さよならのかわりにA(修正済み)
トレーラーのアラームが鳴り響いたのは、ホットドッグ屋が閉店してしばらくのことである。片付けを和波に任せて遊作と草薙はあわててトレーラーの中の魔改造した設備を引っ張り出す。戸棚が大画面のモニターになり、キッチンがワイヤレスのキーボードとなる。ガタガタ椅子を取り出し、ひっくり返りそうになりながら座って、キーボードをたたく。遊作はいつになく焦っていた。


「ここは……」

「お、デュエル部の1年生の家じゃないか。めずらしいな、ゴーストがこんなところにくるなんて。面白いものでもあったか?」

「わからない、調べてみよう」

「そうだな」


草薙は傍らに表示されている情報を拡大で表示させる。デュエル部に所属する唯一の別クラスの人間である鈴木の家のネット回線にゴーストは姿を現したのだ。ゴーストのことだ、リンクヴレインズではなく家庭の回線にログインしたということはきっとなにかある。調べ始めた遊作より先に反応したのはアイだった。


「ちょーっとまて、さっきのとこ写してくれ、遊作」

「なんだ?」

「いいから!」

「ああ」


アイの指示するとおりにデータを表示させる。


「まっじかよ、なんでこんなとこにサイバースの風が吹いてんだ!?」


青い電子の風がきらめいている。


「なるほど、ゴーストはコレに誘われてきたわけか。何かあるとおもって」

「たぶんな」

「サイバースの気配もするぜ、なんでこんなとこに」


遊作達がモニタを移動させていると、ハノイの騎士が見えた。ゴーストとデュエルしている。思わず遊作達は反応する。どうして鈴木家の回線にハノイの騎士、ゴースト、リンクブレインズの著名なハッカーたちが勢揃いしているのかわけがわからなかった。


「もしかして、もしかする?」

「まさかサイバースの使い手が鈴木の家にいるのか?」

「あり得る話だな、そうでもなきゃ、わざわざ調べに来ないだろ」

「いったい何が……」


モニタを限界まで近づける。すでにデュエルは佳境に入っていた。《クラッキング・ドラゴン》自身のレベル8以下のモンスターの効果を受けないため、新しいゴーストのモンスターたちは苦戦を強いられているようだった。だが、初めからお見通しと言わんばかりに、返しのターンでゴーストは一気に攻勢にかかる。2000ポイントがへっているものの、ダメージではなさそうだった。


「ボクはレベル3《魔弾の射手 ザ・キッド》とレベル3《魔弾の射手 ドクトル》でオーバーレイネットワークを構築!エクシーズ召喚!来て、ランク3!《幻影騎士団ブレイクソード》!!オーバーレイユニットを1枚取り除いてモンスター効果を発動するよ!自分と相手フィールドのカード1枚ずつを対象にして、そのモンスターを破壊する!もちろん対象は《クラッキング・ドラゴン》と《幻影騎士団ブレイクソード》!!」

「な、なんだとっ!?」

「ここでボクは《魔弾の射手 ザ・キッド》》と《幻影騎士団ブレイクソード》を除外!ひとつの魂は闇を導き、ひとつの魂は光を導く!光と闇が出会うとき、世界は混沌に包まれる!きて、《カオス・ソルジャーー開闢の使者》!!さあ、バトル!ボクは《カオス・ソルジャーー開闢の使者ー》で守備表示の《ハックワーム》を攻撃!」


爆発四散したハックワーム。


「さあいくよ、《カオス・ソルジャーー開闢の使者ー》でダイレクトアタック!!」


強烈な一撃がハノイの騎士を襲った。


「《魔弾》たちでダイレクトアタック!!」


《魔弾》という新しいテーマカテゴリは、ゴーストの盤面を見るにすべて光属性・悪魔族で統一されている。このカードがモンスターゾーンに存在する限り、自分は《魔弾》魔法・罠カードを手札から発動できる、というとんでもない共通効果を持っているようだ。しかも下級の《魔弾》モンスターはそのカードと同じ縦列で魔法・罠カードが発動した場合、固有の効果を発動できるらしい。そのトリガーは自身、そして相手にも及ぶ。魔法・罠の位置も意識しないといけないとなれば、相当慎重にプレイングしなければならないパーミッション寄りのデッキのようだ。男性モンスターは手札強化、女性モンスターは《魔弾》モンスターを特殊召喚できる効果があるようだから、そうとう厄介なテーマである。ダメージステップ時に固有効果が発動しないだけましだが。


「手札から罠か……《処刑人マキュラ》を思い出す効果だな」


草薙はデュエルモンスターズを終焉に導いたこともある混沌の1枚を思い出して苦笑いした。


「1ターンに1度なだけまだましか」

「そうだな」

「よかったな、遊作」

「なにが」

「しらばっくれなくてもいいんだぞ?」

「……」

「デュエルに挑みにきてくれなくて寂しいってか?」

「うるさい、黙れ」

「いたいっ」


ぐに、とつぶされてしまったアイは悲鳴を上げるが、遊作はわざと力を入れたままどけてくれない。


「ごめん、ごめん、謝るからどいてくれよ!つぶれるー!!」


アイの悲鳴がトレーラーに木霊した。


「どうしてここにいるんでしょう、ゴースト。デュエルしたい相手でもいるのかな」

「どうだろうな、鈴木がゴーストの興味を引くとは思えないが」

「あっはっは、辛辣だな遊作」

「俺は事実をいっただけだ。鈴木はデュエル部に所属してるだけあってデュエルタクティクスはある。でもカリスマデュエリストと肩を並べるほどかと言われたら難しい」

「僕たちと一緒でエンジョイ勢ですしね、鈴木君」

「ああ、そうだったな。和波、鈴木と仲いいんだろ?家に遊びに行ったことはあるのか?」

「はい、ありますよ。何回か新しいゲームがあるからって、島君と遊びに。でもおかしいなあ、あのときはHAL特になにもいわなかったのに」

「そうか」

「はい」


うなずく和波の隣で遊作は考え込む。


(まじかよ、ここって鈴木の家の回線だったのか。おかしいな、俺様が確認したときは会社名義じゃなかったはずだぞ?なんで鈴木のやつ2つも別名義の回線なんか繋いでるんだ?)


遊作と草薙、アイ達がモニタを注視するのをいいことに、HALは冷や汗がにじんだ。








「……エムディビか、ずいぶんと古いウィルス使ってるな」

「えむでぃび?」

「聞いたことないな……草薙さん、それは?」

「ああ、10年ほど前に流行ったウィルスプログラムだ」

「10年前……」


遊作の眼光が鋭くなる。


(10年前かよ、そんな化石わかんねえはずだわ)


和波の体にログインしているHALは、草薙が鈴木家のネットワーク通信記録の一覧を見ながらはじめる説明に耳を傾ける。エムディビが海の向こうの国で有名になったのは、ある公的機関にハッキングを仕掛けた悪意ある組織が膨大な機密書類を流出させた前代未聞の事件による。今なおその事件の首謀者は特定されていないという。そのウィルスプログラムは、なんらかの手口で感染させた端末を遠隔操作して内部情報を自由に盗み、外部サーバに不正通信を行ってデータを蓄積する。そして同じような経緯で中継地点となった端末同士が通信を行うことで、その情報を海外に流出させるという手口だった。一昔前のハッカー集団で流行った方法だという。感染させる手口は様々である。たとえば重要な情報を持つターゲットの周囲にいる交流関係者からセキュリティが甘い人間を探しだし、その端末をピンポイントで狙い撃つ。ホームページの閲覧やメールの添付ファイルといった手段で感染させる。そこから成りすまして通信を行うことでターゲットの端末に感染させるという巧妙な手段が用いられたらしい。

10年も前の手口である。ネットワークと機密情報を扱うサーバを完全に分離し、データを直接行き来させることができないなどのセキュリティシステムを導入する。24時間体制で監視を行うことで不審な通信を傍受し、その通信を妨害する。そういったセキュリティレベルをあげる対応が可能だったため、全盛期と比べるとだいぶ減ってきた手口である。


「どうやら鈴木家のセキュリティはかなり薄い。ここからウィルスをサーバに送りこんだんだろう。それでサーバが感染、サーバを遠隔操作できるようになってる。他の機密情報の送信の中継地点になってる可能性があるな」

「なるほど、だから鈴木家のネットワークにサイバースの風が」

「でもいったい誰がそんなことしたんでしょう?ハノイの騎士とゴーストが現れるなんて、きっとただ者じゃないですよ」

「たしかにそうだ。サイバースの風が吹いてるってことは、このウィルスに感染してから5年は経過してるってことだろ。あるいはSOLテクノロジー社からハッキングした情報をこっちに流すハッカー集団がいた?」

「どっちも可能性があるな。よし、調べてみるか。鈴木家の契約記録を見ればいつから感染してるかわかるだろう」


草薙は慣れた様子で調べ始めた。学校のサーバにハッキングして生徒の個人情報を抜き出したこともある男だ、この程度朝飯前だったようである。1時間もたたないうちに特定してしまった。


「今の契約になったのは、数年前からだな。リンクヴレインズのサービス開始と連動してる。なるほど、どうやら水飲み場型感染だな。どこかのホームページを見たことで感染した。えーっと、ちょっと待ってくれよ。あの家でよくアクセスするページはっと」


巨大掲示板のスレッドがヒットした。どうやら鈴木家の誰かが常駐してるようだ。草薙はその掲示板を管理している海外サーバにハッキングを仕掛け、不正通信履歴を探り、IPアドレスを抽出していく。IPアドレスはネット上における住所のようなものだ。コレさえわかればウィルスの発信源がわかるという寸法である。


「10年前のウィルスだ、それだけ知識がある人間じゃないな。今じゃ感染する端末だってあるかないかわからないレベルだぞ」

「ってことは、10年前から今までずっとネットに触れなかった人ってことです?」

「理屈的にはそうなるな。実刑を食らって出所したか、それとも興味本位でクラッキングに手を染めて、大人になってから鬱憤を晴らすために再開したか。さてどこのどいつだ?ハノイの騎士やゴーストが興味津々で偵察に来たやつは?よし、出たぞ」








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