を巡らせはじめたのだった。