さよならのかわりにB(修正済み)


IPアドレスから検出された住所を表示させた草薙は衝撃のあまりしばし沈黙する。まさか、そんな、いやでもこれは、と独り言のようにつぶやかれた言葉達。遊作もHALも抱く感情は同じである。


なんとその住所はSOLテクノロジー社の秘書課の女性職員だったのである。リボルバーから提供されたグレイ・コードの名簿にも記載がなかったはずの女性だ。


まさかの首謀者である。どういうことだ、まさかこの女性もグレイ・コードのメンバーなのか。はやる気持ちを抑えつつ、草薙は不正にやり取りされたデータの特定を急ぐ。


「おいおいおい、まじかよ」


もはや乾いた笑いしかでてこない。

それはサイバースの自我を持つAI、イグニスのデータだった。イグニスそのものではない。複製である。ただリンクヴレインズ上においては、アイと複製の区別をつけることはとても難しいだろう。


どうもサイバース由来のデータであるイグニスプログラムの複製に、特定のパーソナル情報を上書きしているようだ。とても念入りにもともと存在していたはずのイグニスの自我は抹消され、その個人としての人格が与えられる細工が施されている。


あまりにもむちゃくちゃな方法だ、洗脳とほとんど変わらない。当然もともとの人格は徹底抗戦である、あまりにも中枢のデータ損傷が激しく、何度も試行を繰り返したせいで劣化している。実体化の試行実験は何度も行われているようで、同じデータが何度もダウンロードされていた。


「どういうことだ、アイにこの人間の人格をうわがきするようなものだろ」

「まさか誰かを生き返らせようとしたんでしょうか?」

「だからグレイ・コードか!」

「おいおい、たしかにサイバースのデータは出力するだけで実体化するけど、それは超高性能な3Dプリンタとなんら変わらないんだぞ。どれだけ実体が精巧にできてても生身の体をつくることは不可能だろ。和波君みたいに生きたままサイバースのデータに変換、なんて荒技でもしなきゃできない芸当だ。死んだ人間の魂を蘇生できても肉体までは復活できない、だからフランキスカはゾンビになるより肉体捨てて電子霊になることを選ばなきゃいけなかったんだ。そうだよな、和波君」

「はい、そうです。だからフランキスカは最高傑作なんてふざけたこと言ってたんです」

「そうだったな。……この女、いったい何が目的だ?」

「このパーソナル情報特定するほうが先だな、えーっと」


草薙はデンシティの市役所のサーバにハッキングを仕掛け、情報を洗いざらい調べ上げる作業に入った。


「もう亡くなってるのか」


表示された画面を見て、遊作達は目を見開く。それはサイバースのAIにかぶせられたアバターと全く同じ外見をしていたからである。


それをみて、HALはまじかよと心の中でつぶやいた。彼はフリー素材を提供するサイトに自身の画像をアップロードし、肖像権をその画像に限り放棄するという形で有名になろうとした駆け出しの俳優だった。


残念ながら不慮の事故で数年前に他界しているのだが、遺族のたっての希望でそのこころみは今なお続けられている。放流するアバターとして、参考にする人間はたいていそういったところからひっぱってくることが多いHALである。


まさかモデルにして、特定されないようパーツをついかしたはずの複製からそれを引っぺがされ、そのもののパーソナル情報を上書きして実体化、蘇生なんてむちゃくちゃなことを試みる人間がいるとは思わなかった。


(通りで帰ってこないわけだよ。っつーかこの女やべえ、複製とは言え俺様達の人格ハッキングする技術持ってやがる。俺様の複製を好き勝手弄った挙げ句、誰かさんの死者蘇生の素体にするたぁいいどきょうじゃねえか)


さてどうしてやろうか、と考え始めていたHALだったが、和波と呼びかけられて顔を上げた。


「和波、この人知ってるか?」

「いえ、しらない人です。この男の人も、女の人も。部署が違うと全然わからなくて」

「そうか。ってことは、フランキスカに共感して和波が脱走した後加入した口だな、たぶんこれが目的」

「おいおいおい、俺たち勝手にコピーした挙げ句、別の人格植え付けるとかむちゃくちゃじゃねーか!!ふざけんなー!!」


アイは当然ながら激高している。HALもたぎる憤怒をうちに秘めながら、ため息をついた。草薙が頭をぽんぽんしてくる。そしてくしゃりとなでてきた。はい?と顔を上げると、苦笑いする草薙がいた。


「怖い顔してたぞ、和波君。気持ちはわかるけど、落ちつこうな」

「あ、は、はい、すいません」

「大丈夫か、和波」

「えーっと、その、はい、大丈夫です。えっと、それでなんでしたっけ」

「この女に接触する方法を考えないといけないなと思ってな?和波君が出入りできる産業部とは全然違う部署のようだし、なかなかの重役だから社内で会うのは難しいだろ?」

「そうですね……お姉ちゃん以上の人だと難しいと思います」

「だろうな。どうする、草薙さん」

「よし、ならまかせろ。学校から帰ってくるまでにこの女の交友関係を調べ上げてやる。そして確かめようか、グレイ・コードがまだなにか考えてるかもしれない」

「わかりました。よろしくお願いします、草薙さん」

「そういうことならすぐ帰る。和波も来るだろ?」

「もちろんです、藤木君」

「ありえないとは思うが、万が一研究がうまくいってるとしたら恐ろしいことになるぞ。グレイ・コードにイグニスが渡ったら、やつらは不死を手に入れたことになる」

「……ゴーストが反応するわけだ。あいつは和波の姉の最悪を想定して動いてたからな」

「なるほど、そういうことか。これはますます急がないとまずいな、気合いを入れていくぞ」


草薙の呼びかけにHALと遊作はうなずいた。


「実体が生きてるかどうかもまだわからないからな、この女の活動範囲を徹底的に調べ上げないと」

「そうだな」

「そうですね」


HALはログアウトしたであろう和波を思う。ハノイの騎士のデータを強奪して解析しているはずの和波のことだ、きっとハノイの騎士がどうして現れたのかすでに判明しているころだろう。


グレイ・コードに関する情報量はハノイの騎士が群を抜いている。きっと何度も襲撃するもグレイ・コードの妨害工作によりこの女にまでたどり着けなかったのだろう。どうあがいても死者の蘇生は不可能である、という数年前の研究の限界しかHALも和波も知らないのだ。


どれだけ研究が進んだのかフランキスカは何も語らないまま逝ってしまった。フランキスカのかつての拠点はあらいざらい調べたが、ろくな情報が出てこなかった。サーバがべつにあるのだ、きっと。


ゴーストとしての活動は今度はそのサーバ探しとあの女に渡ってしまったHALの情報の抹消だ。ゴーストとしての活動をplaymakerたちにバレるわけにはいかない。さてややこしいことになってきたぞ、どうするか。


HALは密かにためいきをついた。万が一、実体が肉体として完全に蘇生が叶っていたら、この男性は魂の復活もできていて、見事新しい体に適合できて、自分の現実に適応できたら、というとんでもないハードルがあるものの、もしできたとしたらそれは人間だ。サイバースでもあり、人間でもある。


しかも死んでも同じように復活できる。和波以上に人間離れした人間となる。和波だって現実世界で即死さえしなければ蘇生は可能だ、人間を逸脱したことはできないから寿命が来れば死ぬけれど。もしこの女が死者の蘇生をかのうとしたとすれば、完全な和波の上位互換である。


ちら、と遊作達を見る。もし、、もしもだ。そんな実体が存在したとして、ハノイの騎士が襲撃したということは殺す気だ。


HALとしても万が一のことを考えると同じサイバースとは言え、HALを基礎として構築されたサイバースのイグニスの複製だ。しかも勝手に魔改造された。グレイ・コードによってうまれた以上いかしておく気はない。取り込んでこっちの力にするつもりなのだ。


ただ、遊作達はどうするんだろう。そして和波は?


(あいつのことだから庇えとかいうんだろうなあ、めんどくせえ。あいつに存在が露見する前に消すか?いや、まだ人間として実体を持ったときまったわけじゃねーしな、どうするか)


ここまで徹底的に洗脳されてはHALが設定した人格が残っているか怪しいものである。通りで指示通り動かないわけだ。

この男性は自分だと複製は思い込んでいる可能性がある。

イグニスは自我がある。だからプログラムを制禦する権限を人格が握っている以上、洗脳などで上書きすることは理論上可能だ。HALは人間とイグニスの違いは生体組織があるか機械組織があるかの違いしかないと思っている。


人間の肉体から生体組織を極限まで取り除いたとき、自分が自分であるために必要な最低限度のもの、それが自我だと思っていた。


だからデッキデータから魂が蘇生可能な今、生体組織を生成することができればイグニスと人間の違いはなくなったと言っていい。夢のような話だ、HALにとっては。ハノイの騎士にとっては悪夢だろうけれど。


実体をもたないイグニスは人間よりも自我の維持がとても難しいのだ。


そもそも電脳世界で自我を保つことはとても難しいのだ。自分の考えは分解してみればいろんな人の考えが寄り集まったものである。完全に自分のものとはとてもいいずらい。


それでも人間が自分の考えだと主張できるのは、自分の頭の中にあって、他者にはないからという事実を基盤としている。


でもイグニスは違う。頭の中にある考えがそのままの内容で共有されることになる。アイは今完全に孤立しているため本来の在り方とはかけ離れているけれど、HALはそのままだ。


今考えていることだって、HALの考えでもあり、他のイグニスの考えでもあり、誰のものでもない、という訳のわからない状態である。和波がHALをHALと扱ってくれるから、HALはHALでいられるのだ。


自分の外部にある情報すべてを無意識に自分のものだと思い込んだり影響を受けたりしないですむ。情報と個人の関係をきちんと築けば、自我を維持することができる。イグニスの悲願を教えてくれたplaymakerや和波は、HALにとってとても大切な存在なのだ。


その悲願を根本から奪ったのがこの女である。さてどうしてくれようか。和波がどう思うかは別として、HALの脳裏には数十もの報復が計画と実行を同時進行ではじめたのだった。


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