さよならのかわりに@(修正済み)
「さっきから何してるの、HAL」

『ん、おう。誠也、おかえり』

「うん、ただいま」


外は雨が降っている。自宅のポットにセットしたままのデュエルディスクに話しかけた和波に、HALはにょきっとディスプレイから顔を出す。


HALの本体は姉のデュエルディスクアカウントに存在しており、和波のデュエルディスクに存在しているのは複製、いわば分身だ。実体があるため真偽を見分けるのは至難の業だ。ネット上に放流しているゴーストのひとつでもある。和波がデュエルディスクを付け替えると、HALは聞いてくれよとばかりに半身を乗り出す。


『誠也の姉ちゃん帰還したし、俺様の分身たち回収してたんだけどよぉ。数体帰ってこねえんだわ』

「え、そうなの?」

『おう、困ったもんだぜ。まさかどっかのマニアにでもとっ捕まったか?デュエルログ回収ノルマ達成したら帰ってこい。できないにしても時間指定してあっからな。行方不明はねえと思ってたんだがねえ』

「気になるね」

『おうよ、下手にいじくられたらこまるぜ。誠也の姉ちゃんのデッキじゃなくなっちまう。一応、とっとくんだろ?』

「うん、ボクもお姉ちゃんもパーソナルデータ、サイバースのデータに変換して保存しておいて。グレイ・コードのリーダーはいなくなったけど、グレイ・コードはなくなったわけじゃない。それにSOLテクノロジー社だって何考えてるかわかったもんじゃない。いつボクたちの待遇変わるかわかんないし」

『うんうん、よくわかってんじゃねえか。俺様達の立場はすっげえ薄氷の上にあっからな。慎重になってくれてうれしいぜ』

「まあね。えーっと、それじゃあどうするの、HAL。久しぶりのリンクヴレインズは、迷子の保護?」

『ま、そういうこった。で?決めたのかよ、誠也。《ライトロード》に変わる、新しいゴーストとしての代名詞とも言うべきデッキは?かんなり迷ってたじゃねーか』

「だって仕方ないじゃないか、新しいデッキを組むのはいつだって楽しい悩みだよ」

『気持ちはわかるぜ、気持ちは。でも悩みすぎだろ、playmakerが心配のあまり特攻しかけてきたじゃねーか、あんま待たせてやるなよ』

「……ですよねー」


ここのところ不機嫌だった遊作を思い出して、和波は思わず笑ってしまう。昨日のホットドック屋では、ようやくいつもの調子を取り戻していたから草薙さんがにやにやしていた。


何でだろうと疑問符を飛ばす和波に草薙さんは教えてくれたのだ。お気に入りのデュエリストがやめる、やめないがわからなくてもやもやしていたけど、直々にやめるわけないと教えてもらえたとうれしそうに語っていたと。


「でもさあ、《星杯》は元をたどればフランキスカがくれたテーマじゃない。もう使い慣れてるし、HALと融合しちゃってるから手放す気はないけどさ。《代行天使》だって《星杯》と相性がいいからダミーデッキとして使ってただけで、ほんとに好きで組んだわけじゃないんだよね。お姉ちゃんが進めてくれたテーマだから好きな方だけどさ」

『和波誠也っつー人間から解放されたお前が好き勝手できるアカウントなんだ、好きにすりゃいいじゃねーか。決まらないならいっそのこと複数使うってのもありだぜ?』

「でもさあ、ボクの偽物たくさんいるじゃない。本物だってわかってもらうには、やっぱ目印は必要だよ、最低限。アカウント名、NO NAMEじゃなくてゴーストっていれるってplaymakerに言っちゃったから、これからは目印のひとつにはなるけどさ。やっぱデッキで判断してもらうのがいいよ。今回使うデッキログもサイバースデータにして保存して、ボクのパーソナルデータのバックアップのひとつにするつもりだからさ。結構気合いいれて考えないとね」

『バックアップ増やすと。まあ、あっちのデータは和波誠也ってキャラとしてのデータであって、お前じゃないもんな。あのデッキ使って蘇生試みても、きっと表の顔のお前しか魂は固着できねえだろうな、それじゃ完全な復活はできねえ可能性がある。たしかにそっちのが無難だな』

「でしょ?」

『で、決まったのかよ、誠也クン?』

「それは見てのお楽しみだよ」


和波は真新しいスリーブのデッキをセットする。ダウンロードするデータを読み込んだHALは、その1枚1枚をサイバースのデータとして自らのデータとしても複製して取り込んでしまう。


『へーえ、これまたおもしれえデッキだな』

「でしょ?」

『どーすんだ、あんときみたいにテストプレイしてからログインすっか?俺様もダミー共用に一回まわしてみてえんだけど』

「そうだね。リンクヴレインズにログインしたら、きっとplaymaker気づいてくれると思うし、学校の間に練習しなきゃ」

『おっけい、それじゃ明日からの学校は俺様が代行してやるよ。しっかりテストプレイしてくれよな』

「うん、わかった」

『そういうことならお前のデータよこせよ、誠也。明日から学校ならつじつまあわせはいるだろ』

「バックアップとらなきゃいけないね、ちょっとまって。すぐ行くよ」

『あいよ』


和波は体を置き去りにして、独自回線を使ってフランキスカが使っていた廃工場の地下施設に飛ぶ。


そして、ここから再度独自に構築した回線をダイブし、ゴーストとして活動している秘密基地にたどりつく。リンクヴレインズ黎明期に運営側が用意したそこは、今となっては利用することはないただのデバック空間となっていた。


研究施設が広がっている。和波はデュエルディスクを端子に繋ぎ、そこにあるポットに身を沈める。音もなくカプセルがセットされ、和波は一時的に意識が遠くなった。


そして、翌日。和波の姿をしたHALがポットを叩く音で目が覚めた。カプセルを開け、大きくあくびをしながら和波は立ち上がる。


『おそようさん、それじゃあさっそくテストプレイがんばれよ』

「うん」

「それじゃあ俺様は学校に行ってくるぜ。じゃーな』

「いってらっしゃい」

『おうよ』


ログアウトしたHALを見送り、和波はデッキをセットする。


IN TO THE VRSINS


和波のデュエルディスクがメッセージを表示したと同時に、和波はゴーストとしてリンクヴレインズにフルダイブした。


メッセージを受信した、と軽快な音楽が知らせてくれる。表示した画面によれば、一度帰宅してから合流するつもりだったHALは、どうやら遊作と共にそのままホットドック屋にいくつもりらしい。


これはアルバイトが終わらないと帰ってこれないだろう。つまり、一日費やして行ったテストプレイのログを渡せるのはそのあと、今日するはずだった迷子捜しは和波だけで行えということだ。


ここにいけ、と添付されているアドレスをみる。放流する前、複製AIひとつひとつに内蔵されている追尾用のプログラムである。どこにいようが探知することは可能らしい。さすがはHAL。


「じゃあ、そろそろいきますか!」


使い捨てのアバターでテストプレイを行っていた和波は、一度ログアウトして、そのアドレスに再ログインする。


「うーん、どこだろ、ここ?」


放り出された見たこともない世界を見渡して、ゴーストはしばし考え込む。おかしいな、HALがいうには会社名義で契約されている回線らしいのに。


家族経営の会社なんだろうか?ネットに検索してもでてこないってことは、相当小さい会社とみた。明らかにリンクヴレインズではない。ネットワークの回線は家庭用に設置されているものだ。どうあがいても個人契約のネット回線である。


どうしてゴーストの複製アバターがこんなところにいると出るんだろうか、やっぱりHALの言うとおりどこかのハッカーに誘拐されたんだろうか。それは困る。非常に困る。


サイバースに精霊変換という二重のプログラムで構築されているのだ、簡単に解析できるとは思えないが、うっかり草薙みたいな凄腕のハッカーに捕まっているとなると非常にめんどくさくなる。やることが増えそうだ。


広がる電子の世界にて、ゴーストは現在地を表示しているエリアにまで移動することにした。ボードを呼び出し、風に乗る。サイバースの風はこんなところにまで吹いているようだ。


家庭用のネットワークはこうなっているのか、と今までとは違う構造の電脳空間を泳ぎつつ、先を目指す。その先でゴーストは見覚えのある影を見た。口元がつり上がる。いいものみっけ!


「そこで何してるのさ、ハノイの騎士サン!ちゃちなセキュリティプログラム相手にしてないで、ボクとデュエルしてよ!」


あのハノイの騎士がこんなところにいるなんて!気分が高揚するのがわかる。テンションが上がってきたゴーストは、久しぶりに結界のプログラムを展開する。


逃がしてなんかやらない、せっかくの新しいデッキのお披露目なのだ、テストプレイはしたけれどやっぱりネームドキャラとのデュエルログはひとつ忍ばせた方がきっとHALも喜んでくれる。


あっという間に発動した結界がハノイの騎士の行く手を阻む。逃亡手段をたたれたと知った相手は、デュエルディスクを構えた。


「あははっ、そう来なくっちゃね!デュエルといこうか!!」


ハノイの騎士とゴーストの前にフィールドが形成される。5枚のカードが裏側で表示される。そして光のホログラムを残して消えていった。


デュエルディスクのランプがゴーストの先攻を知らせる。ゴーストの口元がつりあがる。これは幸先いいなあ、運命の女神はご機嫌みたいだ。ご機嫌を損ねないようにしなきゃ。気合いを入れる。


「ボクのターン!ボクは《魔弾の射手 スター》を攻撃表示で召喚!」


踊り子のような華やかな衣類に身を包んだ妖艶な女性が出現する。そしてハノイの騎士を挑発するように笑った。


アメリカ西部開拓時代の女性ガンマンは、口元を隠し手のひらサイズの銃を持っている。そしてゴーストに手を振る。ゴーストはよろしくねと笑い返した。


「そして魔法カード発動、《強欲で貪欲な壺》!デッキトップからカードを10枚裏側で除外して、カードを2枚ドロー!」


頭上に巨大なカードが出現する。そして音もなく回転し、表示された緑色のカードが効果を発動する。カードがきらめくエフェクトがまぶしい。それに呼応するように女性ガンマンはすばやく銃を引き抜き、空高く銃声を響かせた。


「《魔弾の射手 スター》のモンスター効果を発動、このカードと同じ縦列で魔法・罠カードが発動した時、デッキから同名カード以外のレベル4以下の《魔弾》モンスターを表側守備表示で特殊召喚することができる!ボクは《魔弾の射手 カスパール》を特殊召喚!」


金髪に青いバンダナを巻いた狙撃手が赤いマントを翻して降臨する。


「魔法カード発動、《同胞の絆》!!ライフポイントを2000支払い、自分フィールドのレベル4以下のモンスターと同じ種族・属性・レベルでカード名が異なるモンスター2体をデッキから特殊召喚することができる!ボクは《魔弾の射手 ドクトル》と《魔弾の射手 ザ・キッド》を攻撃表示で特殊召喚!」


緑色のカードが表示されたのち、2体の影が出現する。白衣を翻したさえない顔の男は、重々しい武装と銃を忍ばせる。もう1体はジーパンにジャケットと西部時代のガンマンを思わせる若々しい青年だった。


「ここで《魔弾の射手 ドクトル》のモンスター効果を発動、このカードと同じ縦列で魔法・罠カードが発動した場合、カード名が異なる《魔弾》カードを墓地から1枚選んで手札に加える!」


白衣のガンマンが発動し終えた緑のカードを打ち抜くと、そこに《魔弾》罠カードが出現する。そしてゴーストの手札に戻っていった。


「ボクのターンはこれで終わりだよ!さあ、キミのターンだ!」


ハノイの騎士はゴーストの初めてのデッキを見て驚きを隠せない。《ライトロード》と《トワイライトロード》という先入観が強すぎるデュエリストが突然のデッキ変更である。


ゴーストがなぜあのデッキを使っていたのか、知るはずもないAIの末端がそんなことわかるわけもなかった。ハノイの騎士はドローを宣言、フィールド魔法を発動しようと行動を起こした。


「ボクは《魔弾の射手 ドクトル》のモンスター効果を発動、このカードと同じ縦列で魔法・罠カードを発動したとき、このカードと名前が異なる《魔弾》カードを自分の墓地から1枚サルベージすることができるんだ!」


白衣の男の目がきらめいた。後ろに表示されている緑色のカードを射貫き、ゴーストの真後ろに突き刺さったのは罠カードである。手札に加わった。ハノイの騎士はさらに魔法カードを発動した。


「おっと、ここでボクは《魔弾の射手 カスパール》のモンスター効果を発動!このカードと同じ縦列で魔法・罠カードが発動したとき、このカードと名前が異なる《魔弾》カードを自分のデッキから1枚サーチすることができる!」


金髪の男は不敵に笑い、銃声を轟かせる。打ち抜かれたデッキからカードが一枚出現した。そしてゴーストの手札に加わった。


「まだまだいくよ!ボクは《魔弾の射手 スター》のモンスター効果を発動!このカードと同じ縦列で魔法・罠カードが発動したとき、デッキからレベル4以下の《魔弾》モンスター1体を守備表示で特殊召喚する!来て、《魔弾の射手 カラミティ》!!」


赤髪のパンクな格好をした女性がロケットランチャーを携えて出現する。そして、あっというまに埋まってしまったフィールド。ハノイの騎士は危機感を抱いたらしく、全体除去のカードを発動した。


「そうはいかないよ、手札から罠発動《魔弾ーデッドマンズ・バースト》!!自分フィールドに《魔弾》モンスターが存在する場合、相手が魔法・罠カードを発動したとき、その発動を無効にして破壊する!!」


砕け散ったカードが0と1にとけて消えていく。


「ここで《魔弾の射手 ザ・キッド》のモンスター効果を発動、手札から《魔弾》カードを1枚捨てて、デッキからカードを2枚ドロー!」


青年はざまーみろと言いたげな顔をして銃砲をならす。ゴーストは手札を墓地に送り、2枚のカードを手札に加えた。ハノイの騎士はモンスターを召喚し、攻撃宣言に入った。


「速攻魔法発動、《魔弾ーネバー・エンドルフィン》!自分フィールドの《魔弾》モンスター1体を対象にして効果を発動、そのモンスターの攻撃力・守備力を元々の数値の倍にする!!このカードが発動するターン、このモンスターは直接攻撃できないけど問題ないよ!対象は《魔弾の射手 ザ・キッド》!ここでモンスター効果を発動、《魔弾》カードを1枚捨ててカードを2枚ドロー!」


青年は得意げにピストルでモンスターを打ち抜く。そして2つに割れるエフェクトが入り、いつのまにかそのカードは2枚の裏側表示のカードとなった。


0と1にとけていったカードがゴーストの手札に加わる。カウンターダメージを食らったハノイの騎士はわずかに後退する。カードが2枚伏せられる。


うーん、とゴーストは苦笑いした。やっぱりplaymakerみたいに所見でテーマカテゴリを看破するのは難しいんだろうか。


すべてのモンスターゾーンに《魔弾》モンスターがある以上、どこの魔法・罠ゾーンにカードをセットしても《魔弾》モンスターの効果は発動してしまうが、もうちょっと置き場所を考えないといけないだろうに。


1ターンに1度しかモンスター効果は発動しないのだ。やっぱり高望みだっただろうか。


エンドを宣言したハノイの騎士だがフィールドはがら空きだ。一方のゴーストはフィールドにすべてモンスターが並んでいる。手札は潤沢。勝負は決したようなも同然だが、先走るのはいけない。ゴーストはドローを宣言した。





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bkm






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